生ぬるい空気と淡い蝋燭の明かり。
そして磯の香りと腐敗した木材の異臭。
ここは幽霊船の一室。メアリーはボロボロの椅子に縛り付けられた状態で目を覚ました。
「あれ、わたし……」
辺りを見回すも、眼に入るのは不気味な船室のみ。
いや、どこか見覚えがあるような気もするが、今のメアリーはそれどころでは無かった。
「んしょ、んしょ」
自分を縛り付けている縄から逃れようと、懸命に身体をもがかせる。
が、所詮は幼子。きつく縛られた荒縄はビクともしない。
それでも諦めずに脱出を試みていると、扉が開き、その向こうから
蛇の怪物がやってきた。
「気分はどうかな? お嬢さん」
「これほどいて!」
「それはできん。君には色々と話はあるからな」
怪物、ガミジンはズルズルと蛇の身体を這わせて近寄ってくる。
「さて、君はどこまで知っているのかな?」
「……なにを?」
「水鱗王の事やこの船の事……いや、五年前の事故の方が先か」
そう言うとガミジンはグッと顔を近づけて、メアリーをジロジロと見始めた。
「ふむ、ふむ……なるほど、やはり見間違いではなかったか」
一人で納得し、満足気な笑みを浮かべるガミジンに怯えるメアリー。
「君のご両親は船乗りだったな。そうだろう?」
「うん……」
「そして君はご両親と共に船に乗る事になった」
「うん、なんで知ってるの?」
「私が同じ船に乗っていたからだ、メアリー・ライス。そして君とはその船で出会った」
「知らない……わたし、あなたなんか知らない」
「ふむ、記憶は不完全か。なら思い出させるまでよ」
するとガミジンは変身を解き、ふくよかな司祭の姿に戻った。
「船では君のご両親と色々話をさせてもらったよ。君のお爺さんとは古い知り合いだったのでな。もっとも、君は来たる水鱗祭に備えて歌の練習にご執心だったが」
「……」
「しかし私にとっては天使の歌声だったよ。何せ君が歌ってくれたおかげで計画を早く実行する事ができたのだからね」
「なに言ってるの?」
「君は既に船に乗っていた。そして君が歌った事でバハムートは船に寄って来た」
その言葉を聞いてメアリーは周りを見渡す。
ボロボロに朽ちている船室。だが見覚えがある。
メアリーの中で沸々と記憶が洪水の様に蘇ってきた。
「そうだ……わたし、お父さん達と船に乗って……」
「思い出したかね? そして君はバハムートと戯れていた」
「王さま、王さまが途中までついて来てくれたから、歌を聞いてもらった……」
「そうだ……その後は?」
下卑た笑みを浮かべて、ガミジンは追及する。
メアリーは自身の記憶を確かめるように思い返す。しかし歌った後の事を思い出そうとすると、鼓動が早くなってしまう。
何故だろう、思い出してはいけない気がする。とても怖い事があった気がする。
想起する事を拒絶しようとするメアリー。しかしガミジンはそれを許さなかった。
「歌った後……君のご両親はどうなったのかなぁ?」
「お父さんと、お母さん……」
そして、思い出してしまった。
歌い終わると同時に船が大きく揺れた事。
船が大きな何かに襲われた事。
大人たちがパニックに陥って逃げ惑っていた事。
襲ってきた何かに大人達が殺された事。
そして自分が、両親の血を浴びた事。
「あ……あぁぁ」
思い出す。
王さまが戦ってくれたけど、負けてしまった事。
自分の身体に、大きな何かが突き刺さった感触を。
メアリーは思い出してしまった。
「わ、わたし……もう……」
「そうだ、君はもう死んでいる。だが嘆く事はない。君が歌ってくれたおかげで、私の計画は良い方向に向かっているのだからな」
「え?」
「君が歌ってくれたおかげで
「なに……言ってるの?」
「分からないかね? 私は君のおかげで、君達を殺せたと言いたいのだよ」
頭を打たれたような衝撃がメアリーを襲う。
そして身体から抵抗の力と気力が止めどなく抜け落ちていった。
自分が両親達を死なせる原因となっていた事実に、メアリーは耐えられず涙を流した。
「な……んで」
「重いかね、自分の罪が……だが心配する事はない。私がその罪から解放してあげよう」
ガミジンはダークドライバーを掲げて再び悪魔へと姿を変える。
そしてその鋭い蛇の牙で、メアリーの身体を貫いた。
痛みは感じなかった。
ただ噛まれた場所からボロボロと、メアリーの身体は崩れて散って……。
最後には、小さな魂の光だけがふよふよとその場に浮いて残っていた。
ガミジンはカンテラを取り出して、その蓋を開ける。
このカンテラの名は『魂の牢獄』。肉体を失った魂を閉じ込める為に造られた、ゲーティアの魔道具。
浮かんでいる光に牢獄を近づけると、メアリーの魂をは吸い込まれるように、牢獄の中へと閉じ込められた。
「ふふふ……フゥゥハハハハハハハハハハハハ!!!」
狂ったように喜びの声を上げるガミジン。
その顔は達成感に満ち溢れていた。
「これで最後の障害は無くなった! 後は船を起動させて魂を狩り取るのみ!」
ガミジンは子供の様にはしゃぎながら、舵輪のある甲板へと向かう。
「もう幻覚で誤魔化す必要はない! バミューダの人間を皆殺しにして、私はこの義体を完成させるのだ! そうすれば陛下の覚えも良くなるというものォ!」
力一杯に舵輪を回すと、幽霊船は意志を持った生物の様に動き始めた。
「さぁ行け
◆
レイが目を覚ますと、空はどこかの天井になっていた。
「よかった、気が付いたんですね」
「オリーブ? ……そうだ、ガミジンのやつ!」
「まだ起きちゃダメ。毒が抜けてない」
変身しているアリスに促されて初めて、レイは自分が宿屋のベッドに寝ていると気づいた。周りにはチームの仲間達が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「何があったの」
フレイアに問われたレイは、先ほどまでの事を語り始めた。
メアリーがガミジンの探していたハグレであった事。
ガミジンの研究室にあった魔導兵器の論文の事。
ガミジンと戦闘した事。
そしてガミジンにメアリーが攫われた事を……。
「俺の判断ミスだ。もっと早く皆を呼ぶべきだった」
「終わった事を言っても仕方ありませんわ」
「そうそう。とりあえず今はあのガミジンって奴をどうにかしなきゃっス」
「でも本当にメアリーちゃんが鍵だったら……」
「幽霊船、完成してるかも」
アリスの一言で場の空気が一気に重くなる。
「……でも、物は考えようじゃないかな?」
「ジャック」
「レイ達が見つけた論文の通りなら、幽霊船を完成させる為に膨大な魂を狩り取る必要があるんだろ。ならここはあえて、向こうから動いてくるのを待つってのも手じゃないかな?」
「……確かにそうだな」
「あの空間の裂け目に逃げられてはどうしようもありませんが、向こうから出向いてくださるのなら」
「アタシ達にも勝機はあるってね!」
少し希望が見えた気がした。レイは肩から重しが外れる様な感覚を味わう。
気づけば治療も終わり、アリスは変身を解除していた。
「はい終わり。でも無茶はダメ」
「サンキュ、アリス」
『レイ、これからどうする』
「そうだね、今回はレイが主体で動く事になっているし」
「……ジャックが言ってたように、向こうが動き出すのを待つ。どの道空間の裂け目にはどうもできないからな。あとは……」
「あとは?」
「いや、なんでもない」
疑問符を浮かべるフレイアから目を背けて、レイは少し俯く。
実は内心少し悩んでいたのだ。
幽霊船を破壊して、ガミジンを倒せば狩られた魂も解放される。
だがそれで完全に元に戻るのは肉体が現存している魂だけ。
メアリーの様に年単位で彷徨っていた魂は、間違いなく肉体が残っていない。
そんな人たちも含めて救うにはどうすれな良いのか、レイは少し頭を抱えていた。
「そういえば、今何時だ?」
「えっと、夜の20時っスね」
レイは驚いて窓の外を見る。外は黒々とした夜が広がっていた。
嫌な予感がする。
レイがベッドから飛び降りようとした次の瞬間、窓の外から多数の悲鳴が聞こえて来た。
「ッ!? フレイア!」
「言われなくても! 行くよみんな!」
チームの面々は大急ぎで宿の外に出る。
するとそこには街を包む霧と、空を覆い隠す程大量の幽霊。
悲鳴を上げた人々は突然現れた幽霊に恐れを抱き、逃げ惑っていた。
「ちょっ、変身してないのに幽霊見えるんスけど!?」
「それに街の人も気絶していません」
「いよいよ本格的に仮を始めたって事か。もう隠す必要も無いんだろうよ」
レイはグリモリーダーと銀色の獣魂栞を構える。
「今は口でどうこう言ってても仕方ない。みんな、いくぞ!」
「「「応ッ! クロス・モーフィング!」」」
一斉に変身して魔装を身に纏うレイ達。
――弾弾弾ッ!!!――
ここまでの連戦で幽霊への対処方法は分かりきっている。
レイはコンパスブラスターを銃撃形態《ガンモード》にして、他のメンバーも各々魔力に特化した攻撃で幽霊を討ち取っていく。
「うわぁぁぁぁ!」
「どらぁ!」
男性に大鎌を向けて来た幽霊を撃ち落とすレイ。
「屋内に逃げろ!」
「は、はい」
レイの指示通りに近くの建物に逃げ込む男性。
どうやら屋内に入れないのは変わらないらしい。
「コンフュージョン・カーテン」
「雷手裏剣!」
アリスの魔法で幽霊の動きを止めて、ライラの魔法で一掃していく。
だがそれでも幽霊の数は減る気配を見せない。
「これじゃあキリが無いわね!」
「溜め込んでた幽霊全部吐いてるだろうよ!」
終わりの見えない幽霊に愚痴を零すフレイアとレイ。
だが実際問題、このままではジリ貧になりそうだった。
「やっぱり、元を断たないと駄目だね」
「ですがこの幽霊を放置しては街の方々が」
「いや、ジャックの言う通りだ。確かに幽霊を放置したら街の人達の魂が狩られる。でも幽霊船を壊して、ガミジンを倒せば捕まった魂も元の肉体に戻るはず」
「つまり幽霊船を攻めた方が良い結果になる」
「アリス正解」
そうと決まれば幽霊船に乗り込むまで。
だがレイ達が行動に移そうとした瞬間……
「もうヤダなー。そこまでバレて行かせるわけないじゃーん☆」
声のした方に振り向くと、そこにはピンク髪の少女。
忘れる筈も無い、ガミジンの協力者パイモンだ。
「てめぇ、また邪魔しに来たのか」
「仕方ないじゃーん、それが私のお仕事なんだもーん」
プンスカプンとパイモンは可愛らしく頬を膨らませるが、レイは仮面越しに容赦なく睨みつける。
「キースおじ様の時は散々な目にあったけどぉ~、今回はそういかないよーだ」
そう言うとパイモンは一つの小樽を取り出し、その蓋を開けた。
「お前、それは!?」
「ガミジンおじ様も使ってたから知ってるでしょ♪」
樽を逆さにし、中身を地面にぶちまけるパイモン。
撒かれたデコイインクはゴポゴポと音を立てて、大量のボーツを生み出した。
「はーい! それじゃあ足止めよろぴく~♪」
パイモンの号令に合わせるかのように、ボーツの大群は一斉に襲い掛かって来た。
レイも咄嗟にコンパスブラスターを剣撃形態《ソードモード》にして応戦する。
「ボォォォォォォツ!」
「ぐッ!」
ボーツの硬質化した腕を受け流すレイ。
一瞬の隙を突いて、胴体から両断する。
他のメンバーも同じくボーツの攻撃をいなし、迎撃し、討ち取っていく。
だがその間隙を突くように、幽霊が襲い掛かってくる。
「クッソ、邪魔ァ!」
コンパスブラスターの刃に魔力を纏わせて、レイは両方と戦う。
しかしそれでも数が多すぎる。
レイがどうしたものかと考えていると……
「レイ、先に行って!」
「フレイア。でも――」
「ここは僕達に任せて、レイは先に船へ行ってくれ」
「レイ君の道はボク達が作るっス」
迷ってしまう。この数の敵を任せて大丈夫なのかと。
『レイ、彼らを信じよう』
「スレイプニル……分かった。オリーブ、マリー! 一緒に来てくれ!」
「はい!」
「分かりましたわ」
「アリスは勝手について行く」
レイの後ろをトコトコとついて来るアリス。
正直こうなる事は予測済みで名前を呼ばなかった節もある。
「「「ボッツ、ボッツ、ボッツ」」」
「邪魔はさせない!」
道を阻むボーツや幽霊。フレイアは籠手から放った炎で、それらを焼き払う。
そして残りはレイ達は自分の力で迎撃していく。
「行かせると思ってるのかにゃ~☆ トランス――」
パイモンがダークドライバーを掲げて変身しようとした瞬間、その腕を幾本もの鎖が縛り上げた。
「グレイプニール。悪いけど、君の相手は僕だよ」
「……ランボーな男ってサイテー」
苛立った表情でジャックを睨みつけるパイモン。
だがその一瞬の隙が、前へ進むチャンスとなった。
パイモンを横切ってその場を後にするレイ達。後を追おうとするパイモンだが、ダークドライバーを弾き飛ばされて変身もできず、ジャックの鎖につながれるばかりであった。
街道を走り抜けるレイ達。
やはり道中もボーツや幽霊が襲い掛かってくるが、最小限の攻撃で突き進んでいく。
「やっぱコイツら邪魔!」
「じゃあ追ってこれない速度で行こう」
そう言うとアリスは、グリモリーダーの十字架を操作した。
「融合召喚、カーバンクル!」
グリモリーダーからインクが放たれて巨大な魔法陣を描き出す。
それと同時に、ロキの魔力とアリスの肉体が急激に混ぜ合わさっていく。
『キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、イィィィィィィィィィィィィィィ!!!」
魔方陣が消え、巨大な
『みんな背中に乗って。空から行く』
「キューイキューイ!」
「さっすが俺の幼馴染。話が早くて助かる」
レイ達が背中に乗った事を確認すると、ロキは身の丈程もある大きな耳を羽ばたかせ始める。
襲い掛かるボーツや幽霊も、その風圧で軽く吹き飛んでしまった。
「キュゥゥゥゥゥゥイィィィィィィィ!」
大きな鳴き声を上げて、ロキは大空に飛び立つ。
そしてレイは強化した視力で、空から海を見つめた。
見えたのは海に佇む不気味なガレオン船の姿。
間違いない、幽霊船だ。
「アリス! 幽霊船まで全速前進で頼む!」
『りょーかい』
「これは、お腹を括らないといけないですね」
「大丈夫ですわオリーブさん。もう敵の種はおおよそ見えています」
「よし……突入だ」
ロキは巨大な耳を羽ばたかせ、猛スピードで前進していった。