白銀のヒーローソウル【WEB版】   作:鴨山兄助

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Page57:その魂だけでも②

 ゆらりゆらりと、意識の夜を微睡み泳ぐ。

 此処は何処だろうか。

 指は動く。首も回る。

 触感の存在が怪しく感じられるが、指が動くなら瞼も開くだろう。

 レイは静かに目を開けた。

 

「暗い」

 

 最初に眼にした光景は闇。

 首を左右に動かし確認しても、目に映るのはどこまでも深い闇、闇、闇。

 少々驚いたが、レイは極めて冷静に直前の状況を思い出した。

 

「そうだ、俺はバハムートの心臓に意識を持っていかれて……」

 

 意識どころか魂を持っていかれたのだろうか。

 だとすれば此処はバハムートの心臓、狩られた魂を溜め込んでいる牢獄の中だろうか。

 もしもそうであれば、まだ都合は良いかもしれない。

 

「(メアリーの魂もこの中に)」

 

 身体を確認すると変身は解けている。

 スレイプニルに声をかけるが返事はない。

 

「飲み込まれたのは俺だけか」

 

 とにかく動いてみなければ始まらない。

 レイはバタ足の要領で闇の中を進んだ。

 だが進めど進めど、闇以外のものは見えてこない。

 

「実は黄泉の国ですとかやめてくれよ」

 

 少し不安になるレイ。

 ここまで何も見えないと自信もなくなる。

 だがそれでも進むしかない。

 

 すると、肌を何か生ぬるい風が撫でている事に気が付いた。

 気になってレイは風の来る方向へと進む。

 

「――ッ!?」

 

 突然の事であった。

 ゆっくりと吹いていた風が、肌を切り裂かんばかりに強い突風へと変わったのだ。

 咄嗟に身構えるが、風は容赦なくレイに襲い掛かり、その身体に侵入してくる。

 

 それは叫び声であった。

 それは感情であった。

 自分ではない何者かの声が、レイの全身に入り込んでくる。

 

「なんだ、これ」

 

 助けて、苦しい、家に帰りたい……多種多様な言葉が風に乗ってくる。

 悲しみ、怒り、憎悪、苦痛、破滅、悪意、絶望。

 強い負の感情の集合体。それが暴風と化して、この闇の世界を満たしている。

 恐らくはこの牢獄に閉じ込められた死者の魂。

 その魂の怨念なのだろう。

 

「クソッ……ここに飲み込まれた時と同じか」

 

 短時間で凄まじい量の感情を脳に直接叩きつけられる。

 必死に抵抗するが、レイは意識を保つ事さえ難しくなってきた。

 

 ここまでか。

 言葉にならない怨嗟の咆哮に飲み込まれそうになる。

 

 

≪しかたないなぁ。ちょっとだけ助けてあげる≫

 

 

 頭の中に女性の言葉が浮かんだ。

 文字列だけなのに、何故女性だと分かったのかは不明だ。

 だが次の瞬間、背後から闇の世界に黄金の光が灯された。

 

「あっ……」

 

 光が闇を祓うように、黄金の光に照らされた暴風は忽ちに消滅する。

 間一髪で助かった。

 レイは背後を振り向いて、光を灯した者を見やった。

 

≪こうして会うのは……一応はじめましてになるのかな≫

 

 そこに居たのは、年端もいかなそうな少女であった。

 美しい金色の髪をなびかせているが、顔は仮面に隠れていてよく見えない。

 服は何処かの国の民族衣装だろうか。神聖雰囲気を感じられて、まるで巫女服のように見える。

 だが最も特筆すべき異質さは、その全身を優しく包んでいる黄金の光だった。

 

「えっと、ありがとう」

≪どういたしまして。でも一人でこんな怨念の海に入るのは、ちょっと無謀だと思うな≫

 

 痛いところを突かれて、レイは少し下唇を噛んだ。

 だが今はその話は置いておきたい」

 

「あの、君は――」

≪あ、ごめん。そのまま動かないでね≫

「へ?」

 

 突然の制止命令を下すと、少女は手元に一つの魔武具を顕現させた。

 

≪【古代銃剣】プロトラクター、顕現≫

 

 それは、レイも見た事が無い魔武具であった。

 分度器の意匠がある銃剣一体型の魔武具。

 それを銃の様に構えると、少女は躊躇いなく発砲した。

 

「ッ!?」

 

 放たれた黄金の弾丸はレイに当たる事無く、カーブを描いて、背後から襲い掛かろうとしていた幽霊に着弾。

 まばゆい光と共に、その幽霊の動きを完全に停止させてしまった。

 

≪ここに閉じ込められているのは良い魂ばかりじゃない。ああいう悪い魂もいるの≫

「ありがとう。三回も助けられちまったな」

≪?≫

「一回目は俺がガミジンと戦ってた時だ。あの黄金の魔力に、敵を制止させる力。ガミジンの黒炎から俺を守ってくれたのは君だろ?」

≪せーかい。レイは察しがいいね≫

「助けてくれたのは嬉しいけど、君は何者だ? なんで俺の名前を知ってる」

≪……今はまだ何も言えないかな。でも安心して、()()はレイの敵じゃない≫

「本当か?」

≪本当。それと私達の呼び方だけど……特にない。けどゲーティアの悪魔達は『黄金の少女』って呼んでくるから、呼びたかったらそれでお願い≫

 

 奇妙な呼び名を要求されて、レイは思わず苦笑してしまう。

 

「おっと、今はそれどころじゃあ無かったな」

≪メアリーちゃんの魂を探すんでしょ≫

「なんでもお見通しかよ」

≪大体の事を知ってるだけ。でも今のレイの探し方じゃ一生見つからない≫

 

 黄金の少女が急に顔を近づけてくる。

 

≪いい? 闇の中を無計画に進んでも何にも辿り着けない。何かを見つけるにはそれに適した力を行使しなければならないの≫

「適した力?」

≪今のレイに必要なのは『魂を繋げる力』。それがあれば、メアリーちゃんを見つけられる≫

「俺そんな力持ってねーぞ」

≪大丈夫≫

 

 そう言うと黄金の少女は、レイの左胸に手を当てた。

 

()()()()()は、その力を受け継いでいる。貴方の魂には、その力が確かにある≫

「……」

≪すぐには信じられないかもしれない。でもレイ自身がその力を自覚しないと、先へは進めない。だから信じて≫

 

 不思議な感じだった。

 初対面の少女なのに、言っている事は荒唐無稽で滅茶苦茶な事なのに、レイは不思議と黄金の少女を疑う気になれなかった。

 それどころか、昔からよく知る者と話しているような、そんな感覚さえあった。

 

「信じるよ。どーせ進む先も当てずっぽうの予定だったし」

≪……ありがとう。それじゃあここから先は、私達がナビゲートしてあげる≫

 

 無邪気に、軽やかに闇の中を飛んで、少女はレイの目の前で停止する。

 

≪左胸。心臓の所に手を当てて≫

「こうか?」

≪そう。そしたら自分の魂に意識を集中して≫

 

 レイは目を閉じて、左胸の心臓に意識を集中させる。

 魂、霊体へ意識を向けろという事だろうか。

 スレイプニルに疑似魔核を移植された時の感覚を思い出しつつ、意識を一点に集める。

 

「?」

≪感じ取ってきたんじゃない? 自分の魂を≫

 

 黄金の少女の言う通りだった。

 意識を集中させればさせる程に、レイの頭の中で魂の形が明確に浮かび上がってくる。

 淡く光る光の玉である魂。それに隣接するように在るのは銀色の光、疑似魔核だ。

 だが感じ取れるのはそれだけではない。

 

「……なんだこれ?」

 

 レイ自身の魂に食い込むように存在する純白の輪っか。

 大きさや見た目的には指輪のような形であった。

 

≪指輪の存在を感じ取れた? その指輪がレイと他の魂を繋げてくれる≫

「これが?」

≪イメージして。その指輪から波紋が広がるイメージを≫

 

 黄金の少女の指示に従って、レイはイメージする。

 魂に食い込んでいる指輪から大きな波紋が広がるイメージ。

 するとレイが魂の震えを感じると同時に、指輪から光の波紋が体外に広がり始めた。

 光の波紋が闇の世界に隠された魂にぶつかる。

 一つぶつかる度に、その魂の正体がレイ頭の中に情報として入り込んでくる。

 

「オイオイなんだよこれ!?」

≪最初はちょっと気味悪いかもしれないけど、我慢して。すぐにな慣れるから≫

 

 「本当か?」と思いつつ、レイは再び波紋を広げるイメージを浮かべる。

 光の波紋が何度も広がる。一つ広がる度に、牢獄に囚われている魂の在処が分かってくる。

 これが「魂を繋げる力」。レイは直感的に理解できた。

 今自分がやっている事は、この力の予備動作に過ぎない。

 この力の真骨頂はもっと別にある筈だ。

 レイは好奇心が疼いたが、今はメアリーを探すのが先だ。

 

「(違う……違う……この魂でもない)」

 

 頭の中に入ってくる情報を頼りにメアリーの魂を探し出す。

 波紋の角度もその都度変えてみる。

 そしてレイは、一際大きな輝きを放つ魂を見つけた。

 一つは水鱗王バハムート。そしてもう一つは……

 

「見つけた!」

 

 後は身体が勝手に動いた。

 レイは迷うことなく、メアリーの魂に手を伸ばして、掴み取った。

 瞬間、魂が像を紡ぎ出す。

 レイが掴んでいた箇所は小さな手となり、魂は瞬く間にメアリーの姿へと変化した。

 

「え、お兄さん……」

「よっ。湿気た面してるな」

 

 突然現れたレイに、メアリーは困惑の表情を浮かべる。

 

「なんでここにいるの?」

「ん~、幽霊船に潜り込んで、バハムートの心臓に触ったら飲み込まれた」

「……ごめんなさい、わたしのせいで」

「別にお前が悪いわけじゃねーんだから、謝る必要なんてねーよ」

「んーん、全部わたしのせいだったの。お父さんもお母さんも、王さまも……みんなわたしのせいで死んじゃったの!」

 

 嗚咽を上げながら、メアリーは語り始めた。

 自分が両親と共に商船に乗った事。自分がそこで歌を歌った事。バハムートに聞いて貰った事。

 そして、商船に近づいたバハムートを狙ってガミジンが虐殺に動いた事。

 その虐殺でバハムートと商船の乗員が皆殺しになった事。

 

「わたしが歌ったからみんな死んじゃった……全部わたしが悪いんだ」

「違うッ! 悪いのはメアリーやバハムート達を殺したガミジンだ!」

「でもわたしが歌わなかったらなにもおきなかったんだよ! お父さんもお母さんも、みんな殺されなかったんだよ! お兄さんも、こんなところに来なくてよかったのに……」

 

 泣きじゃくり始めるメアリー。レイはその姿を見て、少し前の自分の姿を重ねた。

 

「俺一応、君を助けに来たつもりなんだけど……」

「ダメだよ、わたしなんか……」

 

 俯き加減にそう零すメアリー。

 どうやら完全に自分が全ての元凶と思い込んでいるようだ。

 心も罪悪感で押しつぶされそうになっているだろう。

 

「(さて、どうするか)」

 

 このままでは外に連れ出させてくれないだろう。

 何とかして説得しなければならないのだが、上手い文句が浮かばない。

 だが、自分以外ならば。

 

「待てよ……オイ、黄金の!」

≪なに?≫

「指輪の力は、魂を繋げる力なんだよな!?」

≪そうだよ……何か思いついた?≫

「一か八かの策がな」

 

 レイは掴んでいたメアリーの手を、自分の左胸に強引に押し付けた。

 

「メアリー、もし自分が恨まれていると思うんなら、本人たちに聞いてからにしろ!」

 

 レイはそのまま魂に意識を集中させて、再び光の波紋を広げ始めた。

 先程メアリーの魂を探す過程で見つけた数多くの魂。その中にあった三つの魂を再び探し出す。

 

「(……なんだ、ずっとそばに居たんじゃないか)」

 

 メアリーのすぐそばに在った魂に波紋を当てる。

 そして、それらの魂とメアリーを紐で繋げるイメージを浮かべる。

 すると、メアリーの後ろで三つの像が紡がれ始めた。

 

「あっ……」

 

 メアリーは小さな声を漏らす。

 その視線の先には二人の男女と、巨大な鯨の魔獣。

 魔獣の名前はバハムート。そして男女は……

 

「お父さん……お母さん……」

 

 メアリーは勢いよくレイから離れて両親の元に駆け寄る。

 

≪この使い方、よく気づいたね≫

「なんとなくだけど、出来る気がしたんだ」

≪ホント、レイは適応力高いね≫

 

 視線をメアリーに移す。

 メアリーは父親の胸の中で泣きじゃくっていた。

 

「ごめんなさい、お父さん……わたし……」

「いいんだよ、メアリーは何も悪くない。悪いのはあのガミジンという男だ」

「でも……でも……」

「メアリー、貴女が歌を歌ったせいで誰かが苦しんだ事なんてない。むしろ貴女の歌のおかげで私達は救われていたの」

「……どういうこと?」

「水鱗歌の本当の意味さ」

 

 レイが説明のバトンを受け取る。

 

「メアリーが歌っていた水鱗歌はバハムートの制御呪言でもあったんだ」

「?」

「つまりなメアリー。バハムートは最初から、街の人達を守る為にお前を逃がしていたんだ。メアリーに歌ってもらう事で、自分が暴走しない為に」

「その者の言う通りだ、メアリー」

「王さま」

「メアリーよ、お前が我々を傷つけたのではない。悪逆を働いたのはお前の歌を利用したガミジンだ」

 

 「でも」と言おうとするメアリーを、メアリーの父親が制止する。

 

「メアリー、君が歌わなけれなもっと多くの人が死んでいた。君が歌ってくれたから、私達は苦しみから逃れられた。恨むことなんて何もない」

「お父さん……」

「そーいうこった。お前が歌う事で皆が救われていた。バハムートもガミジンと戦う事ができたんだ。メアリー、お前は本当に立派だと俺は思うぞ」

 

 再び声を上げて泣き始めたメアリーを、母親が優しく抱きしめる。

 メアリーは泣いているが、両親やバハムートの真意を知れた為か、どこか肩の荷が下りたような表情も浮かべていた。

 

「メアリーは本当によくやったよ。だから後の事は俺達に任せろ」

「お兄さん……なにもの?」

「自称ヒーローだ」

 

 ニッと笑うレイに、メアリーはやっと小さな笑顔を浮かべた。

 そして数分の後、母親はメアリーをレイに引き渡して来た。

 

「娘をお願いします」

「お願いしますって、アンタ達も一緒に――」

「幾つもの魂を抱えては枷になるであろう。小生たちはそれを望まん」

「けど」

≪レイ、バハムートの言う通り。ここから魂を持ちだすのは一つが限界。もし無理に複数の魂を持ち出そうとしたら身動きが取れなくなっちゃう≫

「安心せよ戦騎王の契約者よ。小生たちは必ずやお主が此処から解放してくれると信じているぞ」

「……分かった。必ず助ける、だから待っててくれ」

≪じゃあ、帰り道もナビゲートしてあげるね≫

 

 そう言うと黄金の少女は手をかざし、闇の中に光のゲートと展開した。

 

≪はい、帰り道≫

「すげぇ」

 

 レイはメアリーの腕を掴み、今一度バハムート達を見る。

 皆覚悟を決めた表情でこちらを見つめている。

 そうだ、たとえこの牢獄から解放したとしても彼らは……。

 レイは下唇を強く噛み締めて、ゲートへと急行した。

 

 

 

 

 目を覚ます。

 目の前に広がっているのは闇ではなく、悪趣味な筋肉繊維ばかり。

 

『レイ! 意識が戻ったか』

「スレイプニル……俺は」

『急に意識を失ったのだ』

 

 自身の身体を確認する。銀色の魔装を身に纏ったままだ。

 辺りを見回すが黄金の少女の姿もない。

 一瞬、先程までの事は夢だったのではないだろうかとレイは疑った。

 だが握り締めていた右掌を開くと、それが現実のものであったと証明された。

 

「スレイプニル、俺ちゃんとメアリーを助けられたよ」

 

 開いた掌の上に浮かぶ小さな光の玉。

 メアリーの魂だ。

 

『それは確かに、メアリー嬢の魂だ……中で一体何があったのだ?』

「えーっとな、なんか闇の中に放り出されたと思ったら、急に黄金の少女とか言うのが出て来て……」

『黄金の少女……だと』

「知ってるのか?」

『……いや、今は話すべき時ではない』

「まぁ、それもそうだな。今はこの悪趣味船の中から脱出しないとな」

 

 レイはバハムートの心臓を一瞬見つめる。

 先程の波紋で感じ取った魂たちに思いを馳せながら。

 

「(絶対に助ける……絶対にッ!)」

 

 そしてレイは立ち上がり、侵入経路を逆走する形で船から脱出を始める。

 まだ牢獄に囚われている魂を必ず解放すると決心して。

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