白銀のヒーローソウル【WEB版】   作:鴨山兄助

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章と章の間の物語。
そして所謂日常回、はじまります。


幕間の物語Ⅰ
PageEX01:フレイアの〇〇


 夢を見る。

 フレイア・ローリングという少女にとって、一番古い記憶の夢だ。

 

「(また……この夢か……)」

 

 詳細は分らないが、舞台は広々とした宮殿だったと思われる場所。

 そう、「だった」場所だ。

 壁も柱も崩落し、辺りは一面火の海に沈んでいる。

 鼻孔を刺激するのは酷い煙たさと、身を焼く熱量。そして生き物が焦げる臭い。

 外からは怒声が聞こえてくるが、此処には人の影が一つのみ。

 赤い髪の小さな女の子、幼い時のフレイアだ。

 フレイアは炎の中でなにもできず、ただ泣き叫ぶばかり。

 

 何故こんな場所に居るのか、それはフレイア自身にも分からなかった。

 この時のショックのせいだろうか、フレイアはこれより以前の記憶を持っていないのだ。

 

「(アタシ、誰かを探していたのはわかる……でも誰だろう?)」

 

 涙で顔を濡らしながらも、崩落した瓦礫を避けて、炎の中を歩んでいく。

 誰かの名前を叫ぶ。けれども誰を呼んでいるのかは分からないし、思い出せない。

 父か母か、それ以外か。幼いフレイアは必死に声を張り上げる。

 だが誰も返事をしてはくれない。

 

「(誰か……誰か返事をして!)」

 

 怖かった。

 燃え盛る炎の中で独りぼっちなのが、堪らなく怖かった。

 その恐怖を払拭しようと、フレイアは更に声を上げる。

 だが聞こえてくるのは壁や柱が崩れ落ちる音ばかり。

 

 瓦礫は容赦なく、行く道を阻んだ。

 後戻りしようにも、今度は炎がそれを許さない。

 完全に逃げ道を失ったフレイアの恐怖は頂点に達した。

 助けを呼んでも誰も返事はしない。建物の崩落は進み、幼い少女にはその場で立つのも困難な程の揺れが起きる。

 倒れて膝をついたフレイアの頭上から、不穏な崩壊音が鳴り響く。

 咄嗟に見上げたフレイアは次の瞬間、己の行動を後悔した。

 

 崩落した天井が、容赦なくフレイアを押し潰そうとしていた。

 最早悲鳴を上げる余裕すらもない。

 フレイアはその場で硬直し、ただただ己の死を待つばかりとなった。

 巨大な瓦礫が眼前に迫る、そして……

 

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 此処は女子寮の自室。

 フレイアはベッドの上で息を荒立てながら目覚めた。

 

「夢、か……」

 

 嫌な所で途切れたものだと、フレイアは内心不満を抱く。

 昔の夢を見るのは今に始まった事では無いし、結論としてはフレイアは瓦礫に押し潰される事はなかった。

 あの直後、フレイアの眼前を銀色の魔力《インク》が噴流となって通り抜け、襲いかかる瓦礫を跡形もなく消し飛ばしてしまったのだ。

 自身が助かった安心感で気を失ったフレイアが次に目覚めたのは、地方の小さな病院。そこで治療を受けた後、身寄りのないフレイアは孤児院へと引き取られた。

 自分を助けてくれたのがセイラムでヒーローと呼ばれている男だと知ったのは、それから随分経ってからの事だった。

 

「うわ、寝汗すごっ」

 

 汗で湿った服を脱ぎ捨てるフレイア。

 孤児院での生活は、苦しくはなかったが楽とも言い難い。

 何せ田舎の孤児院だ、お金がない。フレイア含む子供たちはいつも腹を空かせていた。だがフレイアはそんな生活にあまり辛さは感じなかった。

 なぜなら孤児院の生活に孤独は無い。

 初めの頃は孤児院大人達も、両親を亡くしたフレイアに気を使っていた。しかし、事故のショック(?)で両親の記憶すら失っていたフレイアにはどこかそれが他人事のように思えて仕方なかった。

 結果として、同じ孤児院の仲間達と作り上げた絆がフレイアの心の支えとなった。

 

「よし、と」

 

 寝汗を手拭でふき取り、着換えを終えたフレイア。

 孤児院から遠く離れたセイラムの地のおいて、今はこの女子寮が彼女の帰る家なのだ。

 

 部屋を後にして一階の食堂へと降りる。

 朝と言うには遅い時間なせいか人気はほぼ無い。

 

「あ、クロさん。おはよー」

「あらフレイアちゃん。今朝はお寝坊さんなのね〜」

「いやぁ〜、バミューダから帰ったばっかだから眠くて眠くて」

「お仕事大変だったのね〜」

 

 どこか間延びした口調でコロコロと笑う妙齢の女性。

 ギルド女子寮の寮母、クロケルさんだ。

 見た目はのほほんとしていてどこか抜けていそうだが、一人でギルド女子寮を切り盛りする肝っ玉さんである。

 

「お腹空いてるでしょ。今朝ご飯用意するわね」

「やーりぃ! やっぱり朝はクロさんのパン食べないとね〜。バミューダじゃ食べれなくて元気半減だったから」

「あらあら、嬉しい事言ってくれるわね」

 

 ニコニコとしながら厨房に姿を消すクロケル。

 フレイアは何気なく食堂を見回した。

 やはり人の姿は自分達以外ない。いつもは遅く起きても誰かしらいるのに、今日は珍しく皆出払っているのだろうか。

 少し胃と心臓が締め付けられるフレイア。

 いや、よく見れば食堂の隅に見知った顔が一人居た。朝から優雅に紅茶を嗜んでいる。

 

「マリー、おはよー」

「あらフレイアさん、おはよう御座います。今日はわたくし達だけのようですね」

「みたいだね〜」

「なんでも皆様、港の方のお手伝いに向かっているそうですわ」

「港?」

「先日のバミューダでの一件が終わって、詰まっていた商船が一気にセイラムの港に来たそうなのです。それで大規模な市が開かれたという事で、急遽ギルドの操獣者が手伝いに駆り出されているというわけです」

「え、それアタシ達も行かなきゃいけないんじゃ」

「それなら大丈夫よ〜。フレイアちゃん達は事件解決の立役者ですもの。今日はゆっくり休んでってギルド長から直接通信が来たわ〜。何故か死にそうな声をしてたけど」

 

 トレイいっぱいのパンを積み上げて、クロケルが厨房から戻ってきた。

 だがセイラムに戻った後、レイから執務室での顛末を聞いていたフレイア達は何も答えられなかった。

 あれは仕方ない、自業自得である。

 

「スープ今温めてるから、もう少し待っててね」

「はーい! クロさんのパンはそのまんまでも美味しいんだよね〜、モグモグ」

「そうですわね。これほど美味しいパンは実家でも中々お目にかかれませんでしたわ」

「モグモグ、前職パン屋さんだったりひて、モグモグ」

 

 貴族の娘であるマリーをも唸らせるクロケルのパン。

 当然のように、この女子寮の名物である。

 フレイアも一口食べて惚れ込んで、今では完全にこのパンの大ファンだ。

 

「もー、フレイアちゃん。女の子がそんなにがっついちゃメッですよ」

「いいじゃん。美味しいんだもん」

「わたくしはクロさんに同意いたしますわ。フレイアさんはもう少しお淑やかさが必要かと」

「(マリーにだけは言われたくないかなー)」

 

 本性を知っているだけに尚のこと。

 だが口にパンを詰め込んで、必死に言葉にしないようにするのがフレイアという女である。

 目の前に差し出されたスープを飲む。当然のようにパンとの相性は最高だ。

 

「そういえばチームのみんなはどうしてるんだろ」

「ライラさんは魔武具整備課のお手伝いだそうですよ。オリーブさんは実家で下の兄弟をお世話。ジャックさんは……わかりませんわ」

「ジャックは休日滅多に連絡つかないからね〜。アリスは多分レイのところで、レイはアタシの剣を作ってる最中っと」

 

 ちなみにフレイアは自分の剣なのだから何か手伝うと申し出たは良いものの……「お前のようなどう考えても不器用モンスターな奴にできる仕事はない」と言われて断られてしまった。

 

「てことは今日はアタシとマリーだけなんだ」

「そうですわね」

「ねぇマリー、ちょっと模擬戦場に付き合ってよ」

「予備の剣をもう壊すおつもりですか? せめてレイさんの作る剣が完成してからにしませんと」

「でも暇なんだもーん」

「それに付け加えれば、ギルドの模擬戦場の開放はあと一週間は先ですよ」

「……あっ」

 

 ギルドの模擬戦場。

 広い面積に強固な壁で囲われており、フレイアレベルの操獣者の攻撃を受けても簡単には壊れない強固さを誇る場所だ。

 GOD所属の操獣者は大抵ここで鍛錬を重ねるのだが、今は少々事情が違う。

 先のキースが起こした事件で、この模擬戦場も甚大なダメージを受けた。

 その上幽霊船騒動で修繕の材料が届かず、今やっと修理が始まったところなのである。

 

「うぐぐ……」

「荒事は一区切りついたのですから、フレイアさんも、たまにはのんびりしてはいかがですか?」

「のんびりか~……ちなみにマリーは今日どうするの?」

「今日は遠征中に書いたわたくしとオリーブさんの愛の記録を整理する予定ですわ。あ、よければフレイアさんもご一緒に――」

「今アタシの中で今日の予定が一人で外をぶらつくに決まったわ」

 

 これでマリーに付き合おうものなら、自分史上最も不毛な休日になるのは目に見えている。

 ちなみにマリーは愛の記録と言っているが、どうせ中身はただの観察日記だ。

 

「そうですか、それは残念です」

 

 シュンと項垂れるマリーを見て少々罪悪感が芽生えるが、ここは心を鬼にしなければいけない。

 フレイアはパンを齧りながら、休日の潰し方を考えていた。

 

 

 

 

 一時間後、フレイアはセイラムシティの中をぶらぶらと歩いていた。

 結局のところ有意義な休日を過ごす妙案が浮かぶことはなく、今はこうして当ての無い散歩をするばかり。

 

『グオォォォ』

「暇だね、イフリート」

 

 ポケットに入っている赤い獣魂栞に、フレイアは気の抜けた返事をする。

 少し前からは想像もつかない程、今のセイラムは平和だ。

 石畳の道を馬車が走り、周辺からは貴婦人の談笑と露店の客寄せの声が鳴り響いている。

 天を仰ぎ見れば、青空を背景に飛竜や魔鳥が飛び交う。

 ここ最近荒事続きだったフレイアにとっては、久しぶりに何もない平穏であった。

 

「平和なのは良いことなんだけど……やっぱり暇〜」

 

 元々行動力が具現化したような人間であるフレイアにとって、こうも暇な時間は耐えられなかった。

 かといって誰かに構ってもらおうにも、チームの皆は本日入用である。

 フレイアは普段こういう休日は模擬戦場での鍛錬に費やすのだが、現在閉鎖中。

 何か趣味でも始めようかと思ってはみたものの、座学の成績は下から数えた方が早いくらいに本は苦手。レイに言われたように、細かい作業は苦手な不器用モンスターなので裁縫や料理もできない。

 

「うーん……詰んでるね、これ」

 

 フレイアは街中で大きなため息を一つついた。

 自分の発想力のなさに少し嫌気がさす。

 だが街を歩いていれば、何かいい暇潰しの一つでも見つかるだろう。お金もいくらか持っている。

 フレイアはそう考えて、散歩を続けた。

 

 変わらぬ街の空気。

 レイ達と一緒に守った街の風景。

 それを眺めながら、意味もなく歩みを進める。

 少し小腹が減ったので、露店で食べ物を買う。

 串に刺して焼いた肉と、デザートに東国の伝統的なお菓子だ(イモヨウカンと言うらしい)。

 美味しい。腹は満たされたが、どうにも心が空腹のままだ。

 

「なんか……やだなぁ」

 

 孤独感が心に噛みついて来る。

 孤児院育ちだからか、それともあの夢のせいか。

 フレイアはどうにも孤独というものが苦手で仕方なかった。

 仲間を集めてチーズで活動しているのも、自身の孤独感を埋めるためだと言われたら、完全には否定できない。

 

「一人……かぁ……」

 

 とにかく一人になるのが怖かった。

 最近は仲間達とずっと一緒で気にならなかったが、やはり一人は嫌だ。

 

『グオグオン!』

「アハハ、そうだね。今はイフリートがいたね」

 

 契約魔獣であるイフリートが励ましてくれる。

 昔とは違う。特にあの夢の時とは違うのだ。

 フレイアには共に戦い、歩んでくれる仲間がいる。

 だからこの孤独感とも戦えるのだ。

 

 フレイアは手に持った串をゴミ箱に捨てて、気分転換に身体を伸ばす。

 さて、次はどこに行こうか。

 

「あれ、フレイアじゃん」

「ん、レイ……って、どうしたのその荷物」

 

 声をかけられて振り向くと、そこには荷車に大量の荷物を積み込んだレイがいた。

 心なしか顔がゲッソリしている。

 

「どうしたもこうしたもねーよ。船が港に着いたからお前の剣の材料を貰いに行ったんだ」

「え、まさかそれ全部!?」

「んなわけねーだろ。港に着いたら早々、商船の人が幽霊船事件の解決ありがとうございます~つって、おまけという名の大荷物寄越しやがったんだ。これ全部魔法金属だぜ、重いったらありゃしねぇ」

 

 これはもしかすると……

 

「なぁフレイア、都合よく今暇だったりしねーか?」

 

 有意義な休日の過ごし方が決まったかもしれない。

 

「うん! ひまひま、チョーひま!」

「お、おう、そうか」

 

 キラキラと目を輝かせて答えるフレイアに、レイは思わずたじろいでしまう。

 

「じゃあ荷物運ぶの手伝ってくんね? 事務所で紅茶くらいなら出すからさ」

「うんうん、お任せあれー!」

 

 フレイアの中で、先程まであった孤独感は綺麗に消え去っていた。

 だが悪夢を恐れる心は未だ根底にある。

 でもいずれそれも乗り越えられるだろう。

 フレイア・ローリングという少女は、もう孤独ではないのだから。

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