ブライトン公国宮殿。
そこは弱小国とは言えど、優美さと高貴さを兼ね備えた内装をしていた。
だがそれも、今となっては過去の話。
王宮内を彩っていた調度品は無残に崩れ落ち、彫刻を施されていた壁や柱は見る影も無くなっている。
中を蔓延るのは灰色の人型、ボーツ達だ。
そんな血と破壊の匂いが漂う中に、フルカスとガミジンは居た。
「全く、最初から素直に差し出せば良いものを……」
蛇の悪魔に変身しているガミジン。
その手にはダークドライバーが握られており、足元には絶命した人間が何人も転がっていた。
豪華な服に身を包んだ死体達。
それはかつて、ブライトン公国の大臣達だったものである。
「最期まで
ギシギシと鎧を鳴らしながら、フルカスは圧倒的脚力をもって、死体を踏みつぶす。
その様子に感情は何も含まれていない。邪魔な雑草を踏みつぶすように、淡々としたものだった。
ここは宮殿内にある隠し倉庫。
大臣達が魔僕呪の原液を保管していた場所である。
実際二人の目の前には、魔僕呪の原液が積められた瓶や大樽がいくつも在った。
「これがザガンの言っていた魔僕呪だな」
ガミジンはそう言うと、近くにあった瓶の蓋を開けて中身を確認する。
中には、禍々しい何かを放つどす黒い粘液が詰まっていた。
間違いない、魔僕呪の原液だ。
ガミジンは持参してきた麻袋に、瓶詰の魔僕呪を入れていく。
「ザガンの奴め、私を使いっ走りにしおって!」
文句を言いながらも、魔僕呪の回収を続けるガミジン。
誰かの使い走りにされるのはこの上なく癪だが、ここで何か変な気を起こしても自分が処分されるのが落ちだ。監視のフルカスも居る。
逃げられない状況に怒りを溜めながらも、ガミジンは自らの仕事をこなしていた。
「この鬱憤必ずッ、必ず晴らしてやるぞ!」
手を動かしながらも、この先の事を考えて下卑た笑みを浮かべるガミジン。
ザガンと陛下からお墨付きを貰った虐殺。
ガミジンはそれを早く実行に移したくてうずうずしていた。
「……俗物が」
そんなガミジンの様子を見て、フルカスは小さく呟く。
ゲーティアの悪魔に、特別仲間意識などは無い。
あるのは陛下への忠誠心。もしくは底なしの欲望である。
フルカスは前者であり、後者の類を心底嫌っていた。
作業を続けるガミジンを見張りながら、フルカスは周囲の気配を探る。
その範囲は広く、宮殿の外にまで伸びていた。
フルカスの探知に入るのは、自分達が解き放ったボーツの大群。
そしてボーツに捕食されている宮殿の人間たち。
外の気配は……
「これは……」
宮殿の外から、何やら大きな魔力の気配を感じ取ったフルカス。
一度隠し倉庫から離れて、最寄りの大窓から外を見た。
視界に映ったのは、巨大な鳥型の鎧装獣。
「ふむ、斥候か」
こちらを注視する鎧装獣を見てそう判断するフルカス。
だがこちらの姿が確認される心配は無い。
何故ならあらかじめ宮殿内に撒いておいた魔僕呪原液が、魔法による探査を妨害してくれているからだ。
だがそれだけでは、宮殿内に問題が発生している事がバレるのも時間の問題だろう。
『ハハッ。いいねぇ、いい気配だよ』
「グラニ、何か探り当てたのか」
『王の気配がする。僕の血を分けた兄弟の気配が!』
「戦騎王か……面白い」
鎧の中でニヤリと笑みを浮かべるフルカス。
まだ見ぬ強者に好奇心が抑えられないのだ。
しかし、それはそれとして。
「戦騎王の契約者が来ているという事は、その仲間も一緒だろうな……ふむ」
ここは一つ、譲ってみるか。
そう考えたフルカスは、再び隠し倉庫へと足を運んだ。
隠し倉庫の中では、作業が大詰めに入っていた。
ガミジンが空間を斬り裂いて、大樽を裏世界に運び終えようとしていた。
「あぁ、騎士殿。何か問題でもあったか?」
「操獣者の群れが、こちらを探っていた。恐らくバミューダで交戦した者達だろう」
「なんだとッ!?」
勢いよく振り向いたガミジン。
その瞳には憎悪が浮かんでいた。
「あの忌々しい
バミューダシティでの戦いを思い出したのか、ガミジンは憎しみの炎を燃やしながらも、喜々としていた。
そんな彼の様子を見てフルカスは「単純な男だ」と少々呆れる。
「ガミジン。あの操獣者共と交戦するか?」
「当然だ。奴らは私の手で殺さねば気がすまん!」
「ならば……これを渡しておこう」
そう言うとフルカスは、小さな樽を一つ投げて寄越した。
上手くキャッチしたガミジン。だが手にした瞬間、それが何なのかを察知して顔を青く染め上げた。
「こ、これは……」
魔僕呪の原液。
恐らくザガンがフルカスに託した物だろう。
だが問題はそこではない。
これを渡されたという事、それは一種の最後通告でもあった。
「解っているなガミジン。ソレを使ってでも奴らを仕留めろ」
「し、しかし、これは――」
「ゲーティアと陛下に忠義を見せぬつもりか?」
鎧越しにどす黒い殺気を放つフルカス。
ゲーティアに逆らう者は許さない。それが彼の騎士としての信念であった。
フルカスの殺気をまともに浴びたガミジンは、思わずひるんでしまう。
「どうなのだ、ガミジン?」
「わ、わかっている。私は陛下に忠義を尽くすつもりだッ」
「なら良い。直に奴らはこの宮殿にくるだろう。その時確実に仕留めろ」
念入りに釘を刺すフルカス。
ようやく収まった殺気に、ガミジンは安堵の息を漏らした。
だがもう後は無い。
ガミジンは手にした魔僕呪に視線を落とす。
「(あの童共を殺すか、はたまた私が死ぬか。道は二つに一つッ!)」
ガミジンは己の死を認めない。
そして己の失墜も認めない。
ならば選ぶべき道は唯一つ。
「見ていろ童共……最後に笑うのは、この私だッ!」
復讐に燃えるガミジン。
フルカスは足元に転がる死体を踏みつけながら、それを傍観していた。
「(底なしの欲望で、己の器量さえ見誤る……所詮奴もこの死体共と同類か)」
目先の力に惑わされ、その欲望を無限に膨らませた為政者達。
その死体をガミジンを重ね合わせて、フルカスは静かに嘲笑していた。