「ボッツ、ボッツ」
「どらぁぁぁ!」
行く道を妨害してくるボーツの大群。それをレイとアリスが連携して倒していく。
何体も斬り伏せていく内に、レイは数を数えていくのも億劫になっていた。
ジョージ皇太子を守りながら進む二人。
気がつけばボーツの数は徐々に減っていき、遂には0体になってしまった。
「……この扉の向こうが、謁見の間だ」
辿り着いたのは、巨大な扉の前。
ジョージ曰く目的の場所。レイは息を一つ飲んで、その扉を開けた。
ギギギと軋む音を伴いながら、ゆっくりと扉は開く。
もしかすると、この中にボーツが待ち伏せているかもしれない。
レイとアリスは最大限に警戒をした。
しかし、足を踏み入れた謁見の間には、ボーツどころか何かが動く気配すら存在しなかった。
「なんか、不気味なくらい静かだな」
「レイ、あれ」
そう言うとアリスは、謁見の間の最奥を指さす。
そこに鎮座するのは荘厳なる玉座。
そして玉座に座る人影が一つ。
「ウィリアム公か」
「父上……」
ブライトン公国元首、ウィリアム・ドブライトン。
そして、ジョージの父親だ。
レイは静かに、ジョージへと視線を向ける。
「ここまで来てなんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……僕は成すべき事を成す」
パルマの魔装からは表情がうかがえない。
だがその声色から、相当に強張っている事は伝わってきた。
一歩、また一歩と玉座に進むジョージ。
レイとアリスは静かに、その後を追った。
静かな道のりだった。
侵入者を咎めるような声は聞こえない。道の先にいるウィリアム公の声も聞こえない。
聞こえてくるのは、自分達の足音ばかり。
そんな道のりの中で、レイは一つの考え事をしていた。
「(皇太子様は、今から自分の父親を殺す。だけどそれで良いのか? これから国を立て直さなくちゃいけないのに、この人の手を汚して良いのか?)」
いざとなれば、自分が代わりに剣を抜くか。
何が正しいか分からない。だができる事なら、目の前にいる皇太子様の手を汚したくはない。
レイは少しばかり悩んでいた。
だが、玉座に近づくにつれて、その悩みは霧散してしまった。
変身によって強化された嗅覚が、異様な臭いを嗅ぎ取る。
腐臭だ。全身に嫌悪感が走る臭いが、徐々に近づいてくる。
脳が警告を発してくる。コレに近づくのは良くないと。
「なんか、嫌な臭い」
アリスも感じ取ったようだ。
前をあるくジョージも同様だろう。
だがジョージは臆することなく、前進を止めなかった。
そして一同は、玉座の前に到達した。
同時に、腐臭の正体も理解してしまった。
「……これは」
「ひどい、ね」
レイとアリスは言葉を失う。
玉座には一人の人間が座っていた。しかし性別や年齢などは分からない。
ましてや、この人間がウィリアム公かどうかも、レイには判断がつかなかった。
腐っていたのだ。
皮膚は緑色に変色し、指は数本朽ち落ちている。
腐敗した皮膚を食い破ったウジ虫は、辺りに何匹も落ちていた。
髪もない。
「流石にこれは……生きてはいないでしょね」
「いや、生きてるんだよ」
ジョージの発言に、レイは驚く。
普通の感性なら、この腐乱死体が生きているとは到底思えない。
だがジョージはこれを生きていると言うのだ。
ジョージはゆっくりと、その腐乱死体に近づいた。
「父上。僕が誰だか、わかりますか?」
「……ジョ……ジ……」
返ってくるなんてありえない。
そんなレイの予想はあっさりと破壊されてしまった。
玉座に座ったウィリアム公は、今にも事切れそうな声で、ジョージの名を呼ぶ。
「本当に生きてるのかよ……この状態で」
「生きてるんだよ。魔僕呪の効能……いや、呪いでね」
ジョージ曰く、高濃度の魔僕呪には過剰な回復効果があるらしい。
生体活動を維持したまま、肉体は朽ちていく。
結果として、目の前にいるウィリアム公のような生きた屍が完成するそうだ。
「最初こそ、父は永遠の命だと歓喜していた……そんなもの、ある筈がないのにな」
もはや自分の意志で身体を動かすことも儘ならないウィリアム公に、ジョージはそう零す。
「永遠の命をもって、永遠に民に尽くそう……父はそう言っていたが、結果はこれだ。こんな生きた屍では、民に何もしてやれない」
ジョージは短剣を握り締める。
それは自身への怒りであり、これからする事への覚悟の現れでもあった。
「父も、僕も、皆間違っていた。力に溺れ、力を恐れて、民を苦しめただけだった!」
「皇太子様……」
どんな言葉を投げかければ良いのか、レイには分からなかった。
仮面の下で歯軋りをする。
「間違ってない」
「アリス?」
ジョージに声をかけたのは、意外にもアリスだった。
「大公様も、皇太子様も、この国の人を守ろうとしていた。その思いはきっと、間違ってない」
短剣を握っていたジョージの手が、微かに緩む。
アリスの言葉を噛み締めているのだろうか、棒立ちになる。
「思いは、間違っていないか……それなら、良いのだがな」
「明日どう評価されるかは、今日何をしたかで決まる。思いを証明するのも、きっと同じ」
その言葉が、最後の一押しになったのかは定かではない。
だがジョージは、緩んでいた手を強く握り、アリスの方へ振り向いた。
「ありがとう、小さな操獣者さん。僕もやっと覚悟が決まったよ」
ウィリアム公へと向き直るジョージ。
終わらせるのだ、この国に起きた悲劇を。
ジョージが短剣を振り下ろそうとした、次の瞬間。
『ッ!? レイ!』
「皇太子様ッ!」
強力な魔力の気配が、ウィリアム公の背後に現れた。
それを察知したレイは、咄嗟にジョージの手を引っ張った。
それと同時に、ウィリアム公の胸を、一本の腕が貫いた。
「父上ッ!」
ジョージの叫びが、謁見の間に反響する。
ウィリアム公を貫いた腕、その先にはどす黒い粘液の塊が握られていた。
「やれやれ、ガミジンめ。こちらも回収するように言っておいた筈なのですが……その前に死ぬとは、情けない」
貫いていた腕が勢いよく引き抜かれる。
前のめりに倒れ込むウィリアム公。
そして玉座の後ろからは、金髪の少年が姿を現した。
「テメェ、何者だ」
コンパスブラスターの切っ先を向けるレイ。
だが金髪の少年は臆することなく、いたって冷静にレイ達の方へと向いた。
「あぁ、誰かと思えば。戦騎王の契約者に、臆病者の皇太子ですか」
「それよりコッチの質問に答えろ」
見た目はただの子供。
だがその身体から放たれているプレッシャーは、普通の人間が持つソレとは大きく異なっていた。
レイは強い警戒心を抱いて、少年と対峙する。
「僕の名はザガン。ゲーティアの錬金術師です。自己紹介はこれで満足ですか?」
「ゲーティア!? こんな子供が!?」
「ザガン、ザガンだと! 父上に魔僕呪を売りつけた、あのザガンかッ!」
ザガンの姿だけではない、ジョージの発言にもレイは驚いた。
目の前にいる子供が魔僕呪を売り、このブライトン公国を堕としたと言うのだ。
「つー事はだ皇太子様。アイツが今回の元凶って事でいいんだなッ!」
コンパスブラスターを握る手に、力を籠めるレイ。
だがそれを見てもザガンは、戦闘への準備をしようとはしなかった。
ザガンは静かに、ジョージを見下ろす。
「我々や魔僕呪を恐れて、国から逃げた皇太子が、今更何をしに来たのですか?」
「……この国を、正しに来た!」
力強く答えるジョージ。だがザガンは、それを鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。既に滅んだも同然の国を正す? 何を言っているのか、僕にはさっぱり分かりません」
「……まだ――」
「まだ滅んでいないとでも? 貴方の目は節穴ですか。見て来たはずです、魔僕呪の魅力に取り憑かれて、自ら滅びを選んだ民の数々を」
「それは……」
「今更貴方達にできる事は何もありません。せいぜいこの国と共に死に絶えてください」
ジョージは仮面の下で唇を噛み締める。
言い返す言葉が見つからなかった。それが悔しくて堪らなかった。
ザガンの言う通り、この国はもう滅んだも同然かもしれない。
だがそれを認めたくなかったのだ。
その思いは、レイも同じだった。
「滅んでねぇよ」
「なんですって?」
「この国はまだ、滅んでねけって言ったんだよ!」
仮面越しにザガンを睨みつけて、レイは叫ぶ。
「生きている民がいる。皇太子様もいる。だったらまだ、この国は足掻いてられるんだよ! テメェの勝手な都合で滅ぼしてんじゃねー!」
「足掻く? ちっぽけな人間に何ができるのですか」
「人間を舐めるな。民がいれば、為政者の役目は生まれる。必死に探せば、出来る事は見つかるはずだ!」
それにな……と、レイは続ける。
「皇太子様は、お前が思っている程弱くはない」
「なに?」
「生きようとする覚悟、未来を変えようとする意志。それがあるから、皇太子様は帰って来たんだ! そうだろ?」
「……あぁ、その通りだ」
ジョージは俯かせていた顔を上げる。
「滅びる為じゃない、僕は生きる為にこの国に帰ってきたんだ! そしてゲーティア、お前達から国を取り戻す。必ずだ!」
「くだらない。未来を決めるのは我々ゲーティアです。お前達人間ではない」
「勝手に人の未来決めようとしてんじゃねーよ、金髪ドチビ」
「……やれやれ。口煩い子供には、少しお灸が必要らしいですね」
そう言うとザガンは、ダークドライバーを手にした。
懐から取り出した獣魂栞をダークドライバーに挿入する。
「トランス――」
変身し、悪魔の姿になる。
レイ達は身構えて、何時でも反撃に出られるようにした。
しかし……
「……やっぱり止めましょう。こんな所で無駄な労力を使うのは、僕の主義に反します。それに――」
ザガンはレイ達を一瞥する。
「どうせ最後に絶望するのは、貴方達なんですから」
ザガンはダークドライバーから獣魂栞を引き抜くと、すぐ横の空間を切り裂いた。
ダークドライバーで切り裂かれた空間が、裏世界へと繋がる。
「では僕はこれで失礼します。まだまだやるべき仕事があるので」
「テメェ、逃がすかよ!」
空間の裂け目に消えようとするザガンに向かって駆け出す。
そしてレイはコンパスブラスターを勢いよく振り下ろした。
――ガキンッッッ!!!――
「なッ!?」
特別なモーションは無かった。
術式を組んでいる様子も無かった。
レイの振り下ろした一撃は、分厚い魔力障壁に阻まれてしまった。
「無駄ですよ。貴方程度の操獣者では、僕に傷をつける事はできない」
ザガンが手を軽く上げると、魔力障壁が爆散。
レイは謁見の間の入り口まで、吹き飛ばされてしまった。
「では今度こそさようならです。もう貴方達と会うことはないでしょう」
そう言い残して、ザガンは空間の裂け目に姿を消した。
◆
十数分後。
道中遭遇したボーツを全て倒して、フレイア達は謁見の間へと到着した。
「レイ、アリス大丈夫!?」
フレイアの声が謁見の間に反響する。
レイ達は謁見の間の中央に座り込んでいた。
急いで駆け寄るフレイア達。
「な、何があったんスか?」
変身を解除して、床に座り込むレイとアリス。
そして塵とも灰ともわからぬ塊の前で項垂れるジョージの姿があった。
周辺にボーツや敵の気配が無い事を確認して、フレイア達も変身を解除する。
「レイ、何があったの?」
フレイアに問われ、レイはここまでの出来事を語った。
謁見の間でウィリアム公を見つけた事。
そのウィリアム公の身体が腐敗していた事。
ザガンが現れて、逃げられた事。
そして
「そこにある、灰みたいな何かが……ウィリアム公だ」
レイがそう告げると、フレイア達は驚嘆の表情を浮かべた。
「多分魔僕呪の副作用か何かだろうな……ザガンが消えてすぐに、ウィリアム公の遺体がこうなった」
「そう……なの」
フレイアはそれ以上、何も聞けなかった。
なにより、目の前で悲しみに暮れるジョージに水を差したくなかった。
数分の沈黙が、場を支配する。
その沈黙を破ったのは、ジョージだった。
「父を……僕自身が手にかけずに済んだのは、不幸中の幸いだったかもしれない。もし本当に手にかけていたら、今僕はもっと無様な姿を晒していたかもしれない」
ジョージはウィリアム公だった灰を一掴み、握り締める。
「民からすれば、国を滅ぼした悪魔かもしれない……だが、父なんだ」
握り締めた拳に、涙が零れ落ちる。
「こんな愚者公でも……僕の父だったんだ」
静かな嗚咽が、謁見の間に広がる。
皇太子が追った背中は、儚く無残に散った。
いずれこの現実を受け入れると分かっていても、今はただ悲しみに飲まれるばかり。
この場にいる者、誰もがその悲しみを咎めようとは思わなかった。