ペンシルブレードを構えて、フレイアはフルカスを睨みつける。
「ゲーティアって事は、アンタもこの国に何かするつもりって認識でいいのかな?」
「答える義理は無い。俺はただ、自分の使命を全うするだけだ」
素っ気無く返すフルカスに、フレイアは苛立ちを覚える。
しかし相手は、あのガミジンと同じゲーティア。
ここで放っておけば何をするか分からない。
フレイア達が戦闘に突入するタイミングを見計らっている中、スレイプニルは小さな動揺を覚えていた。
『(なんだ……あれは……)』
滲み出る邪悪さと、強者の威厳。
戦騎王と呼ばれた獣だからこそ分かる、敵の厄介さ。
だが一番の動揺はそこではない。
漆黒の鎧に身を包んだ悪魔の姿。
鎧から出ている、紫色のマントが邪悪さを際立たせているようにも見える。
だが一番の特徴はなんと言っても、頭部から生えている一本角だろう。
スレイプニルは、その鎧に既視感があった。
『(あの鎧、あの角……まさか、そんな筈はッ!?)』
スレイプニルの中で疑惑が膨れ上がり、動揺を膨らませていく。
その心の揺れは、変身しているレイにも伝わってきた。
あのスレイプニルが動揺しているという事実に、レイも混乱するばかりだった。
そんな中フルカスは、淡々とこちらを見定めてくる。
「一番強い者からこい。俺を楽しませてみろ」
「アンタの楽しみなんかどうでもいい。この国の人達に何かしようってんなら、倒すだけよ」
「ほう、威勢の良い娘だな。ならばお前からかかってこい」
漆黒の鎧から、フルカスの殺気が溢れ出す。
「最初から本気でこい。指輪持ちの操獣者よ」
「後悔させてやるッ!」
フルカスの殺気に
「インクチャージ!!!」
ペンシルブレードに炎が纏わりつき、巨大な刃を形成していく。
余波で、周囲が凄まじい熱気に包まれる。
レイが新しく作った剣のおかげで、刀身が悲鳴を上げる事もなかった。
一撃で終わらせる。
フレイアはペンシルブレードを構えて、フルカスへと駆け出した。
フルカスは棒立ちのまま。これは勝負あったか。
誰もがそう考えていた。
ただ一人、制止の声を上げた者を除いて……
『駄目だフレイア嬢ッ! その男に近づくなァァァ!』
銀色の獣魂栞から声を張り上げるスレイプニル。
突然の事に驚くレイ達であったが、時既に遅かった。
必殺技の発動に入ったフレイアは止まらない。
「必殺! バイオレント・プロミネンス!!!」
強力な炎の刃が振り下ろされる。
今までこの技を防いだ者はいなかった。
炎が迫ってきても避けるそぶりを見せないフルカス。
ならば今までと同様、この一撃で倒せるだろう。
フレイアはそう考えていた。
だが直後、それは幻想であったと思い知らされる事となった。
――ガキンッ!――
「なっ!?」
フルカスの行動は、誰しもの相続を軽く超えていた。
フレイアの必殺技、無敵の炎の刃を、フルカスは片手で掴み取っていたのだ。
あまりの出来事にチームの面々は言葉を失う。
「……なんだ、これは?」
フレイアはペンシルブレードを抜こうとするが、フルカスの握力が強すぎて抜けない。
そんなフレイアを、フルカスは静かに見下ろす。
そしてその声色には、失望の感情が多分に含まれていた。
「俺は本気でこいと言ったのだぞ? なのに、なんだこれは?」
失望は徐々に怒りへと変化する。
ペンシルブレードを掴んでいる手にも、力が入っていく。
「断じてッ! このような稚技を見せろと言ったのではない!」
フルカスは手に思いっきり力を込める。
――パリーン!――
「えっ?」
無情な音と共に、フレイアのペンシルブレードは、粉々に砕け散ってしまった。
必殺技を片手で受け止めてられて、剣を砕かれたフレイアは一瞬放心する。
その一瞬が命取りであった。
『逃げろッ! フレイア嬢!』
スレイプニルが叫ぶ。しかしフレイアの耳に届くのが少し遅かった。
拳を握りしめたフルカスが、フレイアに狙いを定める。
「散れ」
そう短く呟くと、フルカスは目にも止まらぬ速さで拳を叩き込んだ。
凄まじい衝撃波を伴ってフレイアに打ち込まれた拳。
回避する間もなかったフレイアは、そのまま近くの民家を次々に破りながら、吹き飛ばされてしまった。
「フレイアァァァ!」
レイの叫びが夜の首都に響く。
だが遠くに吹き飛ばされたフレイアから、返事は返ってこない。
「ガミジンを討ったというから期待していたのだが……拍子抜けだな」
鎧越しに、フルカスはレイ達を見据える。
「次はお前達だ。本気でこい」
再び放たれる殺気。
その殺気に中てられて動いたのは、ジャックだった。
「このッ!」
「待てジャック! 迂闊に動くな!」
レイの制止を聞き入れず、ジャックはフルカスへの攻撃を始めてしまう。
「捕縛しろ! グレイプニール!」
固有魔法で生成された無数の鎖が、フルカス目掛けて放たれる。
だがやはり、フルカスは避ける気配を見せない。
されるがまま、鎖に縛られるフルカス。
「そのまま顔を穿ってやる!」
固有魔法で一本の巨大な鎖を生成するジャック。
躊躇う事なくそれを、フルカス目掛けて射出した。
だが、猛スピードで迫り来る鎖を前に、フルカスは静かなものだった。
「脆い」
小さな一言が聞こえてくる。
次の瞬間、フルカスは自身を縛っていた鎖を易々と引きちぎった。力を込めた様子もない、ボロ布を破く様に容易そうに引きちぎった。
想定外の展開にジャックは驚愕する。
「破ァ!」
蹴撃一閃。
眼前に迫ってきていた鎖を、フルカスはたった一発の蹴りで砕いてしまった。
渾身の一撃を易々と無効化されて、呆然となるジャック。
その隙をフルカスは逃さなかった。
「弱い」
まるで最初から距離など無かったかのように、フルカスはジャックの眼前に迫っていた。
そのまま容赦なく拳を振り下ろすフルカス。
フレイアの時と同様、凄まじい衝撃波を伴って、ジャックは地面に叩きつけられてしまった。
「ジャック!」
小さなクレーターが出来上がった地面。
凄まじいダメージを受けたジャックは、変身が解除され、完全に気を失っていた。
「こんのーッ!」
仲間を倒され、激情したライラがフルカスに攻撃を仕掛ける。
固有魔法で生成した雷のクナイを、フルカスに向けようとするが……
「遅いな」
超スピードで振り下ろしたクナイは空中を突き刺す。
フルカスの姿が突然消えた。
どこに消えたのか。ライラがそう考えるよりも早く、答えは現れた。
背後に現れた殺気。
咄嗟にライラは振り向くが、既に遅かった。
「破ァ!」
フルカスの一撃が、無情にもライラに叩きつけられる。
絶大な破壊力を伴った拳によって、ライラは地面に叩きつけられてしまった。
声を出す間もなく、変身解除に追い込まれたライラ。
クレーター状に砕けた地面の上で、気を失っていた。
「弱い、弱いぞ」
苛立ちを隠そうともしないフルカス。
次の獲物は誰だと振り向いたが、マリーの姿が見えなかった。
直後、フルカスは背後に魔力の気配を感じ取った。
「後ろか!」
「正解ですわ!」
クーゲルとシュライバーに魔力を込めて、必殺技の発動準備に入っているマリー。
そしてフルカスの正面には、イレイザーパウンドを構えたオリーブがいた。
「インクチャージ! マリーちゃん!」
「二人同時の必殺技なら」
イレイザーパウンドに黒い獣魂栞を挿入するオリーブ。
二人は同時に必殺技を放ち、フルカスを倒そうとしていた。
「シュトゥルーム・ゲブリュール!」
「タイタン・スマッシャー!」
魔力で出来た螺旋水流の砲撃。
そして圧倒的な破壊力を込めた大槌による一撃。
二人はフルカスを挟み込むように、それらを放った。
だがフルカスに動揺はない。回避する素振りも見せない。
「少しは考えたようだが……無駄だ」
フルカスは左手で障壁を展開し、マリーの攻撃を受け止める。そして右手で、イレイザーパウンドごとオリーブの攻撃を受け止めた。
「う、うそ!?」
固有魔法で強化した一撃でさえ、容易く受け止められた事に、オリーブは驚く。
だがそんな彼女の事などお構い無しに、フルカスは力任せにオリーブをマリーへと投げつけた。
「きゃぁぁぁ!」
「オリーブさん――きゃっ!」
一瞬の隙ができてしまう二人。
フルカスは容赦なく、二人の元へと接近した。
「まとめて散るがいい!」
一撃を叩き込むフルカス。
たった一発の拳で、オリーブとマリーは近くの民家を突き破りながら、吹き飛ばされてしまった。
「オリーブ……マリー」
レイは目の前の光景が信じられなかった。
あれだけの実力を持った仲間達が、こうも容易く撃破されていく事が中々理解できなかった。
「残るは……貴様達だけか」
呆然とするレイに、フルカスはゆっくりと歩みを進める。
レイは思考が停止していた。
動かなくてはならないと理解していても、身体が言うことを聞いてくれなかった。
「レイ、逃げて」
「……ダメだ。アイツを放っておけない」
戦わなくては。この悪魔を止めなくては。
意思はある。だが身体が動かない。
フルカスの持つ圧倒的な力を前に、レイは無意識的に怯んでいたのだ。
そんなレイを逃そうと、アリスは魔法を発動する。
「コンフュージョン・カーテン! レイ今の内に――」
「この程度の幻覚で、俺が止められると思ったのか」
アリスの幻覚魔法が込められた霧。
それをものともせず、フルカスは迫ってきた。
そこから先の出来事は、レイにはスローモーションに見えた。
拳を握りしめたフルカスが、その拳をアリスに叩き込んだ。
声を上げることもなく、近くの壁に叩きつけらるアリス。
眩いミントグリーンの光が一瞬輝いて、アリスは強制的に変身を解除させられた。
そのままアリスとロキは、ぐったりと地面に倒れ込んでしまう。
「アリス!」
名前を叫ぶ、しかし返事はない。
アリス達は完全に気を失っていた。
「あ……ぁ……」
それは、ほんの数分にも満たない間での出来事だった。
若き操獣者達の渾身の技は一切通用せず、傷一つ与えることができなかった。
あまりにも実力差がありすぎた。
目の前の悪魔は、想像を絶する強さを持っていた。
「全、滅……した」
レイはその事実を理解した瞬間、恐怖を覚えた。
目の前の敵に勝つ自分が、完全に見えなくなっていた。
「弱い……弱すぎるぞ」
『これは流石に期待外れだったね、フルカス』
「そうだな。剣を抜くまでもなかった」
『でも指輪を回収するなら、このくらい楽な方がいいんじゃないかい?』
フルカスの中から、ケラケラと笑う声が聞こえる。
彼の契約魔獣だろうか。
だがその声を聞いた瞬間、スレイプニルの様子は大きく変わった。
『その声と気配。そしてその鎧……まさかとは思ったが、やはり貴様だったのか!』
『アハハ。やっと僕に気がついたんだね』
『戯れるな! これはどういう事か説明しろ!』
スレイプニルの怒号が辺りに響き渡る。
それは、レイが今まで見たことの無かった、スレイプニルの怒りだった。
『そこに居るのだろう! 答えろ! グラニ!!!』
スレイプニルがその名前を叫んだ瞬間。
目には見えなくとも、レイはフルカスの中で何かが笑ったように感じた。