フレイアと別れたレイは、オリーブのベッドへと足を運んでいた。
「おーいオリーブ、大丈夫か?」
仕切りのカーテンを開けて、中にいる筈のオリーブに声をかける。
しかし、ベッドの上に患者の姿はなかった。
居るのは四人の子供たち。オリーブの姉弟達だ。
「なんだよ、ちびっ子どもしか居ねーのか?」
「あ、レイ兄ちゃんだ」
「よぉコウル。元気してるか?」
一番最初にレイの存在に気がついたのはコウル。
以前レイが助けた子供にして、オリーブの弟だ。
「あー! レイ兄ちゃんまた怪我してるー!」
「してるー!」
「アリス姉ちゃんに怒られてそー!」
「そー!」
「やめろやめろ。今回は俺もダメージがデカいんだ」
無邪気にレイを弄るのは、小さな双子の姉弟。
ライムとオレンジ。オリーブも手を焼いている悪戯好きの二人だ。
手に持った棒でレイの身体を突いて遊んでくる。
「ギャス!? お前ら、怪我人には優しくしろ」
「レイ兄ちゃんはいつも怪我人じゃーん」
「じゃーん」
「畜生、なにも言い返せねぇ」
「こらー! ライム、オレンジ。レイお兄ちゃんが困ってるでしょ!」
幼い叱責の声と共に。双子の頭に拳骨が落ちてくる。
「いたーい」
「たーい」
「もー。レイお兄ちゃん、大丈夫?」
「いてて、ありがとなチェリー」
双子の首根っこを捕まえながら、レイを心配する少女。
オードリー家の次女、チェリーである。
オリーブが不在の時は、下の姉弟の面倒を見ているしっかり者である。
「なぁチェリー。オリーブは何処にいるんだ?」
「オリーブお姉ちゃんなら、広場に行ったよ。ゴーちゃんの様子を見に行くって」
「……そっか。ありがとな」
ジャックの言葉を思い出す。
フルカスの攻撃によるダメージが酷いのだろう。
レイは微かに痛む身体を押して、広場へと足を運んだ。
◆
医務室の外にある広場。
ここでは怪我をした魔獣が、救護術士の治療を受けている。
何体かの魔獣の前を横切ると、見覚えのある黒い巨体の魔獣が現れた。
オリーブの契約魔獣であるゴーレムだ。
魔法鉱石でできた身体にはあちこちひびが入り、欠けている箇所もある。
「こりゃ酷いな……」
身体の頑丈さで言えば、魔獣の中でも上位に食い込むゴーレム種。
それがこうも大怪我を負っているという事実に、レイは異質なものを感じていた。
魔獣がいるなら、契約者も近くにいる筈。レイが辺りを軽く見回せば、お目当ての人物はすぐに見つかった。
「そこに居たのか、オリーブ……と、マリーも一緒か」
「……あ、レイ君」
「レイさん。怪我の方は大丈夫なのですか?」
「それはこっちのセリフだよ。二人はどうなんだ?」
オリーブ、マリー共に、頭や手首に包帯が巻かれている。
救護術士の治癒魔法が効いているとはいえ、まだまだ傷は癒えきっていない。
痛々しい傷跡が見えたようで、レイは少し目を逸らしたくなった。
「私達は大丈夫なんです……だけどゴーちゃん達が」
「ゴーレムの傷、そんなに酷いのか?」
「命に別状はないんです。だけどしばらくは鎧装獣化しちゃダメだって」
「そうか……」
「それよりも、マリーちゃんの方が……」
オリーブは静かに目線をマリーに移す。
マリーは何も言わず、顔を俯かせるばかりだった。
何があったのだろうか。もしやと思い、レイがゴーレムの後ろを見てみる。
するとそこにはマリーの契約魔獣ローレライの姿があった。
複数の救護術士から治癒魔法をかけられているローレライ。その身体はあちこちに傷ができており、周辺は血で汚れていた。
その壮絶な光景に、レイは一瞬言葉を失ってしまう。
「おい、マリー……あれ大丈夫なのか?」
「……命だけは辛うじて助かりました。今は回復待ちです」
「命は、か」
苦虫を嚙み潰したような表情になるレイ。
素人目で見ても、今のローレライに戦う力は残っていないだろう。
鎧装獣化はおろか
契約者であるマリーの心情は計り知れない。
「あのゲーティアの攻撃を受けた時に、ローレライが守ってくださったのです」
「それであのダメージを」
「わたくしが、もっとしっかりしていれば……」
自分を責めるマリー。
契約魔獣を傷つけるとは、操獣者にとって最も恥ずべき事の一つ。
まして、ここまでの重症を負わせてしまったとなれば、マリーの自責も人一倍だろう。
影が落ちる。
マリーだけではない。オリーブの心にも深い影が落ちている。
それを薄っすらと感じ取ったレイは、何と言葉をかけるべきか迷っていた。
「私達って、無力ですよね」
「オリーブ、それは……」
「新聞、見ました。みんな死んじゃったって」
歯を噛み締める力が強まるレイ。
脳裏に浮かぶのは、壊滅したブライトン公国の光景。そして、皇太子の遺体。
救えなかったという事実が重く圧し掛かっているのは、オリーブやマリーも同じだった。
「レイ君。私達が出会った人たちは、生きてましたよね?」
「……あぁ」
「みんな生きてたのに、もういないんですよね」
「そうだな」
「嫌だなぁ……色々、やだなぁ」
オリーブはその場に体育座りし、両膝に顔を埋める。
嫌な気持ちは、レイも同じだった。
負ける事も、仲間が傷つく事も、誰かが死ぬ事も……受け入れられるものは何も無い。
それでも自分たちは、この感情を乗り越えねばならないという事を、レイは重々理解していた。
とはいえ、いきなりそれを押し付けるのはあまりにも酷だ。
レイはしゃがみ込み、オリーブに向き合う。
「俺がこう言うのもなんだけどさ……オリーブがそんなに気負う事はない。悪いのは全部ゲーティアの奴らなんだ」
「わかってます……わかってるんですけど……」
自分の中で折り合いがつかないオリーブ。
強い罪悪感と自責に飲み込まれかけている。
そんなオリーブの頭を、レイは静かに撫でた。
「まぁ、いきなり折り合いはつかないよな」
「……レイさんは、これからどうするおつもりですか?」
「戦争、はじまるんですよね」
弱々しく聞いてくる二人に、レイは自分とフレイア達は戦うつもりだと告げた。
数秒の沈黙が広がる。
「なんと言いますか、フレイアさんらしい答えではありますね」
「あの、レイ君は……怖くないんですか?」
「……怖いさ。でもアイツらを放っておく方が、もっと怖い」
「レイ君は、強いですね」
「強くなんてないさ。何も守れなかったんだからな」
再び沈黙。そして傷が痛む。
痛みは心身に及び、フルカスとの戦いがフラッシュバックする。
オリーブとマリーは微かに身体を震わせた。
それが恐怖心からのものだという事を、レイは容易に察知できた。
「わたくしは……皆様と同じように戦えるか、わかりません」
「マリー……」
「ごめんなさい。私も、まだわからないです」
戦意は無い。
マリーに至っては震える腕を抑え込んでいる。
心の傷はレイの想像以上に深いらしい。
「その、なんだ。無理に一緒に戦おうなんて言わない。今は全員傷を癒す事が最優先だからな」
返事はない。
あるのは無言の戸惑いと、震え。
「無理しなくていんだ。俺はただ、自分ができる事をしたいだけだからな」
立ち上がる。
ひとまず二人の無事を確認できて安心したレイは、その場を後にしようとする。
「二人はこれからどうしたいんだ?」
「私は、少し時間が欲しいです」
小さく呟くオリーブ。一方のマリーは無言のままであった。
答えが無くても、それを咎めるつもりは無い。
これから先どのような答えが出ても、レイはそれを尊重するつもりだ。
今はただ、時間が必要なだけ。
「オリーブも早く戻ってやれよ。ちびっ子たちが待ってるからな」
「……はい」
か細く、力の無い返事。
ひびだらけの心は、そう簡単には戻らない。
二人の様子が心配だが、今はこれ以上踏み込むのも憚られる。
どこか不安なものを抱きながら、レイは広場を後にした。
◆
医務室に戻ったレイは、同じく戻って来たフレイアと鉢会った。
お互いに浮かない表情をしている。
「フレイア、ライラの方はどうだった?」
「レイの方は?」
フレイアはライラの様子を、レイはオリーブとマリーの様子を伝えた。
三人共、心身に大きなダメージを負っており、戦線復帰は難しそうだという事が共有された。
医務室の真ん中で、レイとフレイアは難しい顔をする。
「どうする、フレイア」
「……とにかく今は、みんなが治るのを待とう」
「フレイア、もしもの時は――」
「わかってる。もしもの時は、戦える奴だけで戦おう」
言葉面は強がっているフレイアだが、その声には些か力がこもっていなかった。
二人揃って、ついつい最悪を想像してしまう。
「……なぁフレイア、戦えるか?」
「何度でも言ってやる。戦う」
「その心、折らないでくれよ」
不安が混じるが、今はそう言うしかない。
諸々の感情から逃れる為にも、今はできる事をしよう。
レイは頭の中でフレイアの新しい剣の事を考え出すのだった。