クリミアホワイト 戦場を駆け、命を救い、天使と呼ばれたウマ娘   作:オリスケ

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第10話

 

 

 

 痛くて、熱くて、悲しくて。虚しくて、辛くて、哀しくて。

 朦朧とする意識の中で、黒々とした激しい感情が渦巻いていた。

 剥き出しの神経に、焼けた石を押し当てられているような。そんな凄まじい激痛がひっきりなしに襲いかかる。それ以上に、辛いという感情が、頭を沸騰するほど熱していた。

 痛みに藻掻き、悲しみに打ち拉がれ、喉を振り絞って叫んでいた気がする。それすらも曖昧だ。まるで水中で叫んでいるみたいに、全ての感覚がぼやけ、ぼやけたまま強烈に響き渡っていた。

 ちかちかと明滅するような意識。昏倒して暗くなり、ぼんやりと目覚め、痛みと苦しみで叫び、また意識が落ちる。それを何度も、何度も繰り返す。

 覚醒と昏倒を繰り返す。覚醒の度にフラッシュバックする。胸に穴を穿たれ、たちまち息絶えた伍長の姿。瞳から光が失せ、動きを失い、命が消える。その絶望的な変容が、瞼の裏に焼き付いている。

 伍長が死んだ。帰りを待つ家族がいた伍長が。

 あと数歩、あと数メートルで助けられたはずの伍長が。

 自分が、走れなかったせいで。

 

 

「……」

 

 

 次に目覚めた時、クリミアホワイトは微睡みの中にいた。

 身体が鉛のように重い。身体がうまく動かせない。朦朧とした意識は、今度は雲のように捉え所がなく、掴めない。思考がまとまらない。

 いつの間にか痛みも遠くなっていた。それがいいことなのか、悪いことなのかも分からない。

 

 

「クレア」

 

 

 靄のような意識の向こうで、自分を呼ぶ声がした。膝の上に乗せられる手の温もりを感じるが、それも透明な膜に隔てられたみたいに遠い。身体を起こされた事で、自分が寝かされていた事を知る。

 頭がぐらぐらする。血液が粘つくような感覚。身体がとろけていきそうで、自分が自分じゃないみたいだ。

 

 

「鎮静剤を打った。肩の治療もしたよ、もう大丈夫だ」

 

 

 目を開けているはずなのに、何も映らない。ひどくピントがズレて、淡い色の靄しか見えない。

 口を動かして、先生、と呼ぼうとした。それが上手くいったか分からない。意識せず、口が動く。ぼやけた意識が言葉を紡ぐ。

 

 

「私が、もう少し、上手に走れれば……もっと、早く、走れれば……」

「そうじゃない。君は立派に走ったよ。戦場を駆けて、沢山の兵士を助けたんだから」

 

 

 頬に触れる感触を、首を振って振り払う。温かく心安らぐそれを受け容れてはいけないと、ぼやけた意識の奥底が叫んでいる。

 

 

「届かなかった……変えられなかった。変えられると思っていたのに……わたしは、また……」

「変えたさ。前に言っただろう? 生きてさえいれば勝ちなんだ。君は、沢山の人を勝利に導いたんだよ」

 

 

 真正面のすぐそこから語りかけられる言葉を、受け容れられない。だって伍長は死んだのだ。自分が走れなかったせいで。自分が不甲斐ないせいで。

 暗雲の中からちらちらと舞う雪のように、朦朧とした意識から冷たい悲しみの感情が沸き上がり、心から熱を奪い、凍りつかせていく。

 目から溢れてくる涙を、そっと拭われた。

 

 

「……ごめんよ、クレア」

 

 

 像を結ぶことを辞めた、ぼやけた視界の向こうから声がする。

 

 

「僕は君を信じられなかった。一人でも多くを助けたいと懸命だった君を、何もできないなんて言って突き放してしまった。自分勝手に、君は守られるべき女の子なんだと決めつけていた」

 

 

 頭がぐらつく。全身が重い。瞼を持ち上げていられない。酷い眠気に襲われている時の、このまま全てを投げ棄てたいいという欲望がこみ上げてくる。

 

 

「君は危険も顧みずに走って、救える命を諦めなかった。君はこの戦場で、誰よりも勇敢だった。君は、みんなのヒーローになったんだよ」

 

 

 意識が、頭のてっぺんからお腹の奥に引き摺られるような感覚。落ちる。深い悲しみに暮れたまま、意識が届かない深い所に、落ちる。

 

 

「君は、運命を変えられるくらい強いウマ娘なんだ……そのことを、どうか忘れないでいてくれ」

 

 

 後頭部にそっと手を添えられる、強い微睡みに飲まれて、クリミアホワイトは誘われるままに身体を倒れさせ、横たわる。

 

 

「どうか元気で、クリミアホワイト」

 

 

 そっと横髪を梳かれる、心地よい感触。

 それを手放したくなかったのに、手を伸ばす事は叶わない。微睡みはとうとう意識の最後の一片を沈み込ませ、クリミアホワイトは再び、深い眠りの中に溶けていった。

 

 

 

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