クリミアホワイト 戦場を駆け、命を救い、天使と呼ばれたウマ娘   作:オリスケ

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第14話

 

 

 

「はっ、はっ……はっ」

 

 

 無心に足を回す。煤けた乾いた空気を吸い込み、走る。

 夕暮れが終わり、夜の幎が落ちようとしている。

 追っ手はこない。鳥の羽ばたきすらもなく、平野は全ての命が途絶えたような静寂に満ちている。

 世界の終わりに、二人だけ取り残されたみたい。けれどクリミアホワイトは今、その静寂から抜け出すために走っているのだ。

 背中に背負うデュナンの身体は温かい。とく、とくという心臓の鼓動。弱々しいながらも『生きたい』と強く願う力を感じる。

 

 

「先生」

「……ああ」

 

 

 息を入れながら、小さく呼びかける。肩にもたれ掛かる彼から、小さく応じる声。た、た、た、土を踏みしめる足音が、夜に沈み行く平野に響く。

 

 

「……沢山の人が、亡くなりましたね」

「……そうだね」

「助けたかった人を助けられなかった。必ず治りますと言ったのに、嘘にしてしまった人もいました」

「……そう……だね」

「だけど、先生が医者失格なんて事はありません」

 

 

 きっぱり、そう断言する。

 足を動かしたまま、深く息を吸い込んで、続ける。

 

 

「先生は、私に走る意義を、頑張る理由をくれました。この戦場で、私にもできる事があると教えてくれました」

「……」

 

 

 クリミアホワイトは、命を救うために奔走した。

 医療知識がある訳では無い。勢いのままに飛び込んだけれど、忙しさにてんやわんやで、うっかりミスをしてばかり。適性でいえば、正直落第点だろうと自覚している。

 結局、たまたまが重なった成り行きかもしれない。

 それでも、過酷すぎる戦場で潰れそうだったクリミアホワイトの手を取り、意義を授けてくれたのは、デュナンだった。

 

 

「だから、私は否定します。先生は最高のお医者さんです。最高の、私の先生です」

「……僕は……そんな事を言われるほど、立派な人じゃない」

「いいえ。先生は立派な人です」

「君を、戦場に引きずり込んだようなものなのに……それでも、かい?」

「それでも、です。私は先生に出会えたことを、これっぽちも後悔した事はありません」

 

 

 悪夢に追い立てられるよりも、出口を求めて駆けずり回る方がいい。同じように苦しくても、そこには確かに頑張る理由と、意義がある。

 戦争がなければとか、本当は自由に走るべきなんて、何の薬にもならない理想論だ。だって実際に戦争は起きていて、自分はそこに投げ込まれたのだから。

 輝かしいドラマなんてない。クリミアホワイトが過ごした数週間には、ただ終わりの見えない忙しさと、沢山の救えない命があった。

 二人とも、人を助けるために戦った。一人でも多くを生かして、故郷に帰す。二人にはそうする力と、責任があった。

 同時に力には限界があって、責任に際限はなかった。

 やりたい事とできる事には山のように高い距たりがあって、何度も苦渋を飲んで、涙を流した。

 取捨選択をした。諦める事もした。一人でも多くの命を助けるために、頑張れば助かるはずの命を手放した。

 見殺しにしたのと何も変わらない。

 

 

「それでも私は、先生に救って貰いました。先生と一緒に多くの人を助けられました。先生に助けられた人が、数え切れない位いる事を知っています」

「……」

「だから、否定します。沢山の人の死を見てきて。救えなかった命があると理解して。その上で違うとキッパリ言い切ります。医者失格なんかじゃありません。先生は最高のお医者さんです。だから私は、先生を迎えに来たんです」

 

 

 肩を撃たれた痛みも出血も酷いはずなのに、全然辛くない。それは実際、痛みも感じられないほどに身体が憔悴していた証だったけれど、関係ない。信念が身体を前へと進ませてくれる。

 

 

「生きてさえいれば勝ちだって、先生が教えてくれました」

 

 

 それが、自分のがんばる理由。

 理由もなく、国対国の諍いに勝手に巻き込まれて、紙屑のように命が散っていく。何をしたらいいかも分からない。ただ命令されるままに走って心を殺していた自分に授けて貰えた、確かに『勝利』と呼べるもの。

 

 

「それから、勝ちを信じる沢山の人がいる事を知りました」

 

 

 みんなに帰る場所がある。帰りを待つ人がいる。

 自分もそれを、父の喪失という痛みとして知っている。助けられなかったエドワード伍長を思い出す、心の傷として刻まれている。

 生きていて欲しいという、沢山の願いがある。そこに例外はない。クリミアホワイトもそうだ。デュナンだってそうだ。

 

 

「私は、先生に生きていて欲しいです。私だけじゃない。みんなが先生の帰りを待っています」

「……」

「私は、先生を勝たせたいんです」

「……」

「だから、私と一緒に勝ってください。ううん、勝ちます。一緒に勝ちましょう。そうしてまた、沢山の人を勝利に導くんです」

 

 

 陽が沈んでいく。夕日の残り火が消えて、夜が来る。

 クリミアホワイトの首筋に、くす、と苦笑の吐息がかかる。

 

 

「……敵わないなぁ、君には」

「そんな事ないです。先生がいなければ、私はただの負けん気が強くて、ちょっとかわいいだけのウマ娘ですから」

「……強くなったね」

「はい。先生がいてくれたから、先生を助けられるくらいに強くなれました」

「はは……持ちつ持たれつ、ってやつかな」

「ふふっ。はい、そんな感じです。持ちつ持たれつです」

 

 

 寂々とした荒野を走りながら、二人ではにかむ。

 戦場が徐々に遠ざかっていく。

 死の気配を、敗北を、追い抜き、突き放していく。

 闇夜に沈み行く戦場に、風に靡く白い髪と尻尾が、真っ白い線を引いている。

 走って、走って、ようやく掴み取れたものの大切さを噛み締めて、知らず口角が持ち上がる。

 眼前の闇の向こうに輝く、眩いほどの勝利を確かに見据えて。クリミアホワイトは大地を踏みしめ、力一杯に走り続けた。

 

 

 

 

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