クリミアホワイト 戦場を駆け、命を救い、天使と呼ばれたウマ娘   作:オリスケ

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第15話

 

 

 

 ――かつて世界には、争いがあった。

 それは、国と国とがぶつかりあう、大きな大きな戦争だ。領土を、資源を、資本を、あるいは面子を懸けて、国々は争いあった。

 争いは、いつだって人同士の消耗戦だった。

 かつて牧歌的な平原だった国境地帯には、土を掘り返した塹壕が獣の爪痕のように刻まれて、ただ故郷が違うだけの人同士がいがみ合いを続ける。

 一発の銃弾や、気まぐれに降り注ぐ火砲が、簡単に人を殺していく。毎日毎日、砂粒のように、命があっけなく溢れて消えていく。

 睨み合いを解消し勝利をするべく、戦場では様々な作戦が発案され、実行される。正面突破、回り込み、他拠点との結託。様々な手で戦況を詰めていく。その試行錯誤のたびに、また命が溢れていく。

 作戦室に広げられた図面に、人の名前なんて書かれない。戦争にとって、人はあくまで消耗品だった。

 

 

 その戦場で起こった悲劇もまた、戦争においてよくある一幕に過ぎなかった。

 作戦はよくある、敵塹壕の脆弱部への特攻。

 失敗の理由は珍しくもない、戦力の読み誤り。

 そして今、数人の兵士が、たったひとつしかない命を散らそうとしていた。

 

 

「っぐ、ああぁ! くそ、動け、動けよこの……!」

 

 

 鼠色の雲に苦悶の叫びが響く。

 特攻隊として塹壕を飛び出し、そのまま敵塹壕に侵入して場を引っ掻き回す算段だった。敵の防御はハリボテだと聞かされていた。

 なのに、塹壕を飛びだし二〇メートルも走れば、待っていたのは壁のように隙間のない弾幕だった。一緒に突撃していた一五人ばかりの特攻隊は、ものの数秒で帰らぬ人になった。

 幸いにも即死を免れた数人の兵士も、当然無事では住まなかった。穴だらけになってぴくりともしない仲間達の中で、四人ばかりが呻き声を上げている。

 彼は腰を打ち抜かれて、地表を転がっていた。逃げようとしたが、力を籠めようとした足がぴくりとも動かない。足を動かす神経を壊されたのだ。

 しかし、動けなかったのは幸いだったかもしれない。腕を撃たれて蹲っていた仲間が、撤退のため身を起こした瞬間、その背中が穴だらけになった。轟いた銃声に、下半身の動かない身が竦む。

 断続的に、発砲音。自分たちの周囲の地面が、鉛弾を受けて土を弾けさせる。

 即死しなかったのは不幸でしかない。彼等はただ、死刑の執行を待っている状態だった。

 

 

「なんで、嫌だ……いやだ! こんな所で――」

 

 

 身を捩って叫ぼうとした仲間の一人が、ばら蒔かれる銃弾に胸を食い破られて沈黙した。残るはあと三人か、四人か。

 何とか塹壕まで逃げなければいけない。しかし足は動かない。腕一本で這いずろうにも、距離は実に二十メートル。敵にとって、これ以上に容易い射的の的はない。

 ばすっと音がして、隣の死体が銃弾を受けて跳ねた。銃声が続き、死体の横の地面が爆ぜる。銃痕が自分へ向かってくる。まるで歩みを進める死神のように。

 

 

「あぁ……神様……」

 

 

 抵抗しても無駄だった。兵士は天を仰ぎ、目を閉じる。

 銃声が響く。

 その一瞬前に吹き込む、一陣の風。

 兵士は、すぐ近くで鳴るガァンッという激しい金属音を、自分のまだ動く耳と脳で聞いた。

 おそるおそる目を開けた彼は、目にする。

 鼠色の空を背に靡く、真っ白の髪。頭の上からぴんと伸びた白毛の耳。

 巨大な鉄板を盾のように背負った、アーミーグリーンの軍服。その左腕には、蹄鉄に翼をあしらった腕章が巻かれている。

 あどけなさの残る顔と、希望を輝かせる可憐な目が、こちらをまっすぐ見つめ、綻ぶ。

 

 

「よかった、間に合いました」

 

 

 顔も名前も知らない彼に生きて出会えた事を、心の底から喜ぶように。

 真っ白な尻尾を力強く振って、彼女は言った。

 

 

「もう大丈夫ですよ! ウマ娘戦線救助隊のクリミアホワイト、現場に到着です!」

 

 

 突然の乱入に、塹壕の向こうの敵兵も呆気にとられて凍りついている。その隙を好機と捉え、クリミアホワイトはひょいと彼を抱え上げ、専用のハーネスで固定。そうして傍にいた残り二人の生存者もまとめて、あっという間に抱えてしまう。

 未だ夢でも見ているように目を丸くする彼等に向けて、彼女――クリミアホワイトは笑った。度重なる戦火で鼠色に覆われた空の代わりに彼等を照らすとでも言うような、眩しいほどの笑顔を。

 

 

「あなた達を絶対に死なせません。私の足で、あなた達に勝利を授けます!」

 

 

 そうして、力一杯に地面を蹴り、加速。

 ようやく硬直から解けた敵兵の銃弾など物ともしない。

 白い髪を靡かせたまっすぐな白い線を引き、彼女は、一人でも多くの命を救うべく、風のように戦場を駆けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、戦火に飲まれた一人の少女の物語。

 かつてこの世界に存在した、ほんの少しだけ前の出来事。

 消耗品のように人の命が散っていく。争いのために皆が犠牲を強いられる。

 走るために産まれた彼女達ですら、走る自由を得られなかった。

 彼女は、そんな苦しみの最中を藻掻き、走る意味を見出した。

 そこに、華々しい勝利はない。

 時代に刻まれるような名誉はない。

 ただ、彼女は懸命に走った。

 万人の聴衆のためではなく、一人一人の『生きたい』という願いのために。

 決められたゴールでも、輝かしい名誉でもなく、手の届く命を守るために。

 勝利を掴み取るのではなく、一人一人に勝利を捧げるために。

 走った。

 走って、走って、救い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の名前はクリミアホワイト。

 時代に飲まれ、戦場に生き、多くの命を救い続けた、天使と呼ばれたウマ娘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完結です。ここまで読んで頂きありがとうございました。
「馬の代わりに優れた身体能力を持つ少女が存在する」というあの世界設定はもっと掘り下げるべきだよね? という気持ちで書き上げたお話でした。
実際にガチで戦術理論を考え出すと精力的にウマ娘を前線に展開していたり、20世紀にもファランクスが生き残っていたりとかも考えられますが、彼女たちは応援される存在であろうという事で輸送兵として活躍してもらいました。
潤沢なトレーニングや安心してレースに集中できる環境なんてここ数十年の話でしょうし、それより前には戦っていたり、神聖的な存在として崇められていたりしたのではないか…とかいろいろ妄想が捗りますよね。


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読んでいただきありがとうございました!!
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