クリミアホワイト 戦場を駆け、命を救い、天使と呼ばれたウマ娘   作:オリスケ

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第6話

 

 

 

 デュナンの診断通り、二日ほど休息を取れば脚の辛さはなくなり、クリミアホワイトは再び力一杯に走れるようになった。

 それは、再び身の危険の伴う任務に就くことを意味していたが、前線基地で行動する皆が必死に駆けずり回っており、前方に聳える丘、その向こうの戦場では銃声と爆轟が断続的に響き渡っていた。クリミアホワイト一人が恐れを感じて逃げ出すなど、できない相談だった。

 

 

 そうしてクリミアホワイトは新たな任務を言い渡され、ウマ娘専用の大きな台車を引いて物資を輸送する。

 前回の経路が敵部隊の攻撃を受けた事もあり、平地をぐるりと迂回する経路が選択された。長い距離の輸送になるが、幸いな事に前線基地から内地に向けての輸送は比較的楽な任務だった。

 当然ながら、物資が必要になるのは今まさに戦闘を行っている前線基地の方で、ウマ娘には、前線基地に向けて大量の物資を送る事を求められる。

 反対に、前線基地から内地に向けて送られる物はそう多くない。クリミアホワイトの引く台車は前回よりもずっと軽く、彼女は素早い足取りで輸送路を駆けていく。

 その路は戦火からはまだ遠く、草木が残っていた。しかし戦争の気配を感じてなのか、鳥のさえずり一つしない。

 閑散とした草原の中、台車を引っ張ってひた走る。

 

 

「……なあ、嬢ちゃん。いつ頃に町に付けそうなんだ?」

 

 

 軽い台車が揺れるガタガタという音が響く。そんな中で、今回の輸送対象がそう聞いてきた。

 

 

「今日の夕方には到着すると思います……あの、もう少し静かに走った方がいいですか?」

「大丈夫さ。気遣って遅くなるくらいなら、早いとこ家に帰りてえ。なあ、お前らもそう思うよな?」

 

 

 その声に、おう、とかああ、とか、応じる言葉が次々に重なる。ようよう絞り出したような苦しげな声も混ざっていた。

 クリミアホワイトは、バランスを崩さないように気をつけながら、後ろを振り返る。

 

 

 台車に乗るのは、人だった。皆一様に台車の縁に寄りかかって、楽な姿勢で寛いでいる。

 誰もがマトモな状態ではなかった。全員が腕や脚、胴体のどこかに、血で赤く染まった包帯を巻いていた。目や口を塞がれて、顔すら窺えない人もいる。

 負傷兵四八名の帰還。それが今回クリミアホワイトに言い渡された任務だった。

 クリミアホワイトに声を懸けたのは、彼女に近い台車の縁に寄りかかっていた男だった。頭に包帯を巻き付け、片目を覆い隠している。隠れてないもう片方の目は気怠そうな垂れ目だ。

 彼は身を持ち上げると、大儀そうな声を上げながらクリミアホワイトの方に身を乗り出してきた。

 

 

「どれどれ、景色はどんなもんかね……ったた」

「あ、ちょっと。危ないですよ」

「危ないだぁ? 俺達を誰だと思ってやがる、世界一危険な場所から生還した英雄だぞ」

 

 

 男が嘯くと、後方からそうだそうだ、舐めんじゃねーという相槌が重なる。深刻さなど感じない軽い口調に、クリミアホワイトは鼻白む。

 

 

「おう、この辺には緑も全然残ってるんだな。いい景色じゃねーか。ここ二ヶ月ばかり、ペンペン草も映えねえ土くればっかり見てたからよ」

 

 

 男性はまるで旅行気分で、まばらに木々が生えるだけの平野を眺める。

 えっちらおっちら歩きながら、クリミアホワイトが男に聞いた。

 

 

「二ヶ月も、あの前線基地に?」

「ああ。かなり長かったな。最初の招待の奴らはほとんど死んじまって、生きてても酷え怪我を追って、さっさと後退しちまったからな」

 

 

 アッサリと告げられて、クリミアホワイトは二の句を告げずに押し黙る。その複雑な心境に気付いてかどうか、男は続ける。

 

 

「まあ、幸運だったよ。長く働いた分、給料もたんまり貰えるしな。お陰でガキどもを楽させられるし、嫁にドレスだって買ってやれる……よぉ、嬢ちゃん。嬢ちゃんはドレスを着たことがあるか?」

「え? ……ないですけど」

「それもそうか。嬢ちゃん、顔は良いが芋っぽいもんな。逆にドレスに着られるのがオチか」

「んなっ」

 

 

 いきなり失礼な事を言われ、かっと顔を熱くして振り返る。しかし男はクリミアホワイトの事なんて意にも介さず、空を見上げて物思いに耽っている。

 

 

「俺の嫁さんは美人で、おまけに器量良しでよ。何着ても似合うし、エプロン姿で台所に立つ姿も気品に溢れてるみたいでなぁ。なあ嬢ちゃん、俺がそんな美人をどうやって射止めたと思うよ? それはな、学校主催のダンス会で、俺がグラス片手に彼女の手をこう取って――」

「ノロケもそのぐらいにしとけよ馬鹿……悪いな、お嬢ちゃん。コイツはただ嫁の自慢話がしたいだけの面倒くさい男なんだ」

 

 

 傍にいた負傷兵が手を伸ばして、男を小突いて座らせた。あからさまに不満げな声で男が唸る。

 

 

「なんだよ。こちとら命繋いでようやく家族に会いに行けるんだ。浮かれもするだろ」

「浮かれるのは結構だが、ちゃんと命が繋がるかは嬢ちゃん次第なんだ、迷惑をかけるんじゃねえ」

 

 

 そうだそうだ、嬢ちゃんの邪魔すんなとヤジが飛ぶ。台車に揺られる負傷兵達の間に笑い声が伝播する。

 それは、どこで敵に鉢合わせするかも分からない緊張感も、無事な兵士など一人もいないという悲壮感も曖昧になるような、奇妙に緩んだ空気だった。なんだか気まずいような、不思議な気分でクリミアホワイトは台車を引く。

 男のちょっかいに触発されてか、台車はすっかり談笑ムードだった。口を開く元気のある負傷兵達が、しみじみと呟くように言う。

 

 

「ああ……ようやく家族に会えるんだなぁ」

「撃たれた時には、このまま死んだ方がマシな位痛かったけど。やっぱり生きててよかったぜ。助けてくれたデュナン先生と、運んでくれる嬢ちゃん様々だ」

「ウマ娘の嬢ちゃんは、どこの出身なんだ?」

「え? ……その、西の方です」

 

 

 聞かれて、彼女の生まれ故郷を答える。真っ平らな草原が広がる牧草地帯。地名を聞いた負傷兵達から、あぁと合点がいった声。

 

 

「良いところだなぁ。仕事してたんまり稼いだら、家族みんなで羊でも飼って暮らそうかって話をしたっけか」

「嬢ちゃんも早く帰れるといいな。もちろん五体満足、怪我も無しでな」

「そう……ですね」

 

 

 言われて、クリミアホワイトは曖昧に応じる。

 故郷の草原なんて、まるで遠い昔の光景、届かない夢のようだ。

 あと何回、前線基地までの危険な路を往復する事になるのだろう。その間、あと何回死ぬような目に遭うのだろう。ほんの一ヶ月先でさえ、生きているかどうかも予想が着かない。

 デュナンは、戦争はいつか終わると言った。けれど、いつ終わるかは教えてくれなかった。

 戦争がいつ終わるかなんて、誰にも分からない。

 そんないつ終わるともしれない戦争の中、果たして自分は何をするべきなのかも、クリミアホワイトは分からない。

 気分はまるで操り人形だ。その場に崩れ落ちる事さえも、自分の意志では決められない。

 

 

「――よおエルビス! お前、歌が巧かったよな。ベッシュと一緒にタバコを駄賃にして演奏会してたの知ってるぞ」

「せっかくのめでたい退役日だ、一曲歌ってくれよ」

 

 

 クリミアホワイトの胡乱な気分を余所に、台車はすっかり談笑ムードになっていた。ゴトゴト揺れる台車の上で、額に包帯を巻いた負傷兵がよろめきながら立ち上がる。

 

 

「呼ばれて立ち上がってはみたものの。どうしようかなぁ、僕の声はタダで聞かせるほど安くはないんだが……」

「ケチケチすんなよ。このままじゃ痛みと退屈で死んじまう」

「俺達じゃなくて嬢ちゃんに向けて歌ってやれよ。俺達の命を運んでくれる恩人様だ」

「そうだ、ウマ娘を歌った曲があっただろ。行きがけの駄賃代わりだ、走れ荒野をどこまでも――って奴だ! 歌え歌えー」

「嬢ちゃん、ラッキーだな。エルビスは元歌劇団員のやり手だぞ。なんでも現役時代には百人以上のファンが付いていたらしい……まあ、嫁を射止めた俺の手腕には逆立ちしたって叶わないがな!」

「お前はいい加減に嫁のノロケから離れろっての」

 

 

 ふざけて、小突き合って、笑い声が上がる。立ち上がった負傷兵がオホンと咳払いを一つ、歌いだす。

 自信に違わない美しい歌声が響く。しかし息を飲んで魅了されるような上等な思考など誰も持っていない。適当に相槌を打ち、歌を知る人は声を重ねて歌い出す。

 台車はたちまち、宴のような賑やかな空気に包まれた。

 

 

「ああ、最高の気分だ。酒がないのが悔やまれるぜ」

「さらば戦場! もう二度と俺の前に現れんなよな!」

「嬢ちゃん! 嬢ちゃんも歌ってくれよ。かわいい声を聞かせてくれ!」

「もう、危ないって言ってるのに……」

 

 

 クリミアホワイトは困ったように言うが、彼女の頬も自然と緩んでいる。笑う負傷兵達の間には、戦場から解放された喜びが広がっていた。

 その、戦線を離れる彼等の喜びに配慮したように、復路は敵の姿を見かける事もない、静かで穏やかな道行きとなった。クリミアホワイトは予定通りの時間に町に辿り着く。

 町に入ると、居合わせた人々から、拍手や兵士を讃える感謝の声で出迎えられた。元気な負傷兵は台車から身を乗り出して応じている。

 搬送する病院に辿り着いた時には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。待機していた病院のスタッフ達が、台車から負傷兵を運び出していく。

 

 

「お帰りなさい! 歩ける人は順番に降りてください。動けない人はそのまま休んでいて。すぐに運びますからね」

「ウマ娘さん、お勤めの後で悪いけれど、搬送を手伝ってくれないかしら」

「ええ、分かりました」

 

 

 看護婦の一人にお願いされ、安全な輸送だった事もあって体力が余っていたクリミアホワイトは二つ返事で了承した。台車に乗り、怪我の酷い兵士に肩を貸して、一人一人下ろしていく。

 怪我をしたばかり。前線基地の充分とは言えない医療設備で、痛みも相当酷いだろうに。負傷兵達は、肩を貸したクリミアホワイトに「ありがとう、嬢ちゃん」「怪我すんなよ、達者でな」と笑顔で声を懸けてくれる。感じた事のない気持ちに、胸がそわそわとむず痒い気持ちになった。

 町に辿り着いた安堵は相当なもので、誰もが気を緩めていた。台車に凭れかかって寝てしまっている人もいる。無防備な姿にクリミアホワイトはくすりと微笑んで、優しく肩を揺する。

 

 

「おはようございます。町に着きましたよ」

「……」

「起きてくださーい。起きて……」

 

 

 触れた手に伝わる冷たさに、そこでようやく気が付いた。

 ハッと息を飲む。彼はゆらりと揺れて、力なく倒れ伏した。ゴトン、という、まるで物のような無骨な音が響く。

 ぴくりとも動かない。緩く開いた唇は乾ききって、薄紫に変色していた。

 理解するのには時間が必要だった。歌を歌うような、賑やかな帰り路だったのに。これでやっと故郷に、家族の所に帰れると喜んでいたのに。なのになんで死――

 

 

「っ――ぁ――」

「気に病むことはないぜ、お嬢ちゃん」

 

 

 喉がしゃくり上がるより早く、かけられる声。顔を向ければ、片目を包帯で隠した負傷兵が、気怠げな目を向けている。胡乱な表情で、物言わず倒れる彼を見る。

 

 

「状態はソイツが一番酷かった。普通ならサッサと安楽死させちまおうって怪我で、町まで保たないっていうのは自分で分かってた筈だ。そんな状態で乗り込んだんだよ。デュナン先生が頑張って生きてくれって説得してな」

「……でも」

「嬢ちゃんがどれだけ急いでも間に合わなかったよ。ソイツは四時間も前には死んでた」

 

 

 耳を疑う。それはまさに、彼等が他愛ない話で笑い合い、歌をうたって騒いでいた時だ。あんなに楽しげに、戦争からの解放を喜んでいた最中に、彼は死んだのだ。

 

 

「……ソイツ、笑ってるだろ」

 

 

 言われて、クリミアホワイトは改めて倒れる彼を見る。血の気が失われ、命を感じられなくなった彼の顔は、それでもどことなく、穏やかに唇を綻ばせているように見えた。

 

 

「誰よりも大きな声で笑って、歌っていたよ。ぜえぜえ必死で息をしながら、嬢ちゃん頑張れって叫んでた……どうやったって死ぬって状況で、笑って死ねたんだ。それはたぶん、最悪の中では一番上等だ」

 

 

 彼の投げ出された拳は固く握られ、細いチェーンが伸びていた。片目の男がクリミアホワイトの傍に寄り、彼の手を解く。

 小さなペンダントだった。開くと、写真が嵌められていた。奥さんと、小さな子供二人を抱き寄せて笑う彼の、活き活きとした顔が、クリミアホワイトの目に焼き付く。

 

 

「これは、俺が責任を持って届ける。帰りたかった場所に届けてやる」

 

 

 ペンダントを閉じて、片目の男は立ち上がった。クリミアホワイトの肩を優しく叩いて、言う。

 

 

「ありがとな、お嬢ちゃん」

「…………」

「頼むから、死ぬなよ……この世界に、死んだ方がいい人間なんて一人もいないんだからな」

 

 

 そう言葉を残して、彼は自分の足で台車を降りていく。

 搬送を追えた看護婦が、彼を安置するために駆け付けるまで、クリミアホワイトはその場にしゃがみ込んだまま、凍りついたように動かなくなった彼の、何かを求めるように開かれた手から目を逸らせない。

 その死顔には、確かに楽しげな笑みが浮かんでいたけれど。

 彼の手は明らかに、まだ生きて掴みたい物があると叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日後。再び前線基地へと物資を運んだクリミアホワイトは、休む間もなく走り出していた。

 びゅんっと風を切るほどの勢いで前線基地を横切って、まっすぐ医療テントに向かうと、奥の医務室の仕切りを開く。

 突然の来訪に目を丸くするデュナンに向けて、クリミアホワイトはばさりと尻尾を振って、思い切り頭を下げた。

 

 

「お願いします、ここで仕事をさせてください!」

「……」

「ただ言われるままに走るなんて嫌です! 私に、一人でも多くの人を助ける手伝いをさせてください!」

 

 

 立場やルールなど何もかもを無視した、勢い任せの嘆願。

 それに対しての返事は、顔を上げたクリミアホワイトを見つめるデュナンの、微笑ましいものを見つめるような、それでいて彼女の勇気を心から讃えるような、そんな力強い目の光だった。

 

 

 

 

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