かなたの拳が世界の果てを破り、その衝撃で、一つの魂が、世界を飛び出した。
四宮桜は、さくらみことしての生を終え、虚なる終末の世へと足を踏み出した。
「わたしが、やらなきゃ」
目を覚ましたのは、稲荷が用意した施設の中。
仮初の身体を精一杯動かし、向かう先は研究室。
そこはかつて、桜が研究していた植物の、枯れ果てたそれが散乱している部屋であった。
桜は慣れない身体で、そこに保存されていた種子を片っ端から取り出す。
「世界を再生する種を、何とか……!」
この世界における、最古の誕生である。
はじめに、植物があった。
あるものは胞子から育ち、あるものは種子から育ち、やがて何十倍にも何百倍にも身を結び、動物達の糧となった。
創世の木。
それを生み出すことが、今の桜にできる、世界再生への道。
それを創り出すまで、そう時間はかからなかった。
天才的なまでの知識と発想力を持っていた桜は、寝食を忘れ、気絶してはまた目覚め、開発に失敗した植物のつけた実を無意識のうちに口へ運んでは、また種の研究を続けたのだ。
日を跨ぐまでもなく成長し、実をつけるものは、正常な世界にとっては夢のような植物だろう。
しかしそれは、人類の殆どが消えてしまった世界に絶望した桜の関心を惹くものではなかった。
そしてとうとう、それは完成した。
「奇跡の、種」
息をすることさえままならない桜は、それを手に取り、無我夢中で裏山へと走る。
反り立つ壁のように巨大な木の側には、一つ小さな穴があった。
土が盛られ、巨大な木と対となる植物を植えるべくして、巨大な木そのものが用意したのであろう、小さな穴が。
「ここに、これを植えれば……!」
そう言って、桜が手から種を穴へ落とそうとした、その瞬間。
「もう、頑張らなくて良いんだよ」
少女の声が、背後から桜を制止した。
「あ、あなたは……美空……!」
「時乃。私だよ、桜ちゃん。覚えてる?」
「忘れも、しない……世界の終わりの日、あなたは……!」
「そう。私はこの世界がこれ以上続くことを望まなかった。一部の人間を除き、皆、死んだ。でも、これで良かった」
「な、何を言っているの……!この世界が無くなって、皆、死んで……でも、あの世界で、精神だけは生きていた……でも、この世界そのものが消えたら、あの世界を維持する機械だって限界が来る……!だから、せめてこの世界だけは……!」
「もう、この世界は腐っている」
「と、突然何を」
「寿命って……知ってるよね?どの生き物にもある、寿命。生きるものは、いつか死ぬ。植物に詳しい桜ちゃんなら、知ってるはずだよ」
「あ、当たり前だよ!だから、この種で……!そっちこそ、『接ぎ木』は知ってるの!?」
「それでも、ダメなんだよ。根っこが死んだら、接ぎ木じゃあどうにもならない。この種を植えて、世界をもう一回再生したとしても……そこにあるのは、腐った世界で無理をした果ての……全員が、もっと苦しんで死んでいく未来。世界の寿命が、来てるんだよ」
「……だから諦めろって言うの!?わたしたち人間は、当たり前みたいに生まれて!でも、世界の寿命ってだけで、当たり前みたいに死んでいって……そんなの……!理不尽だよ!」
「そういう、ものなんだよ。残念だけど。……でも、また会えないって訳じゃない」
「……神様でも信じろっていうの?あの世界の、自分を『さくらみこ』だと思ってた頃みたいに!」
「そうなの、かもね。でも、知ってる?もし、神様が存在するなら……私達は、どこかでもう一度会える。天国か、地獄か……それか、別の世界で」
「そんなこと、信じられないよ!」
「でも……そうでもないと、こんな突然……世界の寿命が人という人を殺してる中、私達みたいに、普通に生きてた人間を残すことなんて……無いと思わない?」
「……それに期待できれば、どんなに楽かな」
「私……この青上高校の私達だけが選ばれて生き残ったってこと……本当だと思うんだ。でも、この世界を無理矢理続けるために選ばれたんじゃない。私達は」
「わたしたちは……?」
「また別の世界で、もう一度会うために。この世界で起こったことを覚えておくために、残ったんだと思うの」
さくらみこの本体、四宮桜が開発した創世樹の種。
試作段階のため未知数ではあるが、遺伝子解析の結果、この種子は新たな文明を生むに足る程のものであるようだ。
腐る世界に、打ち勝つ術とは無関係である。