〜おまる座テント〜
バッカスシティの近郊に張られた、サーカス団のテント。
その中では、座長の尾丸ポルカと何人かの座員達が、昼の公演に向けて準備を始めていた。
「おーい!スバル先輩、あっち頼みま〜す!」
「あいよー!」
今日のバッカスシティ昼公演は、おまる座員によって構成されたアイドルグループのライブであった。
尾丸ポルカは父親のサーカス団から独立して以降、「尾丸ポルカによるおまる座である意味」、アイデンティティについて考えてきた。
既出の芸を極めようとする保守的な父親とは違う、何か他のことをしたい。
ポルカは寝る間も惜しんで考えた。
その結果、ポルカはプログラムの一つに、可愛らしい少女達による歌とダンスも取り入れ、サーカスと聞いて思い浮かべるような曲芸だけではない、アイドルグループとしての側面を持つサーカス団にしようと決意したのだ。
とはいえ、可愛らしいコロポックル達が和やかに歌ったり踊ったりするだけでは、観客を「和ませる」ことはできるが、「熱狂的になってもらう」ことは出来ない。
それでは、なけなしのコロポックル座員を出したところで、ただの箸休め的な役割しか果たすことができず、結果として、ただのサーカス団と同じになってしまう。
ましてやガチ恋など、もってのほかだ。
そう考えたポルカは、できる限り手を尽くして、美少女を集めることにした。
サーカスを観に来た少女をスカウトしたり、獣人の村へスカウトをしに行ったり……。
しかし誰一人として、おまる座のアイドルとなる少女は見つからなかった。
悲嘆に暮れていたポルカであったが、ある日、ポルカと同じく父のサーカス団を抜け出して来た、二人の先輩がテントを訪ねてきたのだった。
その一人が、たった今ポルカが「スバル先輩」と呼んだ中性的な容姿の少女、「大空スバル」。
そしてもう一人が、高原でハープを奏でていたところをスカウトされた少女、「角巻わため」であった。
一人目の少女、「大空スバル」。彼女は元々、銀獅子族に育てられていた出自不明の少女であったが、彼らの集落を訪れた尾丸父率いるサーカス団に憧れ、マネージャーとして引き取られた少女である。
しかし、いつしか自身もステージに立ちたいという想いが強くなり、尾丸父に相談したところ、頑なに否定され続けたため、抜け出してきたのだという。
「……ポルカの父親には、恩知らずだって言われても仕方ないっす。それに、何かすごい芸ができるわけでもないっす。でも、スバルだって、表に立ちたいんすよ!」
スバルの熱い想いに感銘を受けたポルカは、すぐにスバルを、諦めかけていたアイドルグループに勧誘し、スバルもまた、これをすぐに了承。
これが、おまる座の若きエース誕生の瞬間であった。
そして、二人目の少女である「角巻わため」。
彼女もまた、尾丸父の方針に合わず、抜け出してきた少女であった。
彼女は幼い頃に、尾丸父から直々にサーカス団にスカウトされたものの、繊細な音色よりもダイナミックな演奏を好むようになった尾丸父が、ハープの奏者を「お役御免」としてしまったが故に、抜け出してきたのだとか。
「私、スカウトされてからずっと頑張ってきたのに、突然クビにされて……だから、ポルカちゃんが良ければで良いんだけど……わためぇを、おまる座員にしてくれない……?」
角巻わためは、かつてポルカが父のサーカス団に所属していた頃から、容姿が可愛らしいと評判であった。
そして、
ポルカはすぐさま彼女を受け入れ、アイドルグループの一員に加えた。
「まあ、歌って踊るプログラムを担当するおまる座員は今のところ、この二人とポルカだけかな。元マネージャーのスバル先輩、天才音楽家のわため先輩。二人とも、すごく可愛いんだよ」
ポルカは木の椅子に座り、テーブルを挟んで、ねねにアイドルグループのポスターを手渡す。
ちなみに、スバルとわためがポルカに「先輩」と呼ばれているのは、ポルカがステージに立てる程にまで芸が上達するより前に、尾丸父のサーカス団へ入団したからである。
「へぇ〜!この世界のサーカス団ってすごいんだな〜。アイドルグループもいるのか〜」
「ん?この世界?」
ポルカが聞き返したことにより、ねねは自身の失言に気づいた。
「う、ううん!?なんでもないよ、ただの独り言」
「ふーん……?っていうか、アイドルグループっていうの?歌ったり踊ったりする人たちのこと」
「え!?ま、まあ……ねねの地元ではそう呼んでたかも」
「へぇ〜。じゃ、ポルカもこれからそう呼ぼーっと」
「あ、あはは……」
ねねは何とか失言を訂正したり嘘で辻褄を合わせたりし、最後は笑って誤魔化した。
「……ところで、ねねち。ねねちは、そのグループの新メンバーになる気はある?」
「え?」
突然の勧誘に、ねねは身を引いた。
「あーあー、別に今日の昼公演までに歌と踊りを覚えろとか、そういう事を言ってるんじゃなくて……」
「えーと……?」
ねねは押し寄せる大量の情報に困惑し、首を傾げて眉をひそめた。
「今日の昼公演は、スバル先輩とわため先輩、それとポルカの3人で歌と踊りを観せるんだけど……もし今、ねねちにその気があるなら、最後に、新メンバーとして発表しようと思って……」
「ええー!?」
アイドルグループの説明をされた後に、そのグループに入らないかと誘われたねねは、さすがに驚きを隠し切れず、テーブルに両手をついて叫んでしまった。
「ほら、今までねねちには、衣食住の代わりにマネージャーをやってもらってたでしょ?見た目も可愛いし、お風呂で聞かせてもらった歌も上手だったからさ、これを機に表に出してみるのもアリかなーって」
「ええー……」
自分が、異世界のアイドルになる。
それは、ねねにとって青天の霹靂ともいえる、とんでもないサプライズだった。
しかし、自分にはこの世界を、カバーを救う使命がある。
いつまでも、このサーカス団に面倒を見てもらう訳にはいかない。
だから、だから、
「ごめんなさい、おまるん。ねねには、やらなきゃいけないことがあるんだ。……だから、ごめん」
この誘いは、断るしか無かった。
「……そっか。ま、変わった服装であんな路地裏に倒れてるくらいだし、何かしら訳アリかなーとは思ってたけどさ!じゃあ、とりあえず……その時が来るまでは、これからもおまる座で面倒見るよ。これからもよろしくなー、ねねち!」
「……!ありがとう、おまるん」
ねねは席を立ち、背面からポルカを抱きしめた後、洗濯物を取り込むため、テントの外へと出ていった。
「……昔見た、あの娘にそっくりだったのにな」
ポルカは一言呟くと、座っていたイスから立ち上がって、衣装に着替えるため、簡易更衣室へと向かった。
〜3時間後〜
本番直前。
テントには多くの客が訪れ、ポルカ、スバル、わための登場を、今か今かと待っていた。
そして、幕が上がると同時に、テント内は歌と歓声に包まれる。
3人のアイドルは、混沌とした「カバー」の辺境にて、
誰よりも、何よりも眩く輝いていた。
鬼神刀阿修羅
剣聖、百鬼あやめの得物である太刀
高きものの名が彫られたその刀は、悪しきを抑え、善きを高めるという
だが、修羅は善に非ずして悪に非ず
故にこの一振りは災厄と化した