〜バッカス雪原〜
「はぁ、はぁ……。みんな、ごめんね。ラミィは……!」
蒼穹に似た髪色を持つ少女は、雪の精と共に雪原を駆ける。
決して速くはないその足で、しかし瞳には自由を渇望する意思を宿し、前へ、前へと足を進めていく。
亡者に達に貪られる時を、ただ滅びをただ待つだけの家畜でいることなど、御免であると。
「見つけたぞー!」
「お待ちください、ラミィお嬢様ー!」
男達の声が雪原に響き渡る。
一族の追手だろうか。
魔力を動力に変えて、馬車よりも速く走るソリに乗った男達は、非情にも一瞬のうちに少女へと近づき、身柄を拘束した。
「放してください!ラミィはいつまでも、あの村で終わりを待つだけの生活は嫌なんです!皆さんも聞いたでしょう!?獅子の一族が、例の骸骨剣士達によって壊滅的な被害を受けたって!次はこの村かもしれないじゃないですか!!ラミィだって戦えるんです!何とか、何とかしなくっちゃ!」
「だからといって、今すぐに動かなくても!」
「お嬢様はごゆっくり過ごしていらっしゃれば!」
「そうやって、いくつの村が滅びたかわからないんですか!?ねえ、だいふく……。私には、村のみんなが言ってる事の方がわからないよ……。何で、皆こんなに危機感が無いの?」
今日も声は聞こえない。しかし、どこかで見た地蔵のような顔が脳裏に浮かんだ。
雪の精「だいふく」。
「ラミィ」と名のつく少女に従う相棒であり、テレパシーでの意思疎通が可能な彼は精一杯、自分の知っているもので言葉を返した。
「お地蔵様?……ああ。皆、『悟ってる』ってこと?……そうだね。ラミィはそれが嫌で抜け出してきたのに、結局、ラミィが否定した『諦める道』を選んだ人達に、あっさり連れ戻されちゃうんだ……。ふふっ。ラミィの覚悟って……こんなものだったのかな」
彼女の名は「雪花ラミィ」。カバーの辺境、「バッカス雪原」に興った一族の長、その娘である。
幼い頃からだいふくと共に氷の魔術を研究してきた彼女は、本気を出せば、村一の魔術師と言われる父をも凌駕する実力者。
しかし心優しき彼女は一族に対して、一度たりとも十分な実力を発揮できた事は無かった。
そして今回も、その優しさが裏目に出てしまったのだろう。
本来なら軽々と蹴散らせてしまう追手に捕まってしまったのも、彼女が彼らに対して力を使うことができないままでいたからだ。
ソリの上で嗚咽するラミィ。
そのせいか、だいふくも浮かない顔をしていた。
しかし、雪原に響き渡る爆発音と共に、ラミィとだいふくの姿がソリの上から忽然と消える。
普段ならばすぐに気が付くはずだが、辺りには煙が広がり、追っ手の彼らはしばらくラミィの消失を認識できなかった。
「なっ!?お、お嬢様!?」
「ど、どちらへ!?いつの間に……?」
「よくわからない爆音が鳴り響いてから……間もなかった……お嬢様ー!!お嬢様ー!!」
追手達が、ラミィを探して辺りを駆け回る。
しかし、どれだけ探しても見つからない。
それもそのはず。
雪の令嬢、雪花ラミィは、
「大丈夫?お嬢ちゃん?」
「あなたは……?」
「ぼたん。『獅白ぼたん』っていうんだ。よろしくなー。ところで、あんたは?」
亡者達に一足早く蹂躙された、「カバー」唯一の戦闘民族である銀獅子族の生き残りである少女。
名を「獅白ぼたん」という少女に抱き抱えられ、付近の丘に空いた洞穴に隠れていたからである。
「雪花ラミィです!よ、よろしくお願いしますっ!それと、さっきは……ありがとうございます」
ぼたんはラミィを降ろし、洞穴の奥に座り込んだ。
「ふふっ。これで貸し一つだね。今度、大葉料理でも奢ってよ」
「じゃあ、ラミィのやるべきことが片付いたら、その時にでも!」
「あ、その事なんだけどさ。多分、私とラミィの目的って一緒じゃない?」
「どういう事ですか……あっ」
ラミィは、それをわざわざ聞いてはいけないということに気づいたのか、口元を抑える。
「そう。見てわかると思うけど、私はついこの間、例のホネ軍団にやられた銀獅子族の生き残り。で、ラミィの呟きを盗み聞きする限り、あんたもホネ共を何とかしたいって思ってるんでしょ?」
「ええ、まあ……」
「なら、私と組もうよ!ラミィって、本気出したらとんでもなく強いでしょ!私にはわかるよ。銀獅子族は戦闘民族だからね」
ぼたんは右手で胸を叩き、左手で先程投げたスモークグレネードと同じものを見せびらかす。
「……苦しい旅になります。それでもよければ……!」
「うん、よろしく。らみちゃん」
「は、はいっ!よろしくお願いします、ぼたんさん!」
ラミィは両手で、ラミィの右手を握る。
「あと、私のことは『ししろん』って呼んでよ。……故郷でも、そう呼ばれてたんだ」
ぼたんは少し憂いを帯びた眉を上げながら、左手でラミィの頭に手を置いた。
「……!わかった。よろしくね、ししろん!」
ラミィとぼたんは、歩みを進める。
これから先にある出会いと別れを、彼女達は知らない。
それでも二人は、一歩、また一歩と、雪景色に足跡をつけていくのだった。
銀獅子族
銀獅子と呼ばれる、白い体毛が特徴的な獅子の獣人
彼らは戦闘民族であった
故にだろうか、魔術や妖術などの類に頼らない兵器を開発し、それらは非常に優れていた
しかし、亡者の軍「ウルハ」によって、彼らは滅亡した
死霊魔術師に、「ただの力」では抗えぬ