〜ブッシュ平原〜
幻想世界「カバー」の中央部、ブッシュ平原。
その南側に位置する名も無き丘で、一人の女性は、山肌から滲み出る清き水のような美しい歌声を響かせていた。
辺りには、彼女の歌声を聴くためにやってきた動物達が座り込んでいる。
草食動物も肉食動物も、ここでは皆等しく彼女の観客であり、彼女もまた、彼らを分け隔てなく、平等に観客として愛していた。
草原の歌姫「AZKi」は、故無き少女であった。
生まれも知らぬ、育ちも知らぬ、そして、気付いた時には歌姫としてそこに「在る」、それがAZKiという少女であった。
自身が何者なのかもわからない。
歌姫となる前の記憶さえも無い。
彼女にあるのはただ一つ、歌だけであった。
そんなAZKiの元に、一人の少女がやってきた。
特に目的も無く「カバー」を旅する、放浪の少女。
「綺麗な歌声……誰が歌ってるんだろ〜」
その少女は、鋼の身体と優しき心を併せ持つ、死者の谷からやってきた古代兵器、ロボ子さんであった。
ロボ子さんは動物達に紛れて、偶然空いていたAZKiのすぐ前に座り、そのままライブが終わるまで小一時間ほど、ずっとAZKiの歌に聴き入っていた。
そして、ライブを終え、日が沈みかけた空を見上げていたAZKiは、ふと目の前に置かれているものに目を向けた。
「何だろ、これ」
やけに精巧な出来の人形である。
否、それは果たして人形と呼んで良いものなのか、それさえも曖昧なほど人間じみた、しかし無機質なものであった。
この世界に機械の身体を持つ種族は存在しない。
となれば、これは誰かからのプレゼントだろうか?
はたまた、観客の忘れ物だろうか。
いずれにせよ、この人形をこのまま放っておくわけにはいかない。
AZKiは、人形の膝の裏と肩甲骨にあたる部分に腕をかけ、人形を「お姫様抱っこ」で、自身の仮住まいである山小屋へと運ぼうとした。
しかし、
「重っ!?」
鋼の身体を持つ少女は、並大抵の力では少し地面から浮かせることさえ敵わない。
そして当然ながら、AZKiもその例外では無く、彼女が精一杯、人形を抱き上げようと腕に力を込めても、人形の方はビクとも動かなかった。
「……んん……?」
そして、そうこうしているうちに人形は再起動を始め、意識を回復させる。
「うわっ!?お、お人形が……!?」
何も知らないAZKiは、咄嗟に人形から手を離して3歩ほど引き下がったが、驚きのあまり、そのまま足がもつれて地面に尻もちをついてしまった。
「……ふぁぁ。あっ、おはよ〜。何で、丘でライブしてた人が目の前に……?」
人形、もといロボ子さんは、AZKiの歌を聴いているうちに眠ってしまい、そのままライブが終わった後も、AZKiが気がつくまでそのまま休眠モードに入っていたそうだ。
「お人形が喋ってる……?どういうこと……?」
AZKiは地面に座り込んだまま、ロボ子さんの全身を観察する。
人に似せて造られた精巧な身体、かと思えば、何故か膝下からはロボットらしいメタリックな造りで、さらに足の指は3本しか無い。
ロボ子さんの身体は、AZKiにとって初めて見るものばかりが組み込まれている、言わば謎の塊であった。
「えーと、驚かせちゃってごめんね?」
ロボ子さんは手を伸ばし、AZKiの前へ差し出す。
「ううん。こちらこそ、いきなり警戒しちゃってごめん」
そして、AZKiもロボ子さんの右手を両手で掴み、立ち上がった。
「ねえねえ、キミの名前は?なんていうの?」
ロボ子さんは目を輝かせながら、AZKiの手を引き寄せて聞く。
「私は『AZKi』。あなたは?」
「うーん、機体名しかわかんないけど……みんなからは、『ロボ子さん』って呼ばれてたよ。……気に入ってる呼ばれ方だから、AZKiちゃんも、そう呼んでくれるかな……?」
屈んで、上目遣いでAZKiに「お願い」するロボ子さん。
これも、彼女の記憶にインプットされていた情報だろうか。
ロボ子さんの口から出た「機体名」という言葉に少し戸惑いながらも、あまり気にしないようにして、AZKiは咳払いをし、その名を呼ぶ。
「わかった。……そうだ、ロボ子さん。今日は私の家に泊まっていかない?ボロボロな小屋だけど、もう、日も暮れそうだし……ここよりは安全なはずだよ」
AZKiは、初めての友人ができて興奮しているのか、ロボ子さんを自宅へと誘う。
「そういえばもう夜だね〜。お邪魔するよ〜。[[rb:量産機>ファミリアー]]達にも注意しなきゃいけないし」
「ふぁ、ふぁみ……?」
「知らない?『厄災』が作り出した兵器だよ?」
「厄災……?えーと、ちょっとわからないかも」
AZKiは、どこかで聞いたことがあるような、しかし、誰からも聞いたことが無いような言葉に、頭を捻らせる。
「そっかぁ。……やっぱりなんでもないよ、ごめんね、変な話ししちゃって」
ロボ子さんは、つい口を滑らせて出してしまった「厄災」という言葉をかき消すように話を切る。
それと同時に、ロボ子さんは今の時代にとっての厄災とは何かを考え始めた。
「ううん、大丈夫。昔のロボ子さんに何があったかはわからないけど、今はお友達でしょ?だから、大丈夫。……さ、行こう。もうこの辺りは危ないよ」
「うん!……えへへ、ありがとう!AZKiちゃん!」
二人の少女は、森の奥へと消えていく。
故知らぬ歌姫、AZKi。
古代兵器、ロボ子さん。
果たして彼女らをそう呼んでしまっても良いのか、それはわからないが、
また、「カバー」に新たな風が吹いたことは間違い無かった。
それは、冷たく強い、啓示の風か。
それとも、生温かい混沌の風か。
そして、空に雲がかかる頃、彼女らに再び朝が訪れる。
「んー……。おはよう、AZKiちゃん」
「おはよう、ロボ子さん」
二人はボロ屋から顔を出して朝日を浴びながら、互いの瞳を見合った。
誰かと一緒の朝。
それは、二人にとってかけがえのない、忘れ得ぬ日々の始まりであった。
変質
幻想世界「カバー」にのみ起こり得る事象
人が夢見た幻想の果て
想い続ければ願いは叶う
強い想いは形となる
欠けたものには与えられ、
満ちたものは変えられた
幻想とて、欺瞞の延長であった