〜魔界学園跡〜
「うわぁ……。え、ええ……?これ、現実?」
紫咲シオンと癒月ちょこが立ち去ってから、数時間後。
現世より魔界へ戻った一人の少女が、魔界学園の跡地を訪れた。
ポップな服とショートパンツ、バッジを付けたキャップを身に纏った紫色の頭髪をもつ少女、「常闇トワ」は、つい少し前まで学園だった瓦礫を漁り、現在の惨状を改めて理解する。
「受け止めたくなかったけど、まさか現世に行ってる間に母校が……」
再び瓦礫を漁り始め、ロッカーに収納しておいた私物が無いか探すトワ。
すると、指先に何やら奇妙な感触を覚えた。
「……ッ!?」
まだ暖かく、ドロッとした感触の何か。
未知の感触に、慌てて瓦礫の中に突っ込んでいた右手を引き抜く。
すると、
「うわ、あ、あああああああああああ!!?」
自身の右手には細かな肉片と、べったりとした血が付着していた。
「あ、あ、ああ……こんな、こんなことって、あああ!おかしいと思ってた!トワ様、ここに来る途中で誰にも会わなかった!おかしかった!避難し終わったんじゃなかった……。皆、避難する前に……!ああああああああ!!?」
あまりに死が間近で、クリアに入る赤き視界。
彼女は付着した肉片を振り落とし、急いでこの場を立ち去ろうとする。
しかし、
「ヴヴヴヴヴ、アアアアアア……」
ここは、シオンとちょこが立ち去ってからまだ数時間しか経過していない、魔界の底。
未だ燃え続ける火と、[[rb:其処彼処>そこかしこ]]に見られる血痕、そして温かい肉片。
……いないはずが、なかった。
理性を失い、狂気に呑まれた怪物にして元剣聖、ナキリ。
赤く光る彼女の目には、血肉に怯え、今にも逃げ出さんとする悪魔の姿が映っていた。
「あわわわわわわわ」
「ヨ……ハ……アァ」
よろめきながら、トワへと近づくナキリ。
トワは後退りしながら、魔術の詠唱を始める。
「に、逃げなきゃ」
「ガァァァッ!(【
「ど、どうしよう、とりあえずこれでもくらえーっ!!【
半ばヤケクソになりながら、トワは覚悟を決め、黒魔術で死神の鎌を模したエネルギーの塊を投げつけた。
しかしナキリは、構えていた炎を纏う刀で鎌を真っ二つに切断すると、あっという間にトワの側へと接近する。
「……ッ(【
そしてナキリの刀からは、今までとは違う赤黒い炎が飛び出し、
「っ!!?」
間一髪、トワの頭部が真っ二つになることは避けられたものの、ちょうど頭皮のすぐ側を掠めた刃が、被っていたキャップを跡形も無く焼き尽くしてしまった。
「ハァァ……」
「ト、トワの帽子がっ!!」
ナキリは、トワの被っていたキャップを焼き切り、あともう一度、その大太刀を振り下ろすだけで、トワの全身を跡形も無く焼き払ってしまう、それほどまでに追い詰めた。
しかし、突如として形勢は逆転。
「余、余、余、ハ……」
ナキリは身を
「え、なになになになになになに、どうしたの突然」
「ガァァァァァァァァァァァァァァァ!ヨ……ハ……余、余、余……。余は、余は、もう、し、ォアアア、余、ああ」
地に膝をつき、悶えるナキリ。
彼女を苦しめるものは、僅かに残った意識の残滓か、それとも彼女の意識を覆い隠している狂気か、それはわからないが、ナキリは心を締めつけられるような、そんな痛みに襲われていたのだろうか。
「これってもしかして、トワ様、逃げるチャンス!?」
そしてトワは、その隙を突いて「黒」シリーズから派生した浮遊魔術を使い、その場から立ち去ろうとする。
しかし、どれだけ苦しもうとも、ナキリは影を、トワの姿を見逃してはいなかった。
「ハァァ……」
「ヤバいッ!?」
ナキリは落としてしまっていた刀を右手で握り、構えをとる。
刀身には赤黒い焔が宿り、ナキリの角が伸び始め、辺りには火花が舞い始めた。
そして、次の瞬間。
「【
鋭き刃は、風の如し。
猛き焔は、黄泉の如し。
「……っ」
刀から飛び出した焔は、そのままトワの全身を焼き尽くし、あっという間に消し炭と化してしまった。
しかし、
「身体がっ!!」
トワは、それで終わる悪魔では無かった。
そもそも悪魔とは、主に固定の肉体を持たない、魂あるいは概念の化身とされることが多い存在である。
故にだろうか。
トワは身体が焼き尽くされようとも、帽子があった頃の身体を服ごと模し、「常闇トワ」という概念そのものの化身となる。
そして、せめて仮の身体だけでも逃れようと、悪魔である彼女の存在までは削りきられてはならないと、トワは覚悟を決め、間一髪、「黒」の魔術によって「上に沈む」ことにより、ナキリの視界に収まらない場所まで逃げることに成功した。
今のトワには、そうする以外の選択肢が無かったのだ。
視界に収まりきらない場所へ、何も無しに昇り得ぬ場所へ。
一方、魔界学園に残されたナキリもまた、どこかへの移動へ向けてか、刀を納めて
今は亡き百鬼あやめを求めてか、或いは、魔界や地上の新たな命に飢えてか、それとも、特に考えなど無しに徘徊しているだけか。
ナキリはもはや、その名を持つだけの意識すらも残っていなかったのか、それさえも今の彼女にとっては定かではなかった。
今の「百鬼あやめ」は器であった。
器というものは、文字通り何かの器となるものでしか無いが、器にも器であるという概念は存在する。
そして、それらの一つ一つが、幸せであった頃の彼女を、これからもそうありたかったと思念する彼女を苦しめた。
意図的なものではなく、想起もしていない。
ましてや、意識さえもとうに失われている。
しかし、それでも思い出してしまう。
ナキリのものではないソレを、脳内が駆け巡り、回り回ってナキリの胸を締め付ける。
理性を無くしても、忘れ得ぬ記憶だけが彼女を留めているのであった。
瞳
幻想世界「カバー」は、外部からの干渉を受け付けない
故に、監視者達は何者かの瞳を通して世界を見る必要がある
そこには、視界が個人のものであるが故の歪みが発生することを憶えておかなければならない