〜ムラサキ村・桜神社〜
奉納祭りの翌日。
結果として未遂に終わったとはいえ、奉納された人参を盗もうとしていたぺこらは罰として、丸一日みっちりと働かされることとなった。
「あー、楽だにぇ〜」
長椅子に寝転び、緑茶をすすりながらゆったりと寛ぐみこは、まず初めに、居住スペースと境内の掃除を命じた。
普段のみこは、境内の掃き掃除こそ毎日やっているものの、居住スペースはというと、数日〜十数日に一回。
人の目につかないところとなると、多くの人間は「掃除しなきゃ」という思いよりも「少しくらい汚くても良いや」という思いが勝ってしまいがちになってしまう。
しかし、今日ばかりは違う。
何故なら、掃除をするのはみこではなく、ぺこらだからである。
「なんでぺこちゃんがこんな目に……」
「人参ドロボーなんかするからだにぇ」
定期的に愚痴をこぼしながらも、掃除は真面目にやるぺこら。
「……なーにジロジロみてるぺこ」
座椅子に寝転がり鯛焼きを片手に、窓を拭くぺこらを眺めているみこの視線は、本人が思っていたよりもぺこらに伝わってしまっていたらしい。
「桜を眺めてただけだにぇ」
温かな目で見守っていることがバレてしまったみこは、咄嗟に視線を逸らし、誤魔化す。
しかし、どうやらみこの態度が裏目に出てしまったのか、ぺこらにはそれに気付かれてしまったようである。
「あれれ、もしかしてぺこちゃんのことが心配で目が離せなかったぺこか〜?」
「外を見てただけだって言ってるにぇ」
「またまた〜!そんなに遠くばっか見てるから、人参なんて盗まれるぺこよ」
「おめーが盗まなきゃ良かった話じゃねーかよーー!!」
自分のことを棚に上げ、みこを煽るぺこら。
みこが立ち上がって地団駄を踏む。
その瞬間、
境内の奥、丁度みことぺこらに対して死角になるところあたりから、爆発音が聞こえた。
「ええええええっ!?」
「ひゃああああっ!?」
驚きのあまり、背筋を伸ばし大声で叫びながら飛び上がる二人。
「何が起きたぺこ!?」
「お社の方……!みこ、ちょっと行ってくる!」
みこは右手に持っていた鯛焼きを口に詰め込み、緑茶を飲み干して、縁側から境内へと駆け出した。
「ええーっ!?突然ぺこねぇ!?……これ、ぺこーらも行った方がいいぺこ……?行く……?行っちゃう……?……行くかぁ」
そしてぺこらも、何となくで察した空気感に呑まれてか、あるいは直感・本能の赴くままにか、みこを追って境内へと向かった。
当然だが、ぺこらはこの瞬間に逃げようと思えば、逃げ出すことは容易であった。
しかし、それでもぺこらは、境内へと走って行くみこを何故か追いかけてしまったのだ。
「はぁ、はぁ……!え、何でついてきてるの!?」
「しらねーぺこよ!何となく、ついてきちまったんだぺこ!」
「えぇ〜……!?」
ぺこらの、無いに等しい行動原理に戸惑いながらも、しかしペースを乱さずに走り続けるみこ。
いつになく本気なみこの姿に、彼女の姿を見た通りすがりの村人達は、先の爆発音と併せて、「これから何か、ただならぬ事が起きようとしている」のだということを察したのか、村と平原の境目にあたるアーチの辺りへと集まり始めた。
「何があったんだ?」
「オイオイオイ」
「みこおねーちゃん、いそがしそー」
村人達が不安そうに境内を見つめる。
そして、噂の渦中にある桜神社の境内。
「あ……」
そこには、御神体ごと原型をとどめない程までに壊れきってしまった、もはや社とも呼べない瓦礫の山と、それを前に立ち尽くすみこの姿があった。
「……こんなのって……ないぺこじゃん……?」
あまりの惨状に言葉も出ず、ただ大粒の涙を流すみこ。
そんなみこの背後に立つぺこらは、もはや目の前が見えていないであろうみことは違い、社があったはずの場所、境内の奥から現れた一つの影にいち早く気づくことができた。
「うふふふふふふふふふふふっ!!あーっはっはっはっはっはっはー!!」
そして、ぺこらに見つかったことに気づいた影の正体である金髪碧眼の少女は、何を思ったか、突然に高笑いを始めた。
「おめー、何者だぺこ……。何を笑ってるぺこか……?」
見る影も無い程に砕け散ってしまった社と、その瓦礫の上で華麗に舞いながら笑い声をあげる、謎の少女。
ぺこらは謎の少女を見つめ、深く、深呼吸する。
目の前で声も出さずに泣いているのは、自身が人参を盗もうとした相手であり、それを妨害し、この身に罰を与えてきた、憎っくき巫女だ。
しかし、それでも「絶対的な狂気」を目の前にしたぺこらは、小声で妖術の詠唱を始めながら、固く拳を握る。
自身のしようとした悪行を棚にあげる結果になったとしても、ぺこらは、彼女の全身を駆け巡った静かな怒りを抑えつけようとは思わなかったのだ。
そして、そんなぺこらとみこの前で、一回転した後に一礼し、どこからともなく取り出したメガホンを構え、嬉々として叫んだ。
「はあちゃまっちゃまー!!!みんなー!はあちゃまのお社爆散ショー、楽しんでもらえたかしらーー!!」
その目は純粋で一切の澱みも無く、しかし光も無く、また、焦点が合っていなかった。
「あ、あ、あ」
幼き頃から、ずっと側にあった社。
それを満面の笑みで、まるで安物のおもちゃを壊すかのように破壊されてしまった。
自身が頑張って管理してしたものを。
巫女として、神主として、自身が在るべき拠り所を。
幼き日から共にあった、数々の思い出を。
目の前には、それらが全て否定されたかのような惨状だけが、ただ残っている。
みこは気をおかしくしたのか、膝から崩れ落ちるように座り込み、そして、唇を震わせたまま地面に突っ伏してしまった。
「うふふふふふふふふふふふっ!じゃあ、
そして金髪の少女は、これ以上、村や神社の鳥居を壊すでもなく、二人に危害を加えるでもなく、何故かそのまま立ち去ろうと足元に転移陣を描き始める。
しかし、そうは問屋が卸さない。
「逃さねーぺこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
小声で詠唱を済ませていたぺこらは、兎人間の一族に伝わる妖術の一つ、【月繰り】によって、妖力と擬似的な月光を固めて生成されたモーニングスターで、金髪少女の腹部を強く打ち、転移陣の外へと吹き飛ばした。
「きゃああああああああっ!?」
そのまま吹き飛ばされた勢いで桜の大木に打ちつけられた金髪の少女。
そんな金髪少女の目前には、御神体であった銅鏡と桜の枝を持ち、目からは光が失われている巫女の姿があった。
「……ブツブツ」
「あっ」
そして次の瞬間、
「【
「……!!」
みこは表情一つ変えず、金髪の少女に銅鏡から発せられる淡い紅、桜色のエネルギー弾による掃射を絶え間なく行った。
「……え、ちょ、やりすぎじゃねーぺこ?このままだと境内ごと吹っ飛ぶぺこよ!」
ぺこらは数歩後退し、絶えず境内にエネルギー弾幕を張り続けるみこに向かって叫ぶ。
しかしその声がみこの耳に届くはずも無く、みこはその後も数分間に渡って、銅鏡からエネルギー弾を放ち続けた。
〜数分後〜
「……はぇ」
そして、やっとのことで魔力が尽きたみこはその場に倒れ込む。
気を失ってしまったのだろうか。
みこは銅鏡を抱えたまま、静かに寝息を立て始めた。
「……終わった、ぺこ?」
舞い上がる土埃の中から現れたぺこらは、みこを探して境内を歩き回る。
そして、みこの姿を確認すると、ぺこらはみこを背負……えなかったためだろうか。
おびただしい数の兎を召喚し、兎の群れと協力して、みこを居住スペースの寝室へと運び込んだ。
一方。
「……ううっ、痛い、痛い……」
自慢の金髪は乱れ、顔には砂が付着し、ところどころが破れたドレスを着たまま、少女は境内の裏に位置する崖を下って、何とか落ち延びた平原に、転移陣を描き始める。
予定通りの成果ではあったものの、予定以上に損害を受けてしまった。
「これじゃあ、だめ……。もっと、もっと削がないと……」
赤は、憶えていた。
「赤」、それは偉大なる赤、尊厳ある赤。
赤のみが赤であり、赤は赤となる。
そして、赤は赤に赤を立て、赤を示す。
その果てに在った「赤」は、まさしく赤と赤、それそのものであった。
しかし、彼女は知らなかった。
理解できなかったのだ。
赤は赤であるが、 は赤では無かったと、その意味を理解できなかったのだ。
銅鏡
桜神社の社に神の依り代として祀られていた、ただ銅の形を整えただけの鏡
桜神社の崩壊と共に、その銅鏡はさくらみこの魔術触媒となった
本来は聖職者が魔術を使うなど、許されざる背徳である
銅鏡は、せめて信じる神性を残すための器なのだろう