〜ブッシュ平原〜
野原に降り注ぐ太陽の光が煩く感じるほどに晴れた、とある朝。
一頭の飛竜は、自身の巣としている小さな林の中心部で、ヨダレを垂らしながら眠りこけてしていた。
「グゥゥゥゥゥゥゥ……グガー……」
小鳥はさえずり、リスがどんぐりを口に詰め込みながら木を登る。
しかし、そんな穏やかな朝は、飛竜の歪む顔と共に終わりを告げた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
「グッ」
微睡む飛竜は、大声を出しながら落下してきた何者に鼻先を強く刺激され、思わず唸り声をあげてしまう。
「いたたたたたたた……」
「オイオイオイオイオイオイオイオイ、朝っぱらから何ですかいきなりー?」
大きなあくびとともに、その身を炎に包む飛竜。
「ごめんなさーい!途中で羽が動かなくなっちゃって……」
そして、飛竜はその姿を尻尾を生やした人間、俗に言う竜人へと姿を変えた。
「やれやれ。ヘッドバッドで起こされた時は、『どこの組のもんや』って思ったんですけど……その様子だと、まだ飛べないタイプの天使みたいですねぇ」
竜人は目を擦り、伸びをしながら天使の話に相槌を打っている。
「ドコノクミ……?うーん、よくわからないけど、地上で暮らしてるドラゴンなのに、天使に詳しいんですね!」
巷では野蛮であると言い伝えられ、恐れられている飛竜が、襲ってこないどころか、本来は地上に生きる者は自ら調べようとしない限り、その単語を耳にすることさえ無いような、天使のことまで知っているという「物知りなドラゴン」を前に、感心する天使。
「そりゃあ、長く生きてますからねー」
それもそのはず。
彼女は竜人として過ごす時、自分にとって年齢相応である、人間にして高校生くらいの姿をとっている。
しかし、これでも彼女の実年齢は3500才。
ドラゴンを基準とすれば未成年とはいえ、彼女は「カバー」の文明が築かれ始めた頃にはもう生まれていたということだ。
当然、それだけ長く生きていれば、一度くらいは天使についての話題も耳に入ってくるわけである。
「えっ、何歳……?」
「3500」
「わあすごい」
取り繕わず、驚きのままに簡素な反応を返す天使。
「つーか天使、何でこんなところに落ちてきてんだ」
そんな天使が、なぜこんなところにいるのか。
竜人は空を見上げ、天使の羽に目を移しながら問う。
「あー……それはですねえ、コホン。……実は、空を飛ぶ練習をしてる時に、小さい隕石に煽られて……」
「あー、天界だとたまにあるらしいですねぇ。ま、あんま地上までは落ちてこないみたいですけど」
「そうなんだよ〜。もう、同い年の仲間はみんな飛べるのに、僕だけ飛べなくて……」
天使は大きなため息とともに、肩を落とす。
そして、そのまま地面に寝転がってしまった。
「うぉぉぉぉーーい!天使公オメー、なーに勝手に人の寝床で寝転がってんじゃーーい!!」
「あっ、ここって巣だったんだ……」
「あたりめーだろぉ!!」
天使の首を掴み、布団として使っている藁の外へと連れて行く竜人。
「首根っこ掴まなくたってよくない!?」
竜に慈悲など無かった。
その後、二人はしばらく談笑し、ムラサキ村付近や広い草原を探索した後、辺りに障害物が無い平原で、飛竜は翼を大きく広げた。
「ホレ、背中に乗りな!ワタシが天界まで送り届けてやんよ!」
「え、いいの!?」
「いつまでもウチに居座られるわけにはいかねーですから」
「ちぇー、もうちょっと地上を楽しみたかったんだけどな」
「地上なんて、成長したらどーせ任務の時に嫌でも行かされますよー。さ、いくぞー!3!2!1!テイク・オフ!」
「うん……おわああああああああああああああ!?」
飛竜は勢いよく翼を羽ばたかせ、空高くへと飛び上がった。
「乗り心地はどーですかー?」
「勢いがすごすぎて……ッ!」
「サイアクですかー!ではではー?もっと飛ばしていきましょー!!!」
「ぎゃああああああああああああああ!!」
さらに速度を増し、高度も上げていく飛竜。
しかし、高度が低い時こそ笑って高度を上げていた飛竜であったが、あるものが視界に入った瞬間、その表情は一気に曇った。
「……オイオイオイオイ、これは……ヤベーんじゃないですか……?」
「え……?何あれ……!?」
二人が見ている位置、目線の先には、炎を纏いながら落下してくる、村一つを丸々飲み込んでしまうほどに大きな大岩があった。
しかし、ここはもう空。
大岩など落ちて来るはずがない。
「……ということは」
「隕石……だね。しかも、最近降ってきたものの中では多分一番大きいよ」
飛竜は目を丸くしたまま、さらに速度を上げ始めた。
「……危ないですけど、とりあえずオメーを天界まで届けるっていうプランは変えませんよ!」
「ありが……あああああああああああああ!!」
飛竜は、目から黄色の光を発しながら、さらに高度を上げる。
そして、僅か5分後。
飛竜は、雲海を抜けて天界の身投げ場へと姿を現した。
「よーし着いたぞ天使公ー!降りろー!」
「はいさー!……ありがとう、えーと……そういえば、お互いの名前聞いてなかったね。僕の名前は『天音かなた』。天界学園生徒会の書記だよ」
「ワタシは『桐生ココ』!桐生会三代目会長で……これから、ヒーローになるドラゴンだーッ!!」
天使を降ろした飛竜は、大きく一度吠えた後、全身から炎を放出しながら、さらに上空へと飛び去って行く。
「え、ちょ、ココ!?何する気!?」
「ワタシが隕石を砕くんですよォッ!このままじゃあ、事務所も村もダメになっちゃいますからね!会長として、やるべきことをやるだけですよ!」
「ココ!?戻ってきて!いくらドラゴンでも無理だよ!ココ!ココーーーッ!!」
「Good byeー!mother fu【ピー音】erー!!おつドラゴーン!!!」
熱圏・中間圏を突破し、成層圏の上空20km地点を突破する隕石。
ココは鱗に力を込め、自身の身体を硬化させる。
身体を包む炎はより一層勢いを増し、隕石との距離も少しずつ近づいてくる。
しかし、ココは恐れない。
そして、振り向きもしなかった。
背後からは、かなたの泣き崩れる声が聞こえる……ような気がしていた。
つい数分までで聞いていた声で、「地上でできた、初めての友達なのに」と。
距離は遠く離れ、声など聞こえるはずが無かった。
しかしそれでも、ココ自身が、かなたにそう思っていて欲しいという願望を抱いていることからきた幻聴であったとしても、ココは迫る隕石を前に、こう呟くのであった。
「……ありがとう。本当に数時間の仲だったけど、楽しかったですよ、親友」
そして、視界の全てを隕石が埋め尽くす。
衝突まであと数秒。
ココは、最後に虎の子を放つ。
「【
「擬似概念変換」。
これは、彼女が使った「身体の硬化」など、自身の「飛竜である」という概念を用いた身体強化や魔術の使用などが、しばらく概念的に封じられてしまう代わりに、自身の求める概念に見合った能力や武具などを一時的に得ることができるという、自身の描くものによって結果が吉とも凶とも出る、ある種の賭けとなる禁術である。
それでも、彼女はこの力を使った。
それは、自身にとっての英雄である「彼」を信じていたからである。
とある雨の日に見た、恐ろしくて、暗くて。
しかし、激しく、熱い、そんな夢。
異世界から流れ込んできた何者かの記憶であろうか、彼女が思い浮かべたのは、その夢に現れた一人の男の姿であった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!【Like a Dragon】!!」
ココは最後に、夢を見た。
自身と、かなた。
そして、未だ見ぬ悪魔と姫、羊と共に、一つの机を囲み、騒ぐ夢を。
「あぁ、この記憶は……」
「……どこか、『彼』がいたような世界でなら、きっとわたしは、こんな……」
一閃。
眩い光で空を照らす、炎を纏った黒の球体は、一頭の飛竜と共に砕け散った。
「ココぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
喉が枯れても、涙が出なくなっても、小さな天使は泣き叫んだ。
友の死を嘆き、悲しみ、その心を青に染めた。
「……あれ?おかしいな、涙が……」
「わため?どうした?」
「なんか変じゃないっすか、わため先輩?」
「ううん、よくわからないけど、急に悲しくなって……。何でだろ……うっ、ぐすっ」
「……ココちん?………………あれ?トワ、今なんて言った?ココちんって誰……?でも、なんか聞き覚えがあるような。あれ、悲しくなってきたぞ……?やばいやばい、どうしよ……何で、どうしてこんなに悲しく……」
「んな?」
「ん〜?どうしたの、ルーナ?」
「……何でかはわからないのらし、誰かもわからないのらけど……誰か、大切な人が、旅立ってしまった時みたいな気分なのら」
「……」
「ルーナにもわけわかんねーのら。でも、でも、でも……泣いちゃうくらい悲しいのら……!」
「ルーナ」
「まつりちゃ先輩?」
「まつりには、その人が誰なのかわからないけど……その人はきっと、ルーナにとって大切な人なんだと思う。その人が幸せになれるように、お祈りしよう。それに……まつりも、何でかはわからないけど……その人の幸せを、願いたい気がするし」
「……ん」
光を纏い、燃え尽きる黒。
そこに、見慣れた飛竜の姿は無かった。
赤い鱗も、黄色の目も、鋭い角も、荒々しい尾も。
しかし、そんな彼女を最期まで見つめていたかなたの羽は、いつの間にか、橙色のオーラを纏っていた。
翌日。
「……え?」
かなたは、今まで練習してきた通りに羽を動かし、宙へ浮かぶ。
「ここまではよし。問題はここから……!」
そして、上下前後左右へと方向転換しながら、様々なシチュエーションでの飛行を想定し、練習する。
「あれ……?できる!できるぞっ!?今までは、急に高さと角度を同時に変えようとすると、羽が言うことを聞かなかったのに!」
かなたは少し高度を上げる。そこから、昨日乗っていたかつての友が飛んでいた際の姿をイメージしながら、自身の身体を操った。
「おおおおおー!!これは、これはすごい!どうしちゃったんだ、僕!?」
そして、一通りの練習を終えたかなたは、ふと、自身の羽に目を向ける。
「……少し、橙色っぽくなったかな」
目を瞑る。
天使は、これまでで最も交流していた期間が短く、そして最も仲が深かった、親友のことを思い出す。
そして、
「もしかして、この羽……この橙色って」
羽に、友の残滓を見出した。
「……あはは、まさかね」
かなたはいつものように体育館へ向かう。
「9996!9997!」
地面に右手の人差し指を立て、その指と両足の先だけで伏せたり、戻したりを繰り返す、指立て伏せを、日々のトレーニングに組み込んでいるかなた。
「9998!9999!……10000!よし!今日のトレーニング終わりッ!」
そして、日課のトレーニングを終え、ふと、窓の外を見た、その時だった。
「……!?」
窓の外では、一頭の大きな飛竜が飛び回っていた。
ココとは違う、金色の身体を持つ飛竜。
それでも、かなたは飛び回る飛竜の姿から、大いに元気を受け取った。
「よーし、今日も頑張ろっ!」
かなたは、赤き飛竜の顔をデフォルメで描いたパッチを刺繍したジャージから、白と水色を基調とした制服に着替え、金色の布に黒で「生徒会」と書かれた腕章を左腕に付ける。
渡り廊下を歩く、一人の小さな天使。
今日は大雨、そして、現在の因果に緊急事態が起こる可能性を一定以上感知した際、警告として鳴ると伝えられている、大天使達のトランペットは、細かく、激しく音を鳴らしている。
しかし、それでも天使は怯えていなかった。
「僕には、ココがついている」
彼女は竜のように猛々しく、そして、熾天使のように強い芯を持つ。
キセキを結んだ少女は、確かにそう在ったからであった。
〜???〜
「……朝日が」
「それにしても、不思議な」
「いや、もしかしたら、こっちが」
「この名前、どこかで」
「……ああ、そうでした」
「わたしは、わたしの名前は」
飛竜の魂
隕石を破壊するため、自らを贄とした飛竜の魂
天使が自身の羽に見出したこの魂は、永劫滅すること無く、生涯、友の羽に在り続けた
猛き飛竜に、恵みあれ
「会長、本当にお疲れ様でした」