〜公演後・おまる座テント〜
ポルカ達は、楽屋として用意されたテントで、汗を拭いながら普段着へと着替える。
ポルカはふと、自身が肌身離さずつけているリボンを手に取り、呟いた。
「……そういえば、このリボンをくれた子……元気にしてるかな」
「リボン?」
ねねは、ポルカが両手に持っているリボンを凝視する。
「あ、聞こえちゃってた?このリボン……私がまだ父さんのサーカス団に所属してた時、偶然知り合った友達に貰ったものなんだ。……名前も、もう覚えてない友達からだらけどね」
ポルカは少しもどかしいと感じたのか、一度外したリボンで、再び髪を結び始めた。
「そういえば、ねねも似たようなことあったかもしれない。……もう、思い出せないくらい昔のことだけど」
ねねはリボンを見つめ、自身がつけている花の髪飾りとリボンを重ねて、かつての日を思い出す。
「二人とも、妙に噛み合う歴史を持ってるんすなー」
「不思議だよねぇ」
スバルとわためは野生の勘が働いたのか、二人の数奇な過去に興味津々であった。
「いつか、また会えたら……あの三人とも、サーカスがやってみたいな」
ポルカはテントを飛び出し、草原に寝転んで空を見上げる。
そして星と星を線で繋げ、夜空に望む未来を描いた。
ただ偶然そこにあっただけの星を線で結ぶだけで、人々は星座という概念を作り上げ、それを何かの存在に重ねることができる。
ポルカは、その夜空に何を描いたのだろうか。
「カバー」で一番のサーカス団を作り上げ、父親を見返す未来だろうか。
それとも、
ポルカが、三人の少女を脳裏に思い浮かべようとした時であった。
「きっと会えるよ。ねねも、そんな気がする」
ねねもポルカを追いかけて草の上に寝転がる。
そして、ポルカの左腕を抱きしめたまま、眠ってしまった。
「ふふっ。おやすみ、ねねち。私も今日はここで寝ようかな。……ちょっと身体が痛くなるかもしれないけど」
そして、ポルカもねねを抱きしめ返し、そのまま二人で眠りについた。
この日は、雲ひとつない夜空に、幾多の星が降ったという。
〜追憶1〜
とある日。
その日は、星降る夜の翌日であった。
尾丸座の舞台裏に、一人の少女が訪れる。
「……なにこれ?『おまるざ……さーかす』?」
白いキャミソールに身を包んだ少女が、テントの舞台裏へと入り込んだ。
「席が無い。代わりに……大きな箱がいっぱい……?」
……どうやら、テントの表と裏の入口を間違えたらしい。
(仮に表口から入っていたとしても、少女一人で、どう入場するつもりだったのだろうか)
表は観客用の座席が並ぶスペースへの入口、裏は舞台裏への入口。
そして、少女が入り込んだのは裏口の方。
つまり、役者が使う方ということだ。
「……ねね、もしかして迷った?」
ご明察。
そして、この少女こそが幼き日の桃鈴ねねである。
ねねは、舞台裏を探索しているうちに、出口を見失ってしまった。
天下の尾丸座、さすがにテントも相応の大きさである。
大人であれば、視界の高さや歩幅の大きさから、迷うことはないだろうが、幼い子供であれば、それは別。
背の高い木箱や、大道具などに視界はほとんど塞がれ、それは一つの迷宮にも見えてしまうだろう。
そして、公園の直前だからだろうか、備品や控えている大道具が並べられているスペースの電気は消えている。
つまり、今ねねが迷い込んだスペースは、ほとんど真っ暗ということなのだ。
「……どうしよう」
ねねの目から涙が溢れ、思わず声が漏れそうになった時。
「えーっと……何してるんだい、キミは」
ねねと同じくらいの年齢だろうか。
フェネックの少女が、空中ブランコから、ねねを見下ろしていた。
彼女は手の平に光の塊を浮かべて、周囲を照らす。
ねねは一瞬、松明のようなものを持っているのかと考えたが、すぐにその光が実態を持っていないものであるということに気がつく。
「わぁー……」
「おっ、これが気になるのかい?」
フェネックの少女は、辺りの箱や大道具を伝って地上に降り、ねねに接近した。
「あっ、その、えっと……はじめまして!あたし、桃鈴ねね!ごめんね、自己紹介もまだなのに……」
急接近したフェネックの少女に少し戸惑うが、ねねは、互いのことを知らないことにはどうにもならないと、とりあえず自己紹介を始める。
「ああ、大丈夫大丈夫。……へー、ねねちゃんっていうんだ。私は尾丸ポルカ。ここのサーカス団、『尾丸座』っていうでしょ?で、私が座長の娘ってわけ」
「座長の娘!?ってことは……サーカスとか、できるの?」
「ま、少しはね〜。親父には『まだ小さいから』って、あんまり派手なことは練習させてもらえないけど」
座長の娘だという少女、ポルカに、ねねは興味津々であった。
「へー!すごい!……ってことは、ここは……舞台裏?」
「もしかしなくても迷い込んじゃったんだよね?ねねちゃん」
「うん。気づいたらここに」
ねねは本来の目的を思い出し、ポルカに、ここはどこだと道を尋ねる。
いかんせんテントが大きすぎるせいだろう。
数々の物品によって数多の道が作られた舞台裏を、その物品群の隙間を、「道」という表現せずに何と表現できるだろうか。
「……じゃあとりあえず、このテントの外までお見送りしてあげよう!光とか、サーカスとか……話はその後で!」
ポルカはねねの手を繋ぎ、様々な物品の間を通り抜け、出口にかかっている布をめくりあげて外へ出る。
「出れたー!」
ねねは両手を上げ、目一杯、外の空気を吸い込んだ。
「はい、おつかれ。……このまま立ち話もなんだしさ、二人で遊びに行かない?これから公演だけど、どうせポルカの出番無いし」
「行くー!」
「よーし、じゃあ行こうか。……とは言っても、行く場所は決まってないんだけど」
ポルカは、テントとは反対の方向を見るなり一度もテントを見返さず、あたりを見渡し始めた。
「じゃあ、ねねがオススメの場所、教えてあげる!
ねねはポルカの手を取り、テントを離れて、丘を一つ越えた先にある川へと向かった。
「……ここが、ねねちゃんオススメの場所?」
「うん!しばらく、ここで遊ぼう!……日が落ちて、星が見えるようになるまで」
「うん……?わ、わかった。じゃあ、そうしようか」
ポルカは、ねねの妙な言い回しに少し戸惑うも、特にやる事も無かった彼女は、ねねと水をかけ合って遊び始めた。
「えーいっ!」
ねねは、空を見上げてボーッとするポルカの額に、軽く水をかける。
ポルカには、その水がとても冷たく、しかし爽やかに感じた。
「やったなー!」
沈む夕日が見える。
だんだんと影は伸び、次第に辺りは暗くなっていく。
しかし、ねねがこの場を離れる気配は全く無い。
「ねえ、そろそろ帰……」
ポルカが、そう言いかけた時だった。
「見て」
ねねは、空に手を伸ばす。
その瞬間、雲一つない星空に、いくつもの流星が駆けていった。
「わぁ……。ポルカ、流星群なんて初めて見る」
「ねぇ、ポルカちゃん。この景色、忘れないでね」
「うん。……ねねちゃん。ポルカね、実は少しだけ落ち込んでたんだ」
「何で?」
「サーカスにポルカの出番が無いのは、まだ練習をさせてもらえるくらい成長してないからだって言ったけど……アレ、実は嘘」
「へ?」
「単純に、やりたい事が違くてさ。それで、親父とはしょっちゅう揉めてたんだ。だから、いつの間にかポルカの出番も無くなって」
ポルカの目からは、次第に涙が溢れ始める。
「ポルカちゃん……」
「ごめんね、こんなこと喋っちゃって」
「ううん。ありがとう、喋ってくれて。テントから出る時、ちょっと暗い顔してから、どうしたのかなって心配してたんだ」
「ねぇ、ねねちゃん。これから、ねねちって呼んでもいい?」
「いいけど、どうして?」
「親愛の証ってやつ?そっちの方が、お友達っぽくない?」
「いいね!じゃあ、ねねもポルカちゃんのこと、おまるんって呼ぶ!」
「わかった。よろしくね、ねねち」
夜の川辺。
ポルカは、隣で座るねねをそっと抱き寄せる。
「へへへ……どうしたの、おまるん」
「いや、ちょっとね」
いつも気さくで、しかし、どこか冷めたような雰囲気であったポルカ。
しかし、久しぶりに心の拠り所を見つけたのか、思わず笑みを溢してしまう。
そして、ポルカはそのまま眠りについてしまった。
翌日。
ポルカが目を覚ました時にはもう、ねねの姿はどこにも見当たらなかった。
昨晩の出来事は夢だったのかと、少し寂しくなるポルカ。
しかし、明らかに自分のものではない頭髪らしきものが、自身の服についていたのを見て、星降る夜に少女と出逢った記憶は、現実のものであると確信したのであった。
「また、話したいな」
かつてのポルカは、故知らぬ少女の想い出に浸るのであった。
「光の蝶よ、ポルカの夢を描け!【ホログラムサーカス】ッ!!!」
叶わぬ夢を見て、その夢を光に見出した少女。
彼女は夢叶わぬが故に憂い、そして光に魅入られた。
光に精神を呑まれ、いつしか白い闇を空に描き続けるだけになってしまったポルカは、いつからか父から疎まれ、舞台からも姿を消した。
こうしてホログラムに酔っていったポルカであったが、とある日、彼女は本物の光を見つけたのだ。
眩く光る星を、空に刻みつけるかのような軌跡を。
そして、暗かった世界を照らした、一人の少女を。
光を見た彼女は、光を知った。
白い闇と形容するには、何とも明るすぎる、そして虚ろすぎるそれではなく、本物の光を。
世界を描く。
光を知った彼女のホログラムは、もはやただの光の羅列では無くなっていた。
そして、ある日。
「親父!今までありがとう!ポルカはやりたいようにやるよ!」
尾丸ポルカは、テントを飛び出した。
そして、ホログラムの故郷である銀獅子族の村へと、その身を移す事になったのである。
二人を引き合わせた運命は敵が味方か。
少女達の憂いは、在らぬはずであった未来へと進み始める。
一人は光を見た。一人は光となった。
いつもより、ほんの少し明るい夜の日のことであった。
ホログラム
「カバー」において、最先端の技術を保有する銀獅子族が開発した、新たな幻術
異世界では特殊なフィルムやボードに光を投影するものとされているが、「カバー」では、空間に光を発生させる魔術を応用し、幻術の一種として用いる
故に、それらの用意は必要としない
光は、人々を照らす安心そのものである
しかし光に魅入られ、白い闇と戯れる者もいるのだ