〜ムラサキ村・桜神社〜
「赤」の襲撃から数日後。
ぺこら主導の元、ムラサキ村の住人達は協力して、散らかった神社の瓦礫を片付けて仮設の社を作った。
一方、みこは銅鏡を抱えたまま、未だに布団の上で放心状態のままである。
「はぁ〜。どうするぺこ、これ」
ぺこらは深く溜息をつき、寝室のベッドで天井を見つめているみこの隣に寝転がった。
そして、柔らかなみこの頬を人差し指で触り始める。
「……ぷにぷにしてるぺこ」
いつもは神社の手入れや村人との交流、除霊や怪異の調査、もといバケモノ退治などで忙しそうであったため、こうして二人でゆっくり過ごす機会は、ぺこらの罰掃除をみこが見張っている時を除けば初めてであった。
特にみこにとっては、本当にゆっくりであったことだろう。
意識は虚無を彷徨い、頬を触られてもぺこらの存在を認知することすらできず、ただゆっくりとした虚無の中に閉じ込められた、哀れな少女。
それが今の、さくらみこという少女の姿である。
「こないだの金髪……もう一回来たら、今度こそ持たないぺこだよね……はぁ。早く起きてくれぺこ、ポンコツ。あんたの力が必要ぺこだよ」
やはり、この呼びかけにも反応しない。
今までずっと人生と共にあった場所が、面白半分の行為によって瓦礫の山へと化しまったのだ。
こうなってしまうのも無理はないだろう。
しかし、みこの意識が回復することと、例の「赤」が戻ってくることは、話が別。
あの日以来、村人達も包丁やフライパンを持ちながら交代制で定位置につき、日夜ムラサキ村や神社周辺の警備を行ってはいる。
しかし、「赤」の視界に入ってしまった彼らができることといえば、せいぜい5秒間生きて、周囲に危険を知らせる程度が関の山だろう。
そして現在、ムラサキ村で及びその周辺において「赤」と互角以上に戦うことができる存在は、「さくらみこ」の他に存在しない。
ある程度の戦闘は卒なくこなすぺこらでも、さすがに「赤」相手では、「動きを掴まれていない技・動き以外は通じない」程に実力差がついてしまっている。
つまり、「赤」を吹き飛ばした【月繰り】によるモーニングスターの攻撃は、もはや通用しないということだ。
故に、「さくらみこ」の精神が通常にまで回復する前に「赤」が再来すること、それは少なくとも、ムラサキ村の壊滅を意味する。
そんな中、桜神社の鳥居に異変が起こる。
「な、何が起きたぺこ!?」
みこの元を離れ、急いで鳥居へと駆けるぺこら。
鳥居は紫色の光を放ち、周囲の空間は徐々に裂け始める。
しかし、その裂け目に周囲の空間が吸い込まれるというような現象は起きていない。
鳥居は霊道に重ねて建てられるというが、この裂け目の内側こそが霊道、魂の通り道なのだろうか。
しかし一分も経たない間に、裂け目の内側から轟音が響き始める。
「な、中から何か出てくるぺこ!」
音の主たる存在がただならぬモノであることを本能的に感じとったぺこらは、鳥居の周囲に集まってきた村民達に合図を送り、後退を促す。
何者かの気配は次第に大きくなり、裂け目はみるみる光度を増していった。
ぺこらは、あまりの光度に視界を奪われる。
その瞬間、裂け目から丁度ぺこらの頭上に、一人の少女と一人の悪魔が姿を顕した。
空間と空間を繋ぐトンネルを開いた主がトンネル内から脱出したためか、空間の裂け目は閉じ、光が消えたことによって視界が確保されたぺこらは、やっとのことで目を見開く。
しかし、その視界は一瞬で再び塞がることとなった。
「え」
突如、自身の身体は二つの女体によって、境内の地へと叩きつけられたのだ。
「おっと」
「いてっ。あ、でもシオン様のお尻……」
顕れたるは、文字通り少女の尻に敷かれて悶える、女医らしき悪魔と、その悪魔の上へ座るようにして着地した魔法少女。
魔法少女は、空間を渡るために使っていたであろう箒の魔力が充電が残りわずかであることを確認すると、周囲の村人に構うことなく、自身の右手から箒へと魔力を送り始めた。
一方で悪魔の方は、自身が倒れている地面のに違和感を覚える。
滑らかかつ柔らかで、温かく、ほのかに花のような香りを纏っている。
これはもしかしなくても、と思ったところで、地面はわめき散らすかのように声をあげた。
「おめーいつまでぺこちゃんの背中に座ってるぺこだよ!早く離れろぉ!」
ぺこらは手足をジタバタと動かす。
「あ、ごめんなさーい!」
すぐさま立ち上がり、頭を下げる悪魔、もとい癒月ちょこ。
そこに、箒へ魔力を装填してきた魔法少女こと紫咲シオンが駆けつけ、ぺこらに挨拶をした。
「いやー、ワープした拍子に箒が魔力切れを起こしちゃったみたいで……ごめんね〜、兎ちゃん」
「謝ってるように聞こえねーぺこだよ!……まあいいぺこ、とりあえず敵じゃないなら、この状況を説明してくれぺこ。……敵なら、今すぐ相手してやるぺこだよ。こっちは今、忙しいぺこだから」
ぺこらは二、三歩後退して距離をとった後、【月繰り】によって生成したものではない、実体のモーニングスターを用意して構えをとった。
「安心して。シオン達、別にこの辺りを荒らしたくて来たわけじゃないから」
シオンは手を振り、否定を示すハンドサインを送ると、ぺこらはモーニングスターを腰にぶら下げる。
「じゃあ、何しに来たぺこ?」
桜神社が壊された数日後、このタイミングで、何故シオンとちょこはこの神社を訪れたのだろうか。
あまりにも不審であると感じたぺこらは、態度から若干の圧をかけながら質問をする。
「ちょこ達は、『鬼』が大暴れしている魔界から逃げてきたの。……なんでこの場所に来たのかは……霊道を辿る時に一番近い『カバー』への出口を探してたら、偶然ここに辿り着いたっていうだけ」
「そうぺこか……。正直、完全には信じきれないぺこだけど、ぺこーら達の状況も似たようなものだから、とりあえず信じておくぺこよ。……あんた達、名前はなんていうぺこ?」
「あたしは紫咲シオン。で、そっちは癒月ちょこだよ」
「よろしくね、兎様。……ねえ兎様、とりあえず今晩はちょこの抱き枕になってみない?」
「ならねーぺこだよ!なーに考えてるぺこ!?……それに『兎様』じゃなくて、ぺこーらにはちゃんと兎田ぺこらっていう名前があるぺこ。とりあえず、家に案内するぺこだけど……ちょっと精神がやられちゃってる人もいるぺこだから、あんまり騒ぐなぺこ」
ぺこらは二人に釘を刺しておく。
「はーい」
「この神社も結構ヤバかったみたいだね」
魔法少女は、瓦礫が残った社の跡を見つめながら口を開く。
「ここの巫女が壊れたのは、あんた達の言ってる『鬼』みたいなのが、そこにあったお社を破壊したからぺこだよ。壊されるまで、生まれてからずっと側に在ったものらしいぺこ」
ぺこらは拳を握りしめながらも、その力を徐々に抜き、行き場の無い怒りを抑えつけた。
今、この場に「赤」はいない。
この状況自体は束の間の安息というべきなのであろうか。
精神的には一切の余裕など無いようだが。
シオンとちょこは、交代制の「赤」対策警備隊に加わることを条件に、しばらく桜神社に居候する事となった。
小屋の戸を引き、客室へと二人を案内する。
人参泥棒未遂の罰として、メイドもとい召使いのバイトをさせられていた一週間前の経験が、早速役に立ったようである。
その後、シオンとちょこは外へ出ていき、ムラサキ村を一通り見て回ることにした。
そしてぺこらは、再びみこの側で寝転がり、瞬きのために瞼を動かす以外に顔を動かす動作をほとんど行わなくなったみこの顔を見つめていた。
「ねえ、ポンコツ。……新しい仲間が増えたぺこだよ。あの二人、この村にいる間は、警備に協力してくれるって言ってたぺこだよ」
ぺこらはみこの頭を撫で、届いてはいないだろうが、みこに声をかけた。
ため息をつき、「今日もまともな意識は戻らなかったぺこか」と呟くぺこら。
自身に与えられた部屋へと戻るぺこらの背中には、憂いがずっしりと伸しかかっていた。
月光
太陽の光が月に反射することによって、暗転した世界に降り注いだ光
「満月の日に月光を浴びすぎると人は狂う」迷信もあったが、それは太陽光に乗る形で「月という概念」によって降り注ぐ魔力による、魔力過多が原因であるという仮説が支持されている