ホログラム・パラドクス   作:モガミのコッコ

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異端者

〜天界学園・修練場〜

 

かなたとすいせいが出会ってから、数日が経過する。

 

そんなとある日の未明。

 

天音かなたは寄宿舎から忍び足で抜け出し、天界学園の裏庭にひっそりと佇む修練場へと向かった。

 

この地で起きていた出来事から、今は誰一人として立ち入るどころか、近寄ることさえ拒む廃屋で、かなたは一人、ただひたすらに正拳突きを繰り返していた。

 

「せいっ!はっ!」

 

右腕を引き、仙骨を前に倒す。

 

練り上げた闘気を身に宿し、しかし力まず、拳を前へ出した。

 

そして、腕が伸び切る瞬間、

 

「はぁっ!」

 

右腕に力を入れて、最速かつ最強の威力で拳を前へと突き出す。

 

その拳は衝撃波を放ち、修練場の壁はミシミシと音を立て、その一部は剥がれ落ちてしまった。

 

「……ふぅ。まだ力をうまく制御できないや。力みすぎて、衝撃が分散してる」

 

かなたは右手を振り、疲労を回復させながら体勢を整えるかなた。

 

そこへ、一つの影がゆっくりと姿を現した。

 

「誰?」

 

かなたはバックステップで謎の影へ向き直り、再び仙骨を入れ、拳を構える。

 

しかしそこにいたのは、もはや見慣れたスカイブルーの頭髪に灰と黒のチェックが特徴的なワンピースを着た少女、星街すいせいであった。

 

「私だよ」

 

物陰からチラッと顔を覗かせるすいせい。

 

「なんだ……すいちゃんかぁ。どうしたの、こんな夜更けに」

 

かなたは胸を撫で下ろし、体勢を普段通りに戻した。

 

「なんだとはなんだ!すごい闘気を感じたから、どうしたのかと思ってきたらこれだよ!かなたんこそどうしたの!?」

 

 

「闘気は感じたよ!胸がざわ……ざわ……ってしたよ!……でも、闘気の正体がかなたんで良かった」

 

「逆に何だと思ったの」

 

「何だろうね。ゴリラとか?……ま、いいや。とりあえず、私はもう少し寝るね。おやすみ」

 

すいせいは胸を叩きながら、大きくため息をつく。

そして、一件落着とばかりに修練所を後にした。

 

一方かなたは、用意していた着替えを体育館のロッカー室へ持っていき、シャワーを浴び始める。

 

〜体育館・シャワー室〜

 

「ついにこの廃墟でコソ練してるのがバレたか……でも、闘気で僕の気配を察知して目を覚ますなんて、すいちゃんも相当強いんだろうな」

 

処刑場跡の一件もあってか、すいせいがそれ相応の実力者であることは、かなたも理解していた。

 

しかし、数多の強者がのさばる「カバー」でも、眠っている状態で感じ取った闘気から、相手の気配を察知することができる者はごく僅かである。

 

「……すいちゃんって、何者なんだろう」

 

かなたが目を閉じ、シャンプーを取ろうと前方に手を伸ばす。

 

しかし偶然か、はたまた運命の悪戯か、かなたが手を伸ばした先に突如として空間の裂け目が発生し、一人の少女が飛び出してきた。

 

その少女こそ、闇から生成した翼で次元を超え、世界を超えてやってきた霊体の悪魔、常闇トワであった。

 

実体が無いとはいえ、霊的な要素を多く含む天使であるかなたが、それに触れてしまえないはずも無く。

 

「はぁ……危なかっ……ん?」

 

身体は失ったものの、何とか窮地を脱して空間の裂け目から飛び出したトワは、安堵故か、大きくため息をついた。

 

しかし、ため息が口から溢れ出るとほぼ同時に、自身の胸に違和感を憶える。

 

逃げ切るギリギリで胸を貫かれたのでは無いかと、自身の胸へ視線を移すトワ。

 

しかし、そこにあったのは刀の刃でも無く、胸に空いた大穴でも無く、目を閉じて、泡に塗れた頭で自身の胸を触る天使の手であった。

 

一方かなたも、自身の伸ばした右手に当たっているものが、明らかにシャンプーではないということに気づいた。

 

触ったものはヌメヌメした硬いものではなく、柔らかくてふわふわした、人肌のようなもの。

 

「……え?」

 

かなたとトワの目が合う。

 

双方、五秒間の硬直。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

「わああああああああ!?」

 

そして五秒後、かなたはトワの胸から手を離し、バックステップで後退する。

 

トワは壁を抜け……ようとしたが、霊体であろうと壁抜けはできないらしく、壁に顔を押し付けた後、シャワー室の出口へと向かおうと、かなたと壁の間を走り抜けていった。

 

「ま、待て変態ー!!」

 

「ど、どっちがじゃー!」

 

急いでロッカー室へ出て、身体を拭くかなた。

 

何故か、体育館から逃げ去ろうと走っていたトワの前には、星空を見上げるすいせいの姿があった。

 

「なんか別の人がいるー!!?ど、どうしよ、トワ大ピンチじゃね?」

 

前門のすいせい、後門のかなた。

 

そして片方……シャワーを浴びていた方は、悪魔である自分と相反する存在とされる「天使」である。

 

一時は鬼から逃れ、これで一安心だと思った自分が馬鹿だったと、トワは自らの運命を呪い、何とか体育館から脱出して地上へ降りる手段を考える。

 

そしてトワは、

「青い髪の人(すいせい)には自分の正体が悪魔であることがバレていないため、通りすがりの人のフリをすれば、難なくこの場を離れることができるのでないか」

という案を思いつく。

 

もうそれを試すしか無いと、トワは何もなかったかのように振る舞い、体育館の正面出口から堂々と姿を現した。

 

「こんばんは。珍しいですね、こんな夜に」

 

こんな時間に体育館から出てくるなど、少なくとも普通では無いということを直感したすいせいは、トワにじわじわと詰め寄る。

 

実際はこっそりとかなたを待って、一緒に宿舎まで帰るつもりだったのか、それともただ単に星空に見入っていただけなのか、それはわからない。

 

しかし、まだ早朝と呼ぶことができない程の早朝、未明である。

 

かなたは鍛錬のためだったが、この妙に天使らしさが無い色使いの少女は一体何者なのだろうか。

 

すいせいに詰め寄られたトワは、必死に普通を演じて、「ただ備品を調べにきただけですよ」と、訳のわからない言い訳で誤魔化そうとする。

 

しかし、そんなにモタモタと話していては、かなたの着替えも終わってしまうわけである。

 

「待てええええええいっっっ!!」

 

「ぷぎゃっ」

 

あまりに無理のある誤魔化しに、顔が引きつるトワ。

 

そんなトワは、飛んできたかなたのタックルで、さらにその顔面を引きつらせることになってしまった。

 

そのまま宿舎の壁へと突っ込んだ二人。

 

宿舎が衝撃で大きく揺れたせいだろうか、あっという間に騒ぎになってしまった。

 

予め鍵を開けておいた自室の窓から、それぞれベッドで寝ていたフリを始めるかなたとすいせい。

 

一方でトワは、

 

「なんで一緒にいるのかなぁ」

 

何を思ったか、かなたの布団に潜り込んでいた。

 

「しょうがないじゃん!後で事情は説明するから、匿って!ね、ね!?今、他の天使達に見つかったら、間違いなく騒音の容疑者にされて捕まる!」

 

「捕まるべきだと思うよ!?だって僕のシャワー覗いたもん」

 

「あんただってトワの胸触ってきたでしょー!」

 

「不可抗力だもん!何であの場に突然悪魔が湧いて出てくるの!?」

 

「そこも含めて後で話すから!今は!今はお願い!」

 

「しょうがないなぁ……」

 

天使が全員善い存在では無いように、全ての悪魔が悪であるという考えに懐疑的であったかなたは、トワを布団の中に居座らせ、自らは今起きたかのように部屋から飛び出し、事態の収集に尽力した。

 

生徒達から信頼を置かれている、生徒会書記としての天音かなたによる現場の指揮もあってか、この騒動は三十分もかからずに収束する。

 

そして天使達は再び、朝まで束の間の眠りについた。

 

「……さて、じゃあ一から全部吐いてもらおうか」

 

その後かなたと、かなたの部屋までやってきたすいせいによって、全てがトワの口から語られる。

 

自身が本当に悪魔であること、「鬼」から逃れるために命からがら天界へやってきたこと特に隠す理由も無い故に、包み隠さず。

 

そして長考の末、かなたはトワを修練場に居候させることにした。

 

互いに自己紹介を済ませ、早速修練場へと案内するかなた。

 

「今更だけど……何で、トワを泊めてくれたの?トワ、これでも悪魔なんだけど」

 

「トワからは邪気みたいなものを感じなかったから。大天使とか、もっと上の位にいる天使だって堕天するくらいだし、逆に昇天する悪魔がいてもおかしくないよ」

 

かなたはそれだけ言い残し、「じゃあね」と手を振り、寄宿舎へと戻って行ってしまった。

 

一人、修練場に残されたトワは、しばらく周囲を見回すなどして暇を潰した後、疲れからか、そのまま眠りに落ちてしまった。

 

 

 

この日からだろうか。

 

彼女達の存在が、現実味を帯び始めたのは。




修練場


かつて上級の天使を志す者が鍛錬と研鑽を積んだとされる、修練の場

中でも熾天使を志す天使達は、いずれ神の領域へ至らんと、日々こぞって場へと訪れた

しかし、神はそれを許されなかった
善悪を知った人間を園から追放したように

天使もまた、蒙を啓くべきでは無かったのだ
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