〜おかしの国・城下町〜
一方、ノインはリュウコの注意を上手く引きつけ、自身とリュウコが一対一で戦うことができる場所を探して移動していた。
無人ながらも三、四階建ての中世風な建築物が並ぶ大通りを外れ、路地裏を通り、ノインによく似た女騎士の銅像が建てられている広場で足を止める。
血に眠る力を使い、その身体を竜人のものへ変化させてノインを追うリュウコ。
引きつけた先でそれを迎え撃たんとするノインは、背負っているツヴァイヘンダーと呼ばれる大剣を鞘から抜いて構える。
そして、捨て身の突撃を仕掛けてくるリュウコに対し、それを叩き斬るようにノインは大剣を振り下ろした。
しかし捨て身とはいえ、守りを完全に捨てていたわけではないリュウコ。
リュウコは、ノインの肉を抉り取らんと構えていた爪で建築物の壁面を削り取り、粉塵をノインの眼前に撒き散らす。
「ぐっ!!埃が……!?」
「隙ありッ!!」
そして、さらにその壁面を蹴り飛ばし、素早くノインの背後に回ると、口から炎を吐き出しながら、爪でノインの左肩に傷をつけた。
「リュウコ……お願い、団長達の邪魔をしないで……。このままじゃルーナ姫は前に進めない。自分の幻想に囚われて、じわじわ老いて……ただ、それだけの生活を送ることになる」
「それの何がいけないんですか〜?……そもそも、私達は夢の世界が夢だと気付かれていないからこそ、存在できているのに」
リュウコ達からしてみれば、ノインやフレイがせんとしている、「ルーナに外の世界を見せる」という事自体、自身の存在を定義しているものをわざわざ破壊しようとするようなものだ。
ルーナが生み出した精神の要素そのものである彼女達が、「おかしの国」という、「姫森ルーナの理想世界たる夢そのもの」からルーナを引きずり出して仕舞えば、ルーナは夢から覚め、現実を現実のままに認識してしまう。
そして、その世界には当然ながら、自分の感情が生物として動き回っているなどという事象は存在しないのだ。
寄生虫が宿主無くしては繁栄できないように、精神体もまた、主無くしては生存できないのである。
「やっぱり真実を知っちゃったから、団長の邪魔をするようになったんだね。……もしかしたら、ルーナを外の世界に出た時くらいになったら気付かれるかもしれないと思ってたけど……まさかもう、気付かれていたなんて」
ここでいう真実や、気付くものとは、言わずもがなルーナの精神世界、もとい「おかしの国を構成する要素全て」の話である。
「多分ですけど、知らないのはフレイだけじゃないですか〜?……それよりも、私はノイン団長がルーナのことを全部知っていたって方が何より気になりますけどねぇ。……ノイン団長。あなた、いつから気付いていたんですか?姫森ルーナという存在が自らの命であり、一つの小さな世界そのものだったという事を」
「多分だけど、最初っからだよ。多分、団長が団長なのは……初めてルーナから別れたものだからじゃないかな?」
「ふ〜ん。そんなに長い間、ルーナの真実を知っていて……なのにノイン団長は、ルーナに本当の世界を見せたいんですか?」
リュウコは熱した爪を輝かせ、喋りながらでもノインの首を焼き切らんと、ラッシュを続ける。
「うん。たとえ団長達の存在が無かったことになっても、おかしの国が無くなったとしても……何も知らないルーナが、ただ死へ歩むだけの日々を過ごす未来なんて……とても受け入れたくないんだよ。それが『無垢』のエゴだっていうのは、わかってるけど」
一方のノインは丹田に力を込め、強靭な意思によって自身を大岩とし、リュウコの猛攻に怯むことなく、その角を大剣で斬り落とした。
「……ケッ。そうですか。アラネは『そろそろ自覚してよ』って言ってましたけど……どうやら、自分もルーナの見ている夢の一部だというこもは自覚はしていたみたいですねぇ〜。……自覚しても、それでも意思を貫くんですか」
「その通りだよ、リュウコ。だから」
「終わりにしましょう、ノイン団長」
「死んでもルーナの目を覚ます!!」
「……アラネと一緒に、夢の終わりまで生きてやりますよ!!」
ノインとリュウコは広場の両端に立つ。
間には何も無く、辺りはチョコレートとクリームの甘く重い香りが漂う平地。
両者、自らの得物を構え、地を蹴る。
爪と剣は鳴り止まず、しかし偽りの世界は徐々に姿を取り戻す。
数刻、或いは瞬く程度だろうか。
何もかもが剥がれ落ちた、荒れ果てた平原は、彼女が啓けた蒙であった。
咎無き欺瞞の都、その中で確かに人間であった二人は、時を同じくして崩れ落ちる。
剣は綻び、爪は砕け、街は崩れ去る。
身体が塵と化してゆくリュウコ。
対するノインは、力は抜けこそしたものの、肉体や精神が失われることは無かった。
ノインはツヴァイヘンダーをゆっくりと掲げ、リュウコの胸に突き刺す。
そして、ノインは短く祈りを済ませた後に、ルーナの元へ駆けていった。
目覚めよ、目覚めよ、囚われの子よ
持たざるを覚え、最初の糧とせよ
「……すぅ。だから、消えゆく私から最後の贈り物だよ。これからも私を、私の力を……どうか、覚えていてね」
無垢なる赤子
初めに別れたもの、或いは、過ぎ去ってしまったものだろうか
無垢、それは清浄な心
汚れ無く、穢れ無き心
主人たる赤子の在るべき心
抜け落ちたそれは、いつからか「ノイン」という名の騎士となった