〜ブッシュ平原〜
草木が生い茂る森を抜け、彼女の出た先は、どこまでも広がるかのような一面の緑が広がる、「ブッシュ平原」であった。
白銀聖騎士団団長、「白銀ノエル」。彼女は、
この辺り一帯を支配しているギャングの長とされている竜人を探し出して拘束するべく、辺りを探索していた。
騎士団長であるにもかかわらず、彼女は単独で行動することが多い。
単独行動が多いといっても、仲間とはぐれることが多かったり、団員との仲が悪いというわけでは無い。
仮にも騎士団長である彼女のことだ。
単独行動を好む理由は、自身の戦法が集団での戦闘に向いていないからである。
彼女は筋力とスタミナが高く、その圧倒的な力で敵を制す「脳筋戦法」という、いわゆるゴリ押しが得意なのだ。
しかしあまりにも力が強すぎるため、彼女の力は時に周囲の味方を巻き込んでしまう恐れを孕んでいる。
以前、彼女が別の国に出自を持つ騎士と共に旋風を纏った大剣を用いて巨人の王を葬った際には、その巨体が吹き飛ぶほどの力を見せつけた。
もし、その巨体が吹き飛んだ位置に団員がいたら……などと考えてしまうのは、彼女が戦士でありながらも騎士団長である証なのだろう。
そんな未来を考えてしまった彼女はその戦い以降、騎士団員を連れている際、力を抑えて戦うようになった。
護るべきものを護るための力で、同士を傷つけるわけにはいかないと。
しかし、戦場にいる味方が自分自身のみならば話は別。
一人きりの彼女は鬼神の如き力を発揮し、戦場の敵という敵を自慢のメイスで粉砕する。
そして並大抵の戦士では、それを邪魔することができない。
故に彼女は、自身の力を最大限に発揮するため、また周囲を巻き込まないために、単独行動を好んでいるのだ。
そして、そんな強さを持つ彼女だからこそ、騎士団長という立場に在りながらの単独行動が許されたのだろう。
「もしもし?そこの人間、聞こえマスカー?聞こえてるなら、返事をしてくださーい?」
雄大な草原で、幼い頃から駆け回った数多の戦場を思い出す彼女の意識を引き戻したのは、他でもない橙色の飛竜であった。
「誰?って言おうとしたけど、団長、見たらわかっちゃったよ。……あなたが『桐生ココ』会長でしょ?」
ノエルは、そう呼んだ飛竜を睨みつける。
普段はおっとりしている彼女だが、戦場ではその片鱗すら感じさせない殺気を解き放つ。口調こそ変わらないが、その目は紛れもなく戦に挑む者の目であった。
「おお、怖い怖い。でも、殺気を隠し切れてませんよー?これはあまりにもク・ソ・ザ・コ……なのではー?」
「元々、隠す気なんて無いよ。今日はあなたを捕まえる気で来たんだから」
「むぅ……ただの人間がわたしをやっつけるなんて……百年早いんだよーッ!!」
しかし、それに負けじとココも大空めがけて炎のブレスを吐く。
「これより、桐生ココ拘束作戦を始める!覚悟してね、ココ会長ッ!!」
刹那、ココの視界からノエルが消滅する。
そして、右腹部に鈍い痛みを覚えた。
「ぐっ……?」
そして一秒も経たないうちに、飛竜の巨体が吹き飛ぶ。
「まだまだいくよ!」
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?回避、回避をしなければーッ!」
ココの身体は、まだ制御が効かないまま宙に浮いている。
このままでは、上手く滑空することもできずに追撃を受けてしまう。
そうなる前に、体制を立て直さなければ。
「やぁぁぁぁーっ!【フォールオブゼロ】!」
ノエルのメイスが、ココの巨体を叩き落とそうとした、その時。
「【スピニングドラゴン】ッ!……ハァ、ハァ……!」
ココは土壇場で身体を捻り、何とか追撃を回避した。
ノエルは冷気を纏わせたメイスを、そのまま地面に叩きつける。
その跡には草の一本も残らず、凍りついた地面にはヒビが入っていた。
「外しちゃった……。せっかく得意な技使ったのに」
「危ねーんだよぉーーー!!恐竜は氷河期で滅びたって、わたし知ってますからねー!氷は怖い!これ、今まで知っておいて損は無かったですねー!かぁーっ!」
ここまで防戦一方なココは、滑空して一時的にノエルとの距離を取り、連続で四つの火球を吐き出す。
「なにをーっ!団長の力にかかれば、これくらい全部吹き飛ばせるよっ!!おらーっ!」
しかし、またしてもノエルはメイスを振り回し、全ての火球を防ぎきってしまった。
「エエエ!?……こ、こうなったら最後の手段です!くらえ、ボインな騎士団長ーッ!【焔の牙】!」
恐るべき騎士団長・白銀ノエルの実力を前に、ココは切り札を切る。今まで、堅気に手をかけることは避けていたが……今回ばかりは、ここでノエルを殺らなければ自分が殺られるということを本能的に感じ取り、牙に焔を纏わせ、ノエルの四肢を、五臓六腑を噛み砕かんと突撃する。
「本気を出してきたね!!目でわかるよ。なら、団長も本気見せちゃおうかな……!やぁぁぁぁぁぁっ!」
確かに、桐生ココは全力を出した。
切り札を切り、今まで手にかけることを拒んでいた人間を殺す覚悟で、その牙を剥いたのだ。
しかし、白銀ノエルの戦闘力は、とうの昔に人間のそれを超えていた。
再び、ココの視界からノエルの姿が消える。
そして、瞬く間に背後へ回り、尻尾を掴んだノエルは、そのままココの巨体を振り回し、天高くへと放り投げた。
「?????」
ココは、今の状況を把握できていない。
自身が今、どこにいるのか。何が起こったのか。
しかし、「自身が白銀ノエルを仕留めていないこと」、これだけはわかっていた。
身体が、ゆっくりと落ちてゆく。本当はとんでもないスピードで落ちているのかもしれないが、ココにはそう感じていた。
「わたし、死ぬんですかねぇ……」
幼い頃からの思い出が、脳内を巡る。
ノエルからの追撃がいつ来るか、いつトドメを刺されるのか、それすらも考えることをやめて、過去の思い出に浸るココ。
彼女なりに、死に際を弁えたつもりなのだろうか。
しかし、ココがノエルからのもう一撃を喰らうことは無かった。
そのまま、地面に落下するココ。
「あわわわわ」
落下した際の衝撃で脳が揺れ、竜体からの変身が解けてしまった。
「うーん……?もうダメ、です……意識が……」
そして、そのまま人間に近い容姿に戻ってしまったココの視界は黒に染まり、意識もどこかへ消えてしまうのだった。
「ふぅ〜。一件落着〜。……でも、どうしよう。このまま連れて帰っても良いけど……」
ノエルは額の汗を拭い、ココの身体を抱き抱える。
しかし、付近の森に停めておいた馬車の荷台にココを乗せようとした時、平原の方からノエルを追いかけてきたらしい少年が、彼女を呼び止めた。
「騎士さん!おねーちゃんを……ココおねーちゃんを、連れて行かないで……!」
汗だくになり、息を切らしながら言葉を捻り出す少年は、ノエルに近づき、ココ手を握ろうとする。
「待って。何で、この人を連れて行かないで欲しいの?ちゃんとした理由が無いと、団長はこの人を連れて行かなくちゃいけないんだよ。これも、騎士のお仕事だから」
ノエルは、心を鬼にして少年に問う。本当ならここでこの少年と共に帰しても良いのだが……職業柄、そういうわけにもいかない。
「ココおねーちゃんは、僕を……僕を、魔物の群れから助けてくれたんだ!」
少年は、過去に襲われたリザードマン達の群れを追い払った、ココの武勇伝を必死に話した。
しかし、
「うーん。それだけだと、この人を信用していいってことにはならない、かな……偶然だったかもしれないから……」
少年のことを信じたい気持ちは山々だ。
しかし、これも仕事。
仕事は、その通りにこなさなければ。
ノエルは、胸を締めつけられるような気持ちで、少年の言葉を聞かなかったフリをしようとする。
すると、少年を追いかけてきたのか、付近の村に住む人々が数人、ココを見るなり目を丸くした。
「そのお方は……ココ様じゃあありませんか!貴方、どこかの騎士様?どうしてココ様を?」
人々は、口を揃えて抗議する。
一体、過去にこの竜人ヤクザが何をしていたのか、ノエルはこれを機会に、村の人々から聞いてみることにした。
すると、
「ココ会長はね。付近のモンスター達を束ねて、人間達を襲わせないようにしていてくれたのよ〜」
「ココ様は、この付近に手を出そうとする魔物、悪質な地上げ屋、山賊なんかを追い払ってくれているのさ!ココ様がいなけりゃ、俺達なんてどうなってたかわからないぜ!」
などという、ココへの感謝の言葉がそこら中から溢れていた。
「おかしいな……じゃあ、何で飛竜が警戒されてるんだろう?この辺りに、飛竜は一頭……ココさん以外にいないはずだし……」
過去に起きた各地の問題及びクエストに関する資料を見返してみると、確かに、この辺りで飛竜が村を護るように行動していることがわかる。
「じゃあどうして、今になってその飛竜を捕らえようと……?」
ノエルの本能は、この竜人を……桐生ココを連れて行かない方が良いと知らせる。
何やらキナ臭い雰囲気を感じ取ったノエルは、報告書に、
「飛龍の姿確認できず。周囲の魔物が活性化していることから、飛竜の死により抑止力が無くなったためと推測される」
と書き、桐生ココの身柄を少年とその家族に引き渡すことにした。
「ごめんなさい。団長ってば、何も考えないでココさんを連れて行こうとしちゃって」
「いいんだよ!ココ会長は、こうしてちゃんと無事なんだからな!それに、ココ会長に初めて勝った人間の騎士団長が、こんだけ強くて物分かりも良い人だとわかって安心したぜ!」
そして、ノエルは一礼した後、ココの枕元に拠点から持ってきた干し肉を置き、ブッシュ平原を跡にした。
詫びの品として置いていったものがなぜ干し肉だったのかというと、ドラゴンは肉が好きだと思ったからだそうな。
「上層部は……団長に何か隠してることがあるのかな……?」
帰りの馬車で、ノエルは一人、思い悩む。
今まで正義の道だと信じて歩んできた白銀騎士団長としての道が、正義から外れかけてしまっていることを未だに実感できていない。
その事が、彼女にとっては恐ろしかったのだ。
しかし、彼女は騎士団を抜ける道を選ばなかった。
白銀聖騎士団に黒いところがあるならば、そこを取り除く。それも団長の使命であると、そう考えたからだ。
ノエルは拳を握りながら、帰路につく。
明日もまた、正義の騎士をするために。
フォールオブゼロ
異世界出身の破壊僧が使用したという記録が残されている、メイスを用いる騎士の技
天高く飛び、地に足をつけるまでの間に自身の精神を極限まで「無」へと近づけ、その「無」を「永遠の無」である宇宙に置き換えることによって、冷気を纏わせたメイスを振り下ろす
纏う冷気は、自身の精神が「無」へと近づくほどに冷える
しかし、完全なる無は無限の狂気であることを忘れてはならない