~バッカス平原・北部~
一通りの公演を終えたおまる座一行は、死者の谷を目指して、バッカス平原を北へ北へと進んでいた。
いくつもの馬車で移動する彼女らの先頭車両、そこには団長であるポルカと、準主役級の団員であるラミィ、ねね、ぼたん、スバル、わためが座席に乗り込み、談笑して移動中の暇を潰していた。
「みんなお疲れー!さあ、死者の谷まであと何日かで着くけど、ちゃんと体力はついてるー!?咳は出てない?ケガはしてない?『ウルハ』撃破まで公演はお休みする予定だから、しっかりと体力をつけて、実戦に備えてね!」
「「「「「はーーーい」」」」」
「元気でよろしい!」
「でも、何で今その話なんスか?」
「いやあ、そろそろ日が暮れるから、この辺りをキャンプ地にしようと思ってるんだけど……。北部は雪原ほどじゃないけど冷えるから、ちゃんと身体を温めておかないと、簡単に体調崩すんだよねー。だから、注意をしとかなきゃと思って」
ポルカは父親のサーカス団に所属していた頃から、公演の度に「カバー」全体を巡っての公演を行っていた。
自身のサーカス団を設立した後も、各地を渡り歩いての公演を続けていたポルカは、「カバー」各地の気候を熟知している。
これは、自身と共に「カバー」中を周る団員のコンディションにも気を配らなければならない、サーカス座長だからこその知識だろう。
そんなポルカは私服の上にコートを羽織り、馬車を降りて座員達と共にテントを張り始めた。
続けてラミィ、ねね、ぼたんも手伝いを始める中、スバルとわためは周囲の巡回を始めた。
この辺りはまだ死者の谷と距離があるとはいえ、ポルカ一行の生気に惹きつけられた亡者が襲撃を仕掛けて来ないとも言い切れないため、ポルカは自身よりも戦力が上であると判断したスバルとわために見張りを頼んでいたのである。
スバルとわためは「尾丸座」に所属していた頃から、いざという時の戦力として頼られる存在だった。
自身の毛皮を介して雷を操るわため、魔力で作り出した羽を広げて空を制すスバル。
ただのサーカス団員とは思えない二人の戦力は、見張りとして十分すぎるくらいだ。
スバルとわためは二手に分かれ、それぞれスバルは南、わためは北の見張りを始める。
時が経つにつれて徐々に星が出始め、テント設営も終わりへと向かっていく。
ぼたん主導の元、大釜で作られるラーメンの香りが辺りに漂い始めた。
きっと、何も起こらないだろう。
何も起こらないまま、無駄に緊張感だけがあるだけの夜を過ごすことになるだろうと、スバルとわためは高を括っていた。
しかし準備が整っている決戦前夜よりも、今日のような何気ない日にこそ、魔は訪れるというものだ。
わためは、ふと北にそびえ立つ廃城へと目を向ける。
テント群を挟んだ位置に、スバルの姿がかなり小さく見えた。
高い城を見上げ、向こうで手を振るスバルに手を振り返した、その時だった。
「……スバルちゃん、後ろーーーっ!!!」
「ん?」
スバルの背後に迫る何かに気づいたわためは、脚に雷光を纏わせて走り出す。
「後ろ、後ろに……獣がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……【
わための叫び声に間一髪で反応したスバル。
スバルは肩甲骨から腕にかけて魔力を纏わせ、実体化させた翼を広げて飛び上がる。
そして右腕からの魔力砲を、背後へと迫る「獣」へと放った。
「ダメだよスバルちゃん、一回逃げて、逃げてっ!!」
「なっ……!?」
しかし、身長154センチメートルのスバルが咄嗟に飛び上がったところで、四足歩行をしていても15メートルを優に超える巨体の獣から逃れることはできない。
白い体毛に翡翠色の瞳をもった獣は、放たれる魔力のレーザービームをものともせずに、大口を開いたままスバルの全身を一瞬で吸い込んだ。
「スバルちゃああああああああん!!」
「何が起きたッ!!?わため先輩!?」
ここで、ポルカ達が異変に気づく。
わためは獣の元へと辿り着いたが、時すでに遅し。
一滴の血も流さず、瞬く間にスバルを吸い込んで喰らい、咀嚼することも無く飲み込む獣。
一切の赤も無い涎が滴り落ちる口からは、スバルが直前まで被っていた帽子だけが吐き出された。
尾丸座
「おまる座」の座長である尾丸ポルカ、その父親が座長を務めるサーカス団にして、ポルカの古巣
「ウルハ」率いる亡者の軍隊が現れて以降は公演回数が徐々に減っていき、近頃はめっきり無くなってしまった
彼らの行方は、誰も知らない