ホログラム・パラドクス   作:モガミのコッコ

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歪む曇天、サンダー・バード 後編

~バッカス平原・北部~

 

「わため先輩!この獣は……!」

 

「わからない!わからないけど……今、この獣は確かにスバルちゃんを喰った!!」

 

ポルカとわためが、巨大な獣を前にして構えをとる中、ラミィ、ねね、ぼたんも団員たちの避難を済ませて獣の前へと立ち塞がる。

 

「ウーン、残念ナンデスケド……コノ中デ必要ナノハ、一人ダケナンデスヨネェ」

 

白い獣は大きく口を開け、スバルの姿が消えた口内を隠すこともなく人語を流暢に話す。

 

「喋った!?」

 

「……え?」

 

仰天するポルカと、何かに気づいたかのように呟くねね。

 

「獣ガ喋ッチャイケマセンカ?」

 

そんな二人に構うこともなく白い獣はわための方へ向き直り、その大口を開けて突進する。

 

「って言う割に、わため達には喋る隙どころか状況を呑み込む時間も与えてくれないねぇ!」

 

わためは高く飛び上がり、真下を通り過ぎる白い獣の頭上で羊毛を擦り合わせて発生させた電流を身に纏った。

 

「フムフム、期待以上……デスカ」

 

白い獣は舌なめずりをし、天を仰ぐようにわためを見つめる。

 

余裕綽々、まるで死を恐れていないかのように、今にも雷を投げ放たんとしているわためを見ても尚、一切動じるような仕草を見せない。

 

「うおおおお!スバルを返せえええええええッ!!」

 

「サア、来イッ!」

 

「【雷鳴のソナタ】!」

 

激昂したわためは、天高くから白い獣の背に雷ごと自身の右手をを叩きつけた。

 

電流を集めて杭のように雷を叩きつけ、離散する電流が爆発を引き起こす。

まさにソナタの如き猛攻。

 

「……フゥ……流石ノ威力デスネェ」

 

しかし、確かに感電しているにもかかわらず、やはり白い獣はピンピンしている。

特にダメージを受けているような振る舞いも無く、着地して再び電流を纏うわためを凝視しながら、再び舌なめずりをした。

 

「え……効いて……ないの?」

 

わための額から脂汗が垂れる。

 

「イヤ?効イテマスヨ?ソチラノ攻撃ハ、ワタシのHPに干渉デキナイトイウダケデ」

 

そのわためとは対照的に、身震いして自身からの放電を済ませ、再び構える白い獣。

 

「ええ……」

 

ポルカは訳の分からない単語を無視し、強大なる白い獣の前に若干絶望しつつも、幻術の展開を始める。

 

しかし、突然の戦闘で準備が間に合っていなかったポルカの幻術は、白い獣の攻撃に間に合わなかった。

 

「サア、ソロソロ決着ニシマショウカ。『真実』ヘ向カオウトスル美少女タチヲ苦シメルノモ、気ガ引ケマスシ」

 

白い獣の眼球は光を帯び始め、その光は周囲を呑み込む。

 

「あああ!間に合わない!みんな、あのバケモノを何とか……」

 

「【空を……!」

 

「ねねも……!」

 

「【スタン……!」

 

幻術の準備が間に合わなかったポルカに代わり、それぞれ攻撃を始めるラミィ、ねね、ぼたん。

 

しかし、最も行動が速かったぼたんのスタングレネードが光を放つよりも先に、白い獣の魔術が辺りを包み込む。

 

「【エンド・オブ・ザ・ワールド】」

 

その瞬間、周囲から全ての情報が失われた。

 

全てを認識できない、完全なる無。

 

一切の情報を切り取り、意識や概念さえも切り取る大魔術「エンド・オブ・ザ・ワールド」の前には、ピンが外れたスタングレネードさえも全くの意味を為さない。

 

白い獣は、じわじわとわための元へと近寄り、がばりと開けた大口でその身体を呑み込む。

 

8秒経過後。

 

周囲の暗闇に光が差し込む。

 

刹那、ポルカ達も瞬時に意識を取り戻した。

 

情報が再び流れ込んだポルカ達は、人数が一人足りていないことに気づく。

 

「お、お前……わため先輩をどこへやったァァァァァァァァッ!」

 

ラミィ、ねね、ぼたんが感覚の喪失に戸惑う中、ポルカは一人、怒りに身を任せて白い獣へと特攻を仕掛ける。

 

「ドコッテ……ドコ、ナンデショウネ?強イテ言ウナラ……世界?」

 

「訳の分からない事をッ!!」

 

ポルカは携行していたガムを噛み始め、そのまま白い獣の股下を潜り抜けて背後へ回る。

 

「オォ、中々ノスピード。デモ、私ヲスル気デスカ?」

 

「【イリュージョン・ガム】」

 

そして、吐き出したガムは宙を舞っている間に二つ、三つ、さらには四つに増え、そのどれもが白い獣の体毛を絡めとって四肢に貼りつく。

 

「何デスカ、コレ。ベタベタシマスネ」

 

「今だ、皆!」

 

「「「わかった!」」」

 

ポルカは怒りに任せて突撃し、幻術を用いて細工したガムを使って四肢を拘束する。

 

その間に態勢を立て直していた三人は、今度こそ本当に攻撃の準備を終えた。

 

「いきますっ!!【空を切る氷撃(ザ・ホルス)】!」

 

「容赦しないよ!それそれっ!」

 

ラミィは宙に浮かべた巨大な氷の塊をハヤブサのようにカットし、白い獣の鼻先に飛ばす。

 

一方のぼたんも七つのグレネードを連鎖的に爆破させ、うち一つを口内へと放り込んだ。

 

「イヤ、何ヲサレテモ私ニハ効キマセンッテ……」

 

余裕の表情で土煙と氷の欠片を払いのける白い獣。

 

しかし、光の粒子で生成した剣を構えたねねが眼前へと飛び出していた。

 

「いーや、ねねの攻撃だけは効くはずだよ!ねねは、あなたのやっつけ方を何となく知ってる!そんな気がするから!」

 

「ハッタリハ止メテ下サイヨォー。私、モウ用トカ無イノデ、帰ラセテ……」

 

攻撃が通用しないことを身をもって知っているはずなのに、それでも攻撃をやめないねね達に辟易する白い獣。

 

「【コマンド90・ピクセルコフィン】!」

 

しかしそれでも、ねねはもはや構えることさえもしなくなった白い獣の首、そのうなじ辺りを回転斬りで斬りつけた。

 

「カァッ……!?」

 

白い獣の首元から、噴水のように血が噴き出す。

 

一切の防御態勢をとっていなかった白い獣は、身体を構成している細胞、その一つ一つの繋がりを断ち切られる感触に背筋を凍らせた。

 

「やあああああああっ!!」

 

そして、うなじから肉を抉ったねねの剣は、さらに弧を描くように喉仏を伝い、右の前足辺りまでを斬り裂く。

さらに白い獣の首を電子で包み込み、一斉に爆発させた。

 

「グァァァァァァァァァ!」

 

白い獣の美しい頭部は吹き飛び、首の断面からは、滝のように血が流れ出る。

 

背骨と肉の断面を露出させ、四肢をピクピクと震わせながら、その場に倒れこむ獣。

 

「ど、どうだ……」

 

ガムによって四肢が拘束されたまま、首無しとなった白い獣の身体から目を逸らさないポルカ。

 

一方のねねは白い獣の首元を見つめ、再び光の粒子を集めて生成した剣を構え直す。

 

「いや、まだ死んでないよ。おまるん」

 

「首を斬られたのに?」

 

「うん。多分。ラミちゃんとししろんも、念のため構えておいて」

 

「わかりました!」

 

「グレのピン抜いとくわ」

 

「「「さすがにソレは気が早い」」」

 

ぼたんのグレネードは、ピンを抜いてから7秒程度で爆発する。

 

下手にグレネードのピンを抜いてしまうと、事故を招きかねない。

 

ぼたんがピンに手をかけていたグレネードを再び腰に戻す。

 

それとほぼ同時に白い獣は灰のように散り、しかし中からスバルとわためが姿を見せる事はなく、ただ一人の少女だけが、その姿を現した。

 

「……やっぱり。ねえ、何でこんなところにいるんですか」

 

ねねは光の剣を構え直し、獣の少女に妙な言葉をかける。

 

スバルとわためを喰らった獣、その本体。

 

ねねだけは、その正体を見抜いていた。

 

かつては側に在り、そして、共に時代を戦い抜いてきた仲間でもある、数少ない仲間。

 

「いてててて~。やっぱり、ねねちは強いね。いつの間にか、私のズルも見抜いちゃうなんて」

 

「いいから答えてください!……どうして、スバル先輩とわため先輩を喰らったりなんかしたんですか」

 

ねねは獣の少女に詰め寄る。

 

しかし獣の少女は目を伏せたまま、何も答えなかった。

 

そして、

 

「ごめんね、ねねち。でも、今は何も言えないや」

 

とだけ言い残し、空間の裂け目に見出したポータルへと足を進め始める。

 

「……っ」

 

ねねは拳を握りしめながらも、ただその場で黙り込む。

 

自信の選択は間違えていないはずだと、歯を食いしばりながら。

 

しかし、それでは終わらない少女が一人。

 

「おい……。ねねに何を吹き込んだかは知らないけど、二人の先輩を奪っておいて、タダで逃がすとでも思った?」

 

「【エンド・オブ

 

「【ホログラム・サーカス】」

 

ポルカはリボンに仕込んでいた光学迷彩装置を起動し、周囲を巻き込んで大規模な「サーカス」を展開する幻術を発動した。

 

自身が足をつけていた土は、いつの間にかステージの上へと変わっている。

 

「これは……?」

 

あまりの情報量に戸惑う獣の少女。

しかし、すぐさま正気を取り戻した少女はポータルへと走り出すが、ポルカは一切の容赦なく新たな仕掛けを発動させた。

 

「【ザ・エレファント】」

 

象の幻を、「ホログラム」の世界で実体化させるポルカ。

 

象は獣の少女をその長い鼻で持ち上げ、それをステージへと叩きつける。

 

「ううっ!ダメージは受けないとはいえ嫌ですね、この地面に叩きつけられる感触……!」

 

「スバル先輩とわため先輩をどこへやったッ!!ポルカの大切な先輩達を、どこへッ!!」

 

ポルカは自身の身体能力を活かし、獣の少女に連撃を叩き込んだ。

 

当然ながら、獣の少女は一切のダメージを感じない。

 

しかし、その拳や脚から繰り出される力の入り方から、ポルカの怒りが少女の全身へと染みるように伝わる。

 

「もうあの二人は、あなた達とは関係無い存在なんですよ!大切な仲間を奪ったことは申し訳ないと思ってますけど……仕方のない犠牲なんですよ。望まれるべき『幻想』が、『真実』が、そこにあるんです!だから……ごめんなさい。【エンド・オブ・ザ・ワールド】」

 

白い獣は、より強力な魔術で幻術を上書きした。

 

わためを捕食した際よりもより強く、より多くの魔力を込めて、全てを相殺する威力での大魔術。

 

「【ホログラム

 

「さようならですね、皆さん。お互いに頑張って、この世界をハッピーエンドに導いて……次に会う時には、お友達として会いましょう」

 

一切の情報が消滅した空間を展開したまま、異空間へと姿を消す獣の少女。

 

十数秒が経過した後、ポルカ達は意識を取り戻し、消え去っていた情報が再び飛び交い始める。

 

「なっ、どこへ、まさか、逃げられたッ!?また、さっきと同じ!さっきと同じ、わため先輩がやられた時と同じようなやつだッ!う、うう……うああああああああああああッ!!くそッ!くそッ!何で……何でこんなことに……ッ!」

 

ポルカは膝から崩れ落ち、わずかに残った痕跡であるスバルの帽子を拾い上げ、抱きしめる。

 

「ごめん、おまるん。あそこでねねが攻撃を躊躇っちゃったから……」

 

「いや、ねねちが謝ることじゃないよ。……きっと何か、事情があったんだろうし」

 

「……うん。だから……ごめん」

 

「実は」と言いかけたねねだが、ねねの口はその言葉を紡がせなかった。

 

大粒の涙を流すポルカの元へ駆け寄るラミィとぼたん。

 

スバルの帽子が涙に浸る程号泣しているにもかかわらず、ポルカがねねを一切責めなかった理由。

 

それはねねの右手、その平から血が出る程に食い込んでいた爪を見てしまったためであった。

 

その後、非戦闘員である座員達が待つテントへ何とか帰還するポルカ達。

 

座長であるポルカの瞳から流れる涙は、テントに着く頃にはすっかり止まっていた。

 

涙が枯れたからか、或いは士気の低下を防ぐためか、それはポルカ自身にしか分からない。

 

しかし、少なくとも今晩は、ポルカの部屋から嗚咽が聞こえてくることだろう。

 

僅かな者だけが残され、空っぽになったスバルとわためのテント。

 

どうやらポルカが、帰るなり一部の私物を持ち出して、自身のテントに持ち込んだらしい。

 

盛り付けられたまま放置されていたぼたん作のラーメンも、麺がほとんどのスープを吸ってえらく伸びてしまっていた。

 

ぼたんがポルカの元へラーメンを届けに行ったが、ポルカは自身のテントに引き籠り、一切出てくる素振りが無かった。

 

そのラーメンを作った張本人であるぼたん自身も、この日はあまり食が進まなかったという。

 

ねねだけは普通に一杯のラーメンを食べ切ったようだが、それでも気分が晴れることは無く、そのまま散歩もせずに布団へ潜り込んでしまった。

 

そして自身の布団に潜り込んでいたのはラミィも同じであったが、こちらは少しばかり訳が違った。

 

「……くっ。そろそろ危ないかなぁ……コレ、いつまで隠していられるんだろう」

 

かつて、酒場で緑色の髪をもつ少女につけられた刻印。

 

それが、もはや隠し切ることが出来なくなる程までに痛みを増していたのだ。

 

テントの外は雨が降り始め、巣へと逃げ帰っている途中であろう怪鳥が雷に撃ち落とされ、湖へと沈む。

 

この日は、長きにわたる「おまる座」の読みを持つサーカス団の中で、最悪の一日と評されることになるであろう。

 

尤も、評する者が残っていればの話であったが。




白い獣


獣の少女が自身の心や憧れを投影して実体化させた姿

神話に語られる獣に似た姿をしているが、尾の数はそう多くない

生命は魂となり、また新たな生命を生み出す
それは神の所業であろうか、或いは人間の欺瞞に満ちたそれであろうか
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