〜バッカスシティ〜
バッカス雪原を抜けた先、雪原へ向かう者を送り出し、帰ってきた者を迎え入れる、気温は寒くとも、暖かさを感じる街。
数年に一度の豪雪が街を襲った日のこと。
「お腹……減った……」
そんな街の路地裏に一人、倒れる少女。
彼女こそが、ゲーマーズより遣わされた代行者「桃鈴ねね」である。
見知らぬ地に一人きりで降り立ち、右も左も分からないまま付近を彷徨って、彼女はこの街に何とか辿り着いた。
しかし、お金も家も無い彼女の状況は、この街に到着しても依然として悪く、「カバー」にやってきた彼女が4日間で口にしたものは、辛うじて見つけることができた川の水だけであった。
しかし、人間という生き物が水のみを摂取して生きていくことは不可能だ。
栄養も尽き、身体を動かすこともままならなくなった彼女は、ゲーマーズの誰かしらに助けを呼ぼうと、携帯型連絡機器での通話を試みる。
「……。……!」
「ねねちゃーん?ねねちゃーん?……おーい、ねねちー?ミオだよー?どうしたのー?」
受話器の向こう側からは、ミオの声が聞こえる。
ねねは精一杯、声を絞り出して助けを求めようとするも、ボロボロになった身体からは声の一つも出ない。
そして、そのまま電話は切れてしまった。
「(もう、ダメ……。最後に、お腹いっぱいの餃子……食べたかった……)」
そんな思いとともに、ねねの意識は遥か彼方へと消えていくのだった。
「おーい、おーい!そこの金髪娘ー!大丈夫かー?立てるかー?……ダメだこりゃ。……しょーがねーなー!連れて行くかー!」
「……おまる座員、全員集合ー!みんなで、この女の子をテントまで連れて行くよ!せーのっ!」
〜おまる座テント〜
「おーい、おーい、聞こえてるか〜?」
「ん……?」
曲芸師は、赤と黄色で彩られたベットの横からねねの顔を覗き込む。
「良かった、拾ったのは死体じゃなかったみたいだね」
「あなたは……?ここはどこ……?」
飢えに倒れ、ねねが行き着いた先は天界でも魔界でも、ゲーマーズの元でもなく……カラフルなベッドの上。
付近には、何かが入っていたらしい瓶が転がっている。ラベルに「栄養ドリンク」と書いてあることから、寝ている間に飲まされたのだろうと察する。
しかし、ここがどこだか、全くわからない。あまりに突然のことで、ねねは状況を把握することで精一杯だったのだ。
それでも、周りで作業をしている曲芸師らしき人間とも人形ともつかぬそれとは違い、今話している少女は間違いなく人間、或いは獣人であろう。
そして彼女が、他の曲芸師とは間違いなく違う存在であることには気付いていた。
「そうだね、まずは自己紹介だね!私は『尾丸ポルカ』!ゆくゆくは世界一のサーカス団になる、『おまる座』の座長だヨ!」
「サーカス団……?」
「そ、サーカス団!」
ポルカはポンと胸を叩き、帽子を被ったコロポックルのような座員達が、作業をしている方向を指差す。
「へー!座員さん達、かわいいですねー!」
「「「「(照)」」」」
ポルカの後方で大道具の準備をする座員達の動きが突然止まり、頬を赤らめ始めた。
「おーい、何デレてんだー!可愛い子が来たからって、真面目ぶってもダメだからなー!」
「「「「(聞こえていないフリ)」」」」
ポルカが座員達の方を向いた瞬間、座員は皆、何事も無かったかのように作業を再開する。
「ごめんねー!ウチの座員達がー!……さて、とりあえず、もうすぐ晩ご飯だから……一緒に食べよう、ねね!きっとお腹空いてたんだろう?」
「い、いいんですか?」
この世界を守るために遣わされたにもかかわらず、倒れたところを現地の民に介抱してもらった上に、夕食までご馳走してもらうことに、少し後ろめたさを感じるねね。
「全然問題無いよ!仲間は多い方がいいからね!それと、私のことは好きなように呼んで良いよ!気軽に接すことができてこそのエンターテイナーだからね!」
しかし、ポルカはねねの事情を全く知らなくとも、笑顔で手を差し伸べた。
「じゃあ……『おまるん』でいい……?」
「おまるん?……ヨシ!気に入ったー!……で、あなたのことは何て呼べばいいかな?」
「あ、名乗るの忘れてた……あたしはねね!『桃鈴ねね』!よろしくね、おまるん!」
「おーう!……じゃあ、そろそろ晩ご飯もできたころだろうし……行こ、ねねち!」
「ねねち……」
ねねは胸に手を押し当て、呼ばれた名を呟く。
ニックネームは、親愛の証。大神ミオにも呼ばれていたその呼び名は、彼女にとって落ち着くものになっていたのだろうか。
ねねはポルカの背中に抱きつく。
「わわっ、ちょ、何すんの!?」
ポルカは目を丸くする。
「えへ……『ねねち』って呼んでくれて、ありがとう」
「ほーほー、まあ気に入ってくれたなら何よりだよ!今日はカレーだ!食うぞー!」
「やったー!」
ねねはポルカに抱きついたまま、二人で食堂へと向かった。
幻術
対象の神経を狂わせたり、世界の概念すなわちシステムを騙すことにより、そこに無いものを有るかのように見せる術
近頃は魔力や霊力に頼らず、電力によって使うことができる、ホログラムという幻術が開発されたらしい
しかし、それを開発した銀獅子族は滅びてしまった
幻は虚無に夢を見出した
そして夢もまた虚ろなものだ
人は虚無に惹かれる
虚無の中に、いつかまみえる光があると信じて