〜魔界学校〜
「なんで、こんな……!」
校舎が、燃えている。
先生も、友達も、みんな死んだ。
ある者は炎に包まれ、ある者は瓦礫に砕かれ、
ある者は刃に斬り裂かれ。
「逃げなきゃ……シオンだけでも生きて、近くの人に状況を……」
「ガァァァァァァッ!」
黒の中から、白が飛び出す。
頭に角を生やし、紅い瞳が映える白髪の持ち主。しかし、その鮮やかな瞳は、内なる狂気に蝕まれている、どす黒さを感じさせるようなものだった。
魔界学校初代生徒会長にして、狂気に呑まれた鬼の戦士「ナキリ」は、かつて自身が通った学び舎を血に染め上げている。
死、死、死、死、死。
赤と黒の他には、死屍累々という言葉を具現化したかのような、つい数刻前までは学校であった時の面影すら残されていない、死体の山。
魔界学校に残された最後の希望は、黒魔術科一年生、「紫咲シオン」。
容姿はまだ幼いが、すでに一人前の魔術師となっている彼女は、ナキリによる襲撃の中で唯一生き延びた生徒となった。
「とりあえず、時間を稼がないと!【
シオンは、ナキリを中心に重力が五倍に増加するドームを展開する。
「ガッ、ガァァァァァ……ァァァァァァァァァアアアア!」
しかし、ナキリは戸惑いこそ見せたものの、十秒も経たないうちに過重力空間を抜け出してしまった。
「なら、これで!【
シオンは重力をブラックホールの容量で「質量を持つ闇の牙」を右腕に纏わせ、ナキリの頭部を狙って攻撃した。
「ゥ……ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!(【
ナキリは、牙が頭部をもぎ取ろうとしていることを察知してか、天高く飛び、その牙を二本の刀で斬り裂く。
「なっ……!?」
紅く光る、狂気に染まった目。ナキリにはもはや、シオンの姿など見えていなかった。
「ググ、ガ!ァァ……!」
ナキリは自身の力に苦しみ、悶えながらも、シオンにゆっくりと近づく。
目の前にある何かの魂、ただそれを斬ることだけを反射で行っているナキリに、敵味方の区別など無い。
目の前で斬っている相手が母校の後輩であろうが、かつての恩師であろうが、無関係であった。
かつては初代生徒会長まで務めた「百鬼あやめ」による虐殺が、母校である魔界学校の人々に対しても無慈悲に行われたのは、そのためである。
「ナキリ」。彼女は百鬼あやめにして、百鬼あやめに非ず。
かつてのあやめは、心優しき鬼であった。
人々からは恐れられていたが、その実、彼女は現世の鬼を統治し、人々を襲わないように命令していたのだ。
当然ながら、一部の鬼達は命令を無視して現世を襲うこともあったが、それでもあやめは、必死に鬼達を説得し続け、何とか人間と鬼を分ち、互いに平和を保とうと努めていた。
しかし彼女は三十年前、人々の前から突然に姿を消した。
あの時、余は。
百鬼組の小鬼達は。
余は、こんなところで死んでしまって良かったのか。良かった、よかった、のか、よかったのか、良かったのか?
余は、余は、余は、わた、し、は、私は、僕は、わたし、ぼく、おれ、わたし、僕、儂、わたし、わたし、わし、おれ、わたし僕僕僕私僕僕私わたしわたしですわたしはわたしはわたしはわたしはわたしわたしわたしわたしわたしわたし
余
余……は?
そして彼女の骸には、未練と後悔と、狂気だけが残った。
とある少女は、そんな彼女を憐れんだ。
そして少女は彼女の骸を蘇らせ、オトモダチになった。
蘇った「ナキリ」は悲しき少女の、「ウルハ 【名称喪失】」のオトモダチになったのだ。
「(腰が抜けていて立てない!?どうしよう、このままじゃ、このままじゃシオンも殺される!)」
ナキリの刀が、シオンの首元を掠めた、その瞬間だった。
「【
ナキリの首元に、数本の麻酔針が刺さる。
「ァ」
針に塗られていた薬が効いたのか、ナキリは千鳥足になる。
「誰!?……って!」
針を投げた何者かは、シオンのよく知る人物であった。
「お待たせ、シオン様〜!ここは危ないから、一緒に逃げるよ!」
「癒月ちょこ」。魔界学校の保険医である。
いつもは保健室でぐうたらしている彼女だが、今日は保険医同士が集まる勉強会に参加していたために、襲撃を免れたらしい。
「え、もしかしてこの状況、ちょこ先生でもなんとか出来ないくらいヤバい!?」
「ヤバいも何も、ちょこは戦い苦手だし、逃げることしか考えてないよ!シオン様、早くこっちに来て!私達二人を、どこか遠くに転送する陣を描くから!」
「わかった!」
ちょこは、行き先を指定できない代わりに、とにかく遠くまで転移する魔法陣を刻む。
シオンは体勢を立て直し、脚力強化の魔術をかけ、高速でちょこの元へと駆け寄る。
「いくよ、シオン様!3、2、1!【
「ガァァァァァ!!」
転移する二人を追い、自身も魔法陣に入り込もうとするナキリ。
しかし、ちょこの陣は「自身に殺意を向けているもの」を通さないように描かれていたため、ナキリの身体は数十メートル後ろに弾き飛ばされてしまった。
そして二人は魔界学校跡から、どこか遠くへと飛び立つ。
降り立つ地がどこか、それはわからない。
ただそこにあるのは、ナキリの手から逃れるという、一時の安寧のみであった。
「……ねえ、ちょこ先生。あやめちゃんは……あのままで良かったの?」
「良くはないよ。良くはないけど……あそこに残っても、ちょこ達がやられるだけだった。だから、これが一番マシ」
「……そっか」
その言葉を聞いた紫咲シオンの口角は、少し上がったように見えた。
黒
とある魔術師が生み出した特定の魔術に与えられた名
闇、重み、死など、何かしらのマイナス、転じて下に関わるものに対して、その文字が付与された
今では多くの黒魔術師にとって一般的なものとなっている「黒」
しかし、いずれの「黒」にも本人にしか知り得ない術式が組み込まれている
そして、誰もそれに気づいていない
故に、人々が使用する「黒」は不完全故に非力な魔術とされているが、いずれも真の力を知らない未熟者達の戯言である
その力を知る魔術師はこの世界にたった一人しか存在しない
彼女の名を、拝聴するのだ