追放令嬢(男)、ダンジョンに潜る 作:桂馬。桂馬。桂馬。
「あのなあルンルグールン。飯にどんだけ金使った!? 我慢って単語、知ってるか!」
オリンダ・オートロッダは唾を飛ばしながら目の前の少女に声を荒げた。
冒険者パーティー『龍の穂先』。
リーダーのオリンダを筆頭に、周辺の町ではそこそこ名が通ったBランクの冒険者パーティーとして活動している。
この場にはオリンダの他にも『龍の穂先』のメンバー五人がいる。全員が完全武装。そして誰もが少女のことを睨んでいる。
傍から見れば恫喝の場面。しかし少女の行動は他のメンバーからすれば目に余るものだった。
「何ですかオリンダ。私たち冒険者は身体が資本、食事は少しパーティー名でツケてしまいましたがこのパーティーの資金力なら問題ないでしょう」
「お前の少しは異常なんだよ! どんだけ飯食ったら金貨2枚分も使う!」
「金貨2枚、良いじゃないですか。男爵家の年間予算の万分の一以下です」
「そんなのと比べんな!」
「まあまあ、熱くならないでください。井戸から水汲んで来ましょうか?」
「……ああそうかい。じゃあ礼は拳でどうだい?」
「拳……ですか。切り落として渡されても困ります。私、イカれた趣味は持っていないので」
「よし、コイツ殺す。アタシは決めた。依頼の失敗に託けて殺す」
「よしなよオリンダ! 流石に殺しは良くないって!」
ボルテージが上がり始めたオリンダの腕を仲間の一人が抑える。
問題は至ってシンプルだった。
少女はお腹が減っていた。だが間の悪いことに金は無かった。なのでパーティーのツケにして高い飯をたらふく食った。それだけだった。
ついでにその時の少女の金銭感覚はバグっていた。出身が貴族というのもあって元は金遣いが荒い。
それを後から知ったパーティーメンバー、主にオリンダが『新入りの癖に何しやがってんだ』と激昂しているのがこの状況である。
「……はぁ。パーティーの金で飲み食い、そりゃ結構さ。だが金の重みは命の重みより上だ」
「命より金銭が上ですか? 命は一度失えば戻らぬもの、ですが金銭は幾らでも稼げます」
「お綺麗だね。アタシたち冒険者は命を担保にして金を稼ぐ。金のためなら死んでも構わないと考えてるから命を担保に出来てるんだ。担保より得るものの方が上に来るのは当然だろう」
むぐ、と唸ると少女は後退る。
少女にとって金とは気付けばあるものだった。何もしなくても、努力もしなくても、何処からか沸いてくる物に過ぎなかった。金の価値が高いのは分かるが死んでまで得ようとは思えない。貴族なら当然の価値観、冒険者としては有り得ない価値観だ。
「ったくなんでこんなのをパーティーに入れたんだか……確か、ソルネット!」
「あ、あい!」
オリンダの声に固い声音で反応した。
少女を囲む五人の中の一人で、一歩前に出た。小柄な少女だ。長い茶色の前髪のせいで目が半分隠れてる。だがその瞳からは緊張の色が見え隠れしていた。
「お前が推薦したよな? 見込みがありそうだって」
「あい! 前途有望な若者ですリーダー!」
「若者は誰もが前途有望だソルネット。んでソルネット、お前はこいつに金貨2枚の価値はあると思うか」
「……あい?」
「お前が推薦したんだ。この馬鹿女の面倒を見ようってならお前が金貨2枚を出すのが筋だろう。だからその価値はあるのか、と聞いているんだ」
少女はソルネットへと縋るような視線を送る。ソルネットは視線を気にして何度もチラチラと少女の方を確認すると、顎に手を当てる。
たっぷりと時間を置くと、ソルネットは答えを出した。
「無いです」
「え!?」
「だろうな」
当たり前だった。世間知らずのタダ飯食らいなんてこの世界で最も使えない人種である。少女がその自覚に乏しいのもソルネットのその容赦ない判断を助長させた。
「ということでルンルグールン、パーティーを抜けろ」
「パーティーを……ですか?」
「ああ。アタシのパーティーは未熟を責めるような真似はしない。Bランクまで上がったのもソルネットみたいな有能な人材を育てた結果だ。その代わりに道理を重視する。冒険者は実力主義だがパーティーを組んで人間関係をやってこうってなら実力より信用できるかどうかが焦点になるんだぜルンルグール。そして信用を生むには道理が必要だ」
「道理、信用……。商人みたいですね」
「そうだねぇ。あんなキチっとしたもんじゃないが、まあ他のパーティーに入ろうっていうなら今度は覚えとくといい。さ、ギルドカードを渡しな」
「……分かりました」
戸惑うように少女は目を伏せて、ゆっくりと懐からギルドカードを取り出した。
冒険者としての個人情報が載っているのがギルドカードである。
オリンダは受け取ると、少女のギルドカードに掌を翳した。するとギルドカードに書かれてあるギルド所属欄、『龍の穂先』という文字。それが糸が解けるようにスルスルと消失していく。2秒もしない内に所属欄は空欄と化した。
少女はそれを呆然自失と、ただ見ていた。
オリンダは面倒くさそうに短い自分の赤髪を掻くと少女にギルドカードを返した。
「これでお前とアタシは個々の冒険者でしかない」
「そう……ですね」
「安心しな。飯のことなら、駆け出しに金貨2枚を請求するような真似はしない。ケジメならこれで付けた。じゃあ壮健でやってけよ、こんなナリじゃ厳しいかもしれんがな」
オリンダの言葉に他の5人も引いて行く。ソルネットだけは後ろ髪を引かれたように俯いた少女に視線を送る。でもそれだけだ。ソルネットも少女のことをパーティーに推薦した手前、これ以上庇い建てるような真似は出来なかった。
少女は手にしたギルドカードに目を落として、溜息を零した。
─── ─── ───
『龍の穂先』を抜けた少女は凹みに凹むと、町の郊外にある小高い崖で足踏みしていた。
「どうせ私……僕はこの世界じゃ、生きてけないんだからさ……」
この場に他の人間がいれば自殺志願者に見えただろう。そしてその評価は概ね正しい。
少女───いや少年はこの世界に絶望していた。
女尊男卑。この世界を形作る基本的なシステム。
女の方が頭が回る。女の方が力が強い。女の方が感性が豊か。そして魔法が唯一使えるのも女。
そう言った常識が埃のように堆積し、女の方が生物的に優秀であると誰もが結論付けた。
貴族の世界でも同じだ。男爵家長男として生まれたヴィーレ・ルングルーグンは両親から疎まれていた。男は結婚して家と家を結ぶのが仕事で、要するに政治の道具だ。それなのにルングルーグン家としては困ったことにヴィーレの容姿は女性的だった。男なのに柔和な顔立ちで、色も薄い。14歳なのに産毛すら生えていない。加えて小柄だ。これを異性として見れる女は多くない。
利用価値が低いと見るとルングルーグン家はヴィーレを放逐した。『女性化薬を見つけて女になったらまた戻ってこい。折角女としては良い容姿なんだからそれを生かせ、ヴィーレ』と。ヴィーレはすぐに両親が適当な理由を付けて追い出したいだけと理解出来た。ヴィーレは女性化薬なんて聞いたことが無いし、未知のドロップアイテムが溢れるダンジョンでも確認されていない代物だ。言うなれば幻のアイテム。
それでも愚直に両親の言うことを守ろうと冒険者になった。だが冒険者の世界は女社会で、しかも貴族の常識が通じない。生来の容姿を生かして必死で女のフリをしてそこに混じって、何とか優秀な冒険者パーティーに加わったのに2日持たずこの有様。
情けないというか、やりきれないと言うか。
心中で複雑な感情が折り合って絡まった。
織り成す感情は全部後ろ向きなもので、だからこんな殺風景な自己処刑場にまで足が動いた。
眼前に広がる土色の崖。一歩踏み外せば死は易い。
怖い。死にたくない。
本能的な情動に足が竦む。
眼下に生える木々は低く見え、咲いた花は色と朧げな形しか認識できない。
ヴィーレは死ぬという状態を真面目に考えたことが無い。
死ぬとは一体何か。根源的な問いに応えれるほどヴィーレは危険な思いをしたことがない。疎まれていたとは言え貴族の一族として丁重に育てられたから分からないのだ。
そもそも自分が本当に死にたいのか。
それすらも分からない。
だが死ねば楽になれるだろう。
生きるのは辛い。苦楽の周期が常に人生を狂わせる。楽が多ければ多いほど苦を忌避し、苦が多ければ多いほど楽に執着する。天秤の重りが偏れば偏るほど人生は歪になり、死にたくなる。
生は俗世的で、死は儚い。
少なくともヴィーレはそう思った。
天蓋と崖下を交互に視線を巡らす。
意味もなくそうしていると、声を掛けられた。
「あの……そこ退いてくれませんか?」
「……え?」
ヴィーレの肩が跳ねる。
この崖際は僻地で周囲には何もない。街道も通っていないため用事が無い人間は近づかない場所だ。
振り返ってみると少女が立っていた。見た目は10代前半くらいで、絹みたいな金色の髪がゆらゆらと風に遊ばれている。身長はヴィーレと同程度、ぷくりと膨らんだ頬から幼さを感じる。
そこ……というのは今立っている崖際のことだろうか?
そう思って反射的に後ろに下がる。
「ありがとうございます……」
少女は慇懃に一礼をすると、先程ヴィーレがしていたみたいに崖っぷちに立った。何をしているんだろうかとヴィーレは見守る。
少女は大きく息を吸って吐くと、両腕を天高く上げた。
そしてその状態で数秒立ち尽くすと。
倒れるかのように命綱も無しに少女は崖下へダイブした。
「……え」
漏れるように息が出た。
止める間もなく落ちて行った少女の立っていた場所に慌てて駆け寄り、一瞬息を呑んでから下を見た。
少女がこの崖に来た理由。
ヴィーレはそれを考えなかった訳じゃなかった。この辺りには魔物も出没せず、薬草や木の実もこれと言って取れない。小高い場所だから景観だけは良いが、それだけだ。それだけしかない。
少女もまた自殺をしに来たのだ。ヴィーレと同じように命を絶とうとした。絶ったのだ。
少女の死体はヴィーレからしても凄惨なものだった。
何回もバウンドしたのだろう。四肢は曲がるべきではない方向に折れ、良く見ないが頭の何処かが陥没して血が弾け飛んでいた。
遠くからでも少女が死んだのは明らかだった。
「……うっ!」
胃から何かがこみ上げてくる。ヴィーレはえずくように何度も顔を上下させて、口元に手を当てて蹲る。
何かを勘違いしていた。
死だ。この呆気ないものが死の正体だ。死は何も生まず、何も与えない。何にもない。
残酷さすら感じなかった。ただただ虚無の成れの果てだった。
幸いにも胃の中をぶちまける事は無かった。
ヴィーレの怯懦は仕方がないものだ。冒険者になったとはいえ未だ依頼の経験は無い。命のやり取りなんてしたこともない。人の死を見たこともない。死に対して過度な感情を押し付けていたのだろう。
いつしか自殺をしようだなんて考えはヴィーレから消えていた。
このご時世に追放ものなんて時代遅れだと思います(自己感想)