追放令嬢(男)、ダンジョンに潜る   作:桂馬。桂馬。桂馬。

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3話 不死の少女を殺す方法とは

 驚いたことに少女の身体は次第に修復されていった。

 ヴィーレは最低限の治療はしたものの、それでも出血を止める程度のことしかできていない。それなのにどんどん勝手に治っていくのだ。少女の身体だけ早送りで時間が過ぎているみたいに、常に回復魔法を掛けられているみたいに、傷は塞がって痛んだ肉が剥がれて新しい肉が現れる。時計の針みたいに曲がった骨は分針が進むみたいに本来の可動範囲内へと戻って行く。

 

 一時間もすれば少女の傷はほぼ回復し、残ったのは擦り傷や軽い切り傷が幾つかあるのみ。それが治るのも時間の問題に思える。

 当然こんな回復力は人間のそれじゃない。

 さながら噂に聞くヴァンパイアとかアンデッドみたいな体質に見える。見えるが、ヴィーレはその少女の可愛らしい姿に絆されそうになる自分にちょっと微妙な気分だった。

 

「……ん」

 

 ヴィーレは少女の頭を膝に乗せていると、少女の口から掠れた声が漏れる。

 目を落とすと、既に少女の目はぱちくりと開いていた。翡翠の双眸がこちらを見ている。少女はヴィーレから視線をスライドさせて、周囲を確認するように目を更に大きく開いた。

 間を置いて口を開いた。

 

「私……飛び降り自殺、出来なかったんですね」

 

「普通、死ぬと思うんですけどね」

 

 ヴィーレはそう言いながら少女の身体に目を走らせる。服が異常にボロボロになった以外、最早大した怪我も無い。

 恐らく昨日もこんな感じで生き返ったのだ。

 いや、死んだかどうかすら定かではないが。

 どうあれこの少女は不死身らしいとヴィーレは思考を打ち切って乱暴に結論付ける。理解を放棄したとも言うかもしれない。

 

「傷は無さそうですけど大丈夫ですか?」

 

「……お陰様で治ってるみたいです」

 

「私は何もしてないですけどね」

 

 確かめるように両腕を曲げる少女にヴィーレは曖昧な笑みを浮かべる。常備してる治療用の布は使ったが、9割9分は少女自身の自然治癒力によるものだ。

 本当に何もしてないんですけどねぇ、とヴィーレは困りつつ頬を掻いた。

 

「あの、聞いても良いでしょうか?」

 

「何故自殺を図ったかという質問なら答えたくないです」

 

「え、あ、そうじゃないですけど……」

 

「或いは何故死なないのに投身自殺を図ったのかという疑問も答えたくないです」

 

 ダメらしい。

 それもそうかとヴィーレは諦める。

 自殺の理由なんて簡単に喋れるようなものではない。昨日自殺しかけたヴィーラだってその理由を喋れと言われても喋りたくない。

 

「それでは私はこれで」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

「なにか用でも?」

 

 少女の訝しむ眼差しに心がヒュンと縮む。

 声を掛けといてアレなことにヴィーラは特に何かを考えて呼び止めた訳じゃなかった。昨日と合わせて二回会っただけの少女だ。関係性はたったそれだけ。少女と話す理由も関わる必然性も皆無に等しい。

 だがヴィーラの身体は勝手に動いた。

 何処か儚げで、今にも霧になって消えてしまいそうなほど虚ろ気な雰囲気を纏った少女からヴィーラは目を離せなかった。女だから自分より強いハズなのに。

 何というか、哀しいな、なんてヴィーラは思ってしまったのだ。

 ヴィーラは自傷を繰り返す少女を見捨てられなかっただけで、話そうと思う理由なんてその一つで十分だった。

 

「自己紹介、しませんか?」

 

「何でそんなことを……」

 

「せ、折角ですからね! 私はヴィーレ・ルングルーグンです、貴方は?」

 

「自己紹介する必要性を感じません」

 

「私が感じてるんですよ。それでも嫌と言うなら私は自殺少女さんと呼ばせてもらいます」

 

 ヴィーレの強情さを感じ取ったのか、少女は浅く長い溜息を吐いた。

 

「……ニュエル。そう名乗ってます」

 

 名乗ってる……か。

 多分本名じゃないのだろう。しかし深入りするつもりの無いヴィーレは自然と目を見開いて、笑みを浮かべると頷いた。

 

「じゃあニュエルさんですね。ちょっとご飯とかどうですか? 私、まだ朝ごはん食べてないんですよ」

 

「遠慮します。お腹空いてないので」

 

「そうなんですか? もしかして冒険者だったりします?」

 

「……すみません。失礼します」

 

「え、あっ」

 

 ニュエルはスカートについた土を払うと立ち上がる。そのまま立ち去ろうとするニュエルに、ヴィーレは反射的に肩を掴む。

 

「何ですか……」

 

「え、えっと」

 

 何かを言おうとして、声が上ずったまま止まった。

 こういう時はなにを言えば良いか分からない。一旦状況を整理しよう。自殺しようとして失敗した美少女に語るべき言葉……ヤバい、さっぱり分かんない。どんな話題を持ち出せば良いんだろう。今日のご飯は何ですか? それともご職業は何でしょうか? 全部駄目な気がする。

 ニュエルは不審者を見る目で不快そうに眉を顰めると、パンと手を払いのけた。

 

「何も無いのならこれで」

 

「………………はい」

 

 目尻が上がったニュエルにヴィーレは恐れ戦いた。怖い。マジ怖い。女って怖いよ姉さん!

 割と簡単に怖気づいたヴィーレはそれを呆然と見送った。

 

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

「で、何でいるんですか?」

 

 次の日。

 ニュエル曰く『死に一番近い場所』と言われる崖に再びやって来ていた。ニュエル

は崖の上の最早定位置となった場所に佇んでいて、ヴィーレがその背後から相対している構図である。

 

「あはは……へへ……」

 

 昨日に引き続き何を言うかは決めてなかったヴィーレは曖昧に笑った。それを見たニュエルは無表情のまま前髪を弄る。

 

「笑っていないで何とか言って下さい気持ち悪い」

 

「辛辣すぎませんか?」

 

 ちょっと怖くなったヴィーレはごくりと唾を飲み込んだ。

 自分でも何で来たんだろうかと回顧する。するとヴィーレの中で浮かぶ記憶がある。姉との会話だ。

 『ヴィーレ、女の子には優しくしなさい』

 『僕より身体が強いのに?』

 『グッ……それはアレよ! 女の子はああ見えて強くないの。砂糖菓子みたいに繊細で脆いの!』

 『はあ……全く分かりませんが分かりました姉様』

 以上、ヴィーレが良く姉から言い聞かせてきたことである。今でも女を守る対象と見せようとした姉の思考は分からない。ただ普段は頭脳明晰なのに自分が絡むと途端に頭が悪くなる姉のことだからどうせ下らない理由なんだろうなぁ、と頭から昔の思い出を振り払う。

 

「何で来たんです?」

 

「……何となく?」

 

「馬鹿じゃないですか、いえ馬鹿ですね。ルングルーグンさんは」

 

 容赦の無い言葉に項垂れかけて、ピクリと跳ねたヴィーレの髪が触手みたいに動く。

 

「名前、覚えてくれたんですね」

 

「まあ。今まで会った中で一番ヘンテコな家名だったので」

 

「あの……一応男爵家の家名なんですが」

 

「貴族のことは知りませんが所詮男爵家ですよね。100年後にあるんですかその家。そもそもそれだけ時間があると国の存亡すら危ういですね」

 

「私以外に言わないでくださいねそれ。普通に不敬罪で捕まりますよ」

 

「へっ……。今更国とか貴族とか知らないですよ。ここから落ちたら簡単に死ぬ分際共で私に盾突こうだなんて100年早いです」

 

 なんか良い感じでやさぐれてる……。

 思った以上にやぶれかぶれな物言いをするニュエルにヴィーレはちょっと引いた。

 

「でもその口調、本当に死なないんですね」

 

「……ええ、まあ。昨日も見てた通り私は死なないです……本当に死ねません」

 

「やっぱり死にたいんですね、ニュエルさん」

 

 その言葉に初めてニュエルは動揺を露わにした。

 今までしてきた行為を他人に言語化されたことがなかったのかもしれない。二度にも及ぶ能動的な投身自殺。誰でも見てれば分かることなのに、ニュエルは自覚をしていなかった。

 

「はい、ええ。死ねることなら早く死にたいものです。まあ死ねないから無駄な行為なんですけど」

 

 ニュエルの顔を見てヴィーレ言葉を失った。

 まだ自分と変わらない年齢なのに、死ななきゃならない、死にたいと本気で考えている顔だ。しかもそれは合理性を考えて、そうすべきと思っている。

 

「私はニュエルさんを死なせたくないです」

 

 そんな言葉が口を突いて出た。

 ニュエルの事情は全く知らないが、それでも良いと身勝手にヴィーレはその紫眼を見つめる。

 

「……何ですか貴方。他人の事情にずかずか入ってきて」

 

「自殺志願者に死なないで下さいって言うのは変な事じゃないですよね?」

 

「あの、直球で言いますけど迷惑なんです。関わらないでください。さようなら」

 

「あっ」

 

 ニュエルの身体が空を切る音。

 何というか、二度あることは三度あるというか。

 再びニュエルは崖から身を投じた。

 

 

 崖下に行くのは二度目だったからかヴィーレは3分で下りた。

 昨日と同様に看護をしつつ右手がニュエルの髪の毛に伸びて、優しく撫でた。その感触が刺激になったのか、ニュエルは静かに目を開けた。

 

「……頼んでないですからねこんなの」

 

「頼まれてないですよ。私がやりたかったんです」

 

「うへ……やりづらいです。と言うか頭撫でないで下さい!」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

「べ、別に良いんですけど……ホントやりづらいですね貴方」

 

 シュンとしたヴィーレにちょっと罪悪感を覚えたニュエルは目を逸らす。純粋な善意を無碍にするのも心が痛んだのだ。

 

「今まで何回こんなことをしたんですか?」

 

「数えられないです。死なないんだから数えても無駄ですし……何やっても死なないんです。包丁で肌を切るのも崖から身を投げるのも魔物に食べられるのも、全部カウントしたらキリが無いですから」

 

「はあ……。そこまでして死にたいですか」

 

「それ、今更聞くようなことですか?」

 

「確認です」

 

「……何ですか」

 

 胡乱な目つきをするヴィーレにニュエルは目を細めた。

 

「私には本当に死のうとしてるようには見えないです」

 

「何をやっても死ねないんですから、それはそうだと思います」

 

「そういう意味じゃなくて、何をやっても死ねないにしてももっと方法があると思うんです」

 

「方法、ですか」

 

 繰り返すニュエルにヴィーレは頷いた。

 

「例えば薬で眠り続けるとかすれば実質死んだようなものですよね。ただ無意味な自殺を続けるニュエルさんのそれって中途半端な気がします。自殺というより自傷です」

 

 要は本気で死のうという意思が見えないのだ。

 肉体を幾ら痛めつけても死なないのを分かっていて、それでも身を崖から投じる。傷が治ってもまた身を投げて、それを三度。いやきっと、ヴィーレが目にする日まで幾度と繰り返されてきた。惰性的に、自罰的に行われるそれは最早自殺じゃない。ただの自虐行為だ。

 

「中途半端……ですか?」

 

 ヴィーレの主張にニュエルは唇を戦慄かせる。

 感情を抑えようとして、そう意識的に考えるたびに呼吸は荒く、肩の震えは大きくなっていく。

 

「貴方には分からないんですよ! この不死の恐怖、未来への恐怖が! 遠い未来どれだけ悍ましい結末を迎えるのかを理解している私の人生が、既にどれだけ陰鬱としてて光が無いのか! 分からないから言えるんです!」

 

「分かりますよ。少なくとも私もここで死のうとしましたから、理由は違っても似た絶望があったので分かります」

 

「……え?」

 

 ニュエルはその言葉に息を吞む。

 

「でも私は死ねませんでした。死ぬのが怖いからです」

 

「今更、そんな上っ面な言葉だけで」

 

「聞いてください。ニュエルさんと違って私はここから落ちたら死にます。生きていたとしても身体の関節がおかしな方向に曲がって、出血も止められずにやっぱり死にます。でもニュエルさんは死にません。勿論落ちたら痛いのかもしれないですけど、それでも命が潰えることはありません。だったらニュエルさん、貴方はまだ真剣に死について考えたことがないはずだ」

 

「馬鹿にしてるの?」

 

「してません。想像ですが、例えばニュエルさんはこの崖を見ても恐らく死の恐怖を感じてないはずです。ですから、死ぬにしても本当の死の恐怖を味わってからどうするかを決めればいいと思います。私がしたように恐怖に慄いて死を忌避するか、或いはそれでも死を望むのか。そこで判断しても遅くはないでしょう。何せ不死ですし」

 

 そこまでヴィーレが述べると、ニュエルは神妙な面持ちで目尻を下げた。

 ニュエルが死の恐怖を感じたことが無いというのは正直、ヴィーレの勝手な想像だ。だがほぼ核心を付いているという予感はあった。これが最初というのならまだしも、既に何度も繰り返されているならば恐怖など感じようも無いだろう。5回を超えれば自殺もただの習慣になる。

 

 ニュエルは何かを考えるように俯いていたが、少しして顔を上げた。

 

「ねえ、じゃあ一つお願いしても良いですか?」

 

「はい?」

 

「そこまで言うなら、私が死ぬ方法を一緒に探してください。私が本当の死の恐怖をしらないと断言したその責任、取ってくださいね?」

 

 死なない人間が死ぬ方法……か。

 当然ヴィーレにそんな心辺りは無い。そもそも不死と言う概念がまずありえないからだ。幾ら貴族社会に属しているときに様々な物を見てきたり色んな話を聞かされて育った経験を持つヴィーレにしても、死なない人間が世にいると考えたことは一度もなかった。

 それでも、情報が足りなかろうが、自分に自信が無かろうが、ヴィーレがその少女を見捨てる理由にはなりはしない。

 

「……分かりました。ニュエルさん、これからよろしくお願いします」

 

 ニュエルはヴィーレの手を取ると、微かに口角を吊り上げた。

 

 


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