ヒフミちゃんアーカイブ   作:煮豆

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子猫救出大作戦(3/7)

「――じゃあ、三、二、一、(ゼロ)の合図で飛び込もう。突入したら私とハナコが先制攻撃を仕掛けるから、ヒフミは殿(しんがり)をお願い」

 

 現実逃避気味に今に至るまでの経緯を思い返していたヒフミは、そんなアズサの声にハッとして顔を上げた。

 見れば、アズサとハナコの二人が廊下の角から身を乗り出して正義実現委員会の教室がある方向を覗いている。

 なお、ハナコはあの後すぐに制服に着替えてくれた(というか着替えさせた)ので、今は水着ではない。

 

 これからの戦闘行動に備え、アズサが自分の銃の状態を素早く確認する。

 ちなみにこういった銃火器はキヴォトスで暮らす生徒であれば誰であれ所持しているものなので、それ自体は特に問題ではない。

 キヴォトスの生徒は頑丈なので、銃弾が当たったくらいでは死んだりしないのだ。

 それはそれとして滅茶苦茶痛いが。

 

「残弾数確認完了。安全装置(セーフティ)解除(アンロック)……じゃあ行こう。突入前のカウントダウン開始。三……二……一……――」

「ま、待ってください!」

 

 このまま放っておいたら二人は……否。自分を含む三人は、本当に正義実現委員会に真正面から喧嘩を売りに行くことになるだろう。

 ここを逃したら、もう引き返すことはできない。

 

 そんな焦燥感に駆られたヒフミは、今にも飛び出さんばかりのアズサを咄嗟に呼び止めた。

 

「どうしたの? ヒフミ。もしかして、まだ安全装置を解除してなかった?」

「あ、あう……」

 

 コテン、とアズサが可愛らしく小首を傾げる。小さな体躯と相まって、まるで無害な小動物のようだ。

 その無垢な仕草にヒフミは一瞬言葉を詰まらせてしまうものの、このままだとまずいことになるのは火を見るよりも明らかである。

 

 戸惑いを振り払うように頭をブンブンと左右に振ると、今にも飛び出さんばかりのアズサにヒフミは必死に説得を試みた。

 

「こ、ここに来るまでに何度も言いましたが、やっぱり正義実現委員会を襲撃するのはまずくないですかっ!?」

「……? なにがまずいの? ああ、三人は戦力的に心もとないという意味? 大丈夫。正義実現委員会が相手でも、私は一人で三時間は立ち回れた。ヒフミと一緒だった時はさらに甚大な被害を負わせられた……今日はハナコもいる。三人もいれば今までよりもっと長く、うまく立ち回れる。もしかしたら正義実現委員会を壊滅させることもできるかもしれない」

「か、壊滅っ!? 壊滅させてどうするんですか!? そんなことしたらトリニティが大変なことになっちゃいますよっ!? というか、さすがにそこまでのことはできませんしやりません!」

「あらあら。お二人とも、そんな楽しそうなことをしていらしたんですね? 言ってくれれば私もお手伝いしましたのに」

「あうぅ……ち、違うんです、違うんですハナコちゃん。あれはその、いわゆる不可抗力と言いますか……」

「あの時はヒフミの提案で学園の戦車を盗んで海に行こうとしたんだ。ヒフミの戦車の操縦技術には目を見張るものがある。子猫を救出したら、また戦車を奪うのも良いだろうね」

「あら、ヒフミちゃんの提案ですか? ヒフミちゃん、思っていたより大胆な方だったんですね?」

「だ、だから違うんですぅ! なにもかも全部誤解で……あ、あうぅ……」

 

 収拾がつかない会話のとっ散らかり具合に、ヒフミは頭を抱えてうずくまった。

 また現実逃避したい気持ちでいっぱいだったが、そんなことをしたら今度こそ本当に二人はヒフミも巻き込んで正義実現委員会に襲撃を仕掛けるだろう。

 それだけは絶対に避けたかったヒフミは、なにか二人を説得できる手立てはないのかと全力で思考を巡らせる。

 

 ここまで来たら、単純に真正面からやめた方がいいと言ってもおそらく効果はない。

 というかここに来るまでにも散々そうしてきたが意味がなかった結果が今である。

 

 なにか、説得に応じるに足るだけの理由付けが必要だ。

 たとえば、襲撃をした場合に生じる致命的な問題を見つけ、それを理屈的に説明することができれば……。

 

「っ、そ、そうです! 襲撃なんて仕掛けたら、中にいると思しき猫さんが流れ弾で怪我をしてしまうかもしれません! この襲撃の目的はあくまで猫さんの安全確保……! その危険性を考えないのは本末転倒ではないですかっ!?」

 

 二人を説得するに足る正論。

 なにがなんでも正義実現委員会に捕まりたくない思いからその答えを見つけることが叶ったヒフミは、一心不乱に二人にそれを訴えた。

 

「……」

「……」

 

 その甲斐あってか、二人はヒフミの言葉を受け入れるように黙り込んだ。

 ヒフミもギュッと両手の拳を握って、懇願するような涙目で二人を見つめる。

 

 しばらくすると、アズサが反省したように息をついた。

 

「……なるほど。ヒフミの言う通りだ。正義実現委員会への私怨から、少し視野狭窄になっていたのかも。これはまた厳しい訓練を積まないといけないかな……」

「く、訓練はともかく、そうです! 猫さんの安全のためにも、この襲撃は取りやめるべきです!」

「うん。ヒフミの言いたいことはよくわかった。ヒフミの言うことはもっともだし、襲撃はやめることにする」

「本当ですかっ? よ、よかったです……ふぅ・これでなんとか、正義実現委員会に捕まることは避けら」

「救出対象の安全を最優先に据えて、囮作戦に切り替えることにしよう」

「れて……ないですねっ!?」

 

 ちょっと残念そうにしていたハナコが、再び楽しそうに頬に手を当てていた。

 

「お、囮作戦!? どうしてそんな発想に至ったんですか!? 襲撃はやめるんじゃなかったんですかアズサちゃんんっ!?」

「正確には襲撃じゃなくて、強襲作戦をやめる。ヒフミの言った通り、それだと子猫の安全を保証できないから。そしてそれを考慮して作戦を組み直した結果、正義実現委員会から子猫を救出するには囮作戦が適正だと判断した。まだなにか問題でもあるの? ヒフミ」

「も、問題しかありませんよ!? 囮作戦ってことは、その、えっと……」

「……?」

「あ、あうぅ……」

 

 アズサは別に、ヒフミをからかいたくて冗談を言っているわけでも、弄りがいがあるから意地悪を言っているわけでもない。

 ヒフミの意見を聞きたい。ヒフミの力を借りたい。もし修正点があるなら挙げてほしい。

 本気でそう思って、本気でそう言っているのである。

 

 しかしそんな純真で純粋なアズサだからこそ、こんなことで危ない目に遭ってほしくないという気持ちもあった。

 そしてそんな自分の感情を自覚した瞬間、ピコン! とヒフミの頭の中で電球が点灯する。

 

「そ、そうです! 囮作戦ってことは、誰かが犠牲になるってことですよねっ? そんな作戦は補習授業部の部長として看過できません! そう……ぶ、部長として!」

 

 今度思いついたのは、さきほどのような理屈的な否定論ではなく、理屈などなにもない感情論。

 性格からしてアズサに対して感情的な説得は効果が薄いだろうが、部長という上の立場を強調すれば、軍人気質なアズサは従ってくれるかもという密かな期待があった。

 もっとも、ヒフミは部長がどうだとか普段はまったく気にしていないのだが。

 

 そして、そんなヒフミの打算は成功する。

 明確に部長としての立場を示しての発言に、アズサは少々反論しづらそうに口を噤ませる。

 

「……元々、囮作戦は囮の安全が保証できないもの。囮以上に優先しなきゃいけないものがあるからには、ある程度しかたないことだと思うけど……ヒフミの言う通り、立場的にこの部隊のリーダーはヒフミか。そのヒフミが言うなら……でも他に子猫の安全を保証できるような作戦なんて……」

 

 悩ましそうにブツブツと呟くアズサ。

 一見冷たそうにも見えるアズサが実は可愛いもの好きであることを知っていたヒフミは、これをチャンスだと感じた。

 

 逡巡している今であれば、部長としての立場、そして可愛い子猫の安全が第一だということを理由に畳みかければ、正義実現委員会と敵対しなくても良くなるかもしれない。

 正義実現委員会にきちんと事情を説明して、子猫を引き渡してもらう。

 アズサは渋りに渋るだろうけれど……それを納得させられなければ、ヒフミたち三人に正義実現委員会に捕まる以外の未来はないのだ。

 

 正義実現委員会に捕まるのは嫌だ。処罰を受けることになるのも嫌だ。尋問も拷問も嫌だ……!

 どうにか説得を!

 

 ヒフミは気合いを入れ直した。

 

「では、私が囮になりましょうか?」

「はい……はいぃ!?」

 

 しかしその矢先、思わぬ伏兵ことハナコがそんな提案を唐突に持ち出したことでヒフミの『アズサちゃん説得作戦』はガラガラと音を立てて崩れ始める。

 

「ハ、ハナコちゃんっ!? 今の話ちゃんと聞いてましたか!?」

「もちろん聞いていましたよ。ヒフミちゃんは部長として、囮の役目を負う人が危険な目に遭うのが看過できない。そういう話ですよね?」

「えっ、あっ、はい……そ、それもあるのですがっ、それ以前に私は襲撃自体に反対で……!」

「ふふっ。大丈夫ですよ、ヒフミちゃん。私に良い策があるんです」

 

 襲撃事態に反対だという意見はまるで聞こえていないようで、ハナコは嬉々として囮役を実行しようとしていた。

 

「うぅ……で、でも……」

 

 なおも渋ろうとするヒフミの肩に、ポンとアズサが手を置いた。

 

「ヒフミ、ここはハナコに任せてみよう。危険だとわかりきっている囮になると自分から言い出すには、相当な覚悟が必要だ。無下にはできない。それに……ここまでの余裕を見せているからには、きっとその策に自信があるんだろう」

「あ、あうぅ……」

 

 ……これ以上はもう、どうにもならなさそうだった。

 アズサ一人ならまだしもハナコまで加わってしまったら、ヒフミ一人では説き伏せきれない。

 ヒフミはついに諦めて、ガックリと肩を落とした。

 

「うぅ……わ、わかりました……でもどうか、正義実現委員の人に銃を向けたりはしないでくださいね……?」

「ふふふっ。はい、わかりました。部長の命令とあらば~」

 

 襲撃そのものを取りやめることは、もう不可能だ。

 ならば、できる限り騒ぎを起こさずに正義実現委員会の教室から迅速に猫を連れ出すこと。ここまで来たらもう、そこに焦点を当てるしかなさそうだ。

 

 ずっと否定的だったヒフミからようやく作戦行動の許可が下りたからか、ハナコは今にも鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌さで廊下を飛び出した。

 では行ってきますね、と。悠々と正義実現委員会の教室へと足を進める背中からは、アズサが言っていた通りの余裕が溢れていて、自身が立てた策に本当に自信があるのだろうということが察せられた。

 

 加えてヒフミが二度に渡って刺した釘が功を奏したのか、彼女は本当に武器を使うつもりはないようだ。

 今にも攻撃を仕掛けそうに銃を構えているアズサと異なり、彼女の銃は未だスリングで肩にかけられている。

 

「ごめんくださーい」

 

 しばらく廊下を歩いて教室の前にたどり着くと、ハナコは物怖じせずにその扉を開いた。

 ヒフミとアズサが隠れている廊下の角は教室からそれなりに離れていたので、ここまで離れるとハナコの声はほとんど聞こえない。

 正義実現委員会の扉が閉じてハナコの背中が見えなくなる様子を、ヒフミは不安そうに、アズサは彼女の覚悟を汲み取るような眼差しで見送るのだった。

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