ヒフミちゃんアーカイブ 作:煮豆
正義実現委員会の教室では、一人の女子生徒が膝の上に座る子猫を優しげな手つきであやしていた。
「ふふ、可愛いですね……あ、そちらは危ないですから、こちらに……っ!?」
――ガチャリ。
微笑ましいものを見る目で子猫を撫でていた生徒こと
そこに立っていたのはハナコだ。
ハナコは普段生真面目な印象が強いハスミの意外な行動を目の当たりにして、パチパチと目を瞬かせる。
「ハ、ハナコさん……? な、なにか正義実現委員会に用事ですか?」
「……ふふっ。ハスミさん、猫がお好きなんですか?」
面白いものでも見つけたかのように、ハナコはお淑やかながら意地悪そうな笑みを浮かべている。
「え、ええ、まあ……嫌いではありませんが……」
大好きなんだろう。ハナコと話しながらもハスミの手は機敏ながら優しい手運びで子猫を撫でている。
彼女の腕の中で、子猫はとても気持ちよさそうに寝転んでお腹を見せていた。
「こ、こほん! それで、本日はどのようなご用件で……? ご覧の通り、今は私以外の委員は出払っていますが……」
子猫を甘やかしていた件で追求されると分が悪いと感じたハスミは、強引に話題を本題に戻す。
ハナコは本音を言えばもっと子猫の件でハスミで遊び……いや、いじり……遊んでいじり倒したい気持ちだったが、ヒフミとアズサが待っていることもあるので、今回はその話題転換に素直に従うことにした。
「実は今日はハスミさんに、折り入って相談がありまして……」
「相談ですか? 私たちの手を借りたいような、大きな問題でもありましたか?」
「いえ、個人的な相談です。個人的に……ふふっ。そう、私個人からハスミさんに、二人だけの秘密の相談があるんです」
「はあ……まあ、話を聞くことは構いませんが……」
「ありがとうございます」
カツカツと床に音を立てながら、ハナコはハスミに一歩ずつ歩み寄る。
もしもここにいたのがアズサであれば、ある程度近づいたところで不意打ちで一気に距離を詰め、素早くハスミに関節を決めるくらいのことはしていただろう。
無論ハスミも正義実現委員の副委員長を担っているくらいなので、そう簡単に倒すことはできないだろうが……それ込みでも、先制の利を得ることができればほぼ確実に制圧できると判断したはずである。
しかしここにいるのはハナコだ。ハナコは不審者であり変質者でもあるが、アズサほど物騒な思考はしていない。
先制攻撃を仕掛けることなどはせず、ハスミに勧められたソファーの席に素直に腰を下ろした。
「それで相談とはなんでしょうか? 補習授業部の部員ではなく私にということは、なにか込み入った事情がありそうですが」
子猫を撫でながらではこういった話は不適切なので、ハスミは子猫を自分の横に座らせる。
ソファーのフカフカな気持ちよさもあってか、子猫は少し眠たげにあくびをしていた。
「複雑な事情……そうですね。ハスミさんは私と同じくらい大きいですから、そういう意味ではハスミさんにしか相談できないことだと思います」
「お、大きいですか? えぇと……翼の話、ではありませんよね……」
キヴォトスには翼が生えている生徒が結構な割合で存在しており、ハスミの黒い翼は他の生徒たちと比べても一回り大きいので、かなり目立つ。
けれどハナコは翼が生えているタイプではないため、これでは『同じくらい大きい』の表現が当てはまらない。
ハスミとハナコ。一目でわかるくらい二人が共通して抱えている大きなものと言うと、一つしかない。
ハスミはチラリと、ハナコの制服を窮屈そうに押し上げているものを見た。
その視線に気づいたハナコはくすりと笑みをこぼす。
「はい、翼の話ではありませんね。ハスミさんのご想像通りのものについてのご相談です」
「……それはまあ確かに、私にしか相談できないことかもしれませんね……」
ヒフミやアズサ、そしてコハル。
ハナコが所属する補習授業部の他の面々は皆、そこまで胸が大きくはない。
三人の姿を思い浮かべたハスミは、デリケートな話題に少し気まずそうにしながらも納得を示す。
「ではつまり、ダイエットの相談ということでしょうか? それでしたらその、おそらく私はあまり力にはなれないかと思いますが……」
ハスミは甘いものが好きである。否、大好きである。
ダイエットのために控えていたこともあったが、その時はストレスで感情や調子をやや崩してしまったこともあり、今はできる限り気にしていないようにしている……つもりだ。
そんな自分にダイエットの相談は不適切だろうという思いからのハスミの発言だったが、ハナコはふるふると首を横に振った。
「いえ、ダイエットの相談ではありませんね」
「違うのですか? では、いったいどのような……」
「私、ずっと思っていたんです。こんなに大きいものを持っているのに、制服を着てるのって……とても窮屈じゃありませんか?」
いきなりなにを言い出してるんでしょうかと思いつつ、一応はハスミも同意を示すように頷く。
「まあ、そうですね。気持ちはわかります。ですが、制服の着用は校則で義務付けられています。窮屈だからと言って私服での登校は許可されませんよ」
「わかっています。ですからハスミさんに一つお願いを……いえ、お誘いをしたくてここに来たんです」
「お誘いですか?」
「はい」
ハナコは胸の前に手を当てながら、当たり前のように言い放った。
「これから校庭で服を脱ぎますので、ハスミさんもご一緒にいかがですか?」
「…………はい?」
「これから校庭で服を脱ぎますので、ハスミさんもご一緒にいかがですか?」
「いえ……聞こえなかったわけではなくて……」
「なるほど。では、どうしてハスミさんにお誘いをということですね」
絶対そういうことではなかったが、ハナコの中ではそういうことらしかった。
「正義実現委員会はトリニティにおける実質的な風紀委員ですから……その副委員長であるハスミさんに率先してそういったことをしていただければ、校則にも影響があるのではと思うんです。もしかしたら水着でも……あわよくば裸で登校しても大丈夫ということになるかもしれません。もしそうなったら、とっても素敵だと思いませんか?」
……そういえばこの人こういう方でした、とハスミは頭痛を抑えるように額に手を当てた。
そんなハスミの様子をどう捉えたのか、ハナコはいつも通りのお淑やかな(ように見える)微笑を浮かべる。
「ふふっ……どうやら悩んでいらっしゃるみたいですね。わかりました。こういう大胆な行為に臨むからには、一人で考える時間も必要なことでしょうし……ここで無理強いするのもなんですから、私は先に行って脱いでいますね」
そう言ってハナコは席を立ってソファーの横に移動すると、見た目だけはお嬢様らしいお辞儀を披露した。
ハスミも常であればきちんとお辞儀を返すところであったが、今回ばかりはそれをせず、ただただ大きくため息をつく。
……正義実現委員会とは、正義を体現する組織である。
そして今、その副委員長であるハスミの目の前には、校則を破ることを堂々と宣言している生徒がいる。
であればやるべきことは当然……。
「ハスミさんもどうぞ気が向いたらいらっしゃってください。ハスミさんならいつでも歓迎しますから」
「……」
「それでは失礼しますね。私はいつまでも待っていますので……また後ほどお会いしましょう」
「…………」
相談とか言いながら、なんか一人で言うだけ言って立ち去ろうとしているハナコの背中を眺め、ハスミは無言でソファーに立てかけていた自身の銃に手を伸ばしたのだった……。
なんかハナコちゃんはこれでハスミさんを外に連れ出せるつもりだったみたいです…。