ヒフミちゃんアーカイブ   作:煮豆

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子猫救出大作戦(5/7)

『捕まってしまいました♡』

 

 教室の方から銃声が一発だけ響いた後、しばらくしてそんなメッセージがハナコから送られてきて、ヒフミは思わず目眩がして倒れそうになってしまった。

 間一髪でアズサが支えてくれたおかげで大事には至らなかったが……だいぶ精神的な疲労が溜まってしまっている。

 

 それもまあ無理もない。問題を起こさずに事態を解決するというヒフミの目論見は、もはや叶わなくなってしまったも同然なのである。

 銃声が聞こえてきた辺りから失敗の予想はついていたものの、こうして実際に突きつけられるのとでは絶望感が違った。

 

『なんとか服を脱ぐまではできたのですが……さすがは正義実現委員会。すぐに組み伏せられて、また着させられてしまいました……』

 

 なんで応戦するでもなく脱いでるのかまるで意味がわからなかったが、たぶんわかる必要もないだろう……。

 

『牢屋に閉じ込める手際も一級品で……ふふっ。一人で薄暗い牢屋に閉じ込められて……悪い看守さんにイケない尋問でもされてしまいそうな雰囲気です♡』

 

 捕まってしまったというのに、ハナコのテンションはいつもと変わらない。

 まあいつも捕まってるから(常連だから)かもしれないが……。

 

 端末が没収されていなかったのは不幸中の幸いと言えよう。こうして連絡を取り合うことができる。

 

『その……銃声がしましたが、怪我とかは大丈夫ですか?』

 

 目眩も収まってきたところで、ヒフミも文字を打ち込んで返信する。

 

『ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。私の隙を作るための、威嚇射撃みたいなものでしたから』

『そうですか……それならよかったです』

『ふふっ、ヒフミちゃんはあいかわらずですね。力及ばず囮としての役目は果たせませんでしたが、いくつか情報を得ることはできましたので、それについてお伝えいたしますね』

 

 そうしてハナコから送られてきたメッセージを確認する。

 

 内容は、正義実現委員会の教室内部の情報だった。

 今、中にいるのは副委員長のハスミ一人だけであること。子猫はハスミの近くにいること。

 そして牢屋の格子の隙間から見える、ハスミと子猫の具体的な位置についても。

 

「うん、これは良い情報だ。次の作戦を組み立てやすくなる。私たちの存在や作戦も悟られてはいないみたいだし……転んでもただでは起きないとはこのことかな」

 

 囮としては失敗だったかもしれないが、斥候としての役割はじゅうぶん果たしたと言える。

 ヒフミの横からちょこんと顔を出してヒフミの端末を覗いたアズサは満足そうに頷くと、次なる手を考え始めた。

 

「ア、アズサちゃん。まだなにかやるんですか……? ハナコちゃんも捕まってしまいましたし、もう素直に全部話しちゃった方がいいんじゃ……」

「ヒフミの言いたいことはわかる。ヒフミは優しいから、これ以上誰にも傷ついてほしくないんでしょ?」

「そ、そういうわけでは……アズサちゃんに傷ついてほしくないのはそうなのですが……」

「ヒフミのその気持ちは嬉しい。でも望みを叶えるには、立ちはだかるものに抗うことは時に必要不可欠。子猫とハナコを救出する目標を達成するためには、正義実現委員会との衝突はもはや避けられるものじゃない」

 

 わかってはいたことだが、やはり聞く耳は持ってもらえなかった。

 

 ……というかよくよく考えたら、自分が最初に囮として行って、素直に事情を説明すればよかったんじゃ……?

 今更ながらそんなことを思いついたヒフミだったが……本当に今更である。ハナコが捕まってしまった今、時既に遅しであった。

 

「教室の中には副委員長が一人……こちらは二人……人数的にはこちらが有利。でも、副委員長の近くに子猫がいるから、下手に銃は使えない……」

 

 情報を整理するようにブツブツと呟く最中、アズサはヒフミの背中に視線を向ける。

 アズサの視線の先には、なにも考えていなさそうな鶏のキャラクターことペロロを象った、ヒフミのお気に入りのバック、ペロロ様バッグがあった。

 

「ヒフミ。ちょっと武装の確認をしたい。その鞄の中、見せてもらってもいい?」

「あ、は、はい。どうぞ」

 

 鞄を床に下ろすと、アズサはその中から一つ一つを取り出して確認していく。

 絆創膏、クッション、折りたたみ傘など。実に多彩なものでギュウギュウに埋め尽くされたバックの中には、アズサが期待する武装の類も含まれていた。

 

「これは……発煙弾? ずいぶん変わった形だけど……」

「あ、それはペロロ様型発煙手榴弾ですね。このペロロ様の口の部分から煙を出すんですよ!」

「……なんだか吐いてるみたいだね」

「あ、あはは……」

 

 キヴォトスでは銃撃戦なんて日常茶飯事だ。これは、ヒフミがそういった厄介事から逃れるために備えていた武装の一つだった。

 煙幕で相手の視界を遮ることができれば、逃げるのも容易になる。

 あとは単純に最近発売された大好きなペロロ様関連のグッズだから持っていただけである。

 

「……? これは……」

「あ、そ、それは……」

 

 アズサが手に取ったのは、5、という数字がマジックでデカデカと書かれた、二つの穴が空いている紙袋だ。

 これは以前、なぜか流れで銀行強盗することになった(!?)時に顔を隠すためにヒフミが使ったものだった。

 数字は、頭にかぶった時にちょうど額になる部分に書かれている。

 

「……よし。良い作戦を思いついたよ、ヒフミ」

「い、良い作戦ですか?」

 

 アズサが自分からこうしてなにかを自信満々に提案する時は大抵問題を起こす時である……。

 なにか既視感を覚えながら、ヒフミはアズサと一緒に鞄の中にいらないものを戻して片付ける。

 

 残ったのは、ペロロ様型発煙手榴弾と、数字が書かれた紙袋だ。

 

「それで、良い作戦というのは……」

「囮作戦。その趣旨は変えない。これが一番救出対象の安全を確保できるから。だけど、今度はもっと攻撃的に注意を惹きつける」

「こ、攻撃的に……?」

 

 さきほどハナコが失敗したのは、言葉巧みに誘導しようとしたせいだとアズサは推測していた。

 そのハナコの意図を察せられたことで、ろくに抵抗もできず捕まってしまったのだと。

 

 実際は全然巧みでもなんでもなく捕まって当然も当然だったのだが、とにかく、初めから応戦する気概を見せなかったのがダメだったのだ。

 戦う、襲う、攻撃する。そう言った意識を先に見せることで、相手の注意を惹きつける。

 

「作戦はこう。まず扉の前まで移動して、顔を隠す。扉を開けたらすぐに発煙弾を投げ込んで、煙が広まったら発砲する」

「は、発砲するんですか……? ね、猫さんは……」

「わかってる。銃は子猫に当たらないよう、天井に向かって撃つ。だから、私たちは誰にも当たらないことは知ってる。けど、煙で見えなくなるあちらはそうじゃない」

 

 そうなるとおそらくハスミは室内での銃撃戦を避けるため、猫の安全を確保した後、白兵戦を仕掛けるか、無理にでも戦う場所を移動させようとしてくるだろう。

 そのために、まずは敵の位置を捉えるために煙の中に突っ込んでくるはずだ。

 

「そこで私は敢えて見つかる。ヒフミはその逆に煙の中に潜んで、気づかれないように教室の中に侵入してほしい」

「わ、私がですかっ?」

「あちらが私に気づいたら、私は弾幕で牽制しながら後退してその場を離れる。副委員長も追ってくるはずだから、ヒフミはその間に子猫とハナコを救出して」

 

 アズサのその作戦は確かに合理的で、確実だった。

 こちらは二人で、敵は一人だけなのだから、一人が惹きつけて、もう一人が侵入すればいい。

 

 だが、こちらから攻撃的なアクションを起こしてしまえば、処罰はきっと相当なものになる……。

 特に、実際に発砲したアズサはそれを免れることはないだろう。

 

 けれど……二人とも顔を隠したまま逃げ切ることができれば、処罰から逃れることもできるかもしれない。

 

「で、でもその、私たちは二人で、紙袋は一つしかありませんが……だ、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫。私にはこれがある」

 

 と言って、アズサがどこからともなく取り出したのは、なんとガスマスクだ。

 そういえばヒフミが初めてアズサと会った時にも、アズサはこれをつけていた。

 

「これがあれば煙の中でも自由に動ける。あ、ヒフミは煙を吸い込んじゃうとまずいから、潜んでる間は息を止めててほしい」

「う、うぅ……わかりたくありませんが……わかりました……」

 

 襲撃は止められない。いくら説得してもダメだった。

 大した問題を起こさず、事態を終わらせることもできない。ハナコが失敗した時点で道は潰えた。

 

 であれば、もう……問題を起こした上で、それが自分たちの仕業ではないということにするしかない……!

 

 そんなヤケクソ的な思考で、ヒフミはついに自ら襲撃を仕掛けることに賛同した。

 

「……よし。行こう、ヒフミ」

 

 できるだけ足音を立てず、二人で慎重に教室の前に移動する。

 教室の周りや、扉の近くから見える場所には、他の生徒は誰もいない。

 それを確認した二人は互いにアイコンタクトを取り、ヒフミは紙袋を、アズサはガスマスクをかぶった。

 

 音を立てず、ヒフミは扉の取っ手に手をかける。

 するとアズサが指で、カウントダウンを始めた。

 指が三本のところから、二本、一本……〇本。

 

 ――ガチャッ、カンッ、シュウゥウウゥウウウウッ……!

 

「な、何事ですか!?」

 

 歯でピンを外し、発煙手榴弾を教室の中に投げ込んだアズサは、ある程度煙が充満したタイミングを見計らって天井に向かって発砲する。

 

 ――ダダダダダダダッ!

 

「っ!? 襲撃!? こんな時に、いったい誰が……いえ! とにかく、この子だけは守らなければ……!」

 

 アズサの『Go』というハンドサインに従い、ヒフミは大きく息を吸い込んで、煙の中に身を投げた。

 扉を越えてすぐに教室の隅の方に移動し、存在がバレないように気配を消す。

 

 煙の向こう側ではしばらくバタバタと、ハスミの慌てたような足音が聞こえていた。

 その間、たびたびアズサは何度か銃を空撃ちして、こっちに来いとでも言うように敢えて位置を知らせることで、ハスミの危機感を煽るとともにヒフミへの注意をそらしていた。

 

 やがて子猫の避難が完了したのか、ハスミの足は教室の外へ、つまりはアズサの方へ向かうのがわかった。

 

「何者ですか! ここまで堂々と教室に襲撃をしてくるからには、覚悟はできているのでしょうね……!」

 

 猫に当たっていたかもしれなかったこともあってか、怒り心頭と言った様子だ。

 実際は猫には絶対に当たらないよう配慮していたのだが、そんなことはハスミが知る由もない。

 

 ヒフミはそろそろ息が辛くなってきていたが、まだハスミは近くにいるし、あいかわらず煙も充満している。

 今呼吸をしたら十中八九咳をしてしまってバレてしまうので、とにかく息を殺し続けた。

 

「私の名はペンギン。正義実現委員会……今日がお前たちの命日だ」

「は……? ペンギン? ……え、なにをやっているのですか? アズサさん」

「アズサじゃない。ペンギンだ」

 

 あれ!? 思いっ切りバレてませんか!?

 そう思ったヒフミだったが、声を出すことだけはなんとか我慢した。ここで声を上げたら、本当に全部台無しになってしまう。

 

 あくまで白を切るアズサに業を煮やしたのか、ハスミが銃を構える気配がした。

 

「どんな事情であれ、ここまでのことをしでかしたからには見過ごすわけにはいきません。アズサさん、あなたを拘束させていただきます」

「ペンギンだ。それに、拘束だって? ふんっ。捕まえられるなら捕まえてみるといい」

「っ、逃げるのですか!? 待ちなさい!」

 

 作戦通り、アズサが弾幕をばら撒きながら廊下を走り去っていく。

 ハスミもそれに応戦しながら、アズサを追って教室を去っていった。

 

「…………っ! けほっ、けほけほっ!」

 

 そろそろ息が限界だったので、煙の外に出ようと教室の奥の方へと走ったのだが、煙から出るより先に息を吸ってしまった。

 煙で咳き込みながらなんとか煙の中を脱出し、すぐに窓を開ける。

 

「はぁ、はぁ……こ、これで、猫さんを連れ出すことができます……」

 

 キョロキョロと辺りを見渡しながら教室を歩いてみると、ソファーの後ろに隠れている子猫を発見した。

 銃声が怖かったのか、角で縮こまりながらプルプルと震えている。

 

「だ、大丈夫ですよ……もう怖いことはありませんから。安心してください……」

 

 これ以上怯えさせないようにゆっくりと近づいて、優しく抱きかかえる。

 子猫は不安そうにヒフミを見上げていたが、ヒフミがよしよしと頭を撫でてあげると、身を預けるようにくっついてきた。

 

「……えへへ、人懐っこい良い子ですね。あとは、ハナコちゃんを解放すれば……」

 

 見たところハナコは、正義実現委員会の教室に備えつけられた牢屋に囚われているようだ。

 机の上に運良く牢屋の鍵が置いてあるのを見つけると、ヒフミはそれを取って、牢屋の方に向かった。

 

「ハナコちゃん! 無事ですか?」

「はい、無事ですよ。助けに来ていただいてありがとうございます。それにしても……ふふっ。本当に正義実現委員会を襲撃しちゃいましたね~」

「あ、あぅ……はい……でも、やっちゃったものはもう仕方ありません……」

 

 牢屋の鍵を解錠し、ガチャンと扉を開く。

 

「そうですね。ヤッちゃいましたからね……ヤッてしまったものは仕方ありませんよね。ふふふっ」

「あはは……」

 

 こんな時でも平常運転なハナコに若干苦笑しつつ、ヒフミはハナコを牢屋の中から連れ出した。

 それから、早くこの場を立ち去るためにも教室の出入り口に戻ろうとしたのだが……。

 

「ところでヒフミちゃん、その紙袋は確か覆面水着団の……あら?」

「あ、足音……? だ、誰かこちらに来ます! ハナコちゃん、牢屋に戻ってください!」

 

 煙の向こう側から誰かが走ってくるような音が聞こえてきて、ヒフミはハナコの背中を押してダッシュで牢屋の方に戻った。

 

「……っ!」

 

 ハナコを牢屋に入れて、ヒフミは少し迷ってから、自分も牢屋の中に入る。

 こんな騒ぎがあった教室の中、一人だけ牢屋の外にいるのは怪しすぎると判断したためだ。

 

 しかしその後、ヒフミはすぐに自分の失策に気がつく。

 

「あっ。ね、猫さんまで連れてきてしまいました……ど、どうすれば……」

 

 牢屋の中に猫がいるのは明らかに不自然だった。

 いくらなんでも、牢屋の中に小動物を閉じ込めるなんて虐待もいいところだ。そんなことを正義の名を冠する委員会がするはずがない。

 

 もしも牢屋の中に猫がいることがバレてしまえば、ヒフミたちが意図的に牢屋の中に入っていることまで連鎖的にバレてしまうだろう。

 だが、今更牢屋の外に出て猫を解放しているような時間はなかった。

 足音はすでに、すぐそこにまで迫っていた。

 

 キョロキョロと辺りを見回してみたが、牢屋の中に猫を隠せそうな場所など存在しない。

 ヒフミは一瞬の逡巡の後、ハナコに密着すると一緒に床に座り込んで、その背後に子猫を隠すことにした。

 

「ハスミ先輩!? けほっ、け、煙が……な、なにがあったんですか!?」

 

 正義実現委員会の教室から煙が出ているのが見えて、急いで来ただろう女子生徒の声が聞こえた。

 ハスミに呼びかけているようだったが、ハスミは目下アズサを追跡中のため、残念ながらここにはいない。

 

 誰かいないのかと、未だ煙が舞う教室の中を彷徨っていた女子生徒は、ヒフミとハナコの存在に気がついたようだ。

 その足が牢屋の方に向かってくるのを見て、ヒフミはゴクリと生唾を飲み込んでいた。

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