ヒフミちゃんアーカイブ   作:煮豆

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子猫救出大作戦(7/7)

「ありがとうございます、ヒフミさん」

 

 あれからなんとかコハルの誤解を解いて、ヒフミは子猫をクラスメイトの子に届けた。

 心の底からの微笑みとともにお礼を述べ、お辞儀をし、去っていく後ろ姿を見送る。

 子猫もようやく飼い主の元に戻ることができたことに喜ぶように、スリスリと飼い主に頬を寄せていた。

 

 いろいろと大変だったけれど、クラスメイトの子や子猫のそんな姿を見られただけでも、苦労した甲斐があったとヒフミは思えた。

 

「それでは、あとはアズサちゃんを回収するだけですね」

「……そう、ですね」

 

 いろいろと大変だった……と称したが、そうだ。

 確かに子猫を飼い主に渡すことはできたが、まだ事態は終わっていない。

 それも特大の問題が残っている。

 

 ハナコの確認にヒフミは疲れ切った沈痛な面持ちで頷きながら、自分の端末を取り出した。

 モモトークを開き、アズサとのトーク画面を開く。

 

「……ど、どうしましょうか」

「素直に投降しろって送りなさいよ」

「そんな内容を送っても、アズサちゃんは絶対に了承しません……」

 

 コハルの意見は正論ではあったが、人は感情で動く生き物だ。ただの正論では動かない。

 特に正義実現委員会に降伏するような内容であれば、アズサは絶対に受け入れないだろうことをヒフミは身をもって知っていた。

 

「うぅ……そ、そうです。どうにかアズサちゃんを助けて、一度姿をくらますのはどうしょうか……一日経てばアズサちゃんも正義実現委員の方々も落ちつくでしょうし、それから正直に事情を説明するのが良いと思うのですが……」

「日を空けてしまった方が、騒ぎを長引かせたということで罰則が重くなりませんか?」

「あ、あうぅ……そ、それもそうかもしれません……」

 

 処罰をなくすということは、もはや不可能だ。

 とにかく処罰を軽くするための方法を、ヒフミはハナコやコハルと模索する。

 

「あ、私たちが正義実現委員の皆に加勢するのはどう? そうすればアズサを捕まえるのに協力したからって、あんたたちは罰則が軽くなるし、騒ぎも早く収まるわよ」

「そ、それはダメです! そんなアズサちゃんを裏切るような真似なんてできません!」

「う、裏切るって……そ、そんな大したことじゃないでしょ……で、でも、そうね。い、一応は同じ補習授業部の、その……な、仲間だし……う、裏切るのはダメよね……」

 

 名案! とばかりに発案したコハルだったが、ヒフミの返しに少々動揺しながら気まずそうに自分でも却下する。

 すると今度はハナコが声を上げた。

 

「では、その逆にアズサちゃんに加勢するのはどうでしょう? もうこの際、正義実現委員会の人たちを丸ごと全員倒しちゃえば、丸く収まるんじゃないでしょうか?」

「そ、それこそ最悪な結果になるでしょ! 処罰だって軽くなるどころかもっとずっと重くなるわよ!」

「うーん……そうですか。ままならないものですね……」

 

 罰則をもっとも軽くする方法は、やはりコハルの提案である正義実現委員会に加勢することだろう。

 加勢してアズサの捕縛に協力した上でアズサの罰則を軽くすることを申し出れば、きっともっとも被害は小さくなる。

 だけどヒフミ的に、それだけは絶対にやりたくなかった。

 アズサは大切な友達だ。たとえ一時と言えど、信じてくれている彼女を裏切りたくない。

 

 しかしだからと言って、ハナコが提案するアズサに加勢して正義実現委員会と戦うという選択は悪手中の悪手だ。

 そんなものよく考えなくても最悪の結果しか生まない。被害も最大限に広がるだろう。

 

「……やっぱり、ハスミさんに素直に事情を説明しましょう。どうにかアズサちゃんへの攻撃も中止してもらうように懇願して、そうしたらアズサちゃんを説得して一緒に投降を……」

 

 そうして考えに考えて出した結論は、ヒフミが最初からずっと主張していた、素直に全部話すというものだった。

 

「アズサちゃんだって、真剣にお願いすれば言う通りにしてくれるはずです。正義実現委員会の方には、い、いっぱい怒られるでしょうけど……こうなった以上、もう仕方ありません。これ以上被害が広がる前に、双方を落ちつかせるべきです……」

「ヒフミちゃんらしい結論ですね。今日はじゅうぶん楽しませてもらいましたし、私はそれで構いませんよ」

「ふーん。まあまともな結論だし、いいんじゃない? ま、一応応援しといてあげるわ。頑張ってね」

 

 完全に他人事なコハルの発言を聞いて、ハナコは首を傾げた。

 

「あら? コハルちゃんも一緒に来るんですよ?」

「え。な、なんでよ。子猫のことはその、し、心配……い、いや、ちょっと気になったから見送りにきたけど、そもそも私、今回の騒ぎにはなにも関係ないでしょ」

「ふふっ……水臭いことを言わないでください。私たちは、同じ補習授業部の仲間……でしょう? コハルちゃんも、さっきそう言ってたじゃないですか」

「は、はぁっ? そ、それはその……い、言ったかもしれないけど……そ、それとこれとは話が別でしょ! さっきも言ったけど私、あんたたちが起こした騒ぎになにも関わってないし!」

「でもコハルちゃん、補習授業部は皆同罪だって言ってたじゃないですか」

「あ、あんたたち三人が同罪だって言ったの! わ、私は別よ、別!」

 

 これ以上厄介事に巻き込まる前にコハルが逃げ出そうとしていたが、そうはさせまいとハナコが背後から羽交い締めにして拘束する。

 コハルの方が体が小さく、二年生であるハナコと違って一年生なので、経験も差もあっていとも容易く捕まってしまっていた。

 

「え、あっ、ひゃっ……!? ちょ、どっ、どこ触ってるのよ!?」

「ふふふっ……私はコハルちゃんをおとなしくさせるのに手一杯なので、どこを触っているのかまではわかりませんね。どうぞコハルちゃんの口から直接、教えていただけませんか?」

「わ、私の口からっ……!? う、うぁぁぁぁああっ! きゅ、急になに言い出すのよ! へ、変態! 淫乱ピンク!」

 

 コハルはジタバタ必死に暴れているが、ハナコは全然余裕そうだ。手一杯とか絶対嘘だった。

 あと確かにハナコの髪はピンクだが、微妙に色合いも違うがそれはコハルもである。これもまた特大のブーメランだ。

 

 そんな二人のいつも通りのやり取りに苦笑しつつ、ヒフミは銃声がかすかに聞こえてくる方向を見やった。

 

「あ、あはは……と、とにかく行きましょう! 急がないと、そろそろ暗くなっちゃいます!」

「そうですね。アズサちゃんを追っている正義実現委員の数も、もう相当なものになっているでしょうし……」

「うぅぅ……な、なんで私まで……」

 

 すでに夕暮れと呼ぶべき時間に差し掛かっている。

 普段より赤みが差した校庭や校舎を横切って、三人は銃声が聞こえる方向へと走った。

 

「……あ、あれ? なんでこんな場所に、人がたくさん倒れて……」

 

 そろそろ銃声がする場所へたどりつくというところで、ヒフミたちは、黒い制服を着た生徒たちが道に横たわっている光景に遭遇する。

 その様はまさしく惨状だった。身体も制服もボロボロで、全員立ち上がれそうにない重傷である。

 

 このような傷つけ方は、銃弾では不可能だ。

 手榴弾などの爆発物を使ったにしても、数が多すぎる。それに、爆発の跡も残っていない。

 

 これではまるで、装甲車か戦車にでも思いっ切り轢かれたかのようで……。

 

「……ま、まさか……」

 

 とてつもなく嫌な予感がする……。

 

 ……すぐ隣の校舎の中から、なにか音が近づいてくる。

 不穏な、校内をなにかが疾駆しているような聞き覚えのある騒音が……。

 

「こ、これはやっぱり……! ハ、ハナコちゃん! コハルちゃん! ふ、伏せてください!」

「はい? えっと……?」

「はぁ? ヒフミ。あんた急になに言って――ひゃぁああっ!?」

 

 ドカアアアアアァンッ!!!!!

 

 突如、壁の奥からとてつもなく重量があるなにかが相当なスピードで衝突してきたように、近くの校舎の壁が爆発する。

 その場に走った衝撃と、校舎の壁の瓦礫から逃れるように地面に伏せて、三人はなんとかその爆発をやり過ごした。

 

「な、なにっ!? い、今のなに!? なにが起こったの!?」

「せ、戦車です……!」

「はぁ? せ、戦車……?」

 

 校舎の壁が爆発した影響で土埃が舞っていたが、次第に晴れてくると、爆発を起こしたものの正体が見えてくる。

 

 それはヒフミの言った通り、まさに戦車だった。

 トリニティ仕様に若干改造が施された、クルセーダー巡航戦車。通称、クルセイダーちゃんである。

 

 校舎の中から校舎の壁を破壊して飛び出してきたそれは、その勢いのまま地面に転がっていた生徒たちをさらに無惨に轢き飛ばして道を爆走していた。

 しかし不意に停止したかと思うと、こちらに後退してくる。

 ハナコやコハルは自分たちも轢かれるのではないかと少し身構えたが、ヒフミたちから少し離れたところで戦車は動きを止めた。

 

「ヒフミ!」

 

 バンッ! と戦車のハッチを勢いよく開けて現れたのはヒフミの予想通り、やはりアズサだった。

 

 ヒフミにとって、それは戦車を見た瞬間からほぼ確信に近いレベルで予想できていたことだったが……できれば外れてほしい予想だった……。

 ヒフミは本日三度目の目眩に悩まされて、フラフラと膝をつく。

 

「……そういえばアズサちゃん、言っていましたね。子猫を救出したら、戦車を奪うのもいいかもしれないと……」

 

 いつも落ちついているハナコでも、さすがに本当にしでかすとは思っていなかったようで目を点にしている。

 

 地面に膝と手をついたヒフミ、瞠目するハナコ、まるで状況についていけてないコハル。

 三人の様子を素早く確認すると、アズサは大きく頷いた。

 

「ハナコがいて子猫がいないってことは、作戦は成功したんだね。コハルもいるし……これで戦力はじゅうぶん。これなら、正義実現委員会の連中とも十二分に戦える」

「た、戦っ……あ、あのっ、アズサちゃん! ち、違うんです! 私たちは、アズサちゃんと正義実現委員会の戦いを止めるために――」

 

 ドカアアアアァンッ!!!

 

 アズサに今からしようとしていることを伝えようとすると、またしても校舎の壁が爆発した。

 さきほどはすぐ近くの壁が爆発したが、今度は少し遠方だ。爆発もさきほどよりは一回りも二周りも小さい。

 だが壁を突き破って現れたものの正体は、ヒフミにとって戦車よりも衝撃的なものだった。

 

「あ、あれは……ツ、ツルギさんっ!?」

「ちっ。もう追いついてきたか」

 

 正義実現委員会の委員長。トリニティの戦略兵器こと剣先ツルギ、その人。

 彼女と戦った者は皆、潰れたトマトのような見るも無惨な姿に変わり、ただ戦いを見ていただけの者もPTSDに陥ってしまうという……。

 

 土埃が漂う中、その暴威の化身たる黒い影が揺らめき、血走った目がこちらを捉えた。

 

「くっ、くくくっ、くひっ……」

「ひっ……!?」

「敵ィ……敵イィ……! 敵イイイイィィィッ! きへああぁぁぁっ! きえええええええええええっっっ!!!」

「ひぃいぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 なんでこの人疾走する戦車を生身で追ってるの? とか。どう見ても体当たりで壁壊してたけどその身体能力なに? だとか。いろいろと言いたいことはあった。

 だがそれ以上に、その異常な存在感と威圧感と圧迫感に当てられて、ヒフミは恥も外聞もなく悲鳴を上げた。

 

 ツルギが足を踏み出し、こちらに駆け出してくる

 尋常でない速度だった。それなりに遠くにいたはずなのに、見る見るうちに距離が縮まっていく。

 

「ヒフミ! 早く乗って! 私は応戦するから、ヒフミは運転を!」

 

 手を伸ばしてくるアズサを見て、ヒフミは一瞬だけ逡巡したものの、すぐに意を決してその手を取った。

 

「わ、わかりましたっ! こ、ここにいたのでは問答無用で処されてしまいます……! そ、それだけは絶対にっ……!」

「ハナコとコハルも!」

「ふふふっ。まだまだ面白いことは続いてくれそうですね? それじゃあ行きましょう、コハルちゃん」

「はぁっ? ちょ、私は別にあんたたちとは関係な」

「敵ィ! 敵は四人、四人だァッ! 全員まとめて木っ端みじんだアァァ!」

「え、ええぇっ!? わ、私も敵認定なのっ!? えっ、いや、あのっ、ツ、ツルギ先輩っ! わ、私は別にこの件とはなんの関係も――」

「きひ、きひひっ、きへあああああああああぁぁっ!!!」

「ひぃっ!? ちょっ、お、お願いですから話を聞いてぇぇええええ!?」

 

 …………。

 

 トリニティ総合学園の校庭を、問題児たちを積んだ戦車が爆走する。

 その後ろには戦車と同じくらいの速度で疾駆する、二丁のショットガンを携えた生身の生徒がおり、戦車やその中にいる生徒と応戦していた。

 校舎の屋上や校庭近くの木陰では、それぞれ自前のスナイパーライフルを構えた狙撃手たちが、狙撃の機を窺っている。

 

 弾丸が飛び交い、爆発が木霊して、阿鼻叫喚な光景が広がる中、それでも和気あいあいと騒ぎ合う――。

 それはキヴォトスでは日常とも呼べる、平和ないつもの光景であった。

 

 なお、件の問題児四人衆は戦車の燃料が切れるまで暴れ続けて相当な被害を出した後、生身でも激しい抵抗(主に一人が凄まじく抵抗した)の末に正義実現委員の面々に拘束され、鎮圧。

 事情聴取の後、猫を救出しようとしていたという善性からの行為であったことが一応は認められ……情状酌量の余地がかろうじて(本当にかろうじて)あったとして、一ヶ月間に渡る放課後での校舎のトイレ掃除という処罰で手を打たれたのだった。

 

 ちなみに四人のうち一人は捕縛され連行される際や、処罰が下される際、「なんで私まで……」と死んだ目で虚空を見つめていたという……。




これにて子猫救出大作戦は終了です。

ベッドの上でペロロ様のぬいぐるみを抱きしめて、ちょっと眠そうだけどすごく幸せそうな笑みを浮かべてて、パジャマを着てるんですが片方の肩だけ捲れてて無防備な白い肩にブラの紐が見えちゃってる、無邪気だけどちょっとエッチなヒフミちゃんのメモロビが欲しいだけの人生でした…。

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