ポケモンレンジャーは人とポケモンを守る職業だ。
その活動の幅は多岐にわたる。自然の保護や災害救助、そして、ポケモンの保護。
「今回のミッション、かなりの無茶振りだと思うんだけど。ねえ、キュウコン」
「こぉん」
隣を歩くキュウコンが『うるさい』と責めるように鳴く。
いや、まあ確かに、朝からずっと愚痴を聞かせているのは申し訳ないし、その内容もちょくちょく機密混じってるからマイパートナーは正しい。
でもやっぱり言いたい。
「ラティアスの保護、なんてさぁ。平々凡々な一レンジャーには無理だって」
むげんポケモンラティアス。少し前までは幻のポケモンに、最新の区分では準伝説ポケモンに分類されている。
この世界全体で見ても非常に数が少なく、ホウエン地方ではキナギタウン近海でしか目撃されないはずのポケモン。
けれどもここ数日でコトキタウン周辺でラティアスの目撃情報が相次いでいる。
おそらくは飛んでいるうちに住処へ帰れなくなってしまったのだろう。
普通のポケモンならよくある話、一匹二匹ならレンジャーも関与しないレベルの出来事。
されど準伝説種なら話は別。保護して生息域へ帰還させなければならない。なぜならば———
「ちょっとでも刺激したら攻撃してくるくらい気が立ってるらしいから、急がないと周辺の街が滅びかねないってのは分かるけどさぁ」
そう、準伝説種は単独で街を滅ぼせるほどの強大な力を持つのだ。
直近であれば、準伝説種カプ・ブルルがアローラ地方のカプの村を破壊した例がある。
人間の営みを破壊するだけの力を持った存在を放置することはできない。
しかもその力は人間にだけでなく、ポケモンたち自身にも災禍をもたらしてしまう。
強いポケモン、珍しいポケモンがいれば、捕まえようと沸いてくるクソ野郎どものせいで。
ポケモンレンジャーが厳重に警戒をしている本来の生息域ですらポケモンハンターが後を絶たないのに、群れから孤立していてレンジャーの保護もない準伝説がいればハンターが大挙して押し寄せてくる。
どちらにせよ、放置していてはポケモン側も人間側も不幸にしかならないことが多い。
だから最優先で保護しなくてはならないし、まずは近くにいるレンジャーが先行調査を行うっていうのも正しいことだ。
「でももうちょっと人数揃える方法あったと思うんだよな〜」
「こん!」
キュウコンから2回目の『うるさい』が入った。3回目になると尻を焼かれるので愚痴はやめにしよう。
それに、もう無駄口で時間を潰す必要もない。
「とうちゃーく。多分この近くにラティアスはいると思うんだよね」
目的地点に到着したからだ。
ここは103番道路。コトキタウンに最も近い水辺がある道路。
オブリビア地方のレンジャーの報告やアルトマーレにおける保全活動の記録を確認する限り、ラティアスの生息地は島。
それらの記録からは、長時間水中に潜ることもあるほどの水に親しみのあるポケモンであることも分かった。
ならば水辺に潜んでいるのではないか、と推論を立てた。
「キュウコン、かるく"あなをほる"をお願い」
『しょうがないわね』とでも言いそうな仕草をして、キュウコンは地面の表層だけを掘ってくれた。
さすがパートナーポケモン、やりたいことをよくわかってる。
「そーれ」
水辺の中央に向かって、キュウコンの掘ってくれた土を掴んで投げ、岸辺に座って土の動きをよーく観察する。
ゆっくりと沈んでいって、底に行き着く。特におかしい挙動はない。
「異常無し。ダメかぁ、別の場所で何回か試してみよう」
「こぉん」
野生ポケモンの追跡は地道な作業の積み重ね。今回も長丁場になりそうだった。
◇
何回か同じことを繰り返して、もうそろそろ別の可能性の検証に移行しようかと思ったときに、変化が現れた。
水中の土が沈んでいく途中で、ピタッと止まったのだ。
上昇水流と重力が拮抗しているような不安定さは無く、完全なる静止。
だったら可能性は一つ。
例えば”光を屈折させる羽毛で全身を包み込み姿を見えなくする能力を持つ"ような誰かが。
岸辺をウロウロしている怪しげな存在を警戒してなのか、物見遊山なのか。
どちらにせよ、静止しているならこちらに意識を向けているはず。
「キュウコン、『ラティアスさん、元の住処に連れ帰るので姿を見せてください』って呼びかけてみて?」
「コンココ、きゅうぅきゅうぅう?」
人語を解するキュウコンという種の中でもこの子は特に賢く、こっくりさん方式で会話することができる。
当然翻訳も可能。誤解の余地なく野生ポケモンと意思疎通が出来るため、こういう保護任務では何度もお願いしている。
キュウコンが声を発すると、先ほど投げ込んだ土が動き始めた。
水中で止まっていたのが一瞬のうちに水面側へと登ってきて———
「来たね」
目の前に強い勢いで水柱が立った。
紅白のボディは視認できないことから、キュウコンの呼びかけは聞き入れてもらえなかったらしい。
警戒されている。気が立っているとの事前情報が正しければ、攻撃してくる可能性もあり。
とりあえず友好的に自己紹介しておくか。それで警戒が解ければ万々歳。
「ポケモンレn……おっと」
職業すら言い終わらないうちに放たれたラティアスの突貫攻撃を、水面の動きと風圧を頼りに避ける。
多分今のは"しねんのずつき"。本当に気が立っているらしい。
となればこの先に待つのは、準伝説級の能力を持った見えない相手との戦闘。
「戦うしかないかぁ。こっちは穏便に行きたいんだけどね」
おまけに、相手の攻撃もおそらく透明だ。
資料にあった"ミストボール"は羽毛を用いた攻撃。
ラティアスが姿を消すために使っている特殊な羽毛で放ったならば、それもまた不可視の攻撃と化す。
ならどうするか。見えるようにしてしまえば良い。
「”ほのおのうず”でラティアスと"ミストボール"を炙り出して!」
「コォォォォォオオ!」
キュウコンの口から揺らめく炎が放たれ、渦の形をとって水辺の上空を覆い尽くす。
これはセンサー。渦を構成する炎は全て連なっている。途切れたならそこに、見えないものがあるということ。
「"スピードスター"!」
炎が途切れた位置と速度、角度から位置を算出、そこに攻撃を放つように指示する。
"スピードスター"は撃った後でも制御が容易い技。訓練さえすればミリ単位で着弾点の調整が可能なほど。
だからこそ、この技は必中なのだ。
「ひゅあぁぁん!?」
「ようやく姿を見せてくれたね」
スピードスターのダメージで屈折率の操作が途切れたのか、ラティアスの姿があらわになった。
紅と白の羽毛が生えたボディは流線型の美しいラインを描いていて、トパーズのような輝きを宿す瞳は外敵への敵意と恐怖で彩られている。
姿を見られたからか逃げようとするが、"ほのおのうず"の効果で逃げられない。
覚悟を決めたのかこちらへ向き直り、開いた口の中に紫色の光が集まって———
「っ! "あなをほる"で避けて!」
「コン!」
"りゅうのはどう"が、右から左へと地面を薙ぐような形で放たれた。野戦特有の、トレーナー側まで含んだ攻撃範囲。
キュウコンは地下に潜った。けれども穴は入れる程には大きくないし、そんな暇もない。
左はすぐ川。走って逃げることは出来ない。だったら……
「上に逃げろ、ってね」
腰に着けていたロープを近くの木の枝に投擲、端の鉤爪で固定されたことを確認して樹上へと昇る。
直後、さっきまでいた位置を、"りゅうのはどう"が薙ぎ払った。
「うわぁ、さすが準伝説の攻撃。えげつない火力」
地面が軽く抉れるほどの衝撃波。けれども、キュウコンの居る位置には届いていない。
次は何をしてくるか。こっちを攻撃してくるようなら引きつけて、キュウコンの炎を急所に当てにいく。
けれども、ラティアスは追撃をしなかった。彼女は冷静かつ慎重な選択肢を取ったのだ。
「ひゅあん」
「"じこさいせい"かぁ。こりゃ困った、ね」
先程の"りゅうのはどう"は牽制でもあったのだろう。牽制にしては威力が馬鹿げていたが。
"じこさいせい"によって、今もなお場に残る"ほのおのうず"でのダメージと先程の"スピードスター"のダメージを回復されてしまった。
地面から出てきたキュウコンの"ほのおのうず"もなんのその。
急所に当てれば、ダメージを蓄積させれば倒せるかも、という考えが見事なまでに打ち砕かれてしまった。
「ひゅああん!」
「"ミストボール"が来る、"スピードスター"で相殺して!」
「こぉん!」
透明な羽毛での攻撃。だけれどその位置は、場に残っている"ほのおのうず"で筒抜けだ。
キュウコンの尻尾から放たれた"スピードスター"が"ミストボール"にぶつかり、爆発する。
けれども、これでは攻めることが出来ない。相殺するだけではジリ貧になってしまう。
長期戦になればなるほど有利なのは、地力で勝り回復できるラティアス側。
「ひゅああああ……」
それを理解しているのか、さらに追撃をかける姿勢を見せるラティアス。
キュウコンは相手の動きをよく見ている。
相手の出す技を見極めて、それに応じた対処をする。
この状況での方針を理解しているからこその構えだ。
「ああ、ぁ……ぁ…………」
けれども、ラティアスから技が繰り出されることはなかった。
瞼が下がっていき、金色の目を閉じたからだ。
"さいみんじゅつ"
ラティアスはぐうぐうねむっている!
「今だっ、モンスターボール!」
保護用のモンスターボールを投げて、眠っているラティアスがそれに収まった。
一回、二回、三回と揺れて、
カチン
ミッションコンプリートの音がした。
◇
「ラティアスの保護、完了しました」
『ごくろう。カイナシティ経由でキナギタウンに向かってくれ』
「了解。にしても、今回みたいな無茶なミッションはもうやめてくださいよ? ほんっとにギリッギリの戦いだったんですから」
『君が優秀だと思っているからこのようなミッションを任ずることができるのだよ。現にラティアスを保護して見せたろう?』
「キュウコンの
少しの機敏も見せずに"さいみんじゅつ"が成功したのは、ひとえにキュウコンの出す炎の特殊性のおかげだ。
キュウコンは"口から吹いた揺らめく炎で催眠状態にして獲物を襲う非常に賢いポケモン"である。
この特徴を使って、戦いの間ずっと展開されていた"ほのおのうず"の揺めきでラティアスに少しずつ"さいみんじゅつ"をかけていたのだ。
少しでも察知されてしまえばサイコパワーでガードされてしまったり、避けられてしまう可能性があったため、このような方法を取らざるを得なかった。
"さいみんじゅつ"での保護のパターンはラティアスをあまり傷つけずに保護できるベターな方策だったが、結果は成功。
こちらの作戦勝ちだ。
「あ、備品のねばりのかぎづめ、キナギタウンから帰ったら戻しますね」
『承知した』
"ほのおのうず"の効果が途切れないようにねばりのかぎづめを持たせていたのも勝因の一つ。
普段であれば"ほのおのうず"を含めて4、5回の技の応酬で消えてしまう炎だが、ねばりのかぎづめの効果で制限時間が長くなっていた。
ねばりのかぎづめがなければ"ほのおのうず"の効果が切れて逃げられてしまい、より保護が困難になってしまっていただろう。
"さいみんじゅつ"が決まったのは、伸びた分の時間を考えてもギリギリのタイミングだったが。
『では、キナギタウンまで頼んだぞ』
「はい。では失礼します」
通話を切って、ライブキャスターを鞄の中にしまう。
これで上長への報告は終わり。あとはパートナーとの時間だ。
キュウコンと視線を合わせて、ハグをする。
「こんこん」
「お疲れ様、キュウコン」
今回のミッションではキュウコンへの負荷が大きくなってしまったのが大きな反省点だ。
察知されない程度の強さで"さいみんじゅつ"をかけながら、相手の攻撃を相殺する。
とても繊細で複雑な技の操作だっただろうに、キチンとやりきってくれたうちのキュウコンは本当にすごい。
次からはもうちょっと負荷の少ない方法を実行したいところ。
「大変な仕事をよくやりきってくれたね。ありがとう」
「こおん♪」
キュウコンへのねぎらいを終えて、立ち上がる。
そうして思い出すのは、眠る直前のラティアスのこと。
(ラティアスの最後の目、すっごい睨んでたな)
当然の話、自分たちは保護のつもりで動いていてもラティアスにとってはただの外敵。ポケモンハンターたちと変わらない。
こうして保護対象に憎しみを向けられるのはよくあること。
それでもこのレンジャーという仕事を続けているのは———
「こぉん?」
「大丈夫、ありがと」
隣にパートナーがいるから。
「よし! カイナシティに着いたらまず海鮮丼を食べに行こう。自分たちへのご褒美だ!」
「コン!」
相棒と一緒に食べる海鮮丼はどんなにおいしいだろうか。そんなことを考えながら、一人と一匹は103番道路を後にした。
そのうちこれの続き書きます