「カンムリ雪原の山奥で神殿が発見!? これは調査せなあかんのう!」
シンオウ地方はトバリシティ。ポケモンセンターのロビーで老人が雑誌片手に騒いでいた。
彼が握る『全国いせきマニア会報』は古代のロマンに胸踊らせる人々の必読書である。
「まずは先行調査をやまおとこに依頼じゃな。ヨウスケにメールじゃの」
彼はいせきマニアの中でもアクティブな方のマニア。
デボンカンパニーに勤めていた頃のノウハウと貯金で遺跡の調査を行い、その調査書を会報に幾度となく寄稿してきた遺跡ライターの一人。
今トバリシティに居るのも、ある調査のためであった。
「報酬や調査の方式はやりのはしらの時のものと同様……」
ポケナビを開いてメールを書き始めた様子を見て、周囲はようやく大人しくなったかと胸を撫で下ろす。
誰であろうが公共施設内で騒ぐのはマナー違反、側から見ればただのヤバい老人である。
もう少しでジョーイさんクレームが行き、つまみ出されるところであったのだが本人はもちろん気づいていない。
誰もが遠巻きに警戒する中、ポケセン内に入ってきた女性が彼に歩み寄る。
「すみません、いせきマニアのキヨノリさんですか?」
「そうじゃそうじゃ。あんたがタマムシ警備の……」
「はい。タマムシ警備のパードといいます。本日の仕事内容は遺跡調査の護衛で間違いないですね?」
遺跡には野生ポケモンが住み着いている場合が多く、キヨノリは彼らに襲われることを考慮して調査の際は必ず護衛を雇っていた。
彼女はそれで雇われた警備会社所属のポケモントレーナー。タマムシ警備のトレーナー派遣部門で最高の実力者である。
「ああ、それで間違いないぞい。今日の調査地はおくりのいずみと、もどりのどうくつじゃ」
「どちらも伝承上の存在で、場所が未だ特定されていない場所ですが」
「それを特定したから調査するんじゃよ」
神話にその名を残す伝説の地。それを見つけたとキヨノリは言う。
軽い打ち合わせを行った二人は、ポケモンセンターから出立する。
「さあ、出発じゃあ!」
伝説の泉と洞窟を目指して———
◇
214番道路の中途まで進んできたが、驚くべきことが一つある。
儂らがトバリシティを出てからここまで、一回も野生のポケモンと遭遇しておらんのだ。
おくりのいずみを見つけるためにこの道路は何回も通ったが、こんなに野生のポケモンが寄ってこないのは初めてじゃのう。
違うのは護衛のパードと、彼女の連れているアーボックがいることだけじゃというのに。
「一切野生ポケモンを寄せ付けないとは。さすがはバッジ8個の実力者じゃわい」
「強さもありますけど、一番はアーボック特有の腹の模様のおかげですね。模様が顔に見えて、弱いポケモンを"いかく"しているんですよ」
「なっとくじゃわい」
元の行程では214番道路での戦闘も考慮していたのじゃが、その分の時間も大幅に短縮されつつある。
ここまでの道中は戦闘もなく順風満帆。世間話の種も尽きて、話題は儂の専門の神話に関してのものに移る。
「実は先月の『全国いせきマニア会報』の記事を読ませていただきました」
「おお、それは嬉しいのう。」
「その内容で少し質問があるんですけれども」
「わかる範囲ならなんでも答えるぞい」
話しているうちに気づく。
このパードというトレーナー、バトルが強いだけではない。
「全国各地に残る伝説の鳥伝説について、他の二種と比べてサンダーについての伝説のバリエーションが少ないことに関しては如何お考えですか?」
「ガラル地方に生息するリージョンフォームのサンダー、ファイヤー、フリーザーの存在については知っておるかの? 原種と酷似した姿を持つ彼らのうち、サンダーだけが飛ぶことができんのじゃ」
「なるほど、ファイヤーとフリーザーのリージョンフォームが飛んでいるのを目撃した人たちが語った内容が、原種のファイヤー、フリーザーの伝説と混ざった、と?」
「儂はそう考えておる。特にフリーザーはどちらも雪山に生息するらしいからの」
神話についても造詣が深く、こちらが話した内容から一歩踏み込んで考察して返してくる。
持っている知識の質、量ともに下手な学者を凌駕し、儂に届いている可能性すらある。
儂と対等に話せる相手など、それこそ十数年間おらんかったというのに、じゃ。
久方ぶりに話していて楽しいという感覚すらも得た。
「あと、トバリのしんわについてですが」
「ああ、あれか。考察のしがいがあった神話じゃの」
つるぎを持った若者がポケモンを無闇矢鱈に狩った結果、ポケモンは人間の前に姿を表さなくなった。
長い旅の末にポケモンを見つけた若者は「どうして姿を隠すのか」と問うた。
ポケモンの答えは「お前がつるぎを振るい仲間を傷つけるならば私たちは爪と牙でお前の仲間を傷つけよう」というものだった。
若者は許しを乞い、つるぎを折って見せたが、ポケモンは何も言わずに去っていったという神話。
ポケモンに対する敬意を持っていた古代シンオウにおいて、ポケモンとの関係におけるターニングポイントである神話とされておる。
「ポケモンと人間の関係性の変化を描いた創作であるとする現在の主流とは違い、史実であることを前提に考察をなされていましたが……」
「待たれい。到着したぞい」
今まで歩いてきた中でずっと左手にあった森。
その木の並びが少しだけへこんだようになっている場所が、おくりのいずみへと続く道。
「ここが、ですか。獣道すらない、ただの森にしか見えませんが……」
「ああ。だからこそ人は、かくれいずみへのみちを見出すことができんかったんじゃよ」
そもそも場所の目測がつかなければこんな場所には足を踏み入れん。
加えて、場所がわかっていたとしても泉に向かってまっすぐ歩いているつもりでもいつの間にか違い場所に出てしまう。
おそらくは認識に働きかける防衛機構があるか、空間が歪んでいるか。どちらにせよ人には辿り着けん。
だから、人以外の力を借りるというわけじゃがな。
「さあ、出てこいイワンコ!」
「わんっ!」
「"かぎわける"じゃあ!」
ポケモンならば、優れた感覚器官で辿り着くことができる。
特にうちのイワンコは幾度となく貴重な資料を発見してきた鼻を持つ。
我が相棒なれば、簡単におくりのいずみへと至れるであろう。
問題は我ら人間。鬱蒼とした森を突き進むイワンコを見失わないようにするだけでも一苦労じゃ。
けれども一番の問題であった周囲はパード嬢が警戒してくれるから心配はいらぬ。
儂はただイワンコの背中だけを見て突き進むだけじゃあ。
「先程の質問じゃが、この不可思議な道が根拠じゃよ」
「と、いいますと?」
「トバリのしんわで姿を消したポケモンたちは、このような人の立ち入れぬ土地におったのではないか、と考えたんじゃ」
人の前に姿を見せなくなったポケモンたち。
他の神話では、人を助けるためにポケモンは草むらから飛び出してくる、と語られておる。
ならば助ける気がなくなった時には、草むらから飛び出さずにひっそりと暮らすのだろう。ちょうど、このような地で。
「それは会報の記事にも書かれてませんでしたが」
「書きたくなかったからじゃよ。ここについてはな」
この考察を雑誌に書くつもりには、どうしてもなれんかった。
儂はこれを大衆には秘密にしておくべきだと思っておるからだ。
パード嬢とも守秘義務として契約しておる。
「それ、もう着くぞい。ポケモンだけの理想郷に」
おくりのいずみはポケモンだけの理想郷。今は、ポケモンが草むらから飛び出してくれるうちは大丈夫であろう。
されど、再び人が感謝の心を忘れたら? ポケモンが生きていることを忘れてしまえば?
この地は再び役割を持つ。
その時に人間はここを知っていてはいけないのだ。
「ここがおくりのいずみ。忘れられし第四の泉じゃ」
人類未踏の地、おくりの泉、そしてその先に待ち受けるもどりのどうくつ。
なにが待ち受けているのか、乞うご期待。
第四話に続きます