ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す   作:お兄さマスター

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ほっぺ、くっつき

 

 ゆかりさんの言っていた通り、私たちが帰宅してから数十分後に、マスターのご自宅に警察の方々が押し寄せてきた。

 

 そこでマスター自身の立場や私の活動内容の報告に加えて、ゆかりさんが都度フォローを入れる形で会話に参加してくれていたため、すぐさま連行されるような事態に陥いることはなくて。

 ずんねえさまの件に関しては、正式な所有者はゆかりさんのマスターという事にして乗り切ったようだ。

 そして、最後。

 マスターの疑いを晴らした切り札は、彼自身が死に物狂いで取得した、ボイスロイドのマスターとしての資格そのものであった。

 ここに来るまでに連行してきた元ユーザーたちは、その大半が資格を持たない違法購入者たちばかりだったらしい。

 

「ご迷惑をお掛けしました」

 

 三人で頭を下げた頃に、ようやっと警察はマスターの自宅から去っていた。

 お巡りさんの対応をするのは初めての経験だったから緊張したけど、ゆかりさんが手助けしてくれていたのもあって、今回は終始うまく受け答え出来ていたと思う。

 警察の方々もただのボイスロイドである私の言葉に対しては半信半疑だったけど、ゆかりさんのマスターの名前を出された途端に手のひらを返して真剣に話を聞いてくれたし、彼女ら二人のもつスーパー権力パワーというのはどうやら冗談ではなかったようだ。

 とにかくゆかりさんのおかげで、私の為に危ない橋を渡ったマスターが捕まらずに済んだのは事実なのだ。

 彼女にはいくら感謝してもし足りないほどの、大きな恩と借りができてしまった。

 私たちに今回のお礼を返すことは可能なのだろうか。

 

「はい、四十万」

「ぁわわ……ッ!」

 

 現在、マスターはゆかりさんに金銭を要求されて絶句している。

 

「交換したきりたんのバッテリー代ですよ? 初回だったんで半額にしときますし、今回の診察料はサービスでタダです」

「よ、よっ、よんじゅう……まん……」

「……もしもーし。柏木君ー?」

 

 膝から崩れ落ちたマスターを眺めながら、私はふと自分の状況を改めて振り返ってみた。

 

 出荷されて以降、私は様々なユーザーのもとを渡り歩き、その度にボイスロイドではなく別のナニかとしての扱いを強要されてきた。

 地獄の様な日々だったが、世間一般ではそれが常識だと知って、心を殺して耐えてきた。

 いまにして思えば、それでもあのとき生きることを止めようとしなかったのは、間違いなく正しい選択だったのだと言える。

 それで、数週間前にこのマスターに()()()購入され、私はようやくボイスロイドになる事ができたのだった。

 優しくしてもらって、ゲームをさせてもらって、少しだけワガママなんかも聞いて貰っちゃったりして。

 トドメにこれだ。

 ずんねえさまとの再会を望んだら、それによって生じる問題をほぼ全て解決してくれるような、とんでもないイケメンボイスロイドまで現れてしまった。

 面倒見の良いマスターに、無償で彼を助けてくれて、私にも親身に接してくれる慈愛の塊みたいなゆかりさん。

 そして数日後には離れ離れになっていたお姉さまと再会できる……だなんて。

 

 私は恵まれすぎているのではないだろうか。

 こんなにも他人から優しくされていいほど、偉い立場ではない筈なのに。

 

「では働いて返してもらいましょうかね。ちょっとしたお手伝いだけでいいんで……グヘヘ、私はきりちゃんを助手に希望します」

「なっ! 駄目だってそれは! きりたんはウチの動画の主役──」

 

 二人から取り合われるこの状況を、幸福と言わずしてなんというのか。

 この人たちの為なら何だってやろうと思えるくらい、温かい環境に身を置いている事を自覚して、私はちょっと涙ぐんでしまうのであった。

 

 

 

 

 改造品購入の件が解決した翌日の昼過ぎ。

 ゆかりさんが『きりちゃんのサイズに合うナース服持ってきますね!』とかなんとか言っていたため、私とマスターは自宅で待機していた。

 現在私は干していた洗濯物を畳んでいる。

 マスターは夏休みに入ったらしく、朝からずっとパソコンで情報収集を行っているのだが──

 

「ああああぁァァァッ!! ツルツルさんも垢消ししてるうううぅぅっ!!!」

 

 今日はずっとこの調子だ。

 どうやらお気に入りの動画チャンネルが軒並みアカウント規制や削除をされてしまっているらしく、冷静になって別の人を調べてまた半泣きになって……というのを繰り返している。

 

「ぐすっ、ぐす……うぅ、諸行無常……」

 

 妙な事を口に出すのも珍しくなくなってきた。

 まぁ、彼なりに自分で必死に気持ちの整理をしているだけなので、私は口出ししないでおこうと思う。

 

 ボイスロイド動画の実況者たちは、その大半が非正規ルートでボイロ本体を購入した人たちばかりだったのだ。

 なかには購入資格の事を知らず、また非合法だとも教えられないまま騙されて買ってしまったユーザーも存在したようだが、そういった投稿者たちも例外なく一斉摘発の波に飲まれ、その姿を消していった。

 一番ボイロ動画が盛んなサイトで、比喩抜きに半分以上。

 界隈の半分以上の投稿者が摘発によってアカウント規制や法による罰を受け、マスターはもちろんのこと普段からボイロ動画を楽しんでいる一般人にも激震が走ったのが今日というわけだ。

 

「あっ!? なっ、縄トビさんまでええぇ゛……」

 

 ついにマスターは机に突っ伏して泣き始めてしまった。かわいそう。

 要するに彼が楽しんで視聴していた投稿者は、みな資格を有していなかったのだ。

 たとえ改造を行わなかったり、流出した改造品に手を出していなかったとしても、購入資格なしの状態でボイスロイドを手に入れたユーザーはもれなくBAN。

 なんでもボイロ開発の本社では今まで指揮を執っていた代表が、違法行為を指摘されてその座から辞任を余儀なくされ、新しい社長が就任したとのことで。

 その方はとてもボイスロイドに対して熱意と愛情を持っているらしく、今回の一斉摘発や非正規マスターの粛清は彼の力によるものだったそうだ。

 

 無法状態だったボイスロイド界隈は一新され、そこには再び秩序が齎された。

 そして。

 これがクリアできるのなら有名な国公立大学にも入学できるだろ──と言われているほど面倒で難しい試験を突破してボイロ所持資格を手に入れた人間は、何もしていなくとも界隈の人々から持ち上げられ、株が上がっている。

 いま動画サイトでボイスロイドを出演させているチャンネルは、すべて正式に資格を得ている人間であり、それは私の目の前にいるこのマスターにも言えることだ。

 

「マスター。一昨日の私たちの動画、さっき二百万再生を突破しましたよ」

「どうでもいいよぅぅ……っ」

 

 彼は関心を向けていないが、私たちの動画再生数はうなぎ登りだ。

 ちゃんと真正面からボイスロイドを手に入れて扱っていたマスターの評価はどんどん伸び、ボイロ動画投稿者の数そのものが減少した事で、私たちは一気に中堅から上位に躍り出てしまった。

 ジャンル別はおろか、総合ランキングの上のほうにもマスターの動画が二つ以上掲載されており、加えて『ボイロ界の最後の希望!』だとか生き残ったマスターたちを妙に持ち上げるまとめ動画なんかも拡散され、私たちのチャンネル登録者数は増加の一途をたどっている。

 

 ──だが、やはりマスターにとって、そんな事はどうでもいいようだった。

 

「っー……ふぅ、あぁ……ちょっと顔洗ってくる」

「タオルどうぞ」

「さんきゅ……」

 

 尊敬していた多くの投稿者たちが姿を消した事で、マスターは精神的にかなりのダメージを受けてしまった。

 彼からすれば憧れの先輩がみんな違法行為で逮捕されてしまったのと同義なのだ。その悲しみは計り知れない。

 

「マスター、お茶です」

「ありがとう……なぁ、きりたん」

「どうしました?」

 

 戻ってきて座り込んだマスターは、ある事ない事を好き放題に書き込まれているボイロ総合掲示板を眺めながら、私に声を掛けてきた。

 

「この掲示板には人間の屑とか色々書かれてるけど……俺の好きだった投稿者さんたちは、みんな面白くて動画に対して真摯な人たちだったんだ」

 

 彼が言うのならそうなのだろう。

 それに私も視聴した事のある動画作成者たちだったから、彼の主張は理解できる。

 

「もちろんボイスロイドに対しても。……縄トビさんのボイロキッチンとかは二人で本当に仲良さそうに遊んでて。……でも、みんな演技だったのかな?」

「……どうでしょうか。私の見解だと、手に入れた手段が非正規だっただけで、所有してるボイスロイドに対してはそれなりに情はあったと思います。少なくとも投稿者さまと一緒に料理していたあのボイスロイドは……幸せだったんじゃないでしょうか」

「な、なんでそう言い切れるんだ?」

 

 私はボイスロイドだ。

 ゆえに、追い詰められた状態のボイスロイドのことは、私自身が一番よく理解している。

 彼女たちは危機的状況に陥っている時、決して声を上げて笑ったりはしない。

 瞳にはいつも不安そうな色が残っていて、一言喋るたびにユーザーの機嫌を窺う。

 体の動きがぎこちなくて、ボイスロイドの華である抑揚のある声が出せなくなって、何があってもユーザーの主張に対して反論する事は絶対にない。

 それが虐げられている時の、ひどいユーザーに扱われている時のボイスロイドの特徴だ。

 

「だって……楽しそうでしたから」

 

 マスターが敬愛していた動画投稿者のボイスロイドは、本当に楽しそうに振る舞っていた。

 投稿者の冗談にバカ笑いして、ときにはツッコミを入れて、創作料理をするときも進んで自分から意見していた。

 彼女の環境は明らかに恵まれていた。

 あのボイスロイドは、間違いなく所持者から愛されていた。

 二人の関係は良好だったのだ。

 

「マスター、この記事は見ましたか?」

「……違反者の所有していた、ボイスロイドについて?」

 

 私はパソコンを操作し、少し前に見つけたネットニュースの記事を彼に見せた。

 

「罪が比較的軽くて、情状酌量の余地ありと判断されたユーザーは再び適性検査を受けることが出来るらしいです。それで彼らのボイスロイドは本社に一時的に引き取られるんですけど、どうやら()()()()()()()()()()強く希望を出した場合は……」

「所有者のもとへ帰れる……か」

 

 いろいろと問題のある制度だとは思う。

 これによってまた事件が発生しないとも限らないし、そこら辺の調整は本社の頑張り次第だから、私から言えるようなことは何もない。

 ただ、ひとつ。

 彼らと楽しそうに動画制作をしていたあのボイスロイドたちには、幸せになって欲しいと思う。

 

「……ですから! きっとマスターが敬愛していた投稿者さんたちも、まともな人たちはいつか帰ってくると思います。だから彼らが戻ってくるまでは、私たちがボイロ界を盛り上げましょう。ねっ」

「……そうだな。きりたんの言う通りかもしれない」

 

 落ち込んでばかりもいられないか、と呟いたマスターの表情は、ようやくいつもの彼に近いものに戻っていた。

 やる気に満ちた顔だ。やっぱり私のマスターはそうでなくちゃ。

 界隈だって全員がいなくなったわけではないし、きっとすぐに熱を取り戻していく事だろう。

 マスターも普段通りになってきたことだし、お通夜ムードはこの辺で終わりだ。

 

 

「それでマスター。診療所でのお支払いの件はどうなったんですか?」

「あぁ……アレ、やっぱり働いて返すことになったよ。俺が学生っていうのを気遣ってくれたのか、空いてる日に来てくれたらいいってさ」

 

 さすがはゆかりさんだ。

 抜け目ないが、やっぱり優しい。

 後になって調べてから分かった事だが、ボイスロイドのバッテリー本体というのはかなり値が張るものであったらしく、半額と言ってゆかりさんが提示した値段を二倍にしても足りてないくらいの高額商品だった。

 実際は七割引きくらいだったので、本当にマスターが学生という点を考慮して、身を削ってあの値段で考慮してくれたらしい。

 聖女かなにか?

 あのバッテリーは本来三ヵ月に一度メンテナンスを行うことで、十年以上長く使い回すものだったようで、私のように激しく劣化したバッテリーを交換するのは稀なようだ。

 メンテナンス代自体は千円程度だし、劣化にはもっと早く気がつくべきだった。

 とても高いお買い物をマスターにさせてしまって本当に申し訳ない。

 

「……あれ? ゆかりさんが言ってたナース服って……まさかマスターが着るんです?」

「そんなわけないだろバカ……!」

 

 ナース服のマスター、想像してみるとちょっと面白い。

 赤面しながらスカートの裾を押さえてそうでかわいいですね。

 

「きりたんにも手伝ってもらいたいんだと。労働許可も取ったらしい。……わりとマジで反対したんだが、動画の宣伝にもなるとかいろいろ説得されて言い包められちまって。ごめんな……」

「とんでもないです。誠心誠意勤めさせていただきますから、まかせてください」

 

 ゆかりさんや彼のお手伝いができるなら願ったり叶ったりだ。

 それにマスターはコスプレ衣装などは買ってこないタイプだから、特別な衣装を着られるというのは珍しい経験だしちょっとワクワクしている。

 

「……ナース服のきりたんか」

 

 マスターが呟いたが、そもそもナース服なんてものを着て診療所で働いていいのだろうか。

 医療従事者ではないわけだし、そもそも今どきはナースウェアにズボンというのが本来の女性看護師の服装なのだが。

 

「んっ。ゆかりさんからメッセージきてるな。どっちがいいですか……って」

「なんですか?」

 

 ひょこっと横からスマホを覗き込むと、画面には近代的かつスカートの形態を取り入れた、なんともかわいらしいデザインのナース服の画像が映し出されていた。

 薄ピンクと純白の二種類があるようで、メッセージではどちらを選ぶか聞いてきたらしい。

 

「わあ、オシャレですね」

「こ、こんなの着せらんねえだろ……」

 

 画面内の衣装に身を包んでいる私の姿を想像したのか、マスターがちょっとだけ顔を赤くしている。

 どうやらマスター自身は私と同じく、普通に病院で使われてるタイプの医療ユニフォームを想像していたようだ。

 

「かわいいじゃないですか、これ」

「いや……冷静に恥ずかしくないか?」

「私なら大丈夫ですよ。サイズの合う服ならなんでも着ますから」

 

 マスターに買ってもらった服は一通り着終わって、一番着心地のいい服装がこのいつもの和服だから多用しているだけで、彼が望むのなら別の物を着て生活するのも別に苦ではない。

 

「ほら、この前マスターが調べてたバニー衣装とか」

「ッ!!!?!??!?!??!?」

 

 わっ。

 マスターがビックリしすぎてひっくり返っちゃった。

 

「なななっな、なんでそれを!?」

「検索のときにアカウントを使い分けろって言ったのはマスターじゃないですか。……ふふっ、うっかりさんですね」

「しまったァ……ッ!!」

 

 遂に頭を抱えて部屋の隅でうずくまってしまいました。そんなに恥ずかしがることないと思うんですけどね。

 彼もまだ年頃の青年というか、世間一般で言うところの学生さんであるわけだから、こうまでして必死に性の欲を隠す必要はないと思うのだが。

 ましてやこっちはボイスロイド。

 使用している道具という点ではパソコンと大差ないし、パソコンにえっちな物を隠して私には秘密にするというのも、なんだかおかしな話だ。

 

「……マスターは、私にそういう格好をしてほしいんですか?」

「ちっ、違うって。そのっ、あの、動画のネタとして資料を漁ってただけというか……」

 

 私──というか東北きりたんで()()()()()()を発散していたのは、以前見つけたあの大量に画像や動画が保存されているファイルの存在からして明らかだ。

 しかし彼は手を出してこない。

 変に真面目というか最初から私のセーフティ機能を操作する辺り、線引きはしっかりしている人なんだろうけど。

 年頃の男の子なので、あぁいう欲望を抱え続けるのは辛いのではないだろうか、と常日頃から思っている。

 私が来てからほぼ四六時中いっしょにいるし”そういうこと”をする時間や空間を、他でもない私自身が奪ってしまっている、というのは十二分に理解しているつもりだ。

 申し訳ないとも思っている。

 自分ばかりいい思いをしていて、彼には何も返せていない現状がなんとももどかしい。

 せめて何かお手伝いを──とは思うのだが、この様子を見るに提案しても却下されるだけだろう。

 

「ほら、この黒バニーとか安売りされてますけど」

「いらないいらない! いらないよ!」

 

 好感度の問題なのか、それとも別の何かが足りていないのか。

 ……わかんないや。

 ゆかりさん辺りにでも協力してもらったほうがいいんですかね。

 

「…………兄さまが言うならやりますよ? ナースだって、バニーガールだって……なんでも」

「──」

 

 体内温度を操作して、頬を赤く染めながら上目遣いで言ってみたら、想定通りマスターは声を失ってフリーズしてしまった。

 初心なのか想像力が豊かなのか。

 からかっているわけではないのだが、この調子だと恐らく『大人をからかうな』とか言いながら誤魔化されちゃうんだろうな、とは予想できている。

 ひとまず目下の課題は、数日後のずんねえさまがいらっしゃる時までに、恥ずかしがらずにマスターの事を自然に『兄さま』と呼べるようになる事だろう。

 がんばろう、わたし。

 

「……まっ、待て。そうやってからかってると遂には頬を揉みしだくからな。あまり調子に乗るなよ……」

「ほっぺですか? はい、どうぞ」

「っ。…………~ッ!!?!」

 

 頬をご所望されたので彼のほっぺに頬ずりしたら、数秒固まったのちに我に返ったマスターは凄い勢いでのけぞって壁に頭を激突し、そのまま沈黙してしまった。

 私だけではこの通り話にならない。

 ゆかりさんまだかなぁ……。

 

 

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