ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
俺たちがゆかりさんの診療所の手伝いをするようになってから数日が経過した。
仕事をすると言っても別段難しい事を要求されるわけではなく、受付をしたり掃除をしたり、あとは診察の軽い手伝い程度の事だった。
夏休みに入ったという事もあって時間は有り余っていて、時にはゆかりさんが自腹で食材を買って俺の自宅に赴いてくれるため、普通に割のいいバイトという印象だ。
ゆかりさんが日に日にきりたんと仲を深めており、その距離感が徐々に縮まってきてスキンシップのレベルが上がっている事を除けば、最近は不安なく過ごせているといったところか。
隙あらばきりたんを抱きしめたり抱っこしたりするのはやめて欲しいというか、たまにやるくらいなら文句はないのだが、どうやらあまりにもきりたんが気に入ったのか彼女のスキンシップの回数はいささか度が過ぎているような気がする。
それを指摘したら『あららー、羨ましいんですか?』と言って俺にも似たようなことをしてくるし、ゆかりさんは確かに頼りになる人ではあるが、これから長く付き合っていくうえで適切な距離感というのはそろそろ模索していったほうがいいかもしれない。
「ゆかりさん、これ終わった」
「はーい。……おぉ、結構うまく纏まってる。柏木君って資料作成上手なんですね」
時間にして夕方過ぎ。
本日の営業時間は終了しており、俺は彼女に頼まれていた資料作成を終わらせ、クルクル回るタイプの椅子で遊んでいたゆかりさんにそれを渡した。何してんだこの人。
「正式にウチに欲しいくらいですよ。卒業したらここ就職しませんか?」
「動画投稿がコケたら面接受けに来るよ」
彼女の冗談を聞き流しつつ、着ていた白いジャケットを脱いでハンガーに引っ掛けた。
するとほぼ同じタイミングで、別室でコーヒーを淹れていたきりたんがやってくる。
きりたんも俺と同じで、この診療所で働くとき用の衣装に袖を通している。
以前スマホで見たあの可愛らしいデザインのナース服だ。端的に言えばコスプレなのだが、着こなし上手なのか異様に似合っている。
「マスター、ゆかりさん。コーヒーをどうぞ」
「おう、さんきゅ」
「感謝ですきりちゃーん!」
「わわっ」
一旦カップを受け取って机に置いたゆかりさんは、すぐさまきりたんを正面から抱擁してしまった。
もうこの光景は日常茶飯事だ。
引き剥がそうとしたら、そのままきりたんと合わせて抱きしめられてしまうのは目に見えているので、いい加減無視してしまおう。
「ゆ、ゆかりさん近いです……」
「私ときりちゃんの仲じゃないですか♪」
「コーヒー、冷めちゃいますよ?」
「ハッ! きりちゃんの淹れてくれたコーヒーを冷ましては勿体ない!」
いちいち挙動が大げさな人なんだよな。
初めて診療所を訪ねた時の、あの落ち着き払った冷静さはどこに行ってしまったのだろうか。身内には極端に甘いタイプなのかな。
甘い、というか甘えてるだけか。
数日もの間ロリに甘える十八歳を眺め続けるのは、ちょっと胃もたれしてしまいそうだ。
やっぱりちょっと叱っておこう。
「ゆかりさん、あんまりきりたんを困らせないでくれると助かるんだが」
「だ、だってこれくらいしか日々の楽しみがありませんし……」
「……じゃあ前までどうしてたんだ?」
「胸部ユニットの増量とかして現実逃避してましたけど」
まだきりたんと戯れてるほうが健全だった……。
「そういえばきりちゃん。ずん子ちゃんが来るのは明日でしたっけ?」
「あっ、そうです。実は昨日マスターと一緒にお姉さまのお洋服を買いに出かけまして」
彼女が口にした通り、俺は昨日きりたんの服を買ったショップと同じ店舗に赴き、ウチに来訪予定の東北ずん子の衣服を買い揃えておいた。
またきりたんの時の様に服が付属していないとなると困るからだ。
彼女の時も買い物が必要になってしまった都合上、あのバスタオルとパーカーの一枚だけという状態で三十分以上放置してしまったので、今回はあぁいった事故を起こさない為の処置である。
改造品ということで本来あるはずの付属品などには期待できない、というきりたんの提案もあっての事だった。
「柏木君、ずん子ちゃんのボディデータが纏まったら私に送ってくださいね。足りないパーツや特殊な修理部品はこっちで用意しておきますから」
「うん、ありがとうゆかりさん。本当に助かるよ」
「いえいえ一度乗りかかった船ですから。……それに、なんと言ってもきりちゃんのお姉さんですからね」
優しく微笑みながらきりたんを撫でる彼女の姿には、やはり年長者としての風格と余裕を感じる。
ボイスロイドの事になると真面目になるというか、非常に頼りになる人だ。
この人が治療を手伝ってくれるというなら、改造品というレッテルを張られた東北ずん子も、すぐに正常な元のボイスロイドに戻れる事だろう。
「きりちゃん帰り道も気をつけてくださいね!」
「……あの、離してくれないと帰れません」
「ゆかりさん、俺たちもう帰るから」
「ではきりちゃんにくっ付いてる私ごと持ち帰ってみませんか!」
「勘弁して……!」
俺のボイスロイドにくっ付いたままのロリコン先生をなんとか引き剥がし、俺たちは足早に帰宅するのであった。
◆
帰宅してからふと、今の自分の状況を冷静に俯瞰してみて、気がついたことがある。
実のところ、ここ最近の俺はずっと──ムラムラしているらしい。
それもこれも全ては近ごろメスガキ化しつつあるきりたんの影響に他ならない。
この前なんて、検索履歴に残ってしまっていたバニーガールをネタに煽ってくるだけではなく、遂には頬ずりというとんでもないボディタッチを実行に移して、俺の理性を揺さぶってきやがったのだ。
なんという不遜。
どこまで大人を舐め腐っているのだろうか、あのロリっ娘は。
今でも多少は真面目な性格の持ち主だとは思っているが、それを加味してもメスガキになりつつあるのは間違いない。
そして彼女がそうなっている理由は、まず俺が動揺してしまっているのが第一の原因だ。
つまり俺が手加減してやってるのが問題なのだ。
そろそろ大人の余裕というか、強さの格が違うという事を教えてやらねばならないだろう。
……そうしなければならない。
彼女と共同生活をするうえで物理的なモヤモヤが発散できない以上、精神的に勝つことでスッキリするしかない。
禁欲には勝利を。
俺は仏ではなく人間なので、自慰による発散に代わる何かをおこなって自分を落ち着けなければ、自我を保っていられないのだ。
こちとらお気に入りのイラストや動画、同人作品を保存したファイルがあるのに、それに触れる事すらできない生活をしているんだぞ。
必要なんだ、わからせが。
枯れかけた俺の心に注ぐための綺麗な水が。
「……」
「マスター? バターを縦長に切って串を刺して……これはなんの料理なんです?」
「あの世にホームランバー」
「ひぇ、マスターが壊れちゃった……」
はっ。
俺はいつの間に動画撮影をしていたんだ。
きりたんがマスターに辛辣なモードに切り替わっているのと、台所前にカメラを固定してあるから、間違いなく動画撮影中だ。
……何をやろうとしていたのか思い出した。
ボイロキッチン界隈を盛り上げていた縄トビさんが一時的に引退してるから、その代わりになればと思って料理動画の撮影を始めたんだった。
食材はゆかりさんが買ってきてくれた物の余りがあるから、と言って。
「この串に刺した縦長のバターに衣の生地を纏わせて油に投入」
「落ち着いてマスター。深夜に作るものじゃないですよコレ」
「揚げバターの完成だ! うおおぉぉ最強の夜食だっ」
「……動画をご覧のお兄さまお姉さま方は、寿命が惜しかったら真似しないほうがいいですよ」
「うまうま」
「ちょ、マスター待って。二個目を作るのは流石にダメです、そろそろカメラ止めますからね? ……止めました! ストップですマスター!」
無意識に血糖値爆上がりデブ飯のおかわりをしようとすると、強制的に撮影を終了させたきりたんによって中断させられてしまった。
──あぁ、そうか。
禁欲期間が長らく継続されている事で正常な判断力が奪われていたのか。
で、深夜の食欲を満たすことで禁欲を誤魔化そうとしていたと。
繋がった、脳細胞がトップギアだぜ。
じゃあ次は揚げパン作ろうか。
「もう終わりですってば、終わり……」
「あぁ、調理器具が」
「夕飯も食べたのにこんな重いもの作って……マスター、血液ドロドロになっちゃいますよ?」
「構わぬ」
「かまってください、お願いですから」
あれよあれよという間に何もかもが片付けられ、いつの間にかカメラやパソコン、テーブルまでもが壁に追いやられて布団が敷かれていた。
そういえばもうお風呂には入ったんだった。
寝る前に急遽道具と食材を用意して動画撮り始めたんだ。
このまま寝ようとしても眠れないどころか、理性崩壊のあまり隣でスヤスヤしてるきりたんの寝込みを襲う悪漢になりかねないと思って、自制の為に撮影を利用したわけだ。
「食べたばっかりですけど……起きてたらまた変なことをやりだすでしょ。ほら、もう寝ましょう」
「…………」
「マスター?」
じっ、ときりたんを見つめる。
布団の上で女の子座りしている彼女は、とてもかわいい。
着ているのはいつもの和服と似たデザインだが、実は寝巻であり軽い素材だ。
袖の隙間や首元、寝る前という事で頭の包丁のアクセを外しているその姿は、なんだか少し色っぽく見えた。
「……かわいいな、お前」
「へっ? ……えっ、えと……なんですか急に」
きりたん、かわいい。
いやそんな事は前々からずっと分かっていた。
イラストや動画、同人誌などの漫画を漁っていたあの時から、俺はずっと東北きりたんに惹かれていた。
そしていま、彼女が俺の目の前にいる。
きりたんと一緒に暮らしている。
「横になってくださいマスター、もう電気消しますから」
「……兄さま」
「えっ?」
そうだ、きりたんと一緒に住んでいるのだ。
じゃあマスターって呼ばれるのは変じゃないか。
いろいろ見てきた中で、彼女と共に暮らす同居人はもれなく兄さまと呼ばれていた。
兄さまなのだ。
俺は兄さま。
「きりたん、兄さまと呼べ。俺を兄さまと」
「……ど、どうして、そんな突然……?」
「俺が兄さまだからだ」
「…………さっき撮影前にお酒一缶あけてたけど、もしかして酔ってる? いや、でもあれ三パーセントだったはず……」
「聞いてるのかい、きりたん」
「えっ。あ、はい、もちろんです」
酔ってねぇぞ。断じて酔ってるわけじゃあない。
あの酒はちょっと気合い入れるためのおまじないみたいなものだ。特別お酒に強いわけじゃないが、極端に弱いということもない。
だから俺は正常だ。
いまの行動は全て合理的な結論に基づいて実行されたものなんだ。
……あれ?
なんか頭がグラグラするな。
もしかして俺、いま正常じゃない?
禁欲と困憊とアルコールで脳内が混乱してるんじゃ──
「きりたん、呼んでくれ。頼む」
「まっ、頭下げるなんてやめてください……! えと、はい兄さま。兄さまですよね」
「おおぉぉぉ……」
「ど、どうしようこの状況……?」
きりたんから兄さまって呼ばれるの気持ちいいー!
はぁ、いいか。
もういいよな。
俺は頑張ったよ。
そろそろ一線超えちゃってもいいだろう。
セーフティだってきりたんが来た時にオフにしたし、何をしたって問題ないわけだ。
よし、手を出すぞ。
遂にガキを分からせてやるからな。
何もかもこの前煽ってきたお前が悪いんだからな、ロリガキのくせに一丁前に誘惑なんてしてきやがって、この辺で大人である俺がパワーバランスってやつを明確化してやる。
「きりたんは軽いなぁ」
「ひゃっ! ……ぁ、あのっ、兄さま……!?」
彼女の脇の下に手を突っ込み、そのまま持ち上げて俺の膝上に乗せてやった。
本当に軽い。
しかも二の腕ぷにぷにだ。
「はぁーっ、なんで俺と同じシャンプー使ってんのにこんないい匂いするんだ……スンスン」
「わわっ……お、お膝の、上に……」
「ボディソープも一緒のハズなんだけどなぁ」
「ひぅ……っ! ちょ、ちょっとさっきから変態っぽいですよ、兄さま……!」
彼女の細く柔らかな腰に手を回して正面から抱き寄せ、俺はそのまま布団へ横になった。
このまま眠ってしまったらどれほど気持ちいいのだろうか。
「一緒に寝よう、きりたん」
「こ、このままですか……?」
「うん。ダメかな」
「…………ぃ、いえ、別に……」
とても抱き心地の良い抱き枕も手に入れたことだし、さっさとリモコンで部屋の電気を消して寝てしまおう。
そういえば小学生の頃はよく魘されて眠れなかったけど、叔父さんが買ってくれたピカチュウのぬいぐるみとかを抱いてたらよく眠れたんだったっけか。
あの頃と同じくらい──いやそれ以上の抱き心地だ。
フハハハ。柔らかくて、温かくて最高だ。
とても、幸せだ。
「…………すぅ」
「あ、寝るって本当にそういう……」
瞼が重い。
きっと再び開けることは叶わない。
このまま朝まで沈黙してしまえば、これまでの疲弊や困憊も消え去る事だろう。
自分が今この瞬間まで、目の前にいるきりたんに対して何をしていたのかは定かではないが、俺の生存本能は“こうするべきだ”と叫んでいた。
だから、寝る。
眠ってしまう。
明日この事を覚えているかも分からないけど。
生暖かい泥濘の底へ、意識が沈んで溶けていく。
「……おやすみなさい、兄さま」
そんな、とても聞き心地の良い子守歌にも似た優しい声が、最後の意識に蓋をして。
俺はそのまま深い夢の世界へ誘われていくのであった。