ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す   作:お兄さマスター

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ちょっとした番外編なので読み飛ばしても問題ない内容になってます



番外 ある日の夢

 

 

 甘い匂いがする。

 

 辺りを見渡すと、小綺麗な内装が広がっている。

 清潔感のある部屋の中で充満する匂いに釣られて、俺は後ろを振り返った。

 女性がいる。

 彼女は電子レンジの中からプレートを取り出していて、そこには焼き立てのクッキーが乗っていた。

 

「焼けたよ、優」

 

 女性が俺の名を呼んだ。

 するとテーブルの前に座っていた大柄な男性が、困ったように溜息を吐いた。

 

「おい母さん、作りすぎじゃないか? ……むぐっ」

 

 文句を言った男性の口の中に、女性は笑顔のまま焼き立てのクッキーを突っ込んで黙らせてしまった。

 親密な仲でなければできない振る舞いだ。

 俺はそのやり取りを見慣れているような気がした。

 いま気がついたが、目線が低い。

 彼ら彼女らに見下ろされているその光景も、なんだかいつもの事のように思える。

 

「優がいっぱい食べるから大丈夫なんですー。ね、優?」

「あんまり甘いものを食べさせすぎると優が太るぞ……」

「そんなことないってば、育ち盛りなんだから」

 

 手招きをされて俺は椅子に座る。

 テーブルには形の整ったクッキーが皿に盛られていて、正面に座っていた男性も読んでいた新聞紙を端に置き、皿に手を伸ばして一つ口の中へ放り込んだ。

 何も言わないが、満足そうな表情だ。

 わざわざ美味いと口にしたわけではないが、彼はこの女性が作った甘味菓子が好物なのだろうと察した。

 俺も食べよう。

 手を伸ばし、一口。

 美味しい。

 特別なものではなく食べ慣れているように感じた。 

 俺はいつもこのクッキーを好んで食べていた気がする。

 お母さんの作ったクッキー。

 お父さんと一緒にそれを食べるのが、日曜日の楽しみだった。

 そんな気がする。

 

「あら? お客さんかな」

 

 インターホンが鳴り響いた。

 

「俺が出るよ。優は食べてなさい」

 

 お父さんが席を立つ。

 玄関前のカメラを確認できる画面を見て、会社の人だ、と呟いた。

 変哲もない、ただの来客。

 この家に会社の人間が訪ねてくるのは珍しくなかった。

 お父さんは大きな会社のえらいひとで、いろんな人とのつながりを持っているから。

 広い家。

 美味しい食事。

 お父さんが家族の為に大変なお仕事をしてくれているから、恵まれた環境に居る事が出来ている。

 もちろんお母さんもすごい。

 女嫌いだと言われていたらしいお父さんをとっ捕まえて、家族のために頑張るパパへと変えてしまった。

 それに作ってくれるご飯がとてもおいしい。

 日曜日はこうしてお菓子も焼いてくれる。

 二人とも温厚な人だ。 

 俺はそんな両親に囲まれて、また今日もいつも通りの日常が過ぎていくと思っている。

 

 ただ、このインターホンには強烈な違和感を覚えた。

 

「お父さん」

 

 待って、と。

 声を掛けたかったが、彼は既に玄関まで向かってしまっていた。

 そのドアを開けないで欲しかった。

 どうしてかは分からないけど、自分の世界が脅かされる気がした。

 

 少し経って居間にお父さんが戻ってきた。

 いや、お父さんではなかった。

 知らない男の人だ。

 土足のまま、家の中へ上がり込んできた。

 お父さんは?

 何故か彼は戻ってこない。

 見上げたまま、俺は固まっていた。

 

『こんにちはっ!』

 

 見知らぬ男性は笑顔を浮かべて俺に挨拶をしてきた。

 

 

 ──そこから先は、あまり覚えていない。

 

 

 気がつくと、どこかの研究所の一室にいた。

 

 叔父さんは別の部屋にいて、俺はベンチに座ってジュースを飲んでいる。

 確か口を利かない俺を気遣って、叔父さんがなんとか見学ツアーというのに連れてきてくれたんだったか。

 休憩時間はやることがないから子供たちは別室に案内され、叔父さんは保護者たちが受ける説明を聞いている。

 暇だな、と思っていると、子供たちの内の一人が『探検しよう』と言い出して、流されるまま子供たちはみんな別室から飛び出して勝手に研究所内を散策し始めてしまった。

 かく言う俺もそのうちの一人。

 周りの流れに乗って休憩部屋を出て行った。

 見学が少々退屈だと感じていたのは、俺だけではなかったらしい。

 それから、周囲を引っ張っているガキ大将のような男の子が、別の子と大きな声で会話をしていた。

 

 僕のお父さんは偉いんだ、とか。

 ウチの実家は大きい製薬会社なんだぞ、とか。

 みんながみんな、自分の親の自慢で話題を作っている。

 聞くところによれば、今回の研究所の案内見学に子供を連れてきた人たちは、みんな今叔父さんが受けている説明会を聞きに来た人たちだったらしい。

 偶然ツテがあった叔父さんと俺が異質なだけで、訪れた人たちはみなそこそこ地位も権力もある大人たちで。

 子供たちの見学はあくまでオマケ。

 えらい人間の子供だからとわざわざ接待プログラムが組まれたんだろうな、と察した。

 ……そして、彼らの会話がつまらないな、とも。

 みんなは親の凄さを自慢しているが、少し前に両親がいなくなって市立の小学校に転校した俺は、そういった行為を少しだけ客観視できるようになっていた。

 凄いのは親本人であり、彼らではない。

 自分が持っているわけでもない地位や権利を声高らかに主張して、互いにマウントを取り合う彼らの行為は不毛そのものだ。

 これだったらゲームやらアニメやらの話で盛り上がっていたクラスメイトの会話のほうが数倍おもしろい。

 

 そう思いながら俯いて歩いていると、いつの間にか一人になっていた。

 一緒にいた彼らを心の中でバカにしている一方で、集団行動ができていない自分が一番子供だったんだなと自嘲気味に笑い、あてもなく彷徨う。

 歩く。

 ただ進む。

 

 

「あのー……」

 

 

 いよいよ自分がどこにいるのか不安になり始めた──そのとき、後ろから声を掛けられた。

 

「やっ、どーもどーも。見学にきた子ですか?」

 

 そこにいたのは自分と同じくらいの歳の、黒髪の女の子だった。

 前髪には緑だの銀だの紫だのと、様々な色のメッシュが入っていて、和風な服装に反してなんだか派手な印象を受ける。

 よく見れば包丁みたいな、よくわからない妙な髪飾りで後ろ髪を結っている。

 なにより印象深かったのは……なんというか、その──かわいい。

 これが俗にいう一目惚れってやつなのだろうか。

 

「お父さんやお母さんは? ここは案内プログラムに無い通路ですし、はぐれちゃいましたか」

 

 他の子どもたちと違って冷静で理性的な喋り方をするその姿から、この研究所の関係者だと察した俺は、思い切ってこれまでの経緯を彼女に話してみた。

 少女は顎に手を添えてうーんと逡巡している。

 こんなときどうすればいいのだろうか。

 なんの判断も下せなかったのと、彼女に興味を抱いてしまったせいで、物事の判断基準がバグった俺は変な質問を投げかけてしまった。

 

「えっ? どんな子が好きか……ですか」

 

 まるでナンパみたいだ。

 こんな時に好きな異性のタイプを聞くだなんてどうかしている。

 それを口に出す前に考えられなかった自分は、やはりどこまでいっても子供だった。

 

「そうですねぇ。……優しくて()()()()()()()、かな」

 

 肩を落として落胆した。

 自分は身も心も幼く、彼女の守備範囲外のガキでしかないと自覚してしまう。

 すると、少女は一歩俺に近づいて、イタズラめいた笑みを浮かべた。

 

「あっ。……ふふっ。うーん、例えばなんですけどね? 保護者たちに黙って休憩室を飛び出して、研究所内を勝手に出歩いている大勢の子供たちを、みーんなもとの部屋に帰せるような大人っぽい男の子がいたら、わたしその子を好きになっちゃうかもしれないです」

 

 言われて、俺は焦りと期待が半々だった。

 とにかく誰かに先を越される前に彼らを部屋に戻して、目の前にいるこの少女に気に入られたい。

 そう考えはしたものの、やはり子供の知恵ではすぐに解決策は出てこなかった。

 そこで、彼女は俺にひとつの提案をした。

 

「わたしのこと、使ってもいいんですよ」

 

 少女の言葉を一度だけでは理解できなくて、どういう事かと聞き直した。

 

「いま自分が持っている手札をよく考えてみてください」

 

 彼女はポケットから包装されたアメ菓子を取り出す。

 そして開封したお菓子を俺の口の中に優しく入れて、言葉を続けた。

 

「キミが賢い子なら……そろそろ解決策が分かるはずです。ねっ?」

 

 そう言われて──ようやく俺は察することが出来たのだった。

 

 

 子供たちは全員部屋に戻った。

 方法は実に簡単。

 

『休憩室に戻ったら良いものが貰えるよ』

 

 そう言っただけだ。

 それだけで全て上手くいった。

 少女がくれた飴玉で思い出したのだが、確か見学の最初のほうで研究所の大人たちが、見学が終わったら特別なお菓子を上げるよと言っていた。

 それを利用させてもらったわけだ。

 本来見学が終われば当然受け取れるお菓子を、さも特別なもののように言って彼らを釣っただけで、嘘は一つも言っていない。

 

「し、心配したんだよ、ユウくん……」

 

 雰囲気に流されて付いていった他の子どもたちは少しの注意で済まされ。

 子供たちを先導したガキ大将君と、彼を庇った俺だけがしっかりと叱られたのだった。

 叔父さんに叱咤されたことは一度もなかったが、そこで初めて怒られた。

 柔らかな口調ではあったが勝手な行動を本気で叱責してくれて、叔父さんが俺のことをちゃんと自分の子供のように心配してくれていたことを知り、ほんの少しだけ嬉しくなった。

 初めて叔父さんに『ごめんなさい』をして、その後にみんなを連れ戻したことを褒めてもらって、その件はとりあえずひと段落した。

 

「えっ、ホントにちゃんと言って連れ戻したんですか! わぁー、えらいっ!」

 

 そして、改めてあの少女と話をした。

 事情を聞いた叔父さんが研究所の人にお願いをして、俺たち二人だけの時間を作ってくれたのだ。

 見学に訪れた子供たちの中で彼女との会話が許可されたのは俺だけだったらしい。

 研究所の大人たちは興味深そうにしていたが、そんなものは気にせず少女とのコミュニケーションに邁進した。

 まず最初に名前を聞いた。

 

「ユウくん、ってお名前なんですね。……あ、わたしですか? プロトタイプって呼ばれてます。プロトでいいですよ」

 

 彼女はとても変わった名前をしていた。

 なんと、少女はアンドロイドだったらしい。

 人間ではないと言われてもピンと来ない。

 だって彼女はどこからどう見ても人間で、自分と同じくらいの女の子だ。

 なにより指示をしなければ動かない機械と違って、プロトは自分で考えて行動している。

 ドッキリか何かだと思ったが、疑った瞬間いろんな情報を聞かされて、それらが真実だと信じざるを得なくなってしまった。

 

「んふふー、わたしもユウくんの事、けっこう好きですよ」

 

 俺の初恋はアンドロイドだった。

 でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 彼女の自然なその笑顔の前では、人間じゃなかろうと大した問題ではないと思ったからかもしれない。

 はぁ、かわいい。

 変な髪飾り付けてるけど好きだ……。

 

「名前からも分かると思いますけど、わたしって試作機なんです。これから姿かたちを変えて、いろんなところへ向かう事になります。……まぁ、だからユウくんとはもう会えないかも」

 

 彼女の言葉はひどくショックだったが、俺に妙な未練を残さないための、彼女なりの優しさだったのかもしれない。

 少しだけ落ち込んだ俺の頭を撫でながら、少女は続ける。

 

「ほんとはね、子供たちを部屋に戻そうと考えたとき、何からやればいいのか分からなかったんです。……でもユウくんが助けてくれた。あのとき本当に嬉しかったんですよ? ユウくんはわたしのヒーローだ」

 

 笑顔で手を握られて顔が熱くなる。

 好きな人に触れてもらえるのは嬉しいが、同時にもう会えないという事実を思い出して、一抹の寂しさを覚えた。

 

「……ユウくん。」

 

 何だろうか。

 

「またわたしが困っていたら、ユウくんは助けてくれますか?」

 

 もちろんだ、と即答した。

 悔いを残したくなくて、彼女に対して精一杯自分の良さをアピールしたかった。

 

「あはは、こりゃ頼もしい。きみがそう言ってくれるなら安心だな」

 

 本当に頼りにしてほしい。

 たとえ子供でも彼女への情は本物なんだ。

 

「わたしが生まれ変わって世に出る時は、きっともうこの姿じゃないと思います。……あっ、企画書に一個だけほぼ外見そのまんまのやつもあったけか。とうほく……なんだっけ、まぁいいや」

 

 隣に座っていた彼女が俺と顔を合わせる。

 少女を間近で感じながらドキドキしていて余裕がない俺とは対照的に、プロトタイプは抱擁感のある柔和な笑みを浮かべていた。

 

「姿が変わって、数もたくさん増えちゃいます。ちょっと不気味かもしれないけど……いろんな種類に枝分かれするんだろうな」

 

 だとしても、キミはキミだ。

 かっこつけて的外れなこと言っている自覚はあるものの、羞恥心よりも虚勢が勝っている。

 

「……ユウくん、年齢の割にはイケメンですね。惚れちゃったかも」

 

 冗談めかして言っていることは明白で、外見年齢は同じはずなのに年下のように扱われていると分かり、ちょっと凹む。

 

「いっぱい増えて、見た目が全然変わっちゃって、また会う時はきっとユウくんのことを覚えてない。もっと何年後も先の話だから、たぶんユウくんも覚えてないと思います。

 ……それでも()()()()困ってたら、助けてくれますか?」

 

 そう言われ、今度は照れ交じりにではなく、彼女の目を見つめてしっかり答えた。

 もちろんだ。

 例えきみの姿が変わっていても。

 二人三人に増えていようと、四人五人に膨れ上がっていようとも。

 時の流れで俺がこの日を忘却してしまっても、生まれ変わったきみが別人になって何も覚えていなくても。

 必ずキミを助けると、約束する。

 

「……ふっ、ふふっ、あははっ。もうー、本当に真っすぐな子ですねユウくんは。そこまで言ってくれるならわたしも信じるしかないなぁ……」

 

 こ、好感触だ。

 もうこれは両想いと言っても過言ではないのでは?

 てか笑った顔かわいすぎるんだが。

 好きだ……。

 

「じゃあユウくん、ゆびきりです」

 

 促されるまま、小指を立てた。

 

「そうですねぇー……じゃあ、十年後。ユウくんが二十歳をすぎてカッコいい()()になったら、今度はこっちから会いに行きますから。そのときわたしが困ってたらまた助けてくださいね。

 はいっ、約束。指切りげんまん……」

 

 ウソついたら?

 

「どうしようかな。……んっ」

 

 答えを告げる前に、彼女は身を乗り出して。

 そのまま俺の頬へそっと口づけをした。

 突如襲ってきた柔らかい感触と、脳をバグらせる小悪魔的な行動にバチクソ動揺していると、いつの間にか黒髪の少女はまたイタズラめいた笑みを浮かべていた。

 

「ウソついても何もしませんけど……約束を守ってくれたら、今度はこっちにキスしてあげますね。……ふふっ」

 

 ふにっ、と人差し指で俺の唇を押さえた彼女の姿は、とても蠱惑的で心の奥底をくすぐられるような感覚を覚えた。

 なんというか……性癖の壊れる音が聞こえた気がする。

 

 

 

「……あっ」

 

 いつの間にか暗い場所に立っていた。

 よく見ると、向こうでダークライが手を振っている。

 どうやらそろそろ夢から覚める時間らしい。

 途中から薄々勘づいてはいたがやっぱり夢だったか。

 俺が体験していたのは明晰夢というやつだったようだ。

 

 意識が覚醒する前、俺はふと思い出した。

 そうだ、この夢を見るまで俺は彼女の事をすっかり忘れていた。

 なぜあの時の記憶が想起されたのかは知らないが、彼女との約束は終ぞ果たされることは無かったんだ。

 ボイスロイドのような精密な自我は無いが、世界で発表された人型アンドロイド自体は星の数ほど存在する。

 彼女が一体なんのプロトタイプだったのかは今でも分からずじまいで、後になって調べて判明した事だがあの研究所も俺が中学を卒業する頃には解体されて無くなっていた。

 もう調べようがない。

 叔父さんも忘れてしまうほど昔の、たった一日の工場見学だ。

 俺だってもう彼女の顔など覚えていないし、夢でどんな髪飾りを見たのかも忘却してしまった。

 ……ガチ恋してたって事しか覚えてねえ。

 別人になった彼女が目の前に現れても、きっとあの時の少女だと思いだすことはないんだろう。

 

 だから、というわけでもないけど。

 手を差し伸べられる範囲で困っている人がいたら、たとえそれが人間じゃなくても、なるべく助けたいと思いながら生きてきた。

 それでもし助けたアンドロイドが別人になった彼女だったらいいな、なんてくだらないことも考えながらそうしてきたのだ。

 ゆかりさん辺りに聞かれたら笑われるだろうな。

 

 だが、きっと俺はまだまだその生き方を続けていくんだろう、という確信があった。

 家族を失ってただ何も考えずに生きていたあの時の俺にとって、あの少女は立ち直るきっかけそのものだったから。

 まぁ、初恋なんて儚いもんなんだ。

 あのときの教訓を糧にして、せいぜいこれからの恋路に活かす事にしよう。

 そもそも今の生活を続ける以上恋愛なんて夢のまた夢な気もするけど。

 

 おぉ、この感覚、ようやっと目覚めるわコレ──

 

 

 

 

 そして早朝。

 覚えている範囲では確か昨日は叔父さんと晩酌をしていた。

 それからベッドへ寝転がって泥のように眠り、夢から覚めた俺の布団の中には、なぜかきりたんが潜り込んでいたのだった。

 

「あっ。……おはようございます。……、ロリコン兄さま……」

 

 ──なんだこのメスガキ!?(驚愕)

 

 

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