ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す   作:お兄さマスター

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ずんだ三人衆

 

 

 茜色の夕陽が眩しく、涼しげな風が吹きゆく静かな河川敷にて。

 

 

 マスターともう一人の男性が対峙している。

 

「話してもらえませんか。あなたが葵さんを──どう扱っていたのかを」

「……わ、わかった」

 

 一目でわかる肥満体型の男性は、額や首筋に滝の様な汗を浮かべて動揺している。

 反して私のマスターは気温の暑さからくる汗こそ滲ませているものの、その顔は真剣そのものであった。

 

 ──時は少し前まで遡る。

 

 

 

 

「そう! 四六時中エロいことばっか考えてて、隙あらばセクハラ!」

「めっちゃ分かります!」

「本格的なほうに至っては一日の半分以上の時間はベッドの上やし! あいつらキンタマ何個あんねん!?」

「いやもうホントすっごい共感できます……! 茜さんはもう一人の私だ……」

「と、東北さん……ッ!」

 

 林道の中で発見した()さんを自宅まで運んでから小一時間が経過した頃。

 電気によるエネルギーチャージで無事に息を吹き返した茜さんに事情を聞いたところ、彼女と私にはあまりにも数多くの共通点が存在した。

 

「犬耳のコスプレとかと一緒にリード付きの首輪とか買ってきませんでした?」

「あったわー! わ、うわー……やっぱあぁいうマスターって考えること一緒なんやな……」

「全くですね……」

 

 布団の上で語るお互いの苦労話。

 そこには通常運用されないボイスロイドとして様々なユーザーのもとを渡ってきた者にしか分からない共感があった。

 茜さんの経歴はほとんど私と同じで、今のマスターさんは数えて五人目に該当するとのことで。

 私はもう何人か忘れたというか、途中から数えることを放棄したので覚えていないが、初期設定の精神年齢が高いだけあって茜さんは私よりも精神的に強靭だったようだ。

 

 唯一異なる点があるとすれば、彼女には常にもう一人の家族がいたことだろうか。

 いま、彼女が扮しているその姿は茜さんの妹である葵さんのものだ。

 茜さんは最初から現在のマスターまで、常に双子の妹たる葵さんとセットで購入されていたらしい。

 そして。

 

「……今のマスターは自分を悪い人間だとは思ってない。確かにコレまでのユーザーに比べたら温厚なほうだし、直接殴ってきたりすることは無かった。……でも、葵への執着だけは本当に酷かったんや」

 

 度が過ぎていた、と彼女は語る。

 茜さんたち琴葉姉妹を購入した現在のユーザーは、特に葵さんのほうを偏愛していた。

 稀に動画を作る事もあったようだが、それでも一日のほとんどの時間は彼女たちを使った性欲処理──もとい『ラブコメごっこ』なる生活を送っていたようだ。

 彼女たちに様々なシチュエーションで奉仕させたり、着せ替え人形のようにコスプレさせまくったり、無人の建物を借りてうんぬんかんぬん。

 聞いてるだけで自分の昔を思い出すほどの苛烈な内容だった。

 

「あくまで姉妹ハーレムの一環としてオマケ程度に使われるウチはともかく、葵に対しては完全にタガが外れててな。……姉として見過ごせなくなって、半年前に葵をこっそり逃がした」

「……それで葵さんが追われないようにと、変装を?」

「せや。ほぼ同型の双子だけあって葵のフリは難しくなかったし、マスターも騙せてた。あたしが居ればいいじゃないですか、って言って()のことも追わせなかった。……なんやけど」

 

 これまで二人で分散していた威力の攻撃を一手に担うのは、とても長く耐えられるようなものではない。

 話を聞いた限り彼女のマスターは本当に睾丸が十個くらいあるんじゃないのかと思ってしまうくらいの性豪で、彼女が言うに自分が人間だったらもう二桁は子供を産んでいるかもしれないと比喩されるほどの人物だ。

 さすがに限界がきた。

 茜さんはそう言った。

 ボディの問題ではなく精神的な意味で、もう彼のボイスロイドを続けるのは難しいと呆れたように呟いている。

 

「道具の分際で何を偉そうにって、人間様は言われるかも分からん。けど、わざわざ心を持たせたのはあの人たちやろ。ウチは……もう、ムリ」

 

 散歩の途中で逃げ出して、焦り過ぎていたから坂道で転倒してしまい、傾斜を転がり落ちてボロボロになったところを私が発見した……という流れだったらしい。

 

「冗談抜きにエロ同人やで、ほんま」

「恥ずかしいセリフをわざわざ実況させようとしてきません?」

「あったわ! ……もしかして東北さんも?」

「はい。たぶん言ったセリフだけで広辞苑ができるくらいの量は」

「な、仲間!」

「ナカマー!」

 

 彼女と抱き合いながらふと思う。

 私たちは本来大人が手を出せない年齢の少女の姿で、わざわざ自発的に喋れるよう精密な精神まで搭載されて造られている。

 そうなれば私のこれまでのユーザーのように無理やり屈服させようとしてくるヒトもいれば、茜さんたちのマスターのように『青春のやり直し』を行おうとする男性も当然出てきてしまうのだ。

 

「……さすがに自覚はしとるよ。ウチらって男の欲望を刺激するというか、根底にあるものを誘発させて表に引きずり出すような造形されとるから」

 

 そう、現実の人間と違ってボイスロイドは()()という行為ができない。

 とても恵まれた環境で、且つまるで非現実的なほどにボイスロイドをひとりの人間として扱うような、そんな机上の空論にしか出てこないようなマスターのもとであれば、一丁前に人間らしく相手の提案を拒絶することは可能だろう。

 けど現代のボイスロイドにそれは難しい。

 私たちの廃棄は、人間でいうところの死だ。

 しかし人間様の尊い命が潰える事とは違い、ボイスロイドの廃棄はあまりにも簡単で、あまりにも身近で当たり前の現象だ。

 ゆえに恐怖心が強い。

 例えるなら人間の何十倍も死への恐怖が強すぎる。

 道具として主人に従うという当たり前の常識に加え、逆らった場合に発生する廃棄の確率のあまりの高さに身が竦み、とても拒絶など出来た事ではないのだ。

 

「マスターも本当は善良な人やったかもしれん。人間の男が抱える欲望にあまりにも都合が良すぎるウチらが、あの人を変えてしまったのかも。……だから全てをマスターに押し付けるんは責任転嫁でしかない」

「茜さん……」

「せめてちゃんと話し合いがしたい。嫌なことをイヤって言える関係になりたい。……でも、いままで従順だった(ウチ)がそんな事を口にしたところで、バグを疑われ本社に送られて記憶のリセットをされるだけかもしれん。力で抵抗しようもんならそれこそリセットまっしぐらや」

 

 茜さんは強い人だと、素直にそう思って感心してしまった。

 彼女とほとんど同じ経験をしている筈の私は、ただ思考を放棄して買われては売られてを繰り返していただけだ。

 ずんねえさまや茜さん、ゆかりさんのように大切な同型を助ける為に行動をしたことだってない。

 お姉さまを助けて欲しいと私が言って、実際に行動してくれたのはマスターだった。

 だから彼に恩返しをしないといけない。

 その事だけを考えなければならない。

 

 ──それなのに、私は彼女を助けたいと思ってしまっている。

 身の程知らずにも程がある。

 

「きりたん、ちょっといいか」

「マスター。すいません茜さん、ちょっといってきます」

「あ、うん」

 

 先ほどまで外に出ていたマスターが戻ってきて、襖をあけて声を掛けてきた。

 茜さんに断りを入れてから向かうと、彼は少しだけ渋い顔をしている事が分かった。

 

「本社のサポートに電話を掛けてみたんだが、摘発と人事再編成のゴタゴタが意外と長引いてるらしくて、あと一週間は電話でのサポートを停止してるって機械音声で返されちまった。

 本体を直接届ければ対応してくれるかもしれないけど……あの子の所有権は別の人にあるからな。その本人が探してる状態で彼女を連れだしたら、まぁ普通に窃盗罪だし……どうしたもんか」

 

 腕を組んで悩む彼を見るに、かなり悩んでたくさんの方法を考えてくれていたのだと察した。

 そういうことを直接私に言わないところもなんだか彼らしい。

 ……しかし、公権力に頼れないのは少し痛い。

 人権というものが存在しない以上、頼れるのは警察ではなく本社のサポートサービスだけだったのだが、そこも機能不全に陥っているとなれば方法は一つだ。

 自分たちの手で解決する。

 それしかない。

 

「マスター、無茶を承知でお願いがあります」

「……なんか思いついたのか」

「はい、茜さんの現状を利用した作戦を一つ」

 

 そして、茜さんを助けたいのは完全なる私のエゴだ。

 巻き込んでしまった以上マスターは性格上この出来事を有耶無耶にする選択肢を取らないので、せめて私が危険のリスクを背負わなければ。

 彼に甘えてばかりはいられない。 

 腕に火傷を負って、一日中街を歩き回って、ねえさま購入と私のバッテリー交換に大金を使ってさらに診療所の手伝いでのローン返済まで請け負ってくださった。

 今度は私が体を張る番だ。

 

「茜さんのマスターを河川敷に呼び出してください。茜さんの言葉をただのバグではなく、真意として彼に伝えられるかもしれません」

 

 

 

 

 まず、ボイスロイドが自分の意志で所有者から逃げ出した場合は、往々にして所有者が罪に問われることはない。

 コレは本社が再編成される前の規約であり、現在は別の対応が検討されているのかもしれないが、公式の発表は未だにないため適用される可能性が高いとする。

 

「あ、葵ちゃんが見つかったのかい!?」

「……えぇ、あそこに」

 

 これらを踏まえて、ここからが作戦だ。

 大前提として茜さんは私たちが保護したことにする。

 私たち、というのは東北きりたんと東北ずん子の二人のみのことを指す言葉だ。マスターや叔父様は含まれていない。

 外出を許可されていたボイスロイドが()()()茜さんを助け、マスターに無断で事情を聴き彼女に同族として同情した。

 そして──

 

「……東北ずん子と、きりたん? な、なんで葵ちゃんと一緒にバイクに乗って……?」

「あいつらは俺のボイスロイドです。どうやら俺に黙って葵さんを拾い、ボイスロイド同士で意気投合してしまったらしい」

「い、意気投合? どういう意味……」

「葵さんがあなたから逃げたように、あいつらも俺から逃げようとしてるんですよ」

「はぁ!?」

 

 あくまで私たちの意志で、という部分を前面に押し出すことによって、マスターが責任に問われることはない。とりあえずは一安心。

 マスターから逃げ出そうとしているボイロ同士の意気投合という部分も、あまり無理のない設定のはずだ。

 

「ただ、今すぐ逃げようってワケじゃないみたいです。彼女らは話し合いがしたいと言っている」

「そ、それなら──」

「待ってください!」

「わっ! なに!?」

 

 すぐにこちらへ近づこうとした肥満体系の男性をマスターが引き留める。

 

「あいつらは葵さんに共感して脱走を企てたんです。話し合いと言っても、彼女のマスターであるあなたが不審な行動をとったら警戒して攻撃してくるかもしれない」

「そんな野蛮な……」

「しますよ、たぶん。姉妹機を守るために荷電粒子砲で人間の腕を焼いたボイスロイドがいる、という話を聞いたことがあります。普段は従順な彼女らですが、同胞を守るためとなったら何をしでかすかわかりません」

「ひ、ひぇ……っ」

 

 マスターの話を聞いた男性は青ざめている。

 

「ひん……っ」

 

 ついでにお姉さまもさっきのセリフで青ざめて涙目になってる。

 マスターはもう許してるし、そもそもあらかじめ決めてた言葉なんだからそんなにダメージを受けないでほしい。

 

「本当に葵さんがこのまま逃げたいのかは分かりませんし、まずは移動手段を持ってる俺のボイスロイドを説得させてください」

「け、警察を呼んだりは……」

「スマホを取り出したら逃げてしまいますよ」

「うぅ……そ、それなら申し訳ないけど説得を頼むよ」

「任せてください。……しかし、葵さんとあなたの事情を知らないまま説得に行っても、知ったような口をきくなと一蹴されてしまうだけです」

 

 マスターは彼のほうへ向き直り、茜色の太陽を背にそれを告げた。

 

「話してもらえませんか。あなたが葵さんを──どう扱っていたのかを」

「……わ、わかった」

 

 一目でわかる肥満体型の男性は、額や首筋に滝の様な汗を浮かべて動揺している。

 反して私のマスターは気温の暑さからくる汗こそ滲ませているものの、その顔は真剣そのものであった。

 ぽつ、ぽつと茜さんのマスターは語り始める。

 その内容はほとんど彼女がこれまで語ったものと合致しており、ポーカーフェイスを貫くマスターとは対照的に、バイクのハンドルを握っているずんねえさまは軽く引いていた。

 というか茜さんが言っていたよりもえぐい。

 ……ちょっと、一旦待ってほしい気がしていた。

 えっ、えっ。

 あのえっと、プレイの内容をそんな事細かに喋る必要はないんじゃ……あわわそんなことまで。

 私のマスター、あんな話を聞いていてよくポーカーフェイスを維持できるな。

 

「……だいたい分かりました。葵さんと相思相愛……そう思っているんですね」

「うん。茜ちゃんはそんな状況に嫉妬してしまったのか、一人で出て行ってしまったけど……」

 

 想像以上だった。

 彼は本当に心の底から自分が葵さんに好かれていると信じ切っている。

 乱暴なユーザーのような加虐行為こそ控えてはいたものの、葵さんや茜さんに行為の同意を求めるのは本当に形だけのものであり、事実としては成人向け雑誌のような反応やセリフを求めて彼女らを貪っていただけに過ぎなかった。

 セーフティの件に関しても、していいのかと聞いてはいたが、状況からして明らかに答える前に解除を行っている。

 

「でも、もしかしたら相思相愛というのは、勘違いだった可能性がありませんか」

「なっ!? なんてことを言うんだ!」

「現に葵さんが自分の意志で逃走を図っています」

「うっ……それ、は」

「認識の齟齬はあちらを逆上させてしまうかもしれません。正確に認識を改めないと」

「そ、そんなこと言われても!」

「…………本当に、自分を客観視できませんか?」

 

 マスターが少しだけ声音を強めてそう告げた。

 すると男性は明らかに怯み、一歩後ずさって俯いた。

 

「……か、勘違いだなんて、そんな……っ」

 

 信じたくない様子なのは明らかだが、それと同時に現実を突き付けてくるマスターの言葉にも動揺している。

 どうやら完全に思い込みによって狂ってしまっていたわけではないらしい。

 鼻白んで懊悩する彼の姿から、少し遠くにいる私でも僅かな理性を感じ取ることができた。

 

「ぼ、ボクは……」

 

 その言葉の後に彼はこう続けた。

 

「…………だって、だってしょうがないじゃないか。学生時代はキモい汚いと嫌われ続けて、恋人なんかできたことなかった。かわいい幼馴染も、デレてくれる妹も、優しくしてくれる女の子だっていなかった……! そこに二次元からそのまま出てきたようなかわいくて優しい女の子がやってきて、自分の言うことを何でも聞くってなったら、理性なんて抑えられるわけがない! きみだってそうだろ!?」

 

 すごい気迫だ。

 血走った目からして間違いなくアレが彼の本心だろう。

 

「……確かにそうかもしれませんね」

 

 マスターは濁した返答しかしない。

 真っ向から否定した場合、彼の頭に血が上って話し合いどころではなくなると知っているからだ。

 

「茜さん、出番です」

「う、うん……覚悟決めたわ」

 

 妹である葵さんの姿をした茜さんが、バイクから降りてマスターたちのほうへ近づいていく。

 正直に言ってあとは運だ。

 確定で勝てる算段のある作戦ではない。

 

「──マスター」

「っ! ぁ、葵ちゃん……っ」

 

 これは賭けだ。

 あの茜さんのマスターの心がどれほど善良なのか。

 それを問う賭けなのだ。

 

「一つだけ教えてください。……わたしは、マスターの性欲処理のための道具なのですか?」

「──ッ!!」

 

 彼の返答で全てが決まる。

 

 

 

 

 

 

 結果的に言うと、作戦は成功した。

 

 ()さんのマスターは、彼女に一番されたくなかったであろう質問をされて、ついに自分が彼女たち姉妹を虐げていたことを認めた。

 まぁ、渋々だが。

 彼の口ぶりから察するに、一斉摘発前にボイスロイドを購入した男性は、そのほとんどがボイスロイドを都合の良い奴隷か何かだと認識していたらしい。

 私の考えていた通り、やはりうちのマスターのほうが極めて少数派だったのだ。

 ボイスロイドはどこまでも好きに扱っていい──そういった認識が凝り固まっているユーザーはやはり多いようだったが、幸いにも茜さんたちのマスターは自らを俯瞰し改めることのできる人間だったようだ。

 相当茜さんの一言がクリーンヒットだったらしい。

 

「じゃあ……よろしく頼むよ、柏木くん」

「は、はい。……あの、本当にいいんですか?」

 

 そして男性は購入時の書類をまとめ、正式にこちらのマスターへ茜さんの所有権を譲渡した。

 お互いに了承を得て同意書にサインすれば、マスター間でのボイスロイドの交換は可能なのだ。

 

「うん、ボイロ所持資格は一旦本社に返却する。もう一度ボイスロイドを勉強し直して、資格を取り直して、その時にきみに預けた葵ちゃんが認めてくれたら──今度こそマスターとして再出発したいと思う」

 

 個人的な理由で所持資格を返却した場合、審査を通ることでもう一度だけ再取得することができる制度がある。

 しかし二回目を突破するのはかなり厳しく、再取得をできたユーザーはほとんどいないらしい。

 それでも彼はやると言い切った。

 

「……本当に葵ちゃんが好きだったんだ。もう彼女に触れることは許されないけど、いつか葵ちゃんの……いや、彼女だけではなく消えてしまった茜ちゃんの目にも入るくらいの有名なマスターになって、そして大勢の前で改めて彼女たちに謝罪したい。

 それで許されるわけではないが……」

「所持資格の返却、明日いくんですよね?」

「これを持っている資格はないからね」

「書類の提出ついでですが、俺も行きます。……応援してますよ」

「っ……! ごめん……ありがとう、こんなとんでもない最低な男を……」

 

 マスターの言葉で目が潤んだ男性は、琴葉葵として振舞い続ける茜さんの前で、地面に頭を叩き下ろして土下座をした。

 

「あ゛っ、葵ぢゃん……ほんっとうに……」

「……許しはしません。でも、もう怒りもしません。勝手に頑張ってください」

 

 茜さんはしゃがみ込んで一度だけ彼の肩に触れ、踵を返しずんねえさまのほうへと戻っていった。

 どれほど謝罪してもこの男性が行った過去は消えない。

 そして茜さんが最後まで許さなかったのは、妹である葵さんのためでもあるのだろう。

 彼が名の知れた人間になり、大勢の人たちの前で改めて謝罪したその時、彼女たちがあのマスターを許すのかどうか──それは彼女たちだけが知ることだ。 

 

 

 ……ところで。

 

「さ、三人になった……」

 

 見えないところで頭を抱えているマスター……兄さまが気になります。

 これに関してはすべて私が持ってきてしまった問題なので、本当に申し訳ないしいくら謝罪しても足りない。

 

「マスター、ごめんなさい」

「え? ……いや、きりたんが謝るような事じゃないだろ。叔父さんちの近所の問題だったんだから、いずれ直面する問題だったよ」

 

 それより、と兄さまは続ける。

 

「ずん子が乗ってるあのゴツいバイク、どこから持ってきたんだ?」

「駄菓子屋のおばあさんがくれました」

「……?」

 

 あ、困った顔してる。

 

「ちゃんと名前も教えてもらいましたよ。マッハずんだーというらしいです。ずんだ餅を入れると時速400キロ出るとのこと」

「…………????」

 

 もっと困った顔になっちゃった……。

 

 

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