ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
逃した葵ちゃんを無事見つけたら変装を解いて二人をこっそり入れ替える、という約束を茜ちゃんと交わして、彼女を受け入れ近所の琴葉姉妹の問題が解決して数日後。
新しく動画メンバーの仲間入りを果たした茜ちゃん(動画内では葵ちゃん)の紹介動画を作っているボイロ三人をよそに、俺は実家の裏手でとある人に電話をかけていた。
『左腕に緑色のミサンガを付けている琴葉葵ちゃん……ですか』
「あぁ。何か知らないかな、ゆかりさん」
診療所の結月先生である。
彼女のもとには多くのワケありボイスロイドが集うため、少しでも情報がないかと思って連絡を入れた。
あのふとっちょマスターから逃げた葵ちゃんは左腕に緑色のミサンガを身につけていたらしく、現状それが唯一の手がかりだ。
茜ちゃんも緑のミサンガを巻いており、二人で自作したそれが彼女らの姉妹の証であったらしい。
『たぶん葵ちゃん、今は私のマスターと一緒にいますよ』
「えっ」
情報というか答えが返ってきてしまった。
どういう状況からそんな事になっているのだろうか。
『日本各地を回っていた半年前、スリープモードで洞窟内に隠されていた葵ちゃんを見つけたらしくてですね。たしか腕にミサンガを付けていたはずです』
「ほ、ほんとか! それで彼女はどこに……?」
『私が診療所を離れられないんで今はマスターの助手をしていたかな。たぶん今も一緒にいますよ』
「じゃあ……ゆかりさんのマスターを呼ぶってのは」
『いやー、あと数ヵ月の間はちょっと厳しいかもです。あの人いまウルグアイで共同研究に参加してるみたいだし』
ウルグアイって日本の反対側じゃないか。
しかも助手だとか共同開発とかいかにも多忙って感じのワードまで出てきてしまって、姉妹再会がかなり後になることが確定してしまった。
……しかし、このご時世でおそらく最も安全だと思われる人に拾われていたのはマジで僥倖だった。
しかもそれが知り合いの関係者とくればもはや奇跡だ。
どんな善行を積んだらここまでの幸運が回ってくるんだろうか……俺は少し状況に恵まれ過ぎているかもしれない。
「それより、診療所の手伝いを休んで本当にごめん。何か埋め合わせを……」
『はいストップ。片腕が使えなくなってる怪我人を働かせる診療所がどこにあるんですか』
「で、でも四十万……」
『……あぁ、もー、まったく。柏木君はちょっと真面目すぎますよ? そもそも診療所の手伝いは来れる日でいいって前から言ってるじゃないですか。無理して出る必要はありませんし、あなたの怪我はずん子ちゃん購入に手を貸したわたしの責任でもあるんですから、埋め合わせなんて考える必要はありません』
なんだか少しだけ強い声音で怒られてしまった。
こちらとしてはずん子購入の際の警察への弁明や、きりたんのバッテリー交換費用を診療所の手伝いで済ませてくれた恩に少しでも早く報いたいのだが、彼女の弁としては"急がなくていい"の一点張りだ。
先程口にした通り、彼女なりに責任を感じていて、俺のことを心配してくれているのかもしれない。
『……ごめんなさい、急にまくし立ててしまって』
「いや、俺が無神経だったよ。ごめん」
『いえそんな……流石に人間様に対して生意気すぎたというか……』
「きりたんのほうがもっとずっと生意気だし気にしないで」
『えっ、あのきりちゃんが……?』
ずん子の購入や彼女が診療所に来訪したときなど、わりと面倒ごとばかり持ってきがちで疫病神の様な俺のことをわざわざ心配してくれていると知って、思わず嬉しくなってしまい顔がニヤけた。
自分のボイスロイドたちはもちろん、叔父さんやゆかりさんなど、とても穏やかで優しい人たちに囲まれている現状のありがたみを改めて実感している。
「じゃあまた」
『何か困ったことがあったらいつでも連絡してくださいね』
「うん、ありがとう」
彼女との通話を終え、俺は縁側に移動して座り込み、一息ついた。
一番危惧していた葵ちゃんの件が時間の問題だと判明し、ようやく肩の荷が降りた気分だ。
茜ちゃんにこの情報を共有すればとりあえずは一件落着といったところだろうか。
「……にしても、マッハずんだー……ねぇ」
庭に停車してあるバイクを眺めながら呟く。
あの特撮ヒーローが乗ってそうなゴツいバイクの名はマッハずんだー。
昨日の作戦の際にボイスロイドが逃げるための手段として、きりたんが近所の駄菓子屋のおばあちゃんから借りてきた物なのだが、紆余曲折あってウチの手元に残る事になったのだ。
「親父にあんな趣味があったの知らなかったな」
駄菓子屋のおばあちゃん曰く、これは柏木さんから預かっていたモノだよ、とのことだった。
つまり元々ウチの親父の所有するバイクだったらしい。
若い頃の親父は叔父さんと一緒に各地を走り抜ける有名なバイク乗りだったらしく、とある地方にて圧倒的なテクニックで疾走するおばあさんに惚れ込み、彼女にこれを預けていた。
車関係のことはあまり詳しくないのだが、ずんだエンジン搭載のコレは国に正式に認められた特殊車種であるらしく、親父がいろいろと手回しをしていたようでこのマッハずんだーの維持費の大半は国からの援助を受ける事ができると、叔父さんから聞かされた。
なんでも『優がコレに乗れるように』と言って、入念な仕込みを行っていたそうだ。
大きな会社の役員だったとはいえ、国が御する制度の一端に関わっていたなんて……親父、本当は何者だったんだろうか。
ていうかずんだエンジンってなんなんだ。
ずんだニウム機構という、ボイスロイドの開発や近年のエネルギー問題解決に大きく貢献したシステムの大本である(らしい)ため、国の支援を受けられるというのは……なんかこう、いろいろぶっ飛んではいるものの理解自体はできる。
しかし親父がそんなものを持っているなんて事は知らなかった。
自分で開発したわけではないと叔父さんは言っていたが、だとしたら交友関係がヤバすぎる。
SFチックなシステムを開発できる研究者や、それを用いて国とやり取りできる人物など、冷静に考えたら大物だらけで軽く引く。
なんとなく凄い人だとは思っていたがこれ程とは。
俺という典型的なダメ大学生になっている今の息子を、親父の知り合いたちが見たらどう思うんだろう。普通に怒られそうなもんだけど。
「……まぁ、俺の為に残してくれたってんならありがたく使わせてもらうよ、親父」
時を超えた父親からのプレゼントに触れながら、ぼそりと呟く。
普通の車両と違って高性能だとか、維持費が都合よく援助されるとか、はたから見れば俺は結構ズルい立ち位置にいるのかもしれない。
しかし、こればかりは息子の特権というやつだろう。
あの人を父親に持った以上、彼が遺してくれたものは遠慮なく使わせてもらうつもりだ。
……バイクに乗るのは腕が治ってからだけど。
「兄さまー」
「おぉ、きりたん」
「叔父様が用意してくださったお菓子です。一緒に食べましょう」
撮影が終わったのか、お盆にお茶と和菓子を乗せたきりたんが縁側にやってきた。
周りの風景といい持っているものといい、和風な衣装と相まってやけに雰囲気がある。
まるで本当に同人誌で見ていたあのきりたんと共に暮らすお兄さまにでもなった気分だ。
「マッハずんだーを見てたんですか?」
「男の子はカッコいいマシンに惹かれちゃうんだよ」
「ふーん、そういうもんなんですかね。ちなみにそれ、変形してバトルずんだーっていうロボットにもなるらしいですよ」
「個人が所有していい代物じゃなくない?」
馬鹿と天才は紙一重というが、コレを作らせた親父と完成させてしまったその友人は案外アホだったのかもしれない。
バイクをロボットにしてどうすんだよ。
闘う予定の敵とか一人もいないよ。
「あっ、そういえばゆかりさんに電話したんでしたっけ。どうでした?」
「見事に大当たりだったよ。ゆかりさんのマスターさんが保護してくれてたらしい。今は海外にいるけど、数ヵ月後には会えるだろうって」
「ホントですか。やったー」
串団子を咥えながらガッツポーズをするきりたん。
同じマスターのもとで活動する事になったとはいえ、出会ったばかりの他人のためにここまで喜べるなんて、本当に純粋で根っこから優しい少女なのだなと思う。
茜ちゃんのために解決策を模索していたあの時のきりたんの顔つきは真剣そのもので、同情だけでなく元から人を慈しみ思いやる事のできる性格なんだろう。
普段からの礼儀正しさからもその内面が読み取れるというものだ。
──だからこそメスガキ染みた最近の行動は、とても違和感が強かった。
「きりたん」
「ずずず……はい?」
「俺の部屋にあったエロ本、見ただろ」
「ブッ!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、彼女は盛大にお茶を吹き出してしまった。
ふっ、やはりなこのロリガキめ。
この数日間冷静になって考えたのだが、どう考えてもそれしか彼女がああなった理由が思いつかなかった。
あの同人誌の通りに行動すれば俺を手玉に取れると思っていたようだ。
漫画の中のお兄さまのように、分からせようと行動すれば何かしら考えていたであろう対抗策で俺を撃退し、さらに煽りを激しくする予定で動いていたのだろう。
「い、いぇっ、あのその」
「隠さなくていいぞ。ベッドの下にあったはずのものがベッドの上に置いてあったからな」
「はわっ! し、しまった……っ」
優しい子ではあるが、それはそれとしてやはり小生意気な性質も併せ持っている、というのが俺の仮説だ。
同人誌そのままの行動をしてわざと自分を襲わせ、禁欲と火傷の痛みによって発生していたストレスを発散させようとしていた──という線も一応は浮かんだが、すぐに考え直した。
それだときりたんが常軌を逸した聖人になってしまうというか、俺への信頼度や好感度があまりにも高すぎる事になってしまうのだ。
無いだろう、それは。
だって出会ってからまだ二ヵ月も経ってないんだぞ。
「あのあのっ、えっと……あっ、お茶! あったかいお茶が冷めちゃいますよ!」
「お、おう。……俺も団子食っていいか?」
「どうぞどうぞ!」
……いやまぁ、流石にずん子購入の件で少なからず感謝されたことは自覚している。
風呂場で後ろから抱き着かれたときの声のトーンとかは結構マジだった。
とはいえ、だ。
それだけじゃ体を許すほどの好感度上昇など起こりえるはずがない。
普段の彼女との生活の積み重ねやずん子の件を踏まえると──
29/100
……とか、好感度はこれくらいではなかろうか。
コレでもちょっと高すぎるくらいか。
金欠でエネルギー供給が疎かになってしまっていた最近の事情を加味した場合はもう少し下がっているかもしれない。
「漫画読んだことは謝らなくていいからな。部屋に入っていいって言ったのは俺だし」
「あ、はい……でも、あのっ、私……」
「いいって。俺も漫画の主人公の真似をしたくなった時期ならあるからさ。……でも、今後はあぁいうのもう少し控えてくれると、助かる」
「もちろんです! 生意気なことして、すみませんでした……」
マジであれ以上同人誌の通りの誘惑と煽りを続けられたら、自分自身の理性を抑えられなかったかもしれない。
こう言っては不謹慎かもだが、茜ちゃんの事件という横やりが入ってくれて逆に助かった。
お互いに別の事へ意識が割かれたおかげで、地獄の同人誌再現チキンレースは中断に終わったのだから。
「いや、俺も悪かった。あんな本を置いたままにして──」
「そんな! ほんと、勝手に読んでしまった私がわるいので……」
「見える位置に隠してた俺が悪いんだ。出来れば……忘れてほしい」
「は、はい。可能であれば私のあの変な行動も忘れて頂ければ……」
「うむ……」
マズい、きりたんの顔が見れない。
彼女が俺のことをどう思っているのかは知らないが、確実に言えることが一つある。
俺自身が『東北きりたんをいやらしい目で見ていた』という事実を、あろうことか本人である彼女に知られてしまった事だ。
冗談抜きで恥ずかしすぎる。
茜ちゃん事件とかマッハずんだーとかでこの数日間は話題を作って認識をズラしていたが、それも限界を迎えてしまった。
「ぁ、兄さま……?」
「えぇと……」
「…………うぅ」
「くっ……」
顔が熱い。
恥ずかしさで脳が沸騰してしまい、うまい言葉が浮かんでこない。
そんなお互いに何も言えない地獄のような空気は、お菓子をつまんだりお茶を飲んだりで誤魔化しつつも、小一時間ほど続いてしまうのであった。