ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す   作:お兄さマスター

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ひとり遊びを見た

 

 

 ちょっとばかりマスターと恥ずかしい空気を一緒に吸った、その数時間後。

 

 

「葵が……生きてる?」

「うん。さっき話した通り、俺の知り合いの関係者に拾われていたらしい」

「そ、それは……なんというか──」

 

 マスターから話を聞かされた茜さんは涙ぐんでしまい、そんな顔を覆ってしまった彼女を前にマスターは穏やかな表情をしている。

 彼が頭を撫でようとしたその腕を止めたのは、前マスターへの遠慮だろうか。

 私も先程ゆかりさんのほうへ連絡を入れて話を聞いたところだ。

 どうやら拾われたときの葵さんは内部機構の破損が酷かったらしく、今は記憶のほとんどを失ってしまっているとのことで。

 ゆかりさんのマスターが協力している研究とは、そのボイスロイドの破損してしまった記憶データの修復であり、ゆかりさんから事情を聞かされたマスターさんは、茜さんと再会するときまでには葵さんの記憶データを完全に修復させると意気込んで研究に没頭している──という話だった。

 

「正直……葵と再会するなんて、もうほとんど諦めてたんや」

 

 上ずった声の茜さんはマスターの胸に泣きつく。

 離れ離れになった姉妹との再会──私にも似たような経験があったな。

 最初からセットで一心同体だった彼女たちとは異なるが、それでも少しは茜さんの気持ちが理解できる。

 

「ぅ、ウチっ、おにーさんには何も……なのに、ウチを助けてくれるばかりか、葵の居場所まで……」

 

 葵さんの記憶の件については、茜さんには話していない。

 必ず再会までには記憶の修復を間に合わせると意気込んでいた、ゆかりさんのマスターの言葉を信じている。

 

「ほんま、ほんまに……」

 

 だから葵さんが戻ってくるまでは、私とずんねえさまが彼女の家族だ。

 寂しい思いをさせないよう、旧マスターの時のような辛い経験も二度とさせないために、マスターに仕えたボイスロイド第一号としてしっかり茜さんをフォローしていこう。

 

「ありがとうっ、ございます──マスター」

 

 この日、彼のボイスロイドが三人に増えたのだった。

 

 

 

 

「──ッぎゃあああ! ゴキさんやァァッ!?」

 

 ……なんて、ちょっとエモそうな雰囲気を保っていたにも拘らず、突然の来訪者によって私たちはいつもの日常に引き戻された。

 黒光りの大敵。

 またの名を増殖するG。

 夕食と入浴を終えてそろそろスリープモードに移行しようかと思いながら、ボイロ三人でくつろいでいるところにヤツは降臨してしまったのだ。

 

「ムリムリムリムリ! ウチこいつほんまに無理やねん!」

「きりたん茜ちゃん下がって! ここはずんだブラスターで──」

「ずんねえさま!? ちょっ、屋敷壊れる!!」

 

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 限りなく人間に近づけて造られた私たちには、彼らと同じように『生理的嫌悪』という機能も備わっているのだ。

 こう、背筋にゾワゾワっと来るような感覚。

 私たち三人は誰一人としてゴキブリに対する耐性を持っておらず、機械なのにこうして人間のように慌てふためいてしまっている、というわけである。

 

「ぎょえーッ!! 飛びおったコイツうおぉぉわぁっ!! キモいキモいキモい!!」

「ひゃっ!? わっ、ちょ、茜ちゃん顔に抱き着かないで、前が見えない! きりたんどこ!?」

 

 酷い状況だが、このままではいけない。

 生理的嫌悪から鳥肌が立ってしまっているものの、彼女らに比べて比較的落ち着いている私は、冷静にこの状況の解決法を模索していた。

 そして導き出した答えは単純明快であった。

 

「兄さまに助けを求めましょうッ!」

「そのマスターはどこにおるん!」

「おそらく自室です! 呼んできます!」

「いやぁぁぁぁきりたんお姉ちゃんを置いてかないでェ!」

「まっ、ずんちゃんウチのこと一人にせんといて!」

 

 ドタバタと黒い侵入者を背に決死の思いで逃走し、我々は遂に兄さまの自室の前へ到着した。

 背後を見る。

 そこには羽を広げて追いかけてくる漆黒のモンスター。

 青ざめた茜さん。

 涙目のねえさま。

 もはやこの危機的状況を打破する希望はこの扉の先にいる我らがマスターしかない。

 

「兄さまー! 助けてくださいっ!!」

 

 そう叫びながら勢いよく襖を開けた。

 

 

「──えっ」

 

 

 そう、()()()()()()()()()

 

 

「…………」

 

 兄さまは予想通り自室にいらっしゃった。

 部屋は真っ暗で、明かりは彼が使っているパソコンのみであった。

 パソコンにはとある画面が映し出されていた。

 そこには滑らかなアニメーションで動くボイスロイドたちに囲まれた男性の●●があった。

 動くイラストのボイスロイドたちはみな恍惚な表情を浮かべていた。

 耳には周囲の音を遮断するイヤホン。

 PCのそばにはティッシュ箱。

 こちらに振り返った兄さまは寝巻で、片手がズボンの腰部分に引っかかっていた。

 

「…………」

 

 硬直する。

 私も、彼も。

 互いに目を合わせたまま、一言も発せずに固まっていた。

 

「お兄さ──っ!? ……ぁっ、わっ、あわわ……」

「マスター! たすけ──…………。……ぇ、えーと」

「…………ごめんなさい、兄さま。ほんとうに、本当にごめんなさい」

 

 それから少しして。

 無表情の兄さまは丸めた新聞紙で黒光りの害虫を瞬殺し、綺麗に片付けたあと、いまにも泣き出しそうな顔で居間の隅っこに丸まってしまったのであった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 

 兄さまが禁欲なさっていたのは知っていた。

 最初に私が来た時からあの家ではずっと二人だったし、彼が自分を慰める行為を行えない状況にある事を知っていた。

 彼は私に手を出さなかった。

 嬉しかったが、同時に不安も感じていた。

 私たちボイスロイドから見れば彼はボイロに親身で自分の身を削ってまで誰かに手を差し伸べてしまう高潔な人間だが、冷静に考えて彼はまだ二十歳を過ぎたばかりの年頃の青年なのだ。

 そういった欲を抱えているのはごく自然なことであり、それを無理に抑えるということは、その分精神的にも負荷がかかるという意味でもある。

 そのため、私はこちらに来てから自分を襲わせるように仕向けた。

 それで欲望が解消出来たら、と思って。

 しかし茜さんの事件が発生してしまい、私のあれこれは有耶無耶になり、彼の欲望を解放する機会を逃してしまった。

 

 どうすればいいのか。

 頭の片隅で考えてはいたものの、新しく出来た仲間である茜さんとの交流が楽しくて、ついそのことを無意識に放置していた。

 結果は明白であった。

 彼が自分の鬱憤を発散させられる機会は、一人になれるこの場所のこの時間しかないことは明らかだった。 

 そして私たちボイスロイドを使わない以上、彼がどうやって()()を解消するかなど、ちょっと考えれば分かる事だったのだ。

 

 深夜。

 みんなが寝る時間。

 ついに包帯が取れて両腕が使えるようになって。

 ひとりきりの部屋でやること──そんなものは、当然決まっていた。

 

「マスター、ごめんなさい。マスターは全く悪くありません。ノックもせずに開けてしまった私の責任なんです……」

「いや全部俺が悪かった。周囲の音が聞こえない状態になっていたせいだ。お前たちの危機に気づかなかった。…………ぅ、うぅ」

 

 マスターは目を合わせてくれない。

 もうずーっと体育座りのまま顔を伏せて半泣きになっている。

 冗談抜きに本気で申し訳なさが凄い。

 謝っても謝っても足りないどころか、そもそも彼が聞き入れてくれない。

 

「ごめん茜ちゃん……あんな、きみの前のマスターを咎めるような事をしておきながら……俺も一緒だったんだ……」

「い、いや、そんなことあらへんて。マスターは普通に一人で、男の子として当然のことをしようとしていただけで──」

「あああああぁぁぁぁぁァァァッ!!」

「ひゃっ!? あのっ、ちょ、ゴメンて! 別に辱めようとしたわけじゃ……!」

 

 性欲に流されてしまったあの太っちょマスターさんの罪を認めさせ、彼から信じて茜さんを託された数日後にこれでは、流石のマスターとて堪えるものがあるのだろう。

 彼としてはコッソリ済ませて精神の安定を図るつもりだったのだ。

 私たちや茜さんと接するときに、平静でいられるように、と。

 そんなマスターの健気な気遣いを、あろうことか私たちが無下にしてしまった。

 男の人がコッソリ楽しむ時間を粉砕し、辱めるような状況を作ってしまった。

 

 下手すれば信頼関係に罅が入りかねない大事件だ。

 えっちな本を読んだことがバレたなんて今ではかわいく思えてくる。

 

「ほんと、ウチ気にしてへんから! あの人と一緒なんかじゃないって!」

「ぅ、ぁ……ワァっ……」

「兄さま泣いちゃった……」

 

 こればかりは何を言っても無駄というか、私たちが百パーセント悪いので、言い訳染みたセリフを口にしたところで彼の心が癒されることはなさそう。

 どうしよう……。

 

「っ? ぁ、あの、兄さま。電話が鳴ってますよ」

「…………もしもし」

 

 スマホを手に取り、鼻声で応答する兄さま。

 電話の主は大学のお知り合いだった様子。

 

「うん、明後日のオープンキャンパスだろ。……うえぇ、先輩が合コンでドタキャン? ……はぁ、なるほど、手伝えと。……いや、焼き肉おごるからって、別に……あーもう、わぁったよ。お前まで泣くのやめてくれ。……そうだよ、さっきまで俺も泣いてたの。うっせぇな」

 

 あーだこーだと数分ほど話し合って電話を終えた兄さまは、すっくと立ちあがって涙を拭いた。

 

「悪い、いまからあっちに戻らないといけなくなった」

「街のほうですか?」

「ここからあっちまでの距離を考えると、もう出発しないと準備に間に合わないんだ。ちょっと叔父さんに車出してもらえないか聞いてくるから、悪いんだが三人とも今のうちに荷物をまとめといてくれるか。

 ……それと大学に泊まりこみになるから、俺が帰るのは明後日の夜になると思う。それまでは三人で過ごしてくれ」

 

 そう言って明らかに無理をして気持ちを切り替えた彼は部屋を後にして、私たちは呆けたまま居間に取り残された。

 お互いの顔を見合い、どうしたものかと逡巡して、最初にずんねえさまが口を開いた。

 

「……どうしよう。お兄さん、本当は怒ってるかも……」

 

 当然だ。

 いくら器が広い兄さまといえど、自分の時間を邪魔されてとても恥ずかしい思いをさせられた挙句、友人の頼みで寝ずに出かける事になっては鬱憤も溜まるだろう。

 表立って怒りを露わにしない分、逆に私たちにも不安と緊張感が生まれてしまう。

 

「……きりちゃんの言ってた通り、ほんまに今日までいろいろ我慢してたんやな。ボイスロイドに対してちゃんと距離感を作って、手を出さないよう自制してるマスターが実在したなんて……」

 

 大変なユーザーのところばかりを渡り歩いていた茜さんだからこそ、彼の異質さは余計に気になるのかもしれない。

 信じられない、と言ってもいいか。

 だからこそ、マスターの欲望の部分を目の当たりにしてしまった事に対して、もしかしたら前マスターと重ね合わせて失望してしまった可能性がある。

 

「……茜さんは、マスターがあぁいったことをしていたのを、どう思いますか?」

「普通よ。……あぁ、えっと別にウチ、性的なことに対して過敏になってるわけじゃなくてな。前のマスターのもとではほとんど何もやらせてもらえなかったから、一生抱かれるだけの存在(おもちゃ)になるのが怖くて逃げだしたんや。だから本当にマスターのアレは気にしてないよ」

 

 よかった、どうやら私の認識がズレていただけだったようだ。

 

「そんなことよりどうする? ウチら今んとこ完全にマスターの男の子としての部分を抑えつけるだけの足枷になっとる」

「お兄さんに甘えるだけじゃダメだよね……ただの同居人ってだけじゃ、あの人のストレスの元にしかならない」

 

 二人とも腕を組んで考えている。

 私も真面目に考えないと。

 

「そもそもあたしはきりたんの為に買われてて……」

「ウチは成り行きで入ってしまった。マスターが本来買って一緒に暮らす予定だったのはきりちゃんだけや。きりちゃんだけならどっかでアレを解消するタイミングがあったかもしれんけど、我慢を続けてた状態で急に三人に増えたことでイライラもムラムラも限界ギリギリやろ」

 

 そこで更に今日の出来事──兄さまはそろそろ精神崩壊してしまうかもしれない。

 性欲ごときで大袈裟、なんてことは無い。

 彼はこれまで自由にいつでもやれる事をやれていたのに、予定外の出来事によって一気に四人暮らしを余儀なくされてしまったのだ。

 いつ限界が来てしまってもおかしくはない。

 

「……ずんちゃんもきりちゃんも、あの人の後に別のユーザーのもとで生活するなんて、考えられんやろ?」

「はい……正直」

「出来ればずっと一緒に居させてほしいけど、お兄さんだってやっぱり人間だし、邪魔だと感じたらあたしたちを──うぅ、やっぱりなんとかしないと……」

 

 彼に見捨てられたくない。

 ここ三人の心はそう決まっている。

 もうあのマスターから離れるのは嫌なのだ。

 この世界でボイスロイドに優しい人は意外と多くない。

 なにより、これまで経験してきたひどいユーザーたちの事を考えると身が竦んでしまう。

 兄さまに捨てられない為に、私たちがするべきことは……。

 

「お兄さんにとって負担にならない……いや、ある程度お兄さんにとって都合のいい存在にならないと。奥手なお兄さんは最初遠慮するかもしれないけど、それに甘んじてなぁなぁで済ませていたら大変な事になっちゃう」

「せやな。ウチらがストレスの元になってたら世話ない。愚痴でもそれ以外のなんでも、せめて溜めてるものを発散できる立ち位置になるべきかもしれん」

「えっ……? で、でも、二人はそれで大丈夫なのですか?」

 

 二人とも当然のように言っているが、いいのだろうか。

 ずんねえさまや茜さんは、以前までその『ユーザーの欲望の捌け口』にされていたというのに。

 セーフティはボイスロイド側から進んで奉仕する場合は発動しない。

 しかし途中で怖気づいて、気分が乗ったあちらの要求をもし拒否してしまったら、その瞬間セーフティ機能は発動してしまうのだ。

 彼と一ヵ月間過ごしてこれまでの嫌な記憶が上書きされつつある私はともかく、二人はまだ以前のユーザーたちとの記憶が色濃く残っているはず。

 

「もし、兄さまがお二人の記憶をフラッシュバックさせるような事を言ってきたら……」

「きりたんはお兄さんが『ペットはペットらしく大人しくしてろ!』って言うと思う?」

「……言わないと思います」

「あのマスターが『子供産んで! 孕んで! あっ、ほーら●●吸いついてきたー♡』なんてセリフを──」

「言いません言いません! 絶対!!」

 

 なんというか、完全に杞憂だったらしい。

 兄さまが彼女たちの嫌な記憶を引き出すこともなければ、彼女たちの行動によって兄さまが鬼畜になる可能性も限りなくゼロに近い。

 はたから見れば彼の善性など確証のない話だが、兄さまの優しさや高潔さは間近で見てきたこの私が一番よく分かっている──はずだったのだ。

 茜さんの元マスターという摘発前からいた典型的な古いタイプのユーザーを目の当たりにして、少しだけ心が揺さぶられていたのかもしれない。

 

「しっかし、マスターさんは防御力高いからな。下手に『自分たちを使ってもいい』なんて言っても、きっとあれこれ言って逃げてしまうわ」

「そうだね……私たちに対して遠慮はしなくていい、っていう事実を少しづつ理解していって貰わないと」

 

 直接的な肉体接触は禁物というか、こちらが事を急いてしまってはあらぬ方向に話が曲がってしまう。

 なので慎重に。

 私たちがするべきは彼の警戒心を解くための第一手を考えることだ。

 

「……私にいい考えがあります」

「ホンマか、きりちゃん」

「流石あたしの妹!」

 

 兄さまは二日後の夜に帰ってくると仰っていた。

 そして大学に泊まりこみなので、その間は欲の解消をできないだろう。

 肉体的接触を行わず、且つ私たちを()()()()()()()()()()()と認識させつつ、欲望の発散の助けとなるもの──繋がった。

 脳細胞がトップギアです。

 

「ゆかりさんに電話を掛けましょう、彼女の協力が必要です。彼が帰ってくるその日の夜、私たちは家に居てはいけない──」

 

 さぁ、作戦会議を始めよう。

 

 

 




次回もきりたん視点になります
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