ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
兄さまが大学のオープンキャンパスのお手伝いとやらに向かってから少し経って。
「聞いてよアカネちゃん!」
「ん?」
「……うん。見た目は葵ちゃんですけど、やっぱりしっくりきますね」
「せやなー」
私たちは兄さまのアパートではなく、結月診療所にお邪魔していた。
彼が不在の間にここでやるべき事があり、あらかじめゆかりさんに情報を共有してから合流した形だ。
「わ、私もゆかりさんとの曲ありますよ。対戦よろしくお願いします」
「流石にきりちゃんのよりウチのヤツのが有名やろー」
「むむむ……」
「あの、二人ともゆかりちゃんと遊んでる場合じゃないよ……?」
私たちは三日間この診療所に預けられる事になった。
そう、つまり兄さまが明日の夜帰ってきたとき、家には誰もいないという事になるわけだ。
彼が一人になれる時間を作るにはこうするしかなかったわけだが、理由付け次第では『自慰をさせるために家を出ていった』と思われてギクシャクしかねない為、ここからは慎重に動かなければならない。
作戦としては以下の通りだ。
まず私たちがゆかりさんの家に身を置いたのは、私たち三人の意思ではなく、兄さまが休んだ分の手伝いをしてほしいという事でゆかりさんに呼び出された、という事にしておいた。
事情を知らない(という設定の)ゆかりさんからの呼び出しであれば、私たちが家を離れても兄さまに怪しまれることは無いだろう。
もちろんゆかりさんには事情を共有している。
今回は彼女の協力がないと私たち三人の生命に関わるイベントだからだ。
兄さまにはとりあえず家で一人になれるから自慰できてラッキー、程度に思ってくれたらそれでいい。
しかし、だ。
ただ自慰をおこなって満足した後に私たちが普通にゾロゾロと帰ってきたら、彼は私たちを疎ましく思うかもしれない。
それではダメだ。
今回の作戦の目的は二つ。
ひとつは兄さまの二ヵ月ぶりのストレス解消を誘発させること。
そしてもう一つは、邪魔だからという理由で捨てられない為に、兄さまにとって多少都合の良い存在になることなのだ。
兄さまの中にある『都合のいい存在』という枠に入りつつ、無理のない形で彼を満足させる。
その二つは絶対だから、あの人の優しさに甘んじて手を抜くという事は決してしない。
コレちょっとやりすぎなんじゃない? と思うくらいの事をしなければいけないのだ。
私たちを使ってストレス発散をしてもらう──コレが今回の作戦の主目的である。
「……意気込むのは大変に結構ですけど、きりちゃんは何か案でもあるんです?」
「もちろんです、ゆかりさん。ここって確か防音室ありましたよね」
「えぇ、裏手に。……あ、じゃあ鍵を持ってきますね」
「…………なんで診療所に防音室があるんや?」
「気にしないでおこうね、茜ちゃん」
ゆかりさんから受け取った防音室のカギで部屋を開け、四人で中へ入っていく。
そしてテーブルを真ん中に置いた後、私たち三人は各々背負っていたリュックから機材を取り出し始めた。
「とりあえず開けましたけど、結局きりちゃんたちは何をするんですか?」
「ASMR音声作品の収録です」
「な、なんと。それはまた手間のかかることを……」
私たちはボイスロイド。
少女の姿をしているのはもちろんだが、何よりも自分たちの強みは
「家を出る際ウチのマスターから譲り受けた荷物ん中に、新品のバイノーラルマイクが入っててな。結構高いものなんやけど、買ったはいいものの使わずに放置してたっぽい」
「はぇー……それでどんな作品の収録を?」
ゆかりさんの質問には作戦の立案者たる私が答えよう。
「コッショリ作るような音声作品です。これを聴いて貰う事によって、兄さまの中で私たちが
一度茜さんの荷物を見せてもらった時に、以前兄さまと話したサブチャンネルでのASMR配信というものを思い出した。
以前から言っていた事であれば、やれるチャンスが回ってきたときに実際に実行しても、なんら違和感はないはずだ。
「えっ。あの、ちょっと待ってください、収録した作品をそのまま柏木君に渡すんですか? なんというか……それめっちゃ気まずくなりません?」
「いいえ、作品を渡すのはゆかりさんですよ」
「は、はぁ……」
まだいろいろと飲み込めていない様子だ。
ここは懇切丁寧に説明しないと理解して貰えないか。
まず、私たちは兄さまのアレを見てしまった罪滅ぼしとして、今以上に動画作成への貢献をしようと考えた。
第一歩として、サブチャンネルでのASMR配信で利益をあげ、金欠まっしぐらの彼の生活に潤いを与えたい。
その
そして私たちは作品収録の練習を兄さまには秘密のまま進めていて、ボイスロイドの活動内容をマスターが知らないのはマズいからという理由で、ゆかりさんはコッソリ私たちに黙って収録した作品を兄さまに横流しする。
私たちは週に一、二度ほど収録するため診療所へ向かい、兄さまはボイスロイドがいなくなって一人になれる日に、その音声作品を聴いてストレス発散をおこなう。
と、こんな感じなのだが、伝わっただろうか。
「……うーん? えっと、つまり?」
「定期的に私たち三人がこの診療所へ向かう日を決めて、兄さまが家でコッショリ一人で楽しめる時間を毎週作る、ということです」
「な、なるほど」
「まぁ一度見てもらえれば分かると思います。早速やっていきましょう」
説明するより実際にどうなるかを確認してもらったほうが早いか。あとゆかりさんにはもう少し伝えやすい内容にして喋ってもらおう。
あの夜、兄さまがプレイしていたゲームからして、ボイスロイド全体にそういう興味があるのは確認済みだ。
今回の作戦の成功率は百パーセントである。
◆
翌日の夜。
大学で相当コキ使われたのか、かなり疲れ切った様子でトボトボと自宅へ戻っていく兄さまが見えてきた。
私たちは少し離れた路地からこっそり様子を窺っており、ここから先はゆかりさん一人に任せる事になる。
不安半分、期待半分といった心持ちで観察していると、ついに待機していたゆかりさんが兄さまに接触した。
では、作戦開始です。
「──柏木くんっ」
「っ? ……あぁ、ゆかりさんか」
「どもども。はいコレ、ご飯買っておきましたよ」
「えっ……うわ、マジか。……ほんっとにありがとう。料理する気とか起きなかったし、めっちゃ助かる……」
彼女は冷凍食品などの日持ちするご飯が入った買い物袋を渡し、まず兄さまの警戒を解いていく。
いくら相手が慣れ親しんだゆかりさんとて、肉体的にも精神的にも疲弊した状態で他人と出会ったら、兄さまも面倒くさいと思ってしまうだろう。
なので彼にとって利益になることを持ち込みつつ、なるべく手短に済ませてもらう手筈になっている。
「きりたんたちは? まだ診療所の手伝いしてんのか」
「あぁ、いえ。それは結構早めに終わりましてね。……でも彼女たち、おそらく帰るのは明日の夜くらいになると思います」
「えっ……?」
この流れだと、自分に気をつかって家を空けた、と思われてしまう。
そうではないという事を知ってもらわねば。
「これ、彼女たちには黙ってるように言われてるんですけど……さすがにボイスロイドの活動内容を所持ユーザーが知らないのはマズいので、教えておきますね。とりあえずコレをどうぞ」
「な、なに……?」
ゆかりさんに手渡されたUSBメモリを怪訝な表情で観察する兄さま。
あそこに私たちの努力の結晶が詰まっています。
「あの子たち診療所の防音室を見た途端、茜ちゃんが持ってたバイノーラルマイクでいろいろやろうと考えたみたいで。そのUSBには彼女たちが録音した作品がいくつか入ってます」
「音声作品か……」
「えぇ、三人ともすっごい張り切ってましたよ。ASMR動画界の覇者になって世界を掌握するんだーって」
「それは……また、熱心なことだな」
よし、いまのところは怪しまれていない。
動画作成に真摯な態度を見せれば、真面目な動画配信者である彼の心証も良くなるだろうと踏んでのあのセリフだ。
「何かあったんですか?」
「……ちょっと、な。もしかしたら俺が怒ってると思わせてしまったかもしれない。……あいつら、俺を気遣って帰ろうとしてないのかも」
「あー……たぶん、ちょっと違うかもです」
「へっ?」
ゆかりさんの言葉に、兄さまは素っ頓狂な声を上げる。
「誰かへの気遣いっていうより、単に音声収録にハマっちゃってるように見えましたよ。ボイスロイドなんで別に三日三晩スリープしなくても動けますし、防音室に籠りっぱなしなんで、あの様子だと外でどれくらいの時間が経過してるか分かってないと思います」
あくまで動画作成に夢中になって帰っていない、という部分を押し出してもらっている。
自分のアレの為にボイロが家を空けていると思い込んでしまったら、兄さまはいよいよ羞恥心で耐えられなくなってしまうかもしれないので、帰れないのは別の理由だと信じて貰わねば困るのだ。
「そう、か。……気にしないでくれてたのか」
「柏木君はさすがに内容を知っておかないとヤバイと思ったんで、彼女たちに黙ってそれを渡しに来たんです。とりあえず確認してみてはいかがでしょうか」
「あ、あぁ……分かったけど、三人ともそんなに音声収録に夢中になってたのか?」
きた。
待っていたぞ、この時を。
この質問に対しての回答で、兄さまから見た私たちの印象を変えることができるはずだ。
「えと、音声収録というより……その内容のほうに興味があるんじゃないでしょうか。台本は三人で楽しそうに作ってましたし、動画作成よりも
ゆかりさんのそれを聞いた兄さまは首をかしげる。
「ジャンル……? あいつら、どんな音声を取ってたんだ?」
「さぁ。PCからデータをコピーして持ってきただけなんで、わたしは内容ほとんど知らないんです。ずっと診療所の受付のほうに居ましたし」
「そっか……とりあえずいろいろありがとう、ゆかりさん。戻ったら三人にはあんまり頑張りすぎないよう言ってあげてくれ」
「はいー、了解です。それじゃあお休みなさい」
「うん、おやすみ」
手を振って去っていくゆかりさんを見送ったあと、兄さまはUSBメモリを興味深そうに見ながら、そのまま家の中へと戻っていった。
概ね満足のいく会話イベントだったのではないでしょうか。
では診療所に戻ってもう少し撮り溜めをしたら、翌日の兄さまの様子を見に行きましょう。
◆
はい、また次の日の夜。
私たちはちょっと緊張しつつ、ゆかりさんと一緒にマスターの自宅へと戻っていった。
「三人ともおかえり。診療所の手伝いご苦労様だったな」
兄さまは一見平静だ。
なんだか私と目を合わせてくれないけれど、いつも通りの態度でこちらを出迎えてくれた。
ゆかりさんに言われた通り、私たちがコッソリ音声作品の収録をしていたことについては、知らないフリを続けるご様子。
部屋は異様に片付いており、ゴミ箱の中は空っぽ。
ゴミ出しの日は明日なのでおそらくゴミは袋にまとめてベランダに出しているものと思われるが、どうせなら今日のゴミと一緒に明日出せばいいはずだ。
彼の少しだけ違和感のある行動に、私たち三人は少し期待を持った。
「……あ、ゆかりさん、ちょっといいか?」
「はーい」
兄さまはゆかりさんを連れて玄関のほうへ移動した。
ここからでは会話の内容が聞こえないので、こっそり近づきつつ最大限に耳を立てる。
──すると、期待していた通りの、私たち三人の望んでいた言葉が、彼の口から飛びだしてきた。
「……昨日持ってきてくれたデータなんだけど」
「えぇ、それがなにか?」
「…………その。えっと……新しいデータがあったら、また持ってきてほしいんだけど……頼めるかな」
「もちろんですとも、マスターなら確認しないといけませんものね。……ちなみに、どんな内容だったんですか?」
「へっ!? あっ、いや、それは……」
…………やったー!!
ちゃんと聴いて貰えた! しかもおかわりのリクエストもゲット!
「ず、ずんねえさまぁ……ッ」
「やったね、やったね二人とも……」
「無事クエストクリアや……っ!」
喜びのあまり三人で抱き合い、小声でお互いの健闘をたたえ合う私たち。
そう、私たちが作った音声作品とは、ぶっちゃけると成人向けに該当するものである。
私たちが居ない時間にそれを兄さまに使ってもらい、彼が溜めていた様々なストレスを吐き出させるのが目的だったのだが、どうやら本当にうまくいったようだ。
兄さまが禁欲から解放される
とんでもない失態をおかしてしまった私たちが捨てられない為には、彼にとってそういう部分でも必要とされる存在にならないといけなかった。
そう、兄さまを東北きりたん、琴葉茜、東北ずん子の三人によるハーレムASMR音声作品のファンにして、続きが欲しくなるような状態にすることこそが、私たちの勝利の方程式であったわけだ。
身も蓋もない、ボイスロイドが好きな男の子の欲望を刺激するという単純明快な作戦ではあったが、意地でも直接私たちには手を出そうとしない彼に、普通の動画サポート以外で必要とされるにはこの方法しかなかったのだ。
替えが利かない存在になれば、ひとまず手放そうという気にはならないだろう。
最初から優しいマスターのもとに引き取られたボイスロイドからすれば、心配しすぎだとか杞憂だとか言われるかもしれないが、私たち三人は捨てられる怖さを知っている。
だからここに、彼のそばに居続けたい。
自らの居場所を守るためなら、成人向けの作品だろうがなんだろうが無限に作ってやるつもりだ。
「ゆかりさん、三人が作ってたあの作品って……あいつらいつ出す予定なんだ?」
「練習って言ってましたし、とりあえず撮って編集してるだけで、しばらくその予定はないと思いますよ。というか有料作品の配信にはマスターの許可が必須ですから、彼女たちがそういった作品を作ってるって柏木君に告白してくるまでは、あの作品の視聴はあなただけの特権ですね」
「……ぉ、俺だけ……」
私たちの作品による利益が兄さまの生活、ないし動画作成環境の足しになるのなら実際の配信も視野に入れるべきだろう。
しかし今は兄さまだけが楽しめるコンテンツだ。
この事情を告白したとして、彼が”独占したい”と言ってくれば配信もしないつもりだ。
……あっ、二人とも戻ってきた。
「な、なぁ……きりたん」
「どうかしましたか、兄さま」
茜さんとずんねえさまは夕食の準備に取り掛かり、ゆかりさんはPCを開いて何やら作業を始めた。
彼が話しているのは現状私だけだが、こっちとしては全員私と兄さまの会話に耳を傾けている。
「以前、安い音響機材を見つけたからサブチャンでASMR配信をしたい……って話があったよな」
「ねえさまたちがいなかった頃ですね。兄さまに耳かきしたのを覚えてます」
「そう、それ。……えっと、やってみるか?」
「それは……サブチャンでの配信を、ですか?」
「あぁ。まだやりたかったら……だけど」
こ、これはどういうことでしょうか。
まさかあの作品だけでは飽き足らず、合法的な形で私の音声作品を聴きたいということか……?
供給が足りてない?
兄さまもしかして予想以上にASMR音声ハマっちゃった?
「ぜ、ぜひ! あの、実はこの前茜さんの荷物の中から専用のマイクを見つけまして。やってみたいなぁ、とは思っていたんですけど……」
「じゃあ防音シートとかを買っておこうか?」
「結月診療所に防音室があるらしくて。……あっちが使えない日とかもあると思うので、お願いできますか」
「あぁ、わかった。──っと、チャンネル作ってみたけどアイコンはどれがいい?」
「え、えーと……」
意外にもとんとん拍子で事が進んでいき、私もなんだか焦ってしまっているかもしれない。
作戦を考えたりいろいろと計画的にやってきたはずなのに、やっぱり兄さまのほうが一歩上手というか、最終的にはいつも私のほうが後手後手になってしまう。
か、敵わない。
動画関係の事になるとフィジカルが違い過ぎる。
「……あの、兄さまはASMRやらないんです?」
「まったく需要ないだろ……」
「意外とそんなことないかもしれませんよ。質問コーナーとかのラジオ形式の動画、けっこう伸びてますし」
「……企画はともかく、俺の声を聴いて喜ぶ層はいないと思うぞ」
「ど、どうでしょう。……いる、かも」
兄さまの声が好きな人は結構いる。
昔からの視聴者さんたちはもちろんこと、診療所ではゆかりさんが作業BGM感覚で兄さまの過去の雑談配信を再生していた。
……ゆかりさんが兄さまを気に入ってるだけの可能性もあるか。
「とにかく今はボイスロイドだけでよくないか。……あ、ずん子と茜は出演させるのか?」
「たまに交代していろんな層を引き込みたいなー、なんて考えてます」
それと。
「同時に二人以上で配信する……とか。タイトルにボイロハーレムとか入れたら、結構ヒト来てくれそうじゃないですか?」
「は、ハーレム……」
「兄さま?」
「……ぁ、いや、うん。いいと思うそれも。サブチャンの企画には口出ししないから、三人に任せるよ」
「了解ですー」
ハーレム、という単語に露骨な反応を示した兄さま。
あの音声を聴いた後ではそうなってしまうのも無理ないか。さっきまでのゆかりさんとの会話を聞いた限り、かなり好みの所をストレートに打ち抜いたようだし。
今回兄さまに聴いて貰った音声は、そこまで直接的にコッショリした部分を前面に押し出したものではなかった。
なんというか、日常から派生するゆったりとした作風を意識した感じだ。
実際最初の一時間は耳かきやマッサージなどで、その部分だけ切り取ったら全年齢でもいけるような癒しボイス作品に仕上がっている。
あとから追加したコッショリ部分も、ハーレムではあるがくんずほぐれつの大運動会などではなく、ゆったりまったりと落ち着いた仕上がりになっていたはずだ。
まぁ耳元でちょっと興奮を煽るようなセリフを言ったり、お耳に触れて色々やったりはしたが。
好き、と囁いたり。
耳を甘噛みしたり、とか。
アレの直接的な名称を口にするのは避けて、あえてぼかした言い方にして逆に焦らしたり、など。
普段から音声作品を嗜んでいらっしゃる人間様からすれば物足りないくらい、とてもマイルドな音声だったと思う。
……どうやら、それでも兄さまにとっては結構な刺激だったようだ。
そういえばカウントダウンもしたんだっけ。
たぶんアレが一番攻撃力が高かったかもしれない。
さん、にい、いち──
「ふふっ、楽しみにしててくださいね、兄さま」
「ぁ、あぁ……うん」
自然に微笑んでみせると、彼は少しだけ顔を赤くして目を逸らしてしまった。
まだまだ道のりは長いけど、この日私たちは配信者としてまた一つレベルアップしたのでした。