ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
兄さまと一緒にバイクへ跨り、心地よい風を感じながらコンクリートの海を進むこと小一時間。
私たちは人工知能博覧会というイベントが開催される大きな建物に到着した。
事の経緯は単純。
自宅でみんなが兄さまハーレムしながら四人でスマブラをしていた時、暇だった私はPCで適当にネットサーフィンをしていたのだが、そのときにこの人工知能博覧会という文字列を発見したのだ。
さすがにただの博覧会に興味を示すほど純粋ではなかったのだが、その中に『ボイスロイドの始まりの機体』という大変目を引くワードを目撃したため、兄さまに頼み込んでこのでっかいドーム状の施設にまで足を運んだというわけだ。
ゆかりさんはいつも通り診療所。
ずんねえさまと茜さんはクリアするまで終われない耐久配信中ということで、博覧会へ訪れたのは兄さまと私の二人きりだ。みんなにも来て欲しかったな。
「入場受付は終了です。パスをお見せいただければいつでも再入場が可能ですので」
係員に促され、施設の中へ進んでいく。
とても大きな建物を借りたイベントという事もあってか、中は大勢の人ごみで溢れかえっていた。
内装はまるで博物館そのもの。
加えてあちこちで展示用のAIたちと人間が触れ合っている。
予想してた静かな展示会などではなく、家族連れも多いポピュラーなイベントなのかもしれない。
「にしても……本当にその恰好で大丈夫なのか、きりたん?」
隣を歩く兄さまは少しばかり不安そうな表情をしている。
そう、私は現在変装しておらず、デフォルト衣装を身に纏った普通の東北きりたんだ。
ふっふっふ、事前に仕入れた情報に間違いはないので安心してくださいね。
「アンドロイドの持ち込み大歓迎って見出しもありましたし、受付でボイロ用の飴ちゃんなんかも貰ったんですよ? 心配ありませんって」
「まぁ……ボイスロイドではないが、自立型AIを連れてるお客さんはそこそこいるな。きりたんも悪目立ちしてない」
「そうそう、だいじょぶだいじょぶー」
変装せずに外を出歩けるのが嬉しいのか、私はいつもより舞い上がってしまっているかもしれない。
いろんなものを見て回りながら博覧会を楽しんでいると、少し進んだ先に『ボイスロイドの方はこちら』という案内を発見した。
何かと思って近づくと、そこには見覚えのある顔が。
「あれっ、あかりさん?」
「きりちゃん! こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」
係員の服装に身を包んだあかりさんが部屋の入り口で案内を行っていた。
これはどういう事だろうか。
「知り合いか?」
「はい、こちら紲星あかりさん。こっちが私のマスターです」
「どうもマスターさん!」
「初めまして。きりたんがお世話になってるようで」
「いえいえとんでもない!」
そういえばあかりさんと兄さまはコレが初対面だ。
図書館で出会ったときのあかりさんは変装していたし。
「どうしてあかりさんはここに?」
「ここでお仕事してるの。アタシ本社に自由行動を認められてるボイスロイドだから、その対価としてこういうボイロが関わるイベントはみんなお手伝いする事になってるんだ」
事情は把握したが、本社に自由行動を認められている、という点が引っ掛かった。
そんな怪訝な表情をした私を前にして察したのか、あかりさんは聞く前に疑問に答えてくれた。
「自立成長プロジェクトっていうのがあってね。ボイスロイドを比較的自由に行動させたらどう成長するのか、っていう実験の一種なんだ。アタシが改造ボイロなのに出歩けるのはそういう特別な理由があるから」
「なるほど……あかりさんも大変ですね」
「アハハ。まぁマスターが居ない生活っていうのも意外と新鮮で楽しいよ。あっ、それよりコレ見てく?」
あかりさんが紹介してくれたのは、ボイスロイド向けの見学コースだった。
扉の先は一本道になっているようで、道中様々な展示品や歴史の資料を見て回りながら進む部屋だったらしい。
「所要時間は三十分。退屈はさせないと約束しますよー!」
あかりさんが張り切っている様子を一瞥し、兄さまの判断を窺った。
ボイスロイド向けという事もあるし、もしかしたら兄さまには退屈かもしれない。
少し不安になりながら彼を見上げていると、不意に私の頭を撫でてきた。
「俺のことなんか気にしないで行ってきな。再入場できるらしいしちょっと外のコンビニで支払いを済ませてくるよ。終わる頃には戻ってくるから、それまではあかりさんと居てくれ」
そう言って兄さまはあかりさんにお辞儀しつつ、人混みの中へと消えていった。
歴史の資料とか聞いた時は少しだけ顔をしかめていたし、拘束時間の長い見学ツアーなどは苦手なのかもしれない。
もしくは自分に気を遣わせず、私を好きに見学させる為だったのか。
ともかく彼の心遣いには感謝しておこう。
私一人になると言っても、イベントの係員であるあかりさんと一緒にいればそこは問題ない。
「レッツゴー!」
「おぉー」
というわけで、博覧会の主目的だったボイスロイドの歴史ゾーンへと足を踏み入れていくのだった。
◆
あかりさんによると、現時点でここに訪れたボイスロイドは私だけだったらしく、ようやく案内ができると彼女はウキウキしていた。
アンドロイドを連れている人間こそたくさんいるものの、ボイロ連れは兄さまが初めてだ、と。
精密に造られた精神を持たない自立型アンドロイドは安価で手に入りやすく、その反対のクオリティ重視で値段が跳ねあがっているボイスロイドは、やはり一般人向けのAIではなかったらしい。
それでも私が注目されなかった理由は、展示用のボイスロイドと触れ合える機会があり、兄さまもその体験をしている内の一人だと思われたからだったのだろう。
「そろそろ今回の目玉が見えてくるよー」
ただ、人混みの騒がしい外と違って、この部屋の中は心地よい静寂に包まれていた。
あかりさんに案内されながらボイロの歴史を辿っていき、私は遂にその原点たる存在の前に足を運ぶ。
そこにあったのは──
「……髪飾り?」
透明なガラスケースの中に鎮座するそれは、私のデフォルト衣装に付いている包丁型のアクセサリーに酷似したものであった。
たった一つだけ、そこに置いてある。
かなり傷がついており、形もなんだか少し歪で、青白い線が一本だけ刻まれているその姿から、アレが私の装着しているコレのオリジナルなのだなと察することができた。
「これは統合型試作零号機が付けていたとされる髪飾り」
あかりさんは穏やかな表情を浮かべている。
多分、私も。
この髪飾りを目にした途端、形容しがたい安心感のようなものを心の中に感じた。
自分の物ではなく事前に調べていたわけでもないのに、この特殊な形状の髪飾りを私は知っていた。
「統合型、試作零号機……?」
「いわゆるプロトタイプってやつだね。私たちボイスロイドの大本──というか
最初の、私。
その表現は人間で例えることができない。
人間からすれば何を言っているのか理解できないかもしれない。
ただ私はボイスロイド。
言葉ではなく、心でその意味を理解できた気がした。
最初の私。
一番初めのボイスロイド。
「プロトタイプの素体は行方不明なんだって。研究所間でのゴタゴタがあったらしくて」
「……廃棄されたのでしょうか」
「さぁ。噂によれば廃棄されたか、どこかに保管されてるとか、もしくは素体ごと新しいボイスロイドに転用されたとか……みーんな憶測」
行方が分からなくなった彼女のパーツで、唯一残されたものがこの髪飾りであったらしい。
プロトタイプ。
統合型試作零号機。
ボイスロイドのオリジナルであるはずのそれを、私はどうしても母親だとか姉だとか、そういった感覚で捉えることはできなかった。
「……プロトタイプ」
分かっているのは素体が少女の姿をしていた、という事だけだ。
それ以外全く何も知らない。
知らない筈なのだが、何かを知っている気がする。
彼女の髪飾りを前にすると、言い知れぬ違和感を覚えてしまった。
「これは公にされてる情報じゃないんだけど、実は試作零号機の研究は十年前のある時点でかなり行き詰ってたらしいの。とある転機が訪れて、そこから一気に現代の形へ進歩していったみたい」
ツアーの案内らしく、隠された逸話らしきものを語るあかりさん。
しかし、不思議と彼女が明かそうとしている秘密がなんなのか私には分かる気がした。
「──男の子に、会った」
「えっ? ……あれ、もしかしてきりちゃんもこの話、どこかで聞いたことあった?」
「あ、いえ……」
聞いたことなどあるはずがない。
その歴史とやらを知る為にわざわざこの博覧会へ足を運んだのだから。
とはいえ、頭の片隅でその情報が掠ったのも事実。
もしかしたらネットサーフィンをしている時に、そこかで見かけた情報だったのかもしれない。
「ユークン、っていう少年がプロトタイプの中枢神経を大きく刺激させて成長につなげた、っていう話なんだけど……きりちゃんが知ってるならわざわざ話す必要もないか」
「……ユークン? 変わった名前ですね、外国の方ですか?」
「アタシもそう思ったんだけど、もしかしたら『ユウ』っていう名前の子を君付けしてたんじゃないかって話だよ」
ユウ……。
ゆう、か。
確か兄さまの下の名前も
研究が停滞していた十年前というのも、彼の年齢を考えると小学五年生。十分普通に少年だ。
……いや、まぁ流石にそれは出来過ぎか。
同じ名前の人間など山ほどいるし、ただの偶然だろう。
「──おっ。見学はもう終わったのか?」
部屋の外へ出ると、なにやら服がところどころ破れている兄さまが出迎えてくれた。
というか口の端っこから血が出てますよ。
「あの、兄さま? どうしてそんな怪我して……?」
「いやぁ……ちょっとコンビニ強盗が押し入ってきてな。バトルずんだーと一緒に戦ったら……」
「あかりさん、医務室ありますか?」
「う、うん。さすがに連れて行こう」
「ちょっ、二人とも……?」
ヒーロー染みた行動が最近目に余る兄さまをそのまま医務室へ連れていき、応急処置をしながら考える。
もし彼がユウくん、という歴史の転換点となった人物だったら──と。
かぶりを振り、思考を改める。
それは流石に望みすぎだろうと考え直し、私はちょうど耐久配信を終えて愚痴を語る茜さんの電話を聞きながら、兄さまと共に博覧会を後にしたのだった。