ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
なんだか最近発生しがちだったシリアスな空気が鳴りを潜め、兄さまも無闇矢鱈と深夜に外出するのを控え始めてから数日後。
事件は起こった。
「……ずん」
街の喧騒も静まり返るような深い夜の時間帯。
いつも通り自宅で就寝していたその時、突然ずんねえさまが変なことを呟いて、ゆっくりと起き上がった。
抱き枕と化していた茜さんを解放し、布団から這い出たお姉さまはスヤスヤと寝息を立てている兄さまのほうへと向かっていく。
「……ねえさま?」
「ずんずん。……ずん、ずん」
部屋着のショートパンツから見える魅惑の太ももよりも、まず彼女の行動が気にかかった。
腰を振っている。
虚ろな目をしながら兄さまの下腹部あたりの匂いを嗅いでいて、まるでお預けをさせられてる犬みたいに四つん這いのまま腰が左右に揺れているのだ。
明らかに尋常でないその様子に焦りを覚えて私が起き上がるも、彼女は物音を発したこちらに対して見向きもしない。
「ふぅー、フーッ、ずーん……っ♡」
「あの、ねえさま。こんな夜中にどうし──」
「ハムッ♡♡」
「ねえさま!?」
思わず大声が出てしまう程の突飛な行動。
後ろからゆっくりと肩に手を置こうとしたその瞬間、ずんねえさまが兄さまの股間部に、ズボンの上から勢いよく顔を埋めてしまったのだ。
「ンンンフウウゥゥゥゥ♡♡ ずんずんっ♡♡♡」
「ねっ、ねえさま! お気を確かにっ!」
めっちゃ兄さまの股間の臭いを嗅いでらっしゃる。
それに眼の中にハートマークが浮かんでいるし、コレは一体何事だ。
どう考えても正常ではないお姉さまに後ろから抱き着き、なんとか兄さまから引き剥がそうと格闘をしていると、ようやく騒ぎに気がついたのか茜さんがスリープモードから目を覚ました。
「ふあぁ……んん、なんやぁ……? 二人とも何騒いで──えええぇぇェェッ!?」
「ずんずん、ずんずん」
「なっ、な……!?」
「聞いてよアカネさんっ! なんかずんねえさまがヤバいので手を貸して!」
「何事っ!?」
ちょうどいい、この際だから彼女にも助けてもらおう。
私の筋力ではずんねえさまの足元にも及ばないのだ。
「ぁ゛……ぅ゛おぉ゛……」
めちゃくちゃ力強く股間を握られて、眠ったまま顔が青くなってる兄さま。
マズい、このままだと目を覚ますよりも先に急所をぺしゃんこにされて永い眠りについてしまうかもしれない。
待っててください兄さま。
兄さまと未来の子供たちの命は、必ず私たちが守って見せます。
「ずんずん♡♡♡ ずーん♡♡♡♡♡♡」
「ぐえぇっ!? ちょっ、ギブギブ! ず、ずんちゃん早う戻ってきてぇ……!」
──と、こんな感じの一幕だった。
邪魔をする茜さんに対してずんねえさまがヘッドロックをかけ始めたあたりで、私が予備として取っておいたずんだ餅をバグった彼女の口にぶち込んでみると、そこでようやくお姉さまは正気を取り戻した……という形で一旦幕引きとなって。
プログラムのバグかそれともウィルスなのか、ともかく尋常でないずんねえさまの容態を重く見た私と茜さんは、耳元ダブル囁きで兄さまを起こし四人で診療所へと向かう事になるのであった。
◆
偶然にもゆかりさんが夜遅くまで作業をしていてくれたおかげで、なんとかすぐにねえさまを診察してもらえた。
こんな深夜に押しかけてきても嫌な顔一つせずに受け入れてくれるなんて、本当に彼女には頭が上がらない。
お代はいらないので診察が終わったらきりちゃんの太ももでわたしの顔を挟んでください、とお願いされたときは軽く引いたが、まあお姉さまの為ならそれくらい安いという事で承諾。
数十分後、診察室に兄さまが入ってくると、ようやくゆかりさんは事の詳細を語ってくれることとなった。
「結論から申し上げますと……ずんちゃんが暴走したっていうそれ、おそらく彼女の前マスターの仕業です。中枢神経の奥深くに変なプログラムが仕込まれていて、普通の診察じゃ見つけられない厄介なウィルスでした」
ゆかりさんのウンザリしたような表情から察するに、かなり悪質なタイプの事例なのだろう。
さっきまでは戸棚をガサゴソを漁っていて、対応する薬剤を探すのにもとても苦労するレベルのものであったらしい。
「ず、ずん子はどうなるんだ? もしかして大変な手術とか……」
兄さまが血の気の引いた表情でそう質問する。
彼の心配はごもっともだ。
なにせ目の前にいるゆかりさんこそが、大掛かりな手術でしか除去できない程の悪質プログラムを抱えていたボイスロイドだったのだから。
しかし対するゆかりさんはすぐに明るい態度に切り替えて、机の上にあったUSBメモリを手に取って彼に見せた。
「まぁまぁ、安心してくださいな。幸いにも以前対応した事のあるタイプでしたから、除去プログラムは手元にあります。ウィルスなんかコレでイチコロですよ」
「ゆ、ゆかりちゃん……っ!」
「ひゃわっ!」
あまりにも頼りがいのあるセリフに感動したずんねえさまは、喜びのあまり彼女の顔を抱きしめてしまった。
実はずんねえさまもイタコねえさまに負けず劣らずの立派なものをお持ちなので、ゆかりさんはいともたやすく谷間に埋められていく。
ふむ、ちょっと羨ましい。
「ゆかりちゃんすき……女神様……」
「あのっ、ずんちゃん嬉しいんですけど苦しい……」
「何かお礼させて!」
「えっと……じゃあずんだ餅で」
「了ッ!」
ずんねえさまが台所へ飛んでいき、ようやく場が落ち着いた。
対応策がある事に兄さまと茜さんはホッと胸を撫で下ろしており、ずんねえさまがおやつを持ってくるそうなので、ここらで一つ休憩にしておこう。
私はコーヒーでも淹れてこようかな。
「ふぅ……あ、そうだ柏木君」
「なに?」
茜さんと一緒にコーヒーの準備をしていると、ゆかりさんが兄さまに数枚の資料を手渡した。
「ついでにきりちゃんと茜ちゃんも診ておきました。ずんちゃんのアレみたいに、時間経過で自動発動するものが残ってたら大変ですからね」
ねえさまの診察が終わった後、私たちもじっくりと診察してもらった。
もしヤバイ何かが仕込まれていたら怖いし、何でもかんでもずんだ餅で鎮静化できるわけではないから、治せるものは先に対処しておこうというゆかりさんからの提案だ。
「ありがとう。……概ね問題なし、か」
「えぇ、二人とも健康そのものですよ。ウィルス無し、特殊プログラム無し、野蛮な武装も無し……オマケにしっかりセーフティ機能も有効になってますから安心です」
「そうか、よかっ──」
ふふふ、当然です。
セーフティ機能に関しては購入してもらったその日にマスターから直接有効にして頂いたんですからね。
「…………?」
んっ。
「……? ……???」
アレ、なんだろう。
流れるような会話の中、兄さまが急に口を噤んでしまった。
表情が固まっている。
「えっ、ぁ……」
ハッと気がついたような表情に変わり、青ざめてる。
さっきから顔が騒がしいがどうしたのだろうか。
大事な用事でも思い出したのかな。
「柏木君、どうかしました?」
「あ、いやっ、なん……ぁれ、えと、っッ……」
口がモゴモゴ。
急に挙動がおかしくなったというか、どう見ても明らかに狼狽している。
あの動揺っぷりは尋常ではない。なんせ焦るあまり会話すらできていないのだから。
「俺あのとき、確かに……あれっ、でもなんで……いやそもそもバッテリー交換の時、俺なんであのままきりたんを……」
頭を抱えて冷や汗をかきながらブツブツと呟く兄さま。
見るからに顔色が悪い。
思い出したのは大事な用事というより、もっと早く気付くべきだった自分の失敗か何かだとは察せたが、その内容がまるで予測できない。
直前の会話は私と茜さんの診断結果についてだ。
有害なウィルスも無ければ特殊な改造痕も無し。
資料にまとめた通りまったくの健康で、セーフティもしっかりと機能している。
というか最後のセーフティという部分に関しては、兄さまが購入された直後に操作されたのだから、誰よりも彼がその事を理解しているはずだ。
であれば、さっきの会話から何を連想して焦ってるんだろうか。
「っ……!」
おっ、兄さまがこっち見た。
よく分からないけど、彼を安心させるために笑ってあげたほうがいいかも。
「っ♪」
「──ッ!!? ぁっ、ご、ごめんゆかりさん! ちょっと俺出かけてくる!!」
「えっ。あ、はい。お気をつけてー」
どたどた、バタバタ。
そんな擬音を体で表すかの如く、兄さまは慌ただしい様子で診療所を飛び出していった。
……あっ、玄関のドアに足の小指ぶつけて悶絶してる。かなり注意力散漫になってるし、普段の彼からは考えられないほど冷静さを欠いているな。
「ゆかりさん、マスター飛び出してったけど、なんかあったんか?」
「さ、さぁ……わたしにもさっぱり」
困惑の空気が流れる診療所。
そろそろねえさまがずんだ餅を持ってくる頃なのに、まさか外出してしまうなんて思わなかった。
うーん、兄さまってば急にどうしたんだろう……?