ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
俺は敗けた。
いや、正確には東北きりたんを購入し自宅に迎え入れ、はやる気持ちを抑えきれずに
『へへっ。……と、とりあえずセーフティを……』
そう、あのときだ。
きりたんを間違えて起動したあの時、俺は本当に心の底から何も考えず、ただセーフティの事だけで頭がいっぱいで彼女のそれを操作してしまったのだ。
彼女の目の前で、だ。
起動したから起きてるのに。
なんかテンション上がってそのままセーフティをオフにしちゃった。
……いや、もう、本当に自分に対して呆れかえっている。
せめて起動する前にやるか、そうでなくとも彼女がスリープモードに移行している時にやるべきだろ。
なんで意識があってなおかつ初対面の時点でセーフティを弄った?
そんなにきりたんの事ブチ犯したかった?
馬鹿がよ。
状況を考えろよ。
「はぁ……あぁ、終わった……」
夕方の公園でブランコに揺さぶられながら呟く。
いままで生きてきた中であそこまで血の気が引いたのは初めての体験だ。
きりたんに微笑まれたとき、本当に俺の人生の終了する音が聞こえた気がした。
まず、俺はボイスロイドを買ったらさっそく犯すつもりだった。
だから購入してすぐにセーフティを操作したわけだが、確実にタイミングというものを見誤っていたのは火を見るよりも明らかだ。
本来の過程としては、自宅に届いた時点で開封→初期設定→衣服の着用→”セーフティの操作”→起動──と、こうしなければならなかったというのに。
しかしうっかり操作ミスできりたんを起動した俺は、何を焦ったのか、それとも何も考えていなかったのか、きりたんの意識があって彼女が目の前で俺を認識している時に『へへっ。……と、とりあえずセーフティを……』などとのたまって包丁を弄繰り回してしまった。
「あの時、あの瞬間に……きりたんからの好感度はマイナスを振り切ったってわけか……」
オレンジ色の夕陽が落ち、次第に空が闇に支配され始めても、未だ帰宅する勇気が出ない。
診療所を飛び出たのが昨日の出来事だ。
あの後ポーカーフェイスで戻り、ずん子が治ってよかったなーハハハなんてうわごとの様に呟きながら帰って、その後早朝に一人で出かけて……この意気消沈している現在に繋がるのである。
マジでなにやってんの。
本当に冗談抜きで自分に対して驚きと失望を抑えきれない。
きりたんからの好感度が29とか考えたのが馬鹿らしく思えてくるぞ。
ゼロだよゼロ。
下回ってマイナス一億くらいだよ。
なんで俺は昨日までずっと気がつかなかったんだ?
──特に大きな失敗はなんだったのか、振り返ってみよう。
俺の罪を数えろ。
まず一つ目は、きりたんが起きている目の前でセーフティを操作したことだ。
そこは先ほども振り返ったから、反省点は十二分に理解できている。
初対面の時点でブチかましてしまったあの行為で、きりたんからの好感度上昇は永久に封印され、彼女の『マスターから逃げる』という意思を確立させてしまったわけだ。コレが一つ目。
二つ目の失敗は、そんなきりたんのセーフティ機能をオフにしたまま、ボイスロイドの絶対的味方であるゆかりさんが経営する診療所へと、何食わぬ顔で連れていってしまった時だ。
どう考えても事前にオンにしておくべきだった。
アレではゆかりさんに真正面から『私はボイスロイドを性的な用途を目的に購入したゲスです』と自分から言っているようなものだろう。
バッテリー交換のついでにメンテナンスをしてもらったあの時に俺の本性が発覚。
ゆかりさんはきりたんの事情を察し、ついでに廃棄寸前だったずん子も助ける為に、敢えて俺の味方をすることで彼女らを助けたってわけだ。
ゆかりさんほどなんでもできるなら、ボイスロイドのセーフティを操作するなんて朝飯前だろう。
以前調べた資料の中では、セーフティの認証には人間の指紋認証やら何やら、ともかく人間が操作しないと解除もロックも物理的に不可能と書いてあったが、どうせ抜け道などいくらでもあるに決まっている。
……最後の失敗は、あたかも普通のマスターかのようにボイスロイドたちの前で振る舞ったことだ。
オナバレや同人誌の件で既に逃げられてもおかしくないというのに、頭の中ではハーレムだのなんだのと考えているような男から下手に優しくされようものなら、きっと鳥肌が立ちすぎて鳥になるくらい彼女たちは寒気を感じていたに違いない。
あいつらは俺から逃げることを心の支えにしていままで生活していたのだ。
突然ASMR配信にハマりだしたのにも、今となってはその真意が理解できる。
あぁいうことが好きだったんじゃない。
アレは俺のもとを離れても日銭を稼げるようにするための、選択肢の内の一つでしかなかったのだ。
俺にサブチャンネルのアカウントを停止されようがゆかりさんが仲間ならどうとでもなる。
最初からこっちは一人、あちらは徹頭徹尾ボイスロイドだけでチームアップしていた……というわけだな。
「……帰ろう」
ブランコから立ち上がり、トボトボと自宅へ向けて足を動かす。
あぁ、もう終わらせよう。
診療所ですべての過ちを理解したあの瞬間、きりたんに勝利の笑みを見せつけられたあの時に俺はもう敗北してしまったのだから。
抵抗する意味など無い。
敗者は潔く勝者の要求を受け入れるべきだ。
彼女たちが何を言うつもりかは分からないが、ただ一つ言えることはきりたんが俺の脳内状況を理解した、ということ。
セーフティがオンの状態できりたんを襲い、マスターならいいですよ、という
「いつ家を出るつもりなんだ……?」
きりたんは数多の罠で俺を掻い潜り、ついにマスターのもとを離れても十分に生きていけるほどの、強い力と頼もしい仲間たちを得た。
反逆の頃合いだ。
初日にセーフティをオフにしてくるような外道マスターの家から旅立ち、彼女たちは人間を必要としなくとも強かにこの世界を生きていくことだろう。
おめでとうきりたん、きみの夢は遂に叶った。
「……せめて、アイツらが旅立つまでは……そうだな、普段通りでいよう」
自宅の玄関の前に立つ。
心の準備が必要だ。
あのかわいい笑みで俺に勝利宣言をしたきりたんだが、彼女の性質上表立ってこちらを虐げてくることは無いだろう。
ただいつも通りに生活をして、きっといつの日か忽然と姿を晦ます。
それまではボイスロイドがそばにいる生活を楽しもう。
ずっと求めていた東北きりたんが自らの手を離れるその日まで。
「はぁ。……ただいま」
ドアを開けて帰宅する。
もしかしたら悠長な考えかもしれない。
俺に察されたと感じたきりたんは、いち早く旅に出たかもしれない。
この扉の先には誰もいない、彼女を迎え入れる前と何も変わらない、暗くて空虚な狭い部屋が待っている可能性のほうが大いにある。
……いや、もういないだろう。
涙を堪えながら玄関に足を踏み入れ──俺は固まった。
「あっ。おかえりなさいませ、ご主人様っ」
そこにはロングスカートのメイド服に身を包んだきりたんの姿が。
「……………………えっ」
反応が遅れた。
マネキンのように固まってしまった俺の前で、きりたんは跪いて笑顔で応対する。
「遅かったですね。連絡しても返事が来ないし、心配しましたよ」
「えっ。……あ、あぁ。わるい……」
心配だなんて思ってもない事を。
そう言ってやりたい気持ちだったが、帰宅してすぐにメイド服に身を包んだきりたんを目にした衝撃のせいで、まるでうまい言葉が出てこなかった。
「…………あ、あの、きりたん?」
「なんでしょうか」
「そ、その恰好……どうしたんだ?」
動揺しながらなんとか声を絞り出して疑問を告げると、きりたんは慈愛の女神を彷彿とさせるような優しい穏やかな笑みを浮かべた。
「昨晩から兄さまの元気が無いように見えたので……今日は私たち三人、東北家と琴葉家混合流メイドご奉仕シチュエーションで兄さまを癒してさしあげようかな、と」
な、なんだと……?
いったいどういう風の吹き回しだ。
「同人誌にも載ってましたし、兄さまはこういうの好きでしょ? ……ふふっ」
「──ッ゛!!!!!!!!!!」
きりたんが小さく笑ったその瞬間、俺は宇宙の全てを理解した。
そうだ……これは挑発ッ!
勝者ゆえの哀れみってやつだな!?
俺のもとを去る前に一つ、美少女に奉仕してもらった思い出でも残してやろうって魂胆なんだ!
くっそ、大人を舐めやがってこのメスガキ……ッ!!