ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す   作:お兄さマスター

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マスターの反省 後編

 

 

 まず一ヵ月前、きりたんのセーフティがオフになっている状態で、俺はバッテリー交換をしに診療所へ向かってしまった。

 

 その時ゆかりさんは俺を外道マスターだと察し、裏技を使ってきりたんのセーフティをオンにした。

 それは間違いないはずだ。

 ずん子のついでにメンテナンスをしてもらった時、彼女は『セーフティ機能も有効になってます』と言っていた。

 アレはオフになっていたセーフティを私がオンにしておきましたよクソマスターくん、というゆかりさんからの忠告だ。

 さっさと察しろという意味だったのだろう。

 十中八九あの場にいたボイスロイドは全員情報共有がなされていて、俺が初日にきりたんのセーフティを切った大馬鹿野郎ということと、それを再びオンにしてくれたゆかりさんは女神様、といった認識になっているに違いない。

 

 セーフティをオンにしたゆかりさんへの好感度が100。

 セーフティをオフにした俺への好感度がマイナス100ってわけだな。

 

 で、だ。

 俺のもとを離れても生活できるように、というつもりでASMR配信を行っていたことが俺にバレたという事実は、表情から俺の内心を把握したきりたんによってみんなも知っているはずだ。

 だから俺が変な行動を取る前に、彼女たちはさっさと家を出て自由の身になる──と、そう考えていたのだが。

 

 

 おかしい。

 何かが確実におかしい。

 

 

「コソコソ……茜さん。兄さま、今日も元気がないみたいです……」

「変やねぇ……ここ最近はずっとそばにいて、なるべくストレスフリーになるよう身の回りのお世話を徹底してんのに。……こっ、心の病気とかか? うつびょー……?」

「もう、二人とも心配しすぎ。男の子にだってナイーブになる時期はあるんだよ、きっと。……さっ、お兄さんの元気を出すためのずんだ餅、もっと作ろうね!」

 

 台所に立った三人がなにやらコッソリ話し合いをしているようだが、聞き耳を立てる勇気は無い。

 

 ──やはりおかしいのだ。

 この一週間ずっと彼女たちは俺にべったりで、ASMR配信も後回しにしてメインチャンネルの動画の手伝いばかりしてくれている。

 それだけに留まらず、メイド服でなにやらお店みたいな接待を俺にしてきたり、普段着でもこれまでより優しめな対応をしてくる始末。

 まるで訳が分からない。

 最初は哀れみで俺を少しの間だけ楽しませるつもりだったんだ、と思っていた。

 しかし現状、一向に彼女たちがその姿勢をやめて、家を出て行こうとするような雰囲気がまったく感じ取れない。

 ……いつまでウチにいるつもりなんだ?

 

 俺が外道マスターだと知っているのに、どうして未だに俺のもとから離れようとしないんだ。

 ぜんぜん分からん。

 

「兄さま、お茶を」

「あ、あぁ……さんきゅ」

 

 ずず、と熱々のお茶を口に含みつつ逡巡する。

 ボイスロイドたちが自分に優しい意味を考える。

 第一にきりたんからの好感度を初日で最底辺に落とした俺が、彼女から信頼される事など絶対にありえない。

 次に妹から真実を聞いたずん子が、わざわざ俺の為にずんだ餅を作ってくれるのも解せない。

 あいつウチに来た当初はずんだブラスターで俺の腕を焼いてでもきりたんを守ろうとしたスーパー過保護お姉ちゃんだった筈なのだが。

 最後に茜だけど──なんで笑顔なの……?

 おまえの嫌いな変態マスターだぞ。

 前のユーザーと何一つ変わらない性欲第一のカス野郎なんだぞ。

 妹の葵のことだって、ゆかりさんのマスターの助手という話なのだから、わざわざここに残る理由なぞひとかけらも存在しないだろうに、どうして未だに家にいておやつまで作ってくれてるんだ?

 

 ……こわい。

 なにか、致命的なすれ違いでも発生してるんじゃないのか。

 俺の与り知らぬところで、彼女たちにとって有益な何かが発生してる可能性が高い。

 そうでなきゃこんなマスターの所に残ったりはしないだろう。

 本当にこわい。

 すぐに出ていくと思ったのに、それは甘い考えだったのだろうか。

 最終日には『マスターはもう用済みです』とか言ってずんだブラスターの餌食にされるんじゃ──

 

「……マスター? やっぱり気分悪いんか?」

 

 台所から戻ってきた茜が背中をポンポンしてくる。

 その優しさが俺には恐怖だった。

 このあと指詰めてもらうから早うコンディション戻してな? とか言ってきたらどうしよう。

 

「んっ、洗濯機の音。きりたーん、お洋服干してきてくれるー?」

「あぁちょい待ちずんちゃん、それウチやってくるわ。きりちゃんはマスターのこと見ててな」

「了解です」

 

 見とけってそれ監視しとけって意味だろ。

 まさかこいつら……握った弱みで俺を懐柔しようって腹か。

 確かに人間の保護下にあったほうが動きやすいだろうし、生活面でもリスクは生じない。

 手を出そうとしてくればセーフティの件を使って俺を脅して、逃げ出そうとすればずん子の未だ外せていない荷電粒子砲ずんだブラスターで脅してくるつもりなんだろう。

 四面楚歌。

 逃げ場ゼロ。

 俺は敗けたというより、ボイスロイドたちによって実質監禁されてしまったわけだ。泣きそう。

 

「……兄さま、どうしてそんなに震えているのですか?」

 

 正座をしながら俺の様子を窺ってくるきりたんの表情には、本当にこちらを心配しているような色があった。

 少なくともニチャアと怪しく笑いながら俺に勝利宣言をしてくる様子は見受けられない。

 なら、なんで診療所にいた時きりたんは笑ったんだ?

 彼女たちボイスロイドの中で、この状況は一体どう見えているのだろうか。

 

「……すまん、きりたん」

「えっ?」

 

 小さく呟く。

 とりあえず一旦罪を認めて、何もかもゲロッたあとに今後の処遇を窺おう。

 もう虚勢を張り続けるのは不可能だ。

 自分のメンタルを守るという意味でも、ここはきりたん達に自白をして、まずは精神の安定を図るべきだ。

 一人で考え続けるのはもう疲れた。

 

「おまえを起動したあの日……アレが本当の俺なんだ。目の前で見たんだから分かるよな。……本当にごめん」

「……え、えーと?」

 

 きりたんが困惑していらっしゃる。

 わたくしの言葉遣いがいけなかったのかしら。

 粗相を働いたらセーフティの件を持ち出されて、なにかとんでもないお仕置きをされてしまうのでは。

 気をつけなきゃ。

 敬語使ったほうがいいかな?

 

「すみませんでした……どうかお許しください……」

「……あの、何が理由で謝られてるのかわかりません。あと敬語もやめてください」

 

 ぽて、とすっっごいやんわりと俺の頭にげんこつ。

 わかりました敬語やめます。

 

「……あの日、お前のセーフティを弄ったのが俺の本性だ。気の迷いとかではなくて、最初からあぁするつもりだったんだよ」

「っ……?」

 

 ぜんぜん何を言ってるのか分からないって顔だ。

 そんなにしらばっくれなくても。

 それとも俺の説明があまりにも下手なせいなのか。

 

「えぇ、ですから本当に感謝しています。あのとき()()()()()()()()にしてくださったから、私は兄さまを信じることができたんです。……その、ほんとに嬉しかったんですよ?」

 

 ちょっとだけ顔を赤らめながら。

 きりたんはなんの気なしにそう言ってのけた。

 照れたんになってる彼女はかわいい。

 とてもかわいい……のだが。

 

 

 ────えっ?

 

 え、えっ。

 まっ、どういう……え、なに?

 ちょっと待って、え?

 あの……いま凄いこと言わなかった?

 聴き間違いの可能性はゼロだ。

 しっかりとこの耳でそれを聞いた。

 聞き返したら失礼に当たると思ったから彼女の言葉は一言一句正確に把握しようという心構えだったのだから。

 

 ……なん、だけど。

 その心構えが解かれちゃった。

 全くの予想外過ぎる発言で全部ふっとんじゃった。

 この子いまなんて言った?

 

「き、きりたん……」

「はい?」

「えっと……セーフティ、ゆかりさんに操作してもらった……?」

 

 その質問に対して、きりたんは小さく首をかしげる。

 

「言ってる意味がわかりませんけど……まずあの人がそんなことするわけないでしょ。……というか、流石にゆかりさんでも出来ないことくらいありますよ。セーフティには人間の肉体による物理的な認証が必要なんですから」

 

 えっ、ゆかりさんセーフティ弄れないの?

 それならつまり……どういうことだ?

 マズい、状況が全く分からん。

 

「というかそれに関してはマスターが一番よく分かってるじゃないですか。ずんねえさまと茜さんを迎え入れてから、直接自分で操作したんですから」

 

 それは確かにそうだ。

 少し前のことだが、ずん子は叔父さんの家へ赴く前に、茜は前マスターの目の前で、俺がセーフティをオンにした。

 だからゆかりさんの診断結果に疑問は無かったのだ。

 おかしいのはお前だ。

 初日にセーフティをオフにしてから一回もそれを操作してないのに、どうして知らん間にオンになってるんですか。

 

 ……セーフティをオンにしてくださった、って言ってたな。

 俺がやったのか。

 あの口ぶりから察するに、きりたんを開封したあの時、俺は彼女の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()切り替えた……ということか。

 

「えっ」

 

 それじゃあ最初からオフだったの?

 中古で買ったとはいえ、公式が運営するサイトでの購入だったのに。

 パーツ一式揃ってますとか書いておいて肝心の衣服が無かったりとか、おかしいところはあったが確かに──いや待て。

 

 ゆかりさんから聞いた摘発前までのボイスロイドの状況を鑑みるに、中古品の扱いもわりと適当だった可能性がある。

 そもそも本社のサイトと言っても、摘発後の再編成でかなりの数の人たちが辞めさせられていたし、あの時の本社にどれほどヤバイ人間が残っていたのかは今となっては不明。

 セーフティの切り替えがあやふやな中古品が出回っても不思議ではない──ということは。

 

「……そうか、なるほど」

 

 勘違いだった。

 俺の盛大な思い違いだったわけだ。

 全部つながったぞ。

 きりたんが俺に優しくしてくれてる……というより信頼の眼差しを向けてくれていたワケも。

 俺の悪質な本性は露呈していなかった。

 ゆかりさんはセーフティを操作していなかった。

 そうだ、俺はピンチでもなんでもなかったんだ。

 

 なのにきりたんに対して妙な質問をしてしまった。墓穴を掘ったのだ。

 これはもうお互いに認識を改めるべきだろう。

 すれ違ったままでは共同生活などできやしない。

 彼女たちには全ての誤解を話し、俺に失望してもらい、本当に信頼できる新たなユーザーのもとへと旅立ってもらおう。

 摘発後だからまともなユーザーで溢れかえってることだろう。何も心配はいらない。

 

「きりたん」

「あ、はい」

「四人で話したい事があるから、ずん子と茜を呼んできてくれ」

「……? わ、わかりました」

 

 俺からなにやら妙な雰囲気を感じ取ったのか、きりたんは怪訝な表情をしつつ立ち上がった。

 さぁ、審判のときだ。

 失望だけで済まされればいいのだが。

 ……指、詰めたくないなぁ。

 

 

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