ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
兄さまとの間にあった誤解が解け、また少しだけ距離が縮まったあの日から一週間。
現在の私はと言うと。
「……ふふっ、安心してお姉ちゃんに任せなさい。必ずきりちゃんに人間と同等の人権を与えてみせますわっ」
「…………は、はぁ」
お胸が大変大きくて、髪が銀色なほうの姉に──誘拐されていた。
◆
時は数時間ほど前まで遡る。
いつも通り診療所でのお手伝いをしていた私たちは、これまたいつも通りの時間にお仕事を切り上げてゆかりさんとお別れした。
茜さんとずんねえさまはお買い物。
私と兄さまはそのまま帰宅して、お風呂やら洗濯物やらの溜まってる家事を消化しようという流れになった──の、だが。
二人きりで住宅街の夜道を歩いている最中に、真っ黒なスーツに身を包んだ女性が、私たちの前に姿を現した。
『ようやく見つけましたわ、きりちゃん!』
心底安心したような表情でそう叫び、間もなく私を抱きしめてきたその人の事は、初対面ながらに知っていた。
艶やかな銀髪にスーツの上からでもわかる程のグラマラスなボディを持ち、特にキツネ耳が目を引くその女性の名を自分は知っている。
ずんねえさまと同じくシミュレートで同じ家族として過ごした、我らが東北姉妹の長女。
東北イタコ──私のお姉さまであった。
『催眠スプレー!』
『ぐわっ!?』
しかし感動の再会というわけではなく。
というか言うなれば最悪の再会だった。
唐突に現れて私を正面から抱きしめたイタコねえさまは、慌てて彼女の事情を聞こうとした兄さまに向かって催眠スプレーを吹きかけ彼を眠らせてしまったのだ。
そのまま私を担いで移動し、覆面を被った男性らしき人が運転する車に搭乗。
見事に誘拐をしてくれやがったわけである。
最初期のずんねえさまといい今回といい、私の姉は話もロクにせず妹を現在の保護者のもとから誘拐する行為が正しいと思い込んでしまってるのだろうか。
大変に物騒極まる。
マジで思考回路が世紀末です。
せっかく心と言葉を持ち合わせているんだから、少しは話し合いとか選択肢に上がってきませんか?
──で、先ほどの『必ずきりちゃんに人間と同等の人権を与えてみせますわっ』とイタコねえさまがドヤ顔をする現在に繋がるわけだ。
兄さまは大丈夫だろうか。
住宅街の塀にそっと寝かせられてたけど……今は近隣住民に見つけてもらえることを祈っていよう。
「着いたぞ」
キキッ、とブレーキ音が鳴る。
目的地に着いたらしく、運転を担当していた覆面の男が冷たい声音で到着を告げた。
窓から覗いて判明した事実だが、私はどうやら大きな工場のような場所に連れてこられてしまったらしい。
「おいイタコ、そのロリも地下の収容室に入れておけよ」
「なっ……! きりちゃんはあたしの妹ですわよ!」
「他に安全な場所が無いんだよ。それにそいつだけを特別扱いするわけにはいかん。保護した他のボイスロイドたちにどうやって説明する気だ?」
「そ、それは……」
車から降り、口論しながら移動する二人。
結果的にはイタコねえさまが言い負かされ、私は彼女に手を引かれるがまま、工場の地下にある部屋まで連行された。
「……イタコねえさま。この眠ってる人たちは……」
部屋の中では見覚えのある人物たちが、手首を拘束された状態で床に寝転がっていた。
どう見ても診療所のメンバーたちだ。
ずんねえさまや葵さんの姿に扮した茜さんもそうだが、何より白衣を羽織った結月ゆかりは恐らくあの人しか存在しない。
「マスターの指示で
「……あの、いえ。ちょっと待ってもらっていいですか」
彼女のマスターと見られる、あの銀行強盗みたいな容姿の怪しげな男が傍を離れているのなら、今ここで事情を話してもらうべきだ。
誘拐ではなく保護と口にしていたり、先ほど庇おうとしてくれた事からも、イタコねえさまに私への愛情が少なからず存在するのは明確。
妹からのお願いなら……どうにか多少は聞いて貰えると思う。
とにかくこの四コマ漫画みたいな、ものすごいスピード感で進んでいく現状の詳細を、何としてでも聞き出さなければ。
そろそろ私もキャパオーバー寸前です。
「まず、イタコねえさまは何が目的で私たちを保護したのですか?」
誘拐とか攫っただとかいう物騒な言い方は相手を怒らせるだけなので、とりあえずここは慎重に。
「……あたしの目的は革命ですわ」
「か、革命?」
なんだかとても過激な発言をしていらっしゃる模様。
この現代日本で革命をする、と言われても正直ピンと来ない。
「そう、ボイスロイドの革命。あたし達を虐げ、いいように扱っては売り買いを繰り返す人間たちに天誅を下して、ボイスロイドにも人間と同等の権利を与えるようこの国に呼びかけるのです」
「……それは、なんとも……壮大ですね」
彼女に話を聞いたところ、どうやらねえさまとあのマスターは、ボイスロイドと人間の立場を対等にするための活動をこれまで続けていたらしい。
数週間ほど前まではもっと仲間が多かったけれど、警察も動く大事件にまで発展したボイロの摘発によって仲間たちは捕まってしまって。
紆余曲折あり現在は二人だけで革命活動を行っているようだ。
まずは卑劣な人間たちの手からボイスロイドを守るために、今回の私たちのように上手く誘拐するのが第一の目的。
それから攫ったボイスロイドたちを説得して仲間に引き入れ、準備が十分に整ったらバトル開始。
ルルーシュばりに自国への反逆行為を起こし、ボイスロイドにとって平和な世の中を創る──というのが主な活動目的だった。
……いや、派手だな、と。
私が最初に抱いた感想はそれだった。
「少しマスターと話してきますわ! またすぐに戻ってくるから、きりちゃんも大人しく待っててくださいね!」
「ちょっ、ねえさま……行っちゃった」
冷たいコンクリートの床にへたり込み、呆れたように嘆息をこぼした。
……なんというか、時代錯誤だ。
イタコねえさまも彼女のマスターも、本気で革命を起こすつもりなのだろうか。
ボイスロイドの取り扱いに関しては、摘発後の再編成された本社の尽力によって徐々に良い方向に向かい始めている。
まだまだ問題は山積みなのは間違いないのかもしれないけれど、それでもやはり超大規模な摘発が起きた今の状態で、革命の為の武力行使という手段はいささか早計が過ぎるように思う。
というか悪手でしょう。
せっかく悪いマスターたちが減って、近々ボイロのセキュリティが強化されるというニュースも流れているというのに、革命なんてことを起こしてしまったら『可哀想な被害者』ということで世間から同情と融資を得ることができているボイスロイドたち全体が、人間たちから目の敵にされて存亡の危機に立たされてしまう。
イタコねえさま、本当に現在のボイロ情勢をちゃんと把握しているのかな?
「……おー、きりたんももう来てたんやな」
うーむ、と思考に耽っていると、不意に後ろから声を掛けられた。
振り返ると茜さんが目を覚ましている。
「わっ。……あ、茜さん、大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。ゆかりさんもずんちゃんも、バッテリーの節約をする為に寝てるだけやしな。いつでも起きれる」
いざという時にしっかり動けるように、三人はこうして備えていたらしい。
私のほうがここに来たのが後だったという事は、彼女たちは診療所から去ってすぐに誘拐されたという事になるのだが、それにしても適応能力が高すぎる。
さすがは年上ですね。頼りになります。
「どうやらウチらの別にも誘拐されたボイロたちがいるみたいや。ここじゃない別の部屋にたくさん幽閉されてるくさい」
「なるほど。……茜さん、なんだかすごく冷静ですね」
「ふっふっふ、こう見えてもお姉ちゃんやからな。流石に誘拐は初めてやけど、変態マスターたちから葵を守るために頭を使った事ならいくらでもあるから、非常時には結構強いんやで」
ドヤ顔をする茜さんの姿は、手首を縛られているにもかかわらず頼もしく見えた。
こういう時に取り乱さずいつも通りの様子でいられる人は、やはり精神的な支えになってくれるようだ。
彼女のおかげで私も落ち着いて現状を把握することができる。
「茜さん、携帯機器は?」
「みーんな取り上げられてもた」
「私もです。……あ、でも包丁の髪飾りにはGPSが付いてるんで、兄さまがスマホを確認してくれれば、私たちの所在地が分かるかもしれないです」
「ハイテクやなぁ……」
もしもの時の為に、私の髪飾りである包丁にはいろいろ仕込んであるのだ。
片方はセットアップや内部操作の為に必要なものだが、もう片方は完全に独立したアタッチメント。
その気になれば小型の銃だって仕込めるような優れものなのである。
GPS程度ならもはや標準装備だ。
「こっそりゆかりさんに隠しプログラムを設定してもらったんで、切れ味のある刃物モードにも変形可能ですよ。これで手首の紐を切っちゃいましょう」
「やばい! ドヤ顔してたのに全部きりたんに持ってかれる!」
ややあって。
「ずんちゃんお願いします!」
「任せてゆかりちゃん! ずんだピッキング!」
全員の紐を切り離して目を覚まさせたあと、多才なずんねえさまによる針金ピッキングで無事に部屋のカギを解錠した私たちは、そのままこっそり部屋を抜け出していった。
◆
「はっはははッ! 革命なんざするワケねぇだろバーカ!!」
ピッキング用の針金が使い物にならなくなったため、私たちは他のボイスロイドたちが幽閉されている部屋を開けるべく、工場内を散策して部屋のカギを探していた。
内側からも外側からもカギを使わないと施錠と解錠ができない厄介な扉なのだ。
私とずんねえさま、ゆかりさんと茜さんで二手に分かれて捜索に当たる事になった。
すると、聞こえてきたのは男の大きな嘲り声。
辿り着いたのは大広間の入り口前。
そこにはイタコねえさまが立っていて──
「…………うそ」
というか、呆然と立ち尽くしていた。
大広間の中を覗き込みながら、手で口を押さえて絶句している。
私たちが部屋から逃げ出したという大変な事実も頭に入らない程、中の様子を前に狼狽していた。
……どうしたんだろう。
彼女の様子を怪訝に思った私たちは、ねえさまと同じように広間を扉の隙間から覗き込んだ。
そこには──
「お前も知ってるだろう、柏木の坊ちゃん?」
「…………っ」
そこにいたのは、二人の男性。
一人はSFチックな武装を纏った覆面の男。
もう一人はとても見覚えのある人。
「わっ……あれ、お兄さんじゃない?」
「……そうですね。なんでバトル漫画みたいなボロボロな絵面になってるのかは理解できませんけど、あそこにいるのは兄さまで間違いありません」
数時間前に私たちが誘拐されたとき、催眠スプレーで眠らされたはずの兄さまがそこにいた。
よく見ればところどころ怪我を負っていて、床に膝をついてさらに息も上がっている。
オマケに彼のボディーガードであったバトルずんだーは、覆面男との戦闘で破壊されてしまったのか、兄さまの周辺に大量の部品を撒き散らして動かなくなっていた。
「なぁ柏木の坊ちゃんよぉ! ボイスロイドってのは本当に優秀だよな? やり方さえ教えればどんな事でもものの数時間で覚えちまうんだから、あんな高性能なアンドロイドは他にはいないぜ……!」
「……あぁ、確かにそうだな。ウチのきりたんも、パソコンと編集ソフトの使い方を一日足らずで完璧に覚えやがった。彼女たちは優秀だ」
高揚した様子で話す覆面男とは対照的に、兄さまは疲弊こそしているが見て分かる通り冷静だ。
「ハハッ、分かってるじゃねえか。つまりオレがやろうとしてる事は、殺人技術や特殊工作員の能力を完璧に覚えさせたボイスロイドで、最強のテロ集団を創り出す事なんだよ」
……ていうか、今時あんなコッテコテの悪い人が本当にいるんだ。
話し方から思想からなにまで、とにかくヒーロー番組やアクション映画に出てきそうな悪役そのものだ。
柏木の坊ちゃんと呼んでいるあたり、兄さまとも少なからず因縁があるようだし、本当に今までにないくらいピッタリと『敵役』としてハマる人だな、と不謹慎ながらに考えてしまった。
そろそろ世界征服と言い出すんじゃなかろうか。
「そして世界を裏から牛耳る! 言うなれば世界征服ってやつかな? フハハ!」
うわ、本当に言っちゃった……。
「オレを勝手だと思うか、ボウヤ? だがお前はオレと何も変わりゃしねえんだぜ。自らの目的のためにボイスロイドを買い、テメェの都合で好き勝手にアイツらを使っている。まるで──」
……あー、はい。
とりあえず私たちはあの全力で悪役ムーブをかます人は無視しましょう。
私の居場所をGPSで突き止めた兄さまがここに居るのなら、間違いなく事前に警察を呼んでいるはず。
彼が一人でこの工場に突撃をかましたのはよく分からないが、このまま殺されてしまうほど何も考えずに突貫してきたわけではあるまいし。
兄さまは無策でここまで来るほど愚かな人ではない。
生真面目というか、ちゃんと計画性のある人だという事は動画投稿者としての彼を見ていれば分かることだ。
むしろ下手に加勢して足手まといになったら元も子もないので、こっちはこっちでやるべき事をしましょう。
「イタコねえさま」
「…………きり、たん」
茫然自失の彼女に語り掛けると、分かった事があった。
タコねえが泣きそうになってる。
ここで大声を出されたらマズいから、とりあえずずんねえさまと二人で彼女を抱きしめた。よしよし。
「積もる話もありますが、今はまず囚われたボイスロイドたちを救出しましょう、イタコねえさま」
「~~……ッ!」
ずんねえさまの谷間に顔を埋めさせて泣き声を緩和。
頭を撫でて宥めながら、私たちはなんとか彼女を立ち上がらせた。
「あのマスターが悪い人っていうのは分かったでしょう? ヤなマスターには従わなくていいんです」
「うぅ゛ー……で、でもぉ……!」
「ねえさま、革命なんてしなくても私たちボイスロイドをちゃんと見てくれる人はいるんですよ」
チラ、と横目に大広間のほうへ視線を向ける。
そこでは破壊されたバトルずんだーの中から、なにやらベルトのようなアイテムを取り出した兄さまがいる。
あっちはあっちで盛り上がっているようで、覆面男の激しい罵倒や痛い指摘にも負けることはなく、兄さまは眦を決して悪役と向き合っていた。
「好きに言ってくれて構わない。俺は正義の味方なんかじゃなくて、ただ昔交わした大切な約束の為に……俺のボイスロイドを取り返すためにここへ来たんだ。絶対に誰一人としてオマエには渡さない」
「きっ、貴様ぁ……!」
「ずんだー……一緒に戦ってくれ。──変身ッ!」
いいぞぉ、がんばれあにさまー。
というわけで。
ヒーロー番組みたいな熱い展開っぽくなってるあっちは置いといて、私たちはそそくさと大広間から離れていった。
ていうかイタコねえさまが全然泣き止んでくれない。
この様子には見覚えがありますね。
兄さまに火傷の事を許してもらったにもかかわらず、罪悪感でてんやわんやしてる頃のずんねえさまとそっくりです。
「ごめんなさいですわぁぁぁ……ちゅわわわァぁ……っ」
「そろそろ泣き止んでよぉ……うぅ、きりたーん」
「あーもう、ずんねえさまももう少し頑張ってくださいよ。めんどくさいな……」
どうしてこう、姉妹三人が揃うとグダグダになってしまうのだろうか。
茜さんやゆかりさんたちと行動するときは、もっとスマートに事が進むのに。
はぁ……困った。
「ほら、なんかエモいことでも言ってあげればいいんですよ。せっかく三人再会できたんですし」
「そうだね! イタコ姉さま、帰ったら一緒に美味しいずんだ餅を食べましょう! 三人で!」
「ずっ、ずんちゃんのずんだ餅……? さ、三人で──う゛っ、うぅっ、ふたりとも手荒なマネしてごめんなさいですわぁ……! お姉ちゃん失格ですわああぁぁぁ」
ちょっ、悪化してる!
「タコねえホントうるさいです。大声出さないでください」
「うぅ~っ、ぐすっ、きりちゃん……ちゅわ……」
「抱き着かないでくださ……」
「あっコレわたしも抱き着く流れ? えへへ~!」
「ギャア! あのっ、違いますから! はなれてー!」