ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
きり誕 更新ペースもどしてゆきます
あとずんだもんってかわいいですね
時折、かつてのユーザーたちのことを思い出す。
彼ら彼女らの私への扱いはとても褒められたものではなかった。
ボイスロイドの本社が再編成され、多くのユーザーが粛清された現実を鑑みるにそれは間違いないことだ。
だが、それはそれとして。
これまでのユーザーたちはしっかりと私を『道具』として見ていた。
雑用も性処理も奴隷のような扱いも、一貫して私を人間ではなく道具だと認識していたが故の結果だった。
それに関して思うところは──ないわけではないが、自分が道具だという点に関しては寸分違わぬ事実であり、自覚するべき現実だ。
ボイスロイドは動画作成サポート用AI。
人間様がよりよい動画を創作するための補助をする道具。
そう、道具だ。
過去のユーザーは用途こそ違えど私を道具として見ていた。見ることができていた。
──だが目の前にいるこの人は。
「な……なんだぁ、きりたん。おなか見せろぉって……ひっく」
この、珍しくお酒に酔って気性が荒くなっている現マスターは、今日この時まで私を道具として見ることができていなかった。
対等とまではいかずとも、彼の中で私は同居人という枠に収まってしまっていた。
まるで普通の少女のように接し、気遣いを忘れず、あまつさえ欲するものを与えた。
道具の手入れだとかそういう次元の話ではない。
彼は私がボイスロイドだということを何よりも理解しているはずなのに、そのうえで私を道具ではなく一人の少女として扱っていたのだ。
「兄さま」
「んあ……?」
だが、目の前で座り込んでいる今の彼はこれまでと少し異なる。
内容は『おなかをみせろ』というとてもハードルの低いものであったが、彼は初めて私に
いつものような、してくれという頼みではなく、しろと命令を口にした。
普通ならば同棲している相手でさえも憚られるような身勝手な要求を──道具という遠慮をする必要のない相手だからこそ言い放てる命令を、マスターは初めて言ってくれた。
「おなか、見たいんですか?」
「うおぉ……そうだぞぉ~。おまえのロリっ娘特有のイカ腹みせるんだ……」
「命令ですか?」
「えっ……お、おう、命令です。はやくしなさい」
命令。
あのマスターが命令とおっしゃった。
相当飲んだのか飲まされたのか、ともかく彼はガチ酔いしてようやく私たちボイスロイドを道具として見てくれるようになったわけだ。
たしかに彼からの人間扱いはとても心地が良かった。
立場をわきまえず生意気な態度を取ってしまう程度には浮かれていた。
だが、それでもやはり、どこか道具扱いのほうがしっくりくる。
マスターへの恩義は計り知れないが、それと同じくらいこれまでの数多のユーザーたちに刻み込まれた道具としての自覚が自分の中に残っている。
これでいいと、これのほうがいいと考えてしまう。
ボイスロイドは道具で、マスターは人間様。
世間一般における立場の違いを明確にされたこの状況でようやく、私の心の中で燻っていたよくわからない感情が鳴りを潜めてくれた。
そうだ、今までが間違いだったんだ──そう思えてならなかった。
「…………あ、あの、きりたん……もしかして怒ってる?」
「えっ?」
座り込んでいたマスターはいつの間にか正座になっており、顔に脂汗を滲ませながら不安げな表情でこちらを見上げている。
いまにもおなかを見せようと服の裾を掴んでいた私の手が止まる。
「きりたん、なんかさっきからずっと真顔だから……いやえっと……す、すまん。酒のせいにするのはズルいよな。さっきの言葉は忘れてくれ……」
「ちょっ、ちょっと待ってください兄さま。私は嫌だなんて一言も──」
焦って撤回しようとする私の声を遮るように、彼は言う。
「わかるって。二ヵ月もいっしょに暮してるんだから、感情の機微くらいさ。……ごめん、悪酔いしすぎてたみたいだ。ちょっと顔洗ってくる」
「あっ、えっ……」
未だに頬は赤いが少々酔いが冷めたらしいマスターが洗面所に移動したと同時に後ろを振り返ると、そこには気まずそうな表情をしている少女たちがいる。
うち一人の銀髪お姉さまが、仕方なさそうに苦笑した。
「……まぁ、しょうがない状況ですわ、きりちゃん。ユウさんはアルコールで思考能力の低下……あたしたちは彼の私物である成人向けゲームをプレイして、その場面を本人に見つかったという事実から来る焦燥。お互いに平静な状態ではない以上、お互いに相手を勘違いしてすれ違うのも道理というか……」
ちゅわわ……と俯いて肩を落とす姉の銀髪を撫でる茜さんを眺めながら、私も逡巡する。
イタコねえさまの言いたいことは確かに理解できる。
私はマスターが隠し持っていたボイロのエロゲを遊んでドキドキしていたし、それを発見された直後に彼から初めての命令を受けたせいで、たぶん頭の中がグチャグチャになって真顔のまま硬直してしまっていたのだ。
そしてマスターはそんな私を目の当たりにして自分の発言を顧みることになり、結果的に自戒して顔を洗いにいってしまった。
よくない。
とてもよくない状況だ。
マスターはきっと私があの命令を嫌がったと考えているに違いない。
しかしそういうわけではないのだ。
別におなかみせるくらい、本当にどうということはない。
あんなにベロベロになるまで酔っていたのだから、それ以上のアレな内容が飛び出してきても不思議ではなかったし、私としてもなるべく受け入れるつもりだった。
状況に対して心の整理が追い付かなかったのが悪い。
ASMRの件とかいろいろ、彼のために、彼にとって都合のいい存在になろうと前々から考えていたはずなのに。
「ふぅ……」
「あ、お兄さん。お水です」
「ありがとう、ずん子。……ごめんな」
「気にしないでください。ねっ、きりたん」
「えっ。……あ、はい」
いったい自分が何をしたいのか、だんだん分からなくなってきている。
優しいマスターに余計な負担を与えないために都合のいい道具になろうとしていたのに、いざ彼から以前までのユーザーたちのように何かを命令されたら固まってしまうなんて、どっちつかずもいいところだ。
道具扱いはいい。
道具扱いは慣れている。
道具扱いされるために動いていたといっても過言ではない。
なのに、彼から道具のように扱われると……一瞬だけ固まってしまう。
自分の中の感情がワガママすぎてわけが分からなくなっている。
「こちらこそ、兄さまのゲームを勝手にプレイしてしまって……」
「大丈夫だってそんなの。そもそも……ほら、きりたんが初めてウチで起動したときに言っただろ? 家にあるゲームはなんでも遊んでいいってさ。……エロゲ買いたいんなら俺のアカウント使ってもいいし」
なんかすごい誤解をされてしまっているが、それはそれとして彼の今の言葉も普通なら出てこないものだ。
道具が勝手に私物をいじくり倒していたら、恐怖や怒りが湧いて出てくるものではないのだろうか。
私たちを意思ある者として認識しているとしても、勝手に遊ぶなと、大人しくしていろと叱咤する場面ではないのか。
それに彼は私たちに対して自由に使えるお金すらも渡してしまっている。
額を考えるにお小遣いどころか給料と呼称しても差し支えないお金だ。動画制作を頑張った分だけご褒美という態で報酬を発生させてしまっている。
いったいどこに道具へ対価を支払う人間がいるというんだ。
例えるなら電子レンジそのものにお金を渡しているようなものだ。
稼働に必要な電力も環境も与えてもらっているというのに、それとは別途で報酬が──私たちに対しての気遣いが発生するこの状況が異常なのだ。
「……兄さま。私はわかりません」
「えっ?」
「どうして良くしてくれるんですか。どうして怒らないんですか。どうしてボイスロイドを……ただのAIを普通の女の子みたいに受け入れてくれるんですか」
「──」
彼に命令をされたことで久方ぶりに”道具”としての自覚を思い出したからこそ、逆に現状に対して疑問を覚えてしまう。
マスターが必要以上に私たちを優しく受け入れてくれること。
そんな彼に無理をさせないために都合のいい存在であろうと考えているのに、彼から以前のユーザーたちのような雰囲気を感じ取ると硬直してしまう自分。
私は何がしたくて、彼をどう思っていて、彼にどう思われたいのか。
なにもわからない。
私たちがマスターを信頼し自ら奉仕しようとしているのは、他ならぬマスターが私たちに優しくしてくれたからだ。信頼してくれたから、信頼で返そうと考えた。
でも、マスターは?
どうして最初から私たちに優しくしてくれたのか──それがわからない。
ボイスロイドは意思を持っているだけの、ただの道具なのに。
……うー。シリアスな思考はなるべくしないようにするつもりだったんだけどな。
どうしちゃったんだろう、私。
彼に命令をされてからというより、エロゲで主人公と東北きりたんが
互いに信頼しあって、体を預けあえるそんな関係がとても眩しく見えた。
あの東北きりたんは主人公と言葉を交わすたびに『好き』と連呼していて……あのときは流し見していたけど。
好き、ってなんだろうか。
愛してます、って言ってたけど、あれどういう感情で口にしていたんだろう。
マスターには大きな恩義がある。それは確かだ。
きっと誰よりも信頼しているし、ひとりのマスターとして強く好感を抱いている。
それって愛してるってことかな?
……いや、なんとなく違う気がする。
私の好きと、エロゲで東北きりたんが口にしていた好きは、説明できないけど種類が違う気がしてならない。
何でもしてあげたいと思ってるし、大切なご主人様だとも考えているけど──わかんないや。
「……きりたん? 聞いてるか?」
「えっ! ……あっ、す、すみません。ボーっとしてました……」
「そうか……? じゃあ、話すけど──」
話すって、なにをだっけ。
……質問したのは私か。
どうして良くしてくれるのか。どうしてただのAIを普通の女の子みたいに受け入れてくれるのか。
それが疑問だった。
直接答えを聞かないと、私の中の”好き”に関する疑問も解けない気がして、質問せずにはいられなかったんだった。
「自己満足……かな」
彼は座ったまま目をそらして、頬をかきながらバツが悪そうな顔でそれを語る。
「ガキの頃さ、一人の女の子と出会ったんだ。俺と同い年くらいの綺麗な子で……まぁ、端的に言うと初恋だった」
マスターの初恋。
その単語を聞いて私以外のボイスロイド三人は驚いたようにごくりと息を呑んだ。
ただ、私は。
「初恋……だったけど、俺の初恋はたぶん他の人たちとは少し変わってたんだと思う。その女の子は開発段階のアンドロイドだったし、おまけに先の短い
どこか、覚えのある話な気がして。
人工知能博覧会であかりさんに説明された、あのボイスロイドの歴史が不思議と頭の中によぎった。
十年前の──とある少年との出会いが。
「でも、別れの前に約束をしたんだよ」
「約束……?」
「あぁ。その子が困ってたら助けるって約束。プロトタイプが……彼女が完成したあとの、かつて彼女だったもう彼女ではないその誰かを、俺が助けるって約束だ」
なんとなく指切りをしたような、そんな気がする。
「……なんだけど、結局あの子がなんのアンドロイドのプロトタイプだったのかは分からずじまいでな。だからせめてまた約束を忘れないために、俺の手が届く範囲で困ってるアンドロイドを助けようって決めた──って感じかな」
戸棚の上に置いてあるマッハずんだーのベルトを見つめながら彼は続ける。
「約束のためにAIを。……それと、大切な人を失ってひねくれちまった俺みたいなアホを生まないために、できる範囲で人間を守る。後者に関しては親父が残してくれたマッハずんだーがあってこそだけど……とにかくさ、きりたん」
そしてようやく私に向き直った彼を見て気づいたことがあった。
身の上話を赤裸々に語ってくれた彼の表情は、幾分か明るいものになっていたのだ。
それほどその初恋の少女が彼にとって大きく、また大切な記憶なのだろう。
「俺がきりたんたちに優しくするのはそういう理由なんだよ。優しさだとか、誰かに褒められるような高尚な目的なんかもなくて、ただ自分にウソをつかないためにそうしてるんだ」
「マスター……」
「……そ、それと改めて言っておくけどな。俺はきりたんを起動したその初日にセーフティをいじったゲスな男だぞ。優しいとかなんとか口にする前に、そのことを忘れないでくれ」
そんなこと言われても。
この人はセーフティを操作したのに何もしなかった。
私たちボイスロイドを快く……いや半分くらい渋々かもだけど、結局みんな受け入れてしまった。
我慢強いというか、お人好しというか。
ただの自己満足ならいつでもやめていいはずなのに。
途中で投げ出さず、責任をもって私たちのマスターでいてくれている。
約束の延長線上でしかないはずの私たちと、一人の心ある存在として──人間のように接してくれる。
「…………ふふっ」
あぁ、そうか。
「き、きりたん……?」
そうだ、彼は
傷ついたボイスロイドも、助ける義理もない他人ですらも、過去の約束や自分に与えられた力を理由にして手を差し伸べてしまう。
彼本人はそれで誤魔化せていると考えているのだろうが、助けられた側からすれば彼の善意は明らかだ。
まるで正義のヒーローなのにそれを誇るでもなく、ただ約束のためと自分に言い聞かせて切り替えることができてしまう、そんな強さを持った人。
「ごめんなさい、兄さま。ようやく兄さまの気持ちに気づきました」
「なんだそりゃ……」
「おなかをみせろって言ってきたのも納得です」
「……?」
でも、無償で誰かを助け続けられるほど強い人ではなく、ちゃんと弱さも持っていて。
今日みたいにお酒に負けてしまったり、いつも溜め込んでいた欲望が発露してしまったり。
ただ私たちにとっての都合のいい神さまなどではなくて、彼はしっかりとただ一人の人間なのだと、それを知ることができたのが今日だったのだ。
「兄さま、私たちのこと大好きですものね」
「っ!? な、なっ……!」
そんな弱くて強い人がマスターになってくれた幸運を今一度実感している。
いまみたいな言葉一つで顔を赤くしてしまう彼のことを愛おしいと感じてしまう──この感情がなにかのヒントになるのではないだろうか。
マスターに対するこの好感は間違いなく恩義ではない。
こんなに優しくて立派なひとなのにどこか抜けてるところがあって、今日みたいに欲望が爆発しても要求が小規模なところとか、これがどうしてかわいいし。
それと、私がこの家に届けられた初日に見た、あの東北きりたんえっちコンテンツが詰め込まれた秘密のフォルダ。
こんな初心の擬人化みたいなひとが、
たまらなく──それがうれしい。
「べ、別に? 嫌ってるわけないだろうが。じゃなきゃ一緒に暮らすもんかよ。……ていうか急に何を──まっ、ちょ、なんできりたんまで赤くなってんだよっ!?」
「ぇ、えへへ……」
赤くなるし恥ずかしいし嬉しくてニヤけてしまう。
義理堅くて優しくて誰よりも強くて、でもそんな彼の弱さを知っているのは私たちボイスロイドだけで。
そんなボイスロイドたちのことを彼が好いてくれていることは、あのフォルダや目の前にあるこのエロゲの存在からも明らかで。
「ふ、ふひっ、ごめんなさい茜さん背中を貸して。もう今日は兄さまの顔見れません……っ」
「まって、ウチも……」
「お前らなんなんだよ!?」
わぁー、パズルのピースが次々と揃っていくのを肌で感じる。
私も、ずんねえさまも、茜さんも、イタコねえさまも、たぶんゆかりさんのことも……好き、なんだろうなぁ。
だってこのエロゲ、兄さまが実家で遊んでたのとはまた別のものだ。
また新しくボイスロイドの作品を買ってしまうなんて。
私たちと一緒に生活していて、私たちに対する邪な感情を察知されないために、
いじらしいなぁ、兄さまは。
でもそんな兄さまだけど、いざという時は誰よりもかっこよくて、約束という理由を掲げて私たちを大切に思ってくれる。
そんなの、もう惹かれるしかないでしょうに。
私たちたぶん兄さまが思ってる以上に兄さまのこと好きですよ。
そこらへんちゃんと分かってるんですかね、まったく。
「なんなんだこの状況! いやっ、でも最初に俺が変なことを口走ったせいだよな……!? 失言だぁ……ッ!!」
「ず、ずんちゃん……? みんな赤面してなんだか丸く収まりそうな雰囲気を感じるのですけど、あってますの?」
「……大体いつも一人増えるたびに、わたしたちボイスロイドとお兄さんとで何か起きるんですけど、なんやかんや両者痛み分けで終わるんですよ、ここ。つまりそういうことですね」
イタコねえさまがこの家の住人になって数日。
私がここにきて二ヵ月と少し。
それだけの時間を要してようやく、私は兄さまへ抱いていたこのモヤモヤに対するヒントを得ることができたのだった。
「あ、兄さま? 今日はみんなで川の字になって寝ませんか。もちろん兄さまが真ん中で……」
「恥ずかしくて死ぬわ!! なんで急にデレた!? ──くっ、ぐぅ……たすけて、マッハずんだー……ッ!」