ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
買い物から帰ってきたら兄さまがいなかった。
遡ること数時間前。
彼からとても大事に思われていることを知った翌日の朝、私たちは兄さまに対して無性にお礼がしたくなっていた。
動画サポート用のAIでしかない存在を一人の少女として扱い、あまつさえ酩酊状態という心にリミッターがない状態で私たちのことを”好き”だと、気遣いではなく頬を赤らめながら本心で言ってくれた彼に、何かお返しをしないと気が済まなくなってしまったのだ。
ただでさえ普通以上の楽しい毎日を過ごさせてもらっているのに、負担に感じるどころか好意をもって接してくれていたなんてことが判明したのだから、それはもうボイスロイド側からの好感と信頼度が爆上がりするのは至極当然のことである。
私たちみんな、もう兄さま以外のマスターなど考えられない。
だからその好意と信頼を伝えたくて、以前から頂いていた動画作成の報酬金でなにか美味しいものでも──と、そんなことを考えていたのだが。
帰ってきたら家にいなかった。
外出する予定なんて聞いていなかったし、スマホのほうにも連絡は来ていない。
「あかんような気がするのは……ウチだけ?」
茜さんの言いたいことは理解できる。
自宅に戻ってわかったのだが、家の鍵が施錠されていなかった。
しかもテーブルの上には起動しっぱなしのPCとお財布……とどめにスマートフォン。
出かける際に持っていく最低限のアイテムをすべて自宅に置いて、しかも鍵を閉めないで家を出るだなんて
「た、大変! ベルトが無いよ!」
ずんねえさまが戸棚の上を確認して焦った声を上げた。
あー……これは。
外出に必要な持ち物を何も持たず、よりにもよってあの全身を翡翠色の装甲で武装した姿に変身させる不思議なベルトだけを持ち出しているあたり、また武力行使が必要になりそうな事件に片足突っ込んでるような気がする。
というか確定じゃないか?
これは色々と調べる必要がありそうだ。
「きりちゃん? パソコンで何をしてるんですの?」
「SNSで検索をかけてみます。異常事態の詳細は出てこないでしょうけど、兄さまが変身したあの変な姿であれば目撃情報があってもおかしくないはず……んっ、ビンゴです」
情報掲示板やツイッターで軽く探ってみればポンポン出てきた。
「場所は……湾岸付近の巨大倉庫ですね。ここから結構距離があります」
「ど、どないするん!? もしまた警察沙汰になるような事件に関わってたら、いよいよマスターも……てかあのめっちゃ強いロボットに変形できるバイクもないし!」
「お兄さん……」
茜さんやずんねえさまの表情に翳りが見える。
兄さまが既に変身している時点で、変身しなければ自分の身を守れないほどの危険な事態に陥っていることは明白だ。
それから気になることがもう一つ。
「……誰だろう、この子」
投稿された画像に映っているのは装甲を身に纏って素顔が隠れている兄さまと、彼に抱えられている一人の少女。
少女の髪の毛は珍しい紫色──というか、診療所にいるあの結月ゆかりさんをそのまま小さくしたような見た目だ。
歳で言えば私より少し上の中学生辺りっぽいし、制服のような衣装からも幼げな雰囲気を感じる。
「結月ゆかり雫型……開発中の新型モデル、そのプロトタイプですわ」
その正体をいち早く看破したのはイタコねえさまだ。
なんで知ってるんでしょうか。
「……その、前のマスターから概要を聞かされてましたの。革命を志していた時は、きりちゃんの次に誘拐する予定だった子ですわ」
「どうしてわざわざ開発中のボイスロイドを? リスクが高いのでは……」
「搭載されているシステムが海外で開発された最新型で、演算処理能力があたしの十倍……とかなんとか。とにかく現状ボイスロイドの中で単体性能が最も優れている個体なの」
そんな様々な事情が込み入った開発中のボイスロイドがなぜ兄さまと一緒にいるのか。
「見て、きりたん。あのちっちゃいゆかりちゃん、研究所が外部からハッキングされて混乱してる間に脱走しちゃったみたい」
「えぇ……」
ハッキングなんて事態は普通ではないし、イタコねえさまの元マスターの事件といい最近の悪役じみた人たちがやけに多く出現するこのイベント期間は何なんだろう。
というか、つい数時間前ニュースになった事件ですら関わってしまうなんて兄さまがあまりにもトラブル体質すぎる。
彼が事件を引き寄せているのか、それとも自ら率先して関わりにいっているのか、どちらにせよこの場で留まっているわけにはいかない。
とはいえ私たちボイスロイドにできることは限られている。
何から着手したものか──迷っている中でいち早く判断を下したのはイタコねえさまだった。
「……きりちゃん、ずんちゃん、修理中のマッハずんだーを格納している整備工場にいきましょう。茜ちゃんはユウさんがもし帰ってきた場合に連絡できるようここに残って頂けますか?」
「了解や。湾岸エリアの情報は電話で逐一共有するから安心して行ってき」
パソコンとスマホを机に並べて司令塔と化した茜さんを一瞥し、私たちは急いで柏木家を出発した。
◆
私たちの目的は事件の解決ではなく兄さまの安全の確保である、と作戦目標を改めたうえで整備工場に赴き、イタコねえさまは未だ半壊状態のマッハずんだーの車体カバーを外した。
やはりまだ動かせる状態ではなく、バイクとしてもロボットとしても運用は不可能だ。
しかしそんなことは百も承知だったのかイタコねえさまはマッハずんだーのスピードメーター周辺をいじり始め、何かのデータをUSBに移していく。
その様子にずんねえさまが疑問の声をあげた。
「姉さま、いったい何を?」
「マッハずんだーの人格AIデータを別の物に移行するのですわ。今のユウさんに必要なのは戦闘中にナビゲートしてくれるサポートAI。ずんだーさんのAIデータの修復率はまだ六割程度だけど無いよりはマシなはずだから……よし、これで!」
イタコねえさまがすっかりメカニック担当になってる……。
本来ならただの動画作成サポートAIなのに、こんなよくわからない機械に精通してたり秘密裏に開発が進められているボイロに詳しくなったりしている姿を見ていると、彼女のこれまでの過酷な環境が容易に想像できてしまう。
実際にこの目で見た通り革命を志さないと自身を肯定できなくなるくらい追い詰められていて……うん、ねえさまにはもう少し優しく接しよう。
「……? き、きりちゃん? どうして急に抱きついて……」
「イタコねえさまはスゴいです。本当にえらいです、よく頑張りました」
「褒められるには早すぎる気が……」
ややあって。
イタコねえさまが用意した近未来的な形の弓にUSBを差し込みマッハずんだーのAIを移行したことを確認したずんねえさまは、倉庫の奥から別のバイクを持ってくると、そこからヘルメットを取り出した。
「きりたん! このマッハずんだアローをお兄さんへ届けにいくよ!」
「わっ。は、はい!」
私にヘルメットをぶん投げたずんねえさまのお姿はワイルドの一言だ。
マッハずんだアローを背負いバイクの後ろに跨ると、イタコねえさまがインカムを手渡してきた。
「さっき言ったずんだーのAIの六割は全て記憶領域ですわ。人格というものがまだ再構成できない都合上別のシステムと結合させて補填したから、そのマッハずんだアローはマッハずんだーでありマッハずんだーではない特異な存在。名付けと命令の入力はきりちゃんに任せますわね」
「名付け……ですか」
「えぇ。ユウさんに届ける前までにその子の"人格"を構成して、最低限ナビゲートできるだけの命令を入力してあげて頂戴。……きりちゃんなら出来ますわ」
「ふふん、任せてください」
いい子、とイタコねえさまに頭を撫でられてやる気が出てきた。よーし、マッハずんだアローの起動シークエンスは任されました。
悪い人たちと戦う危険なイベントはさっさと終わらせて、いつも通りの平穏な動画投稿チャンネルに兄さまを引き戻さないと。
「しっかり掴まっててね、きりたん!」
「はい!」
ではイクゾー。デッデッデデデッ。