ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す 作:お兄さマスター
きりたんです。
ゲームも終わり、夕食も済ませてから少し経ちまして、マスターはノートパソコンで編集作業を進めていらっしゃいます。
さっそく今日撮影した分にもテキストを入力しているようで、相変わらず仕事の早いマスターだ。
「ふぃー……肩凝るな」
と、そんなことを呟きつつ、黙々と作業を続けていくマスター。
私はうつ伏せに寝転がってスマホを使い、最新のゲーム情報を確認していたのだが、それよりもマスターの言葉と肩を軽く叩く行動に関心が向けられた。
彼は床に直接座って作業をされているわけだが、それではどうも姿勢が良くないらしい。
数日前に注文した座椅子はまだ届いていないため、もうしばらくは腰の痛みや肩こりとの戦闘になってしまうとのことであった。
「マスター。よければ肩もみしましょうか」
「おぉ、助かる」
了承を得たため、私はスマホを置いて立ち上がり、彼の背後に立って両肩に手を置いた。
普段ならこちらから触れるスキンシップには過剰に反応し、以前からの癖で再びお風呂のお供を申し出てしまった時なんかは、少しだけ顔を赤くして私をやんわり叱る彼だけど。
こうして動画作成などの作業中になると、私からの提案にもさして動揺しないほど、真面目に集中して自分の世界に入り込んでしまう。
これがマスターが動画投稿者としてやってこられた実績の裏付けなんだろうな、と私は素直に関心してしまった。
日に日に彼の魅力を知ることが出来ている気がして、なんだか嬉しい。
「肩トントン」
「和服ロリにマッサージされるの最高……あ、これ次回のネタ動画の冒頭のセリフにすっか」
「そのワードチョイス、コンプラ的に大丈夫なんですか?」
「へーきへーき」
不意に何かを思いついて、それらのほとんどを動画に活かすのがマスターのスタイルだ。
こっちが口をはさんでも意に介さないし、こういう動画作成にストイックな部分も、この人に買われて良かったなと思える理由のひとつである事は間違いない。
「とりあえずいち段落……っと」
「お疲れ様です、マスター」
「っ! こ、コラ、耳元で囁くなって……!」
作業が終わればこういったスキンシップも許される。
動画作成の途中でこんな事をしたら邪魔になってしまうからやらないけど、私としてはマスターともう少し仲良くしたいというか、身近な存在になりたいと思っているのだ。
その為にはどうしたらいいのか……あんまりよく分からないので、今はこんな感じで少し密着する感じの行動を取っている。
「マスター、今日は午前中からクーラーつけっぱなしですけど、大丈夫なんでしょうか」
「帰ってきてからつけるんじゃ暑い時間が長いからな」
「あ、マスターが熱中症になるわけにはいきませんものね」
「……それもあるけど、きりたんって暑さに特別強いわけじゃないだろ?」
ハッとした。
……もしかしなくても、ずっと家に居るわたしの為だったのか。
ボイスロイドは耐水性や断熱性などが備わってはいるものの、人間が熱中症や風邪を患うのと同じように、わたしのボディにも許容値というものは存在する。
とはいえ、だ。
究極的に言えば、一旦電源を落として押し入れに放り込めば解決する話ではある。
私は道具であるわけだし、使わないときはしまっておく、という考え方はまったく間違いではない。
電気代と私の壊れない程度の保存を考えれば、マスターはそうするべきだ。
「……えへへ。ありがとうございます、マスター」
「お礼を言われるほどの事ではなくないか……?」
しかし、その案を提案するほど無神経ではない。
コレはマスターのご厚意であり、彼が享受していいと認めてくれた私の権利なのだ。
だから私が口にするのは感謝の言葉。
マスターが私を一人のボイスロイドとして、東北きりたんとして認識してくれている事に対しての、お礼の気持ちだ。
「にしてもきりたん、肩のマッサージ上手だな」
「ふふん。実は整体の動画をみて勉強してたのです。こことかどうでしょう」
「うおぉ……」
そしてマスターに労いと感謝を示すためのマッサージは、練習の甲斐もあってか成功しているようだ。
ふにゃふにゃになっているマスターを見ていると、また彼を喜ばせる別の何かを勉強したくなってくるな。
次はなんだろう、料理とか?
「あ、マスター。腰や背中のマッサージも心得てますよ」
「どんどん多才になってくな、お前……」
……
…………
数時間が経過して、マスターがお風呂を出た。
今回は流石にお供するだなんてことは言いださなかったが、これが通じないのは単純にマスターからの好感度が低いのが原因なのだろう。
「うーん……」
「きりたん? どした」
「あ、いえ何でも」
もう少し好感度を上げれば、お風呂への同伴も許してくれるようになるはずだ。
ここまでお風呂場に同行したい理由としては、第一にマッサージがあげられる。
世の中にはアロマオイルマッサージなるものがあるらしく、これがまた疲労によく効くとの事で。
普段から自転車で大学まで長距離通学されていて、なおかつ動画撮影や体に良くない姿勢での編集作業など、身体を酷使しているマスターをそのマッサージで癒してあげたいのだ。
(物資の調達は問題じゃなくて……)
しかし、オイルマッサージをするとなると、この家ではお風呂場以外にアレをやれそうな場所がない。
だからあそこでやりたいのだが──なかなか同伴をマスターが許可してくれない。
さっきも考えたが、これは好感度の問題なのだ。
だから焦らず騒がず落ち着いて、まず序盤は距離感を縮める所から始めたいと思う。
こういうのは時間の問題だ。徐々にやっていけばいい。そもそも私がこの家に訪れて、まだ一週間しか経っていないんだから。
よーし、そうと決まれば好感度稼ぎだ。
マスターの遠慮や警戒を解けるようにがんばるぞー。
「あの、マスター」
「んー?」
「耳かきの練習に付き合ってくれませんか?」
「な、なんだよ急に」
それっぽい説得用の材料は揃えてある。抜かりはありません。
「実はセールでかなり大安売りをされているバイノーラル機材をネットで見つけたんです」
「あぁー……まぁ、確かにASMRは需要あるな。サブチャン作って、そっちできりたんがやるってのもありか」
動画の事となれば彼は柔軟な考えを示してくれる。
安い機材があったというのは本当だし、別にマスターを騙しているわけではない。
ただ今すぐ購入してその動画に挑戦したい、とは言っていないだけだ。
「機材を買ってから練習するのもアリですけど、今のうちになんとなーく感覚を掴んでおきたいな、と思いまして」
「……そういう事なら」
よーし! うまくいきました。マスターも案外チョロいですね。
貞操観念というか、ボイスロイドに対しても男女としての距離感がガチガチガンテツな彼だけれど、ここまでくればこっちのもんです。
「じゃあ枕持ってくるから──」
「いえいえ。耳かきと言ったら膝枕でしょう」
「……ちょい待て」
マスターがこめかみを押さえながら待ったをかけた。
しかしここは攻め時。こっちは怯ませんからね。
「いっ、いいのか? だって……」
「ダメな理由が見当たりませんけど」
「……そうかなぁ」
「ですです。そもそも私はマスターの所有物なのですから、私に許可なんて求めなくてもいいんですよ」
「お前そういう言い方は……あぁ、もう。分かったよ、好きにしてください」
「ムフフ。はい、どうぞマスター」
はい勝ちー。
まごうことなき完全勝利です。
ではでは早速始めていきましょうか。
「コショコショ……どうですか?」
「もう少し強めでもいいかな」
「なるほど、難しいですねぇ」
「ちょ、耳たぶ揉むなって……」
そんなこんなで始まった耳かきタイムだったが、思いのほか平和だったというか、マスターがお風呂上がりで眠くなっている事もあってか、のんびりとした時間が続いた。
夜のホトトギスの鳴き声が、ちょうどいい感じのBGMになっている。
マスターじゃないけど、それを聞いてBGMありのバイノーラル動画もありだな、なんて考えてしまった。
私の考え方も少しずつマスターの動画脳に侵されているような気がする。
ときおり頭をそっと撫でたり、耳元で囁いて彼をちょっぴり驚かせながら耳かきを続けていると、マスターが不意に声を掛けてきた。
「なぁ、きりたん」
「何でしょう」
「お前、金貯めてるみたいだけど……使わないのか?」
マスターはとても真面目な方なため、動画作成の給料という体で私にお小遣いを渡してくれている。
ボイスロイドに賃金を払うユーザーなんて聞いたことが無い。
人間からすれば『使ってやってるだけありがたいと思え』とか、そんな認識が根付いているものだと思っていたのだけど。
そうでなくとも電気代や食費など、活動に必要な維持費をケチらずに使っているだけでも、ボイスロイドのユーザーとしては上等なのに。
ボイスロイド側からしても、自分にお金を使って家に置いてくれているだけで、とてもありがたい事なのだ。
お給料を頂こうだなんて、道具として烏滸がましいにも程がある。
「……少し、気になっているものがありまして。買おうと思っているワケではありませんけど、一応貯金しています」
だがコレもマスターのご厚意なのだ。
遠慮をして無碍にするよりも、受け取って彼に納得してもらう方が、私は重要だと考えている。
これは驕りだろうか。
……スリープモードに入る前、いつも思う。
私は恵まれすぎているんじゃないか、と。
「それって姉妹機のことか?」
「ふぇっ。……な、何故それを」
「検索の時はアカウント使い分けろって言っただろ? 検索ページの履歴に残ってたぞ」
マスターにはバレてしまっていたようだ。
こういった油断も、現状の恵まれすぎている環境がそうさせているのかもしれない。
こんなんじゃダメだ。マスターに失望されないよう、もっと気を張らないと。
「ずん子とイタコ……だったか」
「あ、あの、マスター? 私ですらあのお値段ですし、とても──」
「分かってるって。全財産はたいても今は買えない」
「今は、というか。あの、気にしなくて大丈夫ですから。スーパーで半額シールのお惣菜を見つけたらつい確認しちゃうような、そういう反射的な検索だったので」
「そ、そう……?」
そうですとも。これ以上マスターの負担を増やすわけにはいきません。
私一人を購入するだけでも大変だったのに、買って早々別のボイスロイドを求められたら、優しいマスターとて面白くはないだろう。
ここでねだるのは正解ではない。
許される範囲のワガママと、礼節を欠いた言動はまったくの別物なのだ。
「いや、でも収益化も通ったしな。前よりはずっと資金も用意しやすくなったんだぜ」
「……と、言いますと」
「だから何も結論は急がないでさ。まずはお前の姉ちゃんたちを買えるだけの予算をかき集める、ってのを目標にしないかって話だよ。実際に資金が貯まって、それからまた考えればいいだろ? 人数が増えて賑やかな動画が撮れるようになるってのは、そう悪い選択肢ではないと思うぞ」
……また、この人は。
動画作成やチャンネルの意思決定権は全て自分にあるというのに、彼は私に意見を求めてくれる。
猶予を、選択肢を与えてくれる。
まるで普通の人間の様に、対等に接してくれているのだ、彼は。
ユーザーとしては異質なものなのだろう。
動画サイトでボイスロイドの記事を調べた現在だからこそ、このマスターの特別さに気づくことが出来ている。
みんながみんな、以前までの変態鬼畜ユーザーたちなんだとは、今となっては微塵も考えていない。
それなりに慈悲のある……そう、例えるならペットに対する態度だ。
愛着があって、最期まで大切に世話し続ける──みたいな。
だが、私の膝に頭を乗せているこの人は、他と違ってどこかズレている。
「きりたん? 何で固まってんだ」
「……いえ、少し考え事を」
まるで普通の、人間の女の子を相手にするかのような、そんな気の遣い方をする。
道具ではなく同居人。
道具ではなく、パートナー。
ともに動画を作成する仲間として、私を対等に見てくれている。
それは優しすぎるというか、ある意味でボイスロイドについて知らな過ぎるというか。
あまりにも変わった対応をしてくるその人を前にして、困惑をしてないと言えばウソになる。
──でも。
「兄さま」
「ん? ……えっ、あれ。今なんて言っ」
「ほっぺにキスしたら、怒りますか?」
「ハァッ!? なっ、な、何言ってんだ急に!? ちょっ、もう耳かき止めろお前っ!」
「ふふっ。マスターは本当に照れ屋さんですねー♪」
でも、そんなマスターだったからこそ、私は心を開くことが出来たのかもしれない。
彼の為に頑張ろう──そう思えたのかもしれない。
……よーし。
とりあえず姉さまたちのことは一旦置いといて。
今は電気代に困らなくなるくらい、面白い動画をたくさん作る事を考えよう。
がんばるぞ、むんっ。